第7話 はじめての中ボス封印と生きる意欲と

2016年3月


 彼女は随分弱ってしまっていた。心が特に良く無いように彼には見えた。彼は生前の経験から、この状態が続けば取り返しが困難になってくるというのが目に見えていた。彼女は自殺未遂をし、鬱となり、部屋に引きこもっている毎日だ。何かをさせなくてはならない。

 しかし、何を誘っても応じなくなってしまっている。


「お前がこんな状態の時に言うべきことではないと分かっているが、頼みがある。フリーク封印に力を貸してほしい。もう俺だけでは限界が近い。どうか助けてほしい」


 彼は彼女の目の前で、土下座して頼み込んだ。

 彼女がうつろな目で彼を見る。彼は彼女が目を合わせてくれたのをうれしく感じたが、感情に出すことなく言葉をつづけた。


「俺の願いは、街の崩壊、友人の死、不幸、それを回避すること。だけど俺じゃあ無理なんだ。誰かの力を借りないとどうしようもない状況になってる。だけど頼れるのがお前以外にいない。俺なんかでできることがあるならば、後でなんでも言うことを聞く。だからどうか」


 彼女の唇が、小さく動いた。「私は何すればいいの?」と。

 無気力となってしまっても、彼女は優しい性格であるのだ。同情を誘えば、動いてくれるのだ。



 深夜の住宅街。

 彼は彼女を背負っていた。彼女は体を鍛えていて体重60キロはあったにも関わらず、今は体重三十キロ台にまで激減していた。彼は悲しくなるも、一切そのことについて触れなかった。


「何度も繰り返すけど、死ぬ危険性は十分にある。やるぞ?」


 彼女は小さく、わかりにくいながらも頷いてくれた。彼はその小さな挙動を感じ、承諾ととって魔術を発動した。


「ほら、見える? あれが中ボス。今回は狐だ。んじゃ、昨日の復習」


 彼は背負っている彼女を背負い直し、話を続ける。

 中ボスと雑魚との間は比べることのできない違いが存在する。雑魚はどこまで恐ろしくても、生物が凶暴化したという認識である。一方で中ボスというのは災害だ。物理的な消滅は核兵器などを使わない限り殆ど不可能に近く、今のところ彼の知識では儀式的な封印が唯一の対処法なのだとか。そしてこの中ボス、彼が魔力と呼ぶエネルギー以外にも、別のエネルギーを保有しているのだ。彼は便宜的に邪気と呼んでいる。この邪気が雑魚、他の中ボスの発生を連鎖的に増やしているのだという。中ボスは邪気を振りまいて、眷属として雑魚を多数召還、もしくは虫や子猫子犬などの弱い生物を強制的に魔物に変えてしまう。酷い話になれば、人の子供さえ魔物にすることもあり、この邪気を振り撒かれることが彼が最も警戒していることである。

 彼は魔術によって強制的に中ボスを引きずり出し、目に見える災害という形にして封印を行っているのだ。こうすれば、邪気をふりまかれずに済むようなのだ。そもそも、彼の世界では今の頃はすでに化け物が跋扈しており、人々の殆どが殺されているらしいのだ。その話と比べると、余程いい状況となっている。


「というわけさ。中ボスを引きずり出す魔術は、使い魔が魔物化した事件をヒントに開発されたありがたい魔術。中ボスの眷属を召還するのを妨害する結界も、数えきれない犠牲を払って形成されたありがたい魔術。ここに至るだけでもすごいんだから。つまり、戦うだけでも高度な技術が必要になってくる。その分の重みがあるわけよ。ちなみに俺はこの結界魔術を弱体化結界って言ってるけど。それに封印するにも、エネルギーを抜かないとできない。そこでお前の力が必要なんだ。俺だけだと一撃入れる機会がほとんどない。一人でも人手が増えるだけ一気に形成が変わる。はず」


 彼は瞬間放出魔力が圧倒的に少ないのだ。本来なら彼はその弱点を魔法陣や詠唱から発動されるタイムラグを利用して、一斉に放出することでカバーしていた。しかし彼は多重魔術の展開に優れているといえど、儀式魔術を同時に展開して維持するのは難しいのだ。ただでさえ高度な弱体化結界に封印の準備をしながら、攻撃魔法陣を展開するのだ。さらに言えば、彼の扱う儀式魔術や封印術は互いに干渉しあってしまうのだ。

 防御や回避は全て彼が請け負い、彼女は数発魔法を青白い魔物に向けて放つだけだ。

 そんな彼と彼女は中ボスを時間がかかりながらも封印することに成功した。


「ははっ! やった! すげー! たった2時間で終わっちまった! これなら効率もいい! 有難う!」


 彼は大げさに喜んで見せて、先程まで背負っていた彼女をわざわざ一度おろして抱きしめた。彼女はただ、なされるがままになっていて拒否もしない。しばらく一方的に抱きしめた後、何一つ反応見せない彼女に「帰ろうか」と呟いて帰るのだった。



2016年3月~4月


 彼らは手当たり次第に中ボス封印を行っていた。死のリスクはあった。しかし、せざるを得なかった。彼女から目を離したくもないし、それしかなかった。今の彼女には何かをさせなければならなかった。戦闘を行う中、彼女の手足が吹き飛んだことも数回にわたる。下半身と上半身が分かれたような重症も受けた。しかしそんな傷も、彼の魔術があればなおせれた。何より驚くのは、彼女は大けがをしたところで、痛がろうとはしないのだ。

