Ⅵ章 ──我、十有四にして惑はず
095 勝者の憂い
美しい色の五月晴れが空を覆った、五月九日。
茨城県つくば市、筑波宇宙センター第三研究棟の内覧会には、数百人の学生が集っていた。
「では、こちらへ向かいましょう」
案内係の先導で、中高生くらいの少年少女たちは長い廊下を順に歩いていく。二分ほどで、旅客機の整備格納庫のような巨大な空間が姿を表した。
「これが……!」
先頭の方にいた川内は思わず、感嘆の声を漏らしていた。およそ五百人の『JRC2015』
目の前には純白の機体が横たわっていたのである。窓が一切なく、尾翼が二枚に分かれている以外には、米国スペースシャトルとの差異は見受けられない。しかし圧倒的にスマートだ。最近テレビでも頻りに報道されている、無人有翼宇宙往還機『
そしてその手前にあるのは、特殊な姿形をした大型のロボットだ。中央の箱状胴体から二本の軸が延び、それに合計四つの車輪がついている。それぞれに大型モーターが付随しているところを見ると、恐らくは馬力重視の四輪駆動なのだろう。さらにその上部には中型プロペラが上向きに計四つ取り付けられ、大気圏内での飛行が可能である事を示している。
パッと見で分かるのはそのくらいだ。しかし内部にはもっと、様々な装置や仕掛けが施されているのだろう。
「こちらが現在、我々JAXAが理化学研究所並びにNASAと共同開発中の汎用ロボット、【
解説者の声に、再びはっきりとしたどよめきが巻き起こった。あの伝説のロボットが、宇宙船が、全国の
今日、五月九日は、数度に分けて行われる『JRC2015』出場
今日のために全国の会場から、今は一介の生徒たちに戻った
「この前発表したばっかりなのに、もうこんなに出来てるのかぁ」
呟いた有田の声に呼応するように、解説員が説明を加える。
「こちらはデザイン考案のためのモックアップです。本物の機体は現在、外部の造船メーカーに委託して建造を行っています」
「へぇ……」
「後ろの機体『HOPE』は、従来のスペースシャトルの可能性を大きく広げる機体として二十年以上前から開発の進められていた計画です。完全無人操縦による自律飛行を行い、国産液体燃料ロケット『HーⅢ』の
……説明を受ければ受けるほど、よく分からなくなってくる。五人は顔を見合わせた。なにせ川内たち『Armada閏井』はロボットには強いが、ロケットに関してはほぼ門外漢である。
「つまりその、手前に置いてあるのは、その機体に積み込む月面探査ロボットの方なんですね?」
「ええ」
川内の問いに、解説員は穏やかに笑った。「これから、そちらのロボットについて説明をさせて頂きますね」
そう言うと彼女は前に出て、ウィンドウの前に立った。群衆が、しんと静まり返った。
解説員の話を要約すると、こんな風になる。
【HeadWeigh】は当初、理化学研究所単独の多目的ロボット開発プロジェクトとして計画立案された。四年前の東日本大震災以降、災害救難の手段としてロボットが再び注目を集め始めたからだ。
しかし単独開発には技術もノウハウも足りず、わずか一年で計画は白紙撤回にされかかる。そこに手を差し伸べたのが、『HOPE』計画を推進していた日米合同プロジェクトチームだった。宇宙空間での作業が可能なロボットを探査機として使用する事は、今時決して珍しくはない。月面、そして火星にも投入することが出来たら、やがてはもっと遠くて危険な衛星や小惑星にも送ることができるかもしれない。さらに技術の確立と安定供給が可能になれば、災害現場などの危険な場所での作業ロボットとしての利用も十分に期待ができるのだ。
かくして日本各地の研究機関や企業がプロジェクトに名を連ね、名立たる研究者たちが次々に招聘された。日本のロボット工学界の威信をかけて、この汎用ロボット【HeadWeigh】は鋭意開発段階にある。どんな場所にも乗り込めるよう、マルチコプターと四輪駆動車輪、
ここでの公開は出来ないが、その他にも様々な新技術を取り入れている。『JRC2015』があのようなルールであった理由の一つは、機動力や輸送力・緊急事態対処能力や自律思考能力に優れたロボットを選び抜きたかったからである──云々。
「今回、見事優勝を果たされましたチームの皆様には、この汎用ロボットの開発に関わっていただきます」
解説者がそう言って話を締め括ると、嘆息が一斉に拡大した。いいなぁ、などと羨む声が聞こえてきて、川内は何だか申し訳ないことをしたような気分になった。
「やっぱ優勝して良かったよなぁ! こいつと出会うためにオレらは頑張ったんだなって気がするよ!」
「はいはい」
大興奮の真っただ中の有田が息も荒く横で喋るのを、川内は笑いながらなだめる。その向こうで、解説員が旗を振り上げた。
「それでは次に、このロボットの各部開発施設へとご案内します!」
移動しなければ。五百人の軍勢が、泡を食ったようにごそっと動き出した。手元の要項曰く、この後は開発技術者たちとの質問会やワークショップ、さらに開発した部品を手に取って見られる催しなどが予定されているらしい。
ふぅ。
列の最後に加わった川内は、見納めのようなつもりで【HeadWeigh】を振り返った。灰色のロボットの駆体の奥で、背後の白い機体がくっきりと浮かび上がっていた。
モックアップだとしても、あの姿は美しいと思う。照明を浴びてきらきらと輝く機体には、やはり外見以上の何かを期待したくなる。
人類の生存できない環境へと、人の代わりとなる優秀なロボットを送り込む
──何だかんだ言ってもやっぱり光栄だよな、こんな計画に僕たちが参加させてもらえるなんて。
満足げに笑った川内の口が、
次の瞬間にはきゅっと締められた。
「──あの子たち、結局、本当に来ないのかな……」
◆
二日前の『全日本スーパーロボットコンテスト THE-BATTLE2015』で、『Armada閏井』は見事に優勝し、初の二冠という快挙を成し遂げた。
しかし優勝チームは『Armada閏井』だけではなかった。そう──もう一つは『山手女子フェニックス』だ。
冬樹の予感は的中していた。映像判定の結果、ほぼ同時に塔が五メートルに達していたことが明らかになったのだ。誤差は僅かコンマ二十分の一秒であり、二時間という全体の経過時間を考えれば無いも同然の差であった。しかも二十分の一秒を制したのは閏井ではなく、『山手女子フェニックス』の方だった。
だが。彼女たちは昨日、【HeadWeigh】開発への参加をきっぱり断ってしまったのだと聞いた。もしかしたらこの全員参加可能の内覧会にさえも、姿を現さないかもしれないのだ。
──勿体ないのに、って考えるのは短絡的だろうか。
長い廊下に点る照明を見つめながら、川内は尚も悩んでいた。
──というか、断る理由があるか? そりゃあ確かにこれを目指して努力してきたわけじゃないけど、せっかくなら参加してくれれば良かったのに。
それとも、閏井と共に活動するのが嫌なのだろうか。いいや、あの五人は、そんな邪推をすべき人物ではない。そもそもここにいないからと言って決めつけるのは、流石に気が逸りすぎというものだろう。内覧会そのものは、まだ一日目なのだから。
考えれば考えるほど分からなくなって、川内は自分が遅れているのに気付かなかった。前を歩く奥入瀬が、「おい」と呼んでいる。
「何してんだよ、道に迷うぞ?」
「ごめんごめん」
ちゃんと歩かなければ。
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