081 集中砲火





 同じ危機感を、当の『フェニックス』メンバーも抱いていた。

「どうしよう……!」

「どうしようったって……!」

 顔を見合わせることしかできない悠香たちの元へ、大急ぎで陽子が戻ってくる。【ドレーク】に特に異常はないようだ。

「……向こうの方、どこのチームも『どこだそれ』って探してる」

 蒼白な顔で陽子が報告した、その背後からだった。先頭に円錐形の槍を付けた二台のロボットが、こちらへ向かって突進してきた! 

「来たぞっ!」

 陽子は叫ぶなり、汗の滲んだ指でリモコンを握った。運命の神は、休む暇さえ与えてはくれないのか。

『キイイイイッ!』

 甲高い音を立てながらクローラーが回転し、【ドレーク】は臨戦態勢に入る。二台のロボットの槍攻撃を一気に正面の鉄板に受けるや、≪ショットガン≫がガンとそれを跳ね返した。車輪が空転し、敵ロボットは二台とも引っくり返って自力回復不能になった。

 だが、そんなのはまだまだ序の口だ。

「壊せ壊せ──っ!」

 誰が上げたか半狂乱の叫びと共に、さらに後方から複数台のロボットが突撃してきていた。いや、複数どころではない。七台はいる!

「あんなに対処できるかよっ!」

 怒鳴った陽子の横から、亜衣が飛び出した。「私も加勢するよ!」

 修理の終わった【エイム】が、その脇をすり抜けて発進してきた。何とか間に合ったのだ。

「でも、それは……!」

 絶句する陽子に、亜衣は唾を飛ばす。

「今はそんなこと言ってらんないでしょ! あるだけの力を集めなきゃ、あんなの凌げない!」

「壊れてもまた、何度だって直せるから」

 最後は説得力のある麗の言葉に、陽子は納得して頷いた。こうなったら、背に腹は変えられない。

 敵ロボットたちの集団はどんどん接近してきている。ごくり、息を呑んだ二人の背中に、悠香が叫んだ。

「二人とも! 最悪、塔は守れなくてもいいよ! 崩れたらまた立て直せばいい! だけど修理に手間のかかる【ドリームリフター】だけは死守して!」

 無茶言わないでよ、と陽子は笑って口を歪めた。そんなことを考えていられたら、どれだけ楽だろうか。

 ガガガガガガ!

 先頭に立ったロボットが、勢いよく何かを発射した。釘打ち機を改造した兵器のようだ。

 【ドレーク】が前に出た。≪ショットガン≫の鉄板が打ち出された釘を全て受け止め、跳ね返す。勢い止まず突っ込んできた釘打ちロボットの横っ腹に【エイム】が体当たりを噛まし、釘打ちロボットはバギャッと破砕音を上げて横転した。

 一息つく間もない。回り込んできたロボットが、塔目掛けて横向きに槌のような装置を叩きつけた。

 ガツンッ!

 弾みで塔はぐらりと揺れる。再び同じ位置に槌を戻そうとするそのロボットに、【ドレーク】が≪ショットガン≫を見舞った。吹っ飛ばされた矢先、槌ロボットの放った殴打攻撃が【ドレーク】の鉄板を薙ぎ払う。ガギン! と鋭い音が陽子の脇をかすめた。

 その時【エイム】は、クワガタ状のハサミを持ったロボットに捕まり、身動きが取れなくなっていた。

「ああもうっ!」

 亜衣の叫びを聞きながら陽子は【ドレーク】を急反転させ、攻撃。強力な衝撃を受けたクワガタ状の腕は、グシャッと鈍い音を立てて潰れる。解放された【エイム】が内側から頭突きを喰らわせ、クワガタ状ロボットは動きを止めた。

 切り抜けたかに思われた。だが。

 『グイイイイイインッ!』

 その向こうにこそ、本当の恐怖が待ち受けていた。太い円柱のような姿をしたロボットが、脇に付けた金属製ハンマーをぐるぐる振り回しながら迫ってきたのである。

「うわあああ⁉」

 亜衣は大慌てで【エイム】を退けるが、僅かに間に合わなかった。ハンマーロボットの矛先に触れた車輪が弾かれ、バキッと嫌な音を跳ね上げて【エイム】は弾かれた。なんという馬力の強さ、腕の強さだ。

「くそ、近づけない……!」

 唇を噛む陽子。このまま【ドレーク】を自動操縦に切り替えてしまえば、あのロボットに多少のダメージは与えられるだろう。だが、その時は【ドレーク】もただでは済むまい。まだあんなにロボットがいるのに、そんな無茶はさせられない。陽子は尚も押し寄せる攻撃を睨んだ。

 と、その中に見覚えのあるロボットがいるのに気づいた。あれは先刻の、野球のボールを投げてくる攻撃ロボットだ。

 バスンッ!

