080 発見された!




《退場です! ただ今、フィールド中央付近にてロボットの攻撃と挑戦者エントラントの衝突が起こったとの情報が入りました! ロボットを運用していた狛沢東高校チームは退場命令を受けた模様です!》

《ついに起こってしまいましたね……》

《既に先程よりいくつか、ロボットの修理が不可能になりリタイアをしたチームが出ています! 今後、このフィールド上からどれほどの勢いでチームが消えてゆくのか、誰にも分かりません!》


 実況を耳にした川内は、それによって彼方の騒ぎの正体をようやく知った。

「そういうことだったのか……」

 残念だな、と思った。『東高軍』は出来れば、このチームによって打倒したかった相手だったのだが。

「かなり情勢が変わりそうだな」

 十勝がさも楽しそうに言う。「あれほど攻撃に積極的で、しかも強いチームは他にはなかなかないからね。周囲からの攻撃力、かなり落ちると思うよ」

「ということは……」

「今のタイミングで他所を攻撃しても大した変化はないだろうけど、積み上げ作業に従事するのには向くってことだ」

 奥入瀬が後を補ってくれた。

 閏井の塔は未だ崩されたまま、再建の目処も立っていない。そのままでもいいのだろうが、『東高軍』は確かに目の上のたんこぶだったし、破竹の勢いのこのチームに挑戦してくるロボットもそうそういるわけではない。

「飛び道具をロボットに積むのって、技術的には簡単なことなのか?」

 川内は十勝に尋ねた。十勝は少し首を捻っていたが、いいや、と否定する。

「強力な攻撃力を持たせるには、それなりの工夫と技術と手間が必要だよ。そうでなくてもロボットそのものの要求レベルが高いから、そうそう簡単に作れるものじゃない。東高軍あいつらのはまぁ、例外だな」

「なら、崩されるリスクは小さいな」

 その一言で大まかな方針は発令されたようなものだった。ああ、と奥入瀬も十勝も頷く。

 塔を崩された多くの周辺チームは、攻撃に手を回す余裕がなくなってきている。攻撃される可能性が減り、されたとしても飛び道具でないのならば防げる公算が大きい。ならば、と川内は踏み切ったのだ。


 『Armada閏井』はその瞬間、戦略を積み上げ重視へと変更した。

 攻撃ロボットとして機能していた【BREAK】は、その場で輸送ロボットへの役割の転換を果たした。


 ……この柔軟性、そして適応の早さこそが。

 かつて山手女子の物理部を恐れさせた最たる理由だった。







「はぁ……」


 さっきから何度目かも分からない激しいため息をつく浅野に、高梁は迷惑そうな目を向ける。

「先生、さっきからどうかなさったんですか」

 どうしたもこうしたもないわよ、と浅野は高梁を睨み返す。びくっと肩を揺らし、高梁が少し小さくなる。

 再びフィールドに目を戻した浅野は、またも荒い、長い息を吐いた。


 正直に言って、怖かったのだ。

 目の前で多くのロボットが壊れ、塔が根本から崩落し、夢破れたチームがいくつもフィールドを後にして去っていく。眼下の悠香たちフェニックスが、いつその仲間入りをしてしまいはしないかと不安で仕方がなかったのだ。

 いくら心配したところで、悠香たちに力添えを出来るわけではないことも分かっていた。保護者の感覚とはこんなものかと思った。きっと親はこうやって、子どもに追い付けなくなってしまうのだろう。

 こんなところで思い知りたくなかった。強く、そう思った。

「…………」

 もうこうなったら、祈るしかあるまい。顔の前で手を組んで、浅野は目を閉じる。


 高梁が尚もちらちらとこちらを見ている事など、当然知るよしもなかった。


「……そんなに怖がらなくたって、大丈夫ですよ」

 高梁の声に、浅野は顔を上げた。何だ、今の高梁らしからぬ優しい声は。気持ち悪い。

「あの子たちはフィールドの端に布陣しています。そうでなくても敵が少なく、また目立ちにくい。フィールド中央に陣取っている学校ほど、集中砲火を浴びてリタイアしているでしょう?」

「……そんな風に見えなくもないですね」

「最も恐れるべきは、あの子たちのチームが目立ってしまうことです」

 高梁は入り口で配られていたパンフレットを、中指でぱちんと弾いた。冊子の中程に注目チーム紹介欄があるが、そこに悠香たちフェニックスの名前はない。

「あそこは強い、そう認識させてしまったら最後です。端と言えども潰されます。だから、ただただ地味に塔を積み上げることのみに、重点を置くべきなんです」



 実際、高梁の言う通りであった。

 『Armada閏井』は確かに強い。だが、あのチームには敵も多いのである。それを分かった上で閏井が中央にいるのは、それをも補って余りあるメリットがあるからに違いない。