 彼と彼女は、どういうわけかつながっている。ある程度の感情はわかるのだ。だからこそ、痛みは本物だと分かっている。なのに精々「……痛い」と呟くくらいなのだ。

 どんなケガであろうとも、彼は容易になおして見せた。

 だからこそ彼は心底理解している。


――心はそうはいかない。


 彼の場合は、ぼーっとしている間に二年が過ぎていたのだ。自殺していなければ、その間は十年も一年も違いが無いようにも思えた。これを酷く彼は恐れているのだ。この高校生活はとても大切なものだ。無駄にするようなことはしたくないと考えているのだ。

 彼女が踏み出せる何かを探っていた。


「お前、人口臓器使ってしまった時点で、もう長くないんだ」


 彼女は話が理解できてなさそうで、不思議そうに首をかしげて彼を見つめることで返答した。


「内臓のいくつかを人工臓器で代用しているよな? それ、いずれは細胞分裂の限界がきて壊死を起こして結局は死に至らせてしまうんだ。俺が魔術を使って補助しても5年には死ぬ。間違いなく。黙ってすまなかった」


嘘だった。人工臓器とは彼女の卵子から培養するある種のクローン技術だそうだ。細胞分裂とか適当だ。しかし、これが随分彼女の心を救ったようだった。彼女は不思議と笑うことが増えていった。

 あるとき、彼女から彼に話しかけた。その時ならば、それは凄く珍しいことだ。


「ねえ。貴方、やり残したことはある? 未練」

「ああ。無いけど。まあ、できれば、一年の時みたいに青春を延々と続けていきたいな。弁当持って、晴れた日に公園やどっかでピクニックとか、キャッチボールとか。うーんと。川遊び、海、釣り、スキー、旅行、とか? 金がかかるな」

「んふふ。そのくらいなら叶えてあげられそうかな」

「そうか。なあ、俺を恨んだりしてねえのか?」

「? 恨むようなことってあるの?」

「あるだろ。山のように。フリークと戦わされて地獄のように苦痛を味わっただろ。自分の時間も無しに俺の未練ばっかりにつきあってもらってるし。それに、寿命も早まった」

「あら。貴方、私を誰だと思ってるの? 私は貴方よ? 自分が持ってきた厄介ごとに自分で処理して、自分の考えで動いてるんだから。自分で動いてそれを自分を恨むなんておかしいわ。うん、文章にしてもおかしいような。それに寿命って。そもそも、私、一年の時、貴方に助けられてなかったら死ぬはずだったじゃん。しかも一度や二度じゃ無いわけで。貴方が居て、今私があるわけだし。というか、貴方が言ってた、『世界は収束される』って話、以前にしてくれたじゃない? 運命っての物があって、どんなにあがいても一つの結果に到達してしまうって話。それを考えたら、あきらめもつくじゃない?」

「あきらめ……」


 彼は、どういった考えであれ、明るくなれたならいいことだと思うようにした。



 彼女は死期が近いと言われてから、ふと気が付いたのだ。「もとより自分は死ぬ運命だったのだ」と。尊敬もしている彼でさえ死んでいるのだ。

 彼女の言う彼の認識は、『偶然や努力がもたらした最高の結果に至った自分自身』というものだ。彼を超えた自分など、想像できない。彼が最大の目標であり到達点なのだ。

 だというのに、未熟な彼女自身が生きている。その事実があまりにもおかしく感じ、死ぬことこそ道理のように思えたのだ。今のこの命というのは彼のものによって救われたものだ。それならば、彼の願いの為に尽力しようと思えた。それに彼の願いは、彼女の思いに通じるものもある。彼女だって、家族を憎んでいるわけではない。生きていてほしいと思っているのだ。彼の言う、最悪の未来を回避できるのならば回避したいのだ。

 要するに、彼の世界では、彼の身近な人の殆どはかえらぬ人となっているのだ。家族も、友達も、だ。生き恥をさらしてしまうのは申し訳なく思うが、そう言った可能性もあったと思ったならば、優先順位は呆気なく決まってしまうのだった。


 また、彼女は魔物と戦う内に、あることに気が付いた。魔物と戦うことは、存外楽しいのだ。彼が魔術を編み上げ、その編み上げた魔術を彼女が放つ。寸分の無駄のない連携が心地よくもあった。それに戦闘中は、一時のこととはいえ、自分の事を忘れられる。

 ある時の彼の言葉を思い出す。

 何かをするというよりも誰とするかってのが大事だ、という言葉だ。彼女は確かに彼であった。彼の言葉は、思うところがあるのだ。コンビネーションを成功させ、封印を成功させ、彼は大げさなまでに喜ぶ。彼が自分であることを考えれば終始一人であるが、孤独ではないような錯覚に陥ってしまう。疲れた時にはなんと言おうとも「荷物もつよ」「気が乗らないし、今日はやめない?」と彼女の真意を汲んだような行動をとってくれる。偶然かもしれないが、偶然じゃないかもしれない。彼といれば、なんでもできるような気がした。満たされていた。


 そして次第に、このフリーク封印が自分の証明であり、楽しみになっていた。

 というのも。彼女はノートをまとめたり、何かを収集するのが趣味となっていた。写真にしろ、勉強のノートにしろ、楽しいのだ。生きた証とでも言うのか、何かを残すのが気持ちいいのだ。彼女は物に執着する傾向があった。

 バイトを頑張った結果として服や物を集め、勉強の成果としてテストもこまめにファイリングする。食事のレシピをインターネットや本から勉強しながらまとめたノートだって努力の形だ。遊び道具だって、色々な思いがこもっている筈だ。携帯電話に残る写真も。

 しかしそれは全て家族に捨てられるか壊されていた。彼女の一年間を否定したのと同じである。


 彼女の収集の対象は、中ボスと呼ぶ魔物に切り替わっていたのだ。

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