076 牙を剥く無敵艦隊
そもそも、悠香たちが長細いこのフィールドの端に陣を構えた理由は、極めて明快なものであった。
フィールド内の『積み木』はたった二百個しかないにも関わらず、フェニックスの積み上げ方ではその実に四分の一を要する。しかも、ロボットの速度はこれでも速いとは言えない。邪魔されず注目もされず、ただ黙々と積み上げ続けることのできるような環境が、フェニックスには必要だったのだ。
他所への攻撃はなるべくしないで、積み上げに専念する。五人は事前にそう決めたのである。そして、その作戦は目下のところ、大当りであった。
「はぁ……はぁ……」
スプレーを放り出すと、悠香は陣地にぺたりと座り込んだ。
「大丈夫? 代わろうか?」
「うん……。喉、渇いちゃった」
はいよ、と陽子がペットボトルを投げてきた。上手いことキャッチした悠香の頭に、亜衣がぽんと手を置く。
「休んでて。次、私がやってくる」
「うん、ありがとう……」
もう八段も積み上がった塔に、ちょうどさっき悠香が最後に送り出した【エイム】が九段目を投下しようとしていた。亜衣はフィールドに出ると、きょろきょろと周囲を見回しているようだ。
「ヨーコ、手、空いてる?」
尋ねると陽子は頷いた。「どうした?」
「この辺り、横倒しになってる『積み木』はもうほとんどないの。【ドレーク】を使って、上手いこと縦になってる『積み木』を横倒しにできない?」
「やってみる」
競技開始後、【ドレーク】が稼働するのはこれが初めてだ。操作を手動に切り換えた陽子は、ふうっと肩の力を抜くとロボットを発進させた。【ドレーク】はクローラー駆動とも思えぬ高速で走り出し、一番近くに立っている『積み木』に狙いを定める。
ガタンッ!
大きな音を上げて『積み木』は吹っ飛び、横倒しになった。
「よっし!」
ガッツポーズする悠香。思い通りの操作ができた陽子も、上機嫌だ。
「輸送の距離の短縮にもなるな。いいね、これ。ガンガンやってくよ!」
悠香と亜衣が代わり番こに【エイム】を操作し、『積み木』を積む。陽子が【ドレーク】を操作し、菜摘がロボットの現在の状態を把握、管理。麗は修理に向けて待機。
十勝の言うように閏井の人員配置が完璧なら、落ち着いてきたフェニックスの人員配置もまた完璧だった。全ては今のところ、好調だ。
◆
熱狂する会場内に、実況の声が響き始める。
《ここで、現在の他の会場の様子をお伝えします!》
《画面に映し出されていますのは、大阪の関西会場です。現在、大きな動きは見られませんね。さすがにこの時間から各チームに差が出ていたのではいささかつまらないですからね、妥当でしょうか》
《西日本、北日本会場も同様の模様です! 熊野さん、動きが出てくるのはずばり、いつ頃と予測しますか?》
《スタートから四十分といったところでしょうか。
《なるほど! 間もなくスタートから十分が経過しますが、その辺りに注目ですね!》
「……へぇ、四十分ね」
十勝は不敵な笑みを浮かべた。
「俺は、もっと早いと思うな」
「具体的には?」
川内の問いに、十勝は指を立てる。「先ずもって余裕のあるチームでなきゃ、他の攻撃なんかできっこない。東高軍の連中は攻撃バカだ。じゃあ現時点で最も余裕のあるチームはどこだ?
「……何が言いたいんだ?」
「俺たちが攻撃するのも手だって話さ、そろそろね」
川内は目を丸くした。
確かに、閏井の塔は既に三メートル近くになっている。攻撃を始めれば守りが手薄になって反撃を受け、この塔が消滅するのは必至。しかし代わりに周囲の塔も無くなる訳だ。悪くないと言えば、悪くない。
「俺も、やっちゃえばいいと思うよ」
奥入瀬がぼそっと言い放ったその一声が、川内の心を決めた。耳に嵌めたヘッドホンのマイクに、川内は声を吹き込んだ。
「よし! 有田と物部、これより他チームへの攻撃を始める! 二人ともそのまま、始めちゃってくれ!」
昨年度優勝の経験を持つベテラン校『Armada閏井』が、いよいよ牙を剥いた。
他のチームはさぞ驚いたことだろう。突然、いつも通りに『積み木』を運んでいるように見えた閏井マークのロボットがこちらに驀進してきたかと思ったら、『積み木』の塔が音を立てて崩壊しているのだから。
閏井の輸送ロボット【BREAK】は、ただの輸送ロボットではない。掴んだ『積み木』を前方ないし後方へ投げ飛ばし、それを当てることで攻撃兵器にもなる。さらに、高い所へ『積み木』を投げ上げれば積むこともできる。シンプル極まりない能力だけを持ち合わせていながら、それは他のチームが考えもしなかった多目的ロボットなのだ。
どのチームも自分たちの操縦に精一杯で、そんな特性には気づきもしない。周囲のチームは瞬く間に塔を崩され、当然の如く反撃の手が閏井の塔にも差し向けられた。集中砲火を喰らい塔は呆気なく倒壊したが、そんなことになど気を配らぬ閏井の勢いは、いよいよもう止まらない。
「ひゃっはぁ! 崩れろ崩れろぉ!」
「残念だったね。ま、一から建て直しな」
有田と物部の捨てるセリフと共に、閏井を中心としたエリアの塔は続々と崩されていったのだった。
無論、そんな喧騒を悠香たちは何も知らないが。
戦いの狭間。
ふと、川内はフィールドの彼方に、見覚えのあるメンバーがいるのを見た。
事前審査で会った『山手女子フェニックス』の一員であった。輸送ロボットらしきモノの先を小走りで回りながら、彼女たちは『積み木』に何やらスプレーをかけていた。もっとも何をしているのかは、ここからでは委細はほとんど分からない。
ただ、手際が良さそうであることだけは、よく分かった。
「……どのくらいやってくれるかな、あの子たち」
川内は呟くと、その少女を視線から外した。
そのフェニックスにも今や、攻撃ロボットの魔の手が迫ってきていた。
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