 やはりそうだった。放たれた野球用の硬球は、真っ直ぐに塔の最下部を狙って飛翔する。そして、偶然にもそこにはあのハンマーロボットが控えていた。バゴン、と鈍い音と共にボールは跳ね返って、斜め前へとさらに加速した。凄まじい崩壊音が響き、隣のチームの塔が跡形もなく崩れ去った。

 一瞬の出来事だった。【エイム】を引き下がらせるべく一歩後退しようとした亜衣がそれに気づいた時には、もう既に『積み木』が足元に散らばっていたのだ。

 亜衣は思いっきり背後の『積み木』に蹴躓き、ばたん、と後ろに倒れた。

「痛あっ──!」

 亜衣はうずくまりながら足首を庇っている。悠香が飛び出して、すぐさま駆け寄った。

「アイちゃん、大丈夫⁉」

「あ……はは……」

 無理に笑おうとしても、そのたびにずきんと患部が痛む。リモコンの操縦者を失った【エイム】が、歪んだボディを光らせているのが見えた。

 亜衣が痛みに喘ぐ間にも、闘いは続いている。野球ロボットとハンマーロボット、どちらを倒すにしても塔が手薄になるのは必至。だが陽子は敢えて、野球ロボットの制圧に出た。倒れ臥した亜衣を横目に見ながら、【ドレーク】を急接近させる。そこで、手動操縦を解除。野球ロボットは真正面から≪ショットガン≫を受けてギアボックスが吹っ飛び、動きが止まる。

 よし、と陽子が静かにガッツポーズした時だった。

 バガッ!

 聞いたこともないような音が、辺りに響き渡った。

「塔が!」

 叫んだのは菜摘だった。キリキリと腕を元に戻す動作をしているハンマーロボットの隣に、フェニックスの塔が立っている。それが、先刻とは違って微かに揺れている。なんと、塔の最下部は接着剤で地面に固定してあったにも関わらず、ハンマーロボットの一撃でその固定が破壊されてしまったのだ!

「…………!」

 あと一発もらえば、確実に倒れてしまう。陽子は瞬間的に手動に切り換えた【ドレーク】を動かしていた。ハンマーロボットの二撃目が見舞われる直前、≪ショットガン≫を使ってそこに撃ち込んだ!

 グシャッ!

 野球ロボットは一撃で大破し、ハンマーロボットの回転が遮られた。

「今だよッ!」

 菜摘が怒鳴っている。【ドレーク】は全速力でハンマーロボットに突撃し、またもや回転を始めようとしていたその駆動部分を渾身の力で殴り飛ばした。

 捻れるような音を響かせて、強敵ハンマーロボットは遂に停止した。

「まだ来る……!」

 振り返り様、陽子は【ドレーク】を方向転換させて、さらに迫ってきた輸送ロボットらしき駆体二台を一度に破った。壊れた部品の一部が飛び、一番後ろから猛烈なスピードで突進してきていた別のロボットの足元に入る。それが踏み台になり、ロボットは【ドレーク】の前面部にぶち当たった。

 ガシャ──ンッ!

 双方が煙を漂わせ、動かなくなった。

 それ以上に攻撃ロボットが襲来する事はなかった。波状攻撃を受けたフェニックスの周囲には、ダメージを負って回収すら諦められた部品たちが、大量に転がっていた。




「痛ったた……!」

 悠香に支えられて何とか陣地に戻り、足首に湿布を貼られている間も、亜衣は苦しげに声を放つ。転び方がよほど悪かったのか、痛みは時間を置く毎に増すばかりだ。

 そんな亜衣を、悠香はじわりと目尻に浮かんだ涙を拭うこともせず見つめていた。不可抗力とは言え、怪我人を出してしまった。後悔で頭の中は一杯だった。

「全部、やられたか」

 同じく悔しそうに呟きながら、陽子が故障した【ドレーク】を持って戻ってくる。そこに置いて、と麗が地面を指差した。

「直すモノが多すぎるよ……!」

 自分も段ボール箱を漁りながら、菜摘がぼやいた。本来なら菜摘が動きを監視すべきロボットは、今は役目を失い動かずにじっとしている【ドリームリフター】一台だけだ。

 ぎりぎりで敵を凌ぎ切ったフェニックスだったが、頼みの防衛力である【ドレーク】は破損し、塔も接着剤の効果を失って危険な状態に陥っていた。一刻も早く、立て直さなければならないのに。

「この子はもう、大丈夫」

 【エイム】のリモコンを差し出し、麗はそう言った。受け取った悠香に、亜衣が苦しそうに声をかける。

「ハルカ、ごめん……。私ちょっと、しばらく立てないかもしれない……」

 うん、と悠香は頷いた。

 亜衣はよく頑張ってくれた。後は、自分が引き継ぐのだ。

「私に任せて!」

 胸をドンと叩くと、悠香はスプレーとリモコンを手に【エイム】の前へと駆け出した。

 やるよ、と声をかける。【エイム】は頷きはしないが、キシ、と音を立てて返事をした。


 ただ、どこまでも積み上げる。

 悠香と【エイム】にできるのは、それだけだ。

 そしてその営みこそが、フェニックスの未来を繋いでゆく。




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