 悠香たちだって、何も考えずにあの場所を選んだのではないのだ。フェニックスにはフェニックスの闘い方がある。

 浅野は口をきゅっと固く結ぶと、それきり弱気な事を口にするのはやめようと決めた。







 『東高軍』がここを去った今、このフィールド上で最も影響力を持っているチームは、紛れもなく閏井である。

 そのことを、良くも悪くも裏付けるような事故が発生した。


 積み上げ重視の作戦へと変え、『積み木』を集めようと有田と物部は会場内を走り回る。その先導は言うまでもなく、攻撃兼輸送ロボットの【BREAK】だ。

 『積み木』を手にしこちらへと進撃してくるその姿を見た、私立梅宮高校チーム『梅宮花魁之舞』メンバーの日高ひだからんは、パニックに陥った。彼女は故障したらしい梅宮チームの輸送ロボット【ApplyCotアプリコット】を、手動操縦に切り替えようとしていたのである。

「やばっ……!」

 壊される、そう思った。閏井の作戦変更を、当然ながら日高は何も知らないのだ。

 とにかく、とにかくこの【アプリコット】だけは壊させないようにしなきゃ! 手動操縦に切り替わったばかりの【アプリコット】を、日高は必死に前進させ逃がそうとした。指令を出すリモコンを、焦って何度も押しまくる。

 それが、【アプリコット】のプログラムを混乱させた。

 『ギュイイイイイイン!』

 常軌を逸したモーター音を響かせ、【アプリコット】は急激に加速した。あっ、と日高は悲痛な叫び声を上げたが、時すでに遅し。【アプリコット】はフィールド上を暴走し始めたのである。

「止まって──っ!」

 追いかけながら何度も操作を試みるが、【アプリコット】は日高のリモコンが送る停止命令をことごとく無視して疾走する。そして、その行く手には他所のチームの塔がそびえ立っていた。高さは三メートルもあるだろうか。

 終わった。日高の脳裏で、その四文字が明滅した。

 県立横浜北野台高校『ノースチラス』の塔に火花を散らしながら突入し、がらがらと崩壊する『積み木』の下敷きになりゆく【アプリコット】が、スローモーションで見えた。


 同じ目に遭っている人間がもう一人いたことを、日高が気にする余裕はなかったであろう。


「うそ……!」

 呻いたのは悠香であった。

 『積み木』を手にし走行中だった【エイム】に、すぐ横に屹立していた塔が崩れてきたのだ。しかも一番高いところにあった『積み木』が、【エイム】の上部構造を直撃していた。

 赤外線センサーとサーモグラフィーを支えていた柱がポッキリと折れて、車軸も曲がっている。

──とっ、とにかく早く修理しなきゃ……! 

 これまた唖然としている『ノースチラス』のメンバーを横目に、悠香は重たい『積み木』を退けると【エイム】を引きずり出した。車輪が傾いているから、自力走行も出来そうにない。自陣をキッと見つめ、【エイム】を抱えて走り出す。

「どうしたの⁉」

 悠香を出迎えた亜衣の声は、完全に裏返っていた。

「『積み木』の塔が、いきなり上から崩れてきて……!」

「崩れた⁉」

 信じられない、とばかりに亜衣は大声を上げた。工具箱を手に【エイム】を受け取った麗が、低い声で唸る。「本当……。上から直撃を受けたんだ……」

「何とかなる⁉」

 悠香はもう泣きそうな顔で訊いた。見れば見るほどに、破損した【エイム】の姿は痛ましい。このロボットがなければ、大切な積み上げ作業もできないのに……!

 そんな悠香リーダーに、麗は大きくはっきりと頷いてみせる。そして、言った。

「そのために、私はここにいるの」


 その時、幸か不幸か、その一部始終を実況席が見つけてしまっていた。

 懸命に修理に臨む、挑戦者エントラントたち。よく見れば塔の高さはかなり高く、しかも珍しい横向きではないか。実況者二人は、すぐに手元の資料をめくった。


《神奈川県立横浜北野台高校チーム『ノースチラス』の塔が、根本から崩落しています! 倒壊の際に他チームのロボット二台を巻き込んだ模様です!》

《片方は注目チーム『梅宮花魁ノ舞』、もう一方は私立山手女子中学チーム『山手女子フェニックス』のようですね》


 ぴくり、とフェニックスのメンバーは反応した。

──私たち? 

 悠香は天井を見上げた。フィールド上部から四方に向けられたスピーカーが、頻りに『山手女子』の名前を口にしている。


《昨年度準優勝の『山手女子フィジックス』に代わり、山手女子中高が送り込んできたチームです! 驚くなかれ、メンバー全員が未だ中学生! 熊野さん、これは凄いことではありませんか?》

《ええ。全メンバーが中学生のチームはこのロボコン関東会場内に九組ありますが、ご覧ください。『フェニックス』の塔は既に目算三メートル近くに達しているようです。例年と比較しても、これはかなりの健闘と言えましょう》

《今後、他のチームの脅威となる可能性もあるということですね! 非常に面白い試合展開となって参りました!》




 鳴り響く実況をBGMに、観客が一斉に『山手女子フェニックス』なるチームの存在を探し始めている。

 ざわざわと広がる不気味なざわめきに、浅野は不意に恐怖を覚えた。

 これは、高梁が最も恐れていた事態だったのではないか? 

「……まずい」

 案の定、高梁は苦虫を噛み潰したような顔でフィールドを睨み付けた。

「他のチームに認知させてしまった……。しかも、ずいぶんな高さがあることまで……!」




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