059 発覚





 翌朝の事である。

 早くに登校した中三α組のクラスメートのとある一人が、机の下で日光を受けて輝く何かを見つけた。


「……あれ、これ」

 ひょいと拾い上げてみると、プラスチック板の上に金色の線が何本も入っている。

 電子基盤だ。すぐにそう気づいた彼女──黒部くろべ佐那さなは、辺りをきょろきょろと見回した。こんなもの、誰が落としたのだろう。その辺にでも捨てておくことはできるが、副級長を務める黒部はそんなことはなるべくしたくない。

 とは言え、教室にいた誰に聞いても「知らない」という返事が戻ってくるばかり。

「こんな部品を扱うとしたら、物理部かなぁ……?」

 だとしたら聖名子か渚なのだが。仕方ない、二人のどちらかが登校するのを待とう。黒部は椅子に腰掛けると、指先で何度もその基盤をいじってみる。


 と、その時。

「誰か!」

 叫びながら駆け込んできた人影があった。なんだ、悠香だ。

 入ってきたその場所で荒い息を落ち着かせながら、悠香は訴える。「誰か、この教室に『ユニバーサル基盤Σシグマタイプ』が落ちてるの見なかった? 昨日ここに落としたはずなの!」

「何、それ?」

 奥の方で歓談していた数人が、笑いながら尋ねる。悠香は必死だ。

「電子基盤! ロボットとかに使うやつ!」

「それならあたしたちは見てないよー」

 すぐに返答がなされ、悠香はがっくりと項垂れる。その時、黒部は気づいたら立ち上がっていた。

「これ…………?」

 掲げた指先には、あの基盤が挟んである。そのユニバーサルなにがしを黒部は知らないが、これも基盤なのだから聞いてみる価値はあるだろうと思ったのである。

 果たして、悠香は表情に僅かに希望を滲ませながら駆け寄ってきて、差し出されたその基盤を見、

「これだ!」

 歓喜の叫びを上げた。

「どこにあったの、これ⁉」

「わ、私の机の近くの床に」

 握った黒部の手をぶんぶん振る悠香。「ありがとう! ホントありがとう!」

「ほっ……」

 黒部も思わず安心した。もしも割ってしまっていたらと思うと、ぞっとする。

 悠香は苦心して探しだした宝物を愛でるように、うっとりした目付きで基盤を眺めている。しかし、物理部でなく悠香だったとは。ある意味予想の斜め上をいく展開だ。


 ふと、黒部は聞いてみた。

「……ねえ、さっき言ってたユニバーサル基盤って何?」

 悠香は、ん、と鼻から声を出す。

「電子基盤の種類だよ。ユニバーサルっていうのは、あらかじめどこにどういう風に電気が流れるのか決まってる基盤なの」

「それを、何に使うの?」

「ロボット」

「ロボット⁉」

 黒部はうっかり大声を出してしまった。あんまり意外だったから、堪えられなかったのだ。

 なになにー、と教室の端にいたグループが寄ってくる。「ハルカとロボットがどうしたって? 結婚でもするの?」

「私たちが作ってるの」

 悪質な冗談はきれいに受け流して、すんなり認める悠香。黒部の顔もグループの顔も、その時は全く一緒だった。ゾウが後方宙返りした、とでも耳にしたような顔である。

「えー、どこでどこで?」

「放課後の教室だよ。今、五人で」

「へえ……!」

「あ、見る?」

「見たい見たい!」

 悠香はロッカーに向かうと数字錠を回し、扉を引き開ける。中にはエイムの本体が上手く分解されて格納されている。慣れた手付きで組み立てると、そこには一台の立派なロボットが出来上がった。

 ギャラリーからまたも感嘆の声が上がる。「これは何するロボットなの?」

 もうすっかり悠香は上機嫌であった。このまま自慢してしまえ、そんな意識が指をリモコンに這わせる。

「こんな風にアームを広げてね、ここでモノを掴むんだ。ほら、開いたでしょ?」

「おー……!」

 アームを動かすだけで喜んでくれる黒部たちである。


 得意気な笑みを浮かべる悠香の肩を、誰かがトントンと叩いた。

「!」

 びっくりして振り向いてみれば、陽子ではないか。陽子はびしびしと怒りのマークを額に浮かべ、それを悠香に向けている。

「……ハルカ、昨日メールで『部品無くした』って言ってたのは、どーなったの? んで、なにを遊んでんの?」

「見つけたよ! ちゃんと見つけたよ!」

 ほら、と悠香は証拠品を差し出した。

 そもそもの発端は昨夜遅く、家に帰って色々な情報を整理していて、自分の管理している部品が足りないと気付いた悠香が全員に緊急メールを送って寄越したことだったのだ。安堵のため息をついた陽子に、見ていた数人から声が飛ぶ。

「ヨーコもこれ、やってるの?」

「えっ? う、うん」

「すごいじゃん! かっこいい!」

 陽子は目を白黒させて面食らっている。が、質問責めはそんなものでは収まらない。

「ヨーコとハルカが一緒にこんな事してたなんて、想像もつかないよなー」

「ねっ。ヨーコって何か、こういう事には消極的なイメージだったけど」

「そ……そんなことは……」

「これ、どうするの? 大会か何かに出すの?」

「私たちも観に行きたいなー!」

「──もう勝手にしてーっ!」




 結局。

 その後に着いた亜衣、菜摘、麗もが同じ目に遭い、五人とそのロボットは一躍注目の的となった。

 これまでクラスメートの誰に対しても秘匿を貫かれていたロボコン参加計画は、前日の帰宅時に悠香が落とした基盤を黒部が発見するというルートを介して、呆気なく露見したのである。そのメンバーやロボットの精巧さに、中三αの少女たちはすっかり釘付けになった。

 質問責めを受けた悠香たちは、最初こそ多少の戸惑いはあったものの。

「これを機にみんなにも知ってもらおうよ。教室での活動にも有利に働くかもしれないよ?」

 という悠香の提案で、積極的に説明する事にしたのだった。

 話はたちまちクラス中、果ては学年中に広まった。いつか信濃も指摘していた通り、口コミの伝播力というものは恐ろしい。たった四クラス百二十人だけの一学年全体に、ロボット研究会の噂が浸透するのに要した時間は、昼休みまでの僅か四時間足らずである。五限の授業が始まる頃には、ロボットを一目見ようと教室に十数名が押し寄せてくるまでになった。


「なんか、嬉しいね」

 取り囲まれながら頑張って説明をしている麗と悠香を見ながら、亜衣はのんびりとした口調で言った。陽子が賛同する。

「あたしも。あのロボットたち、初めて人前に出したんだもんね」

「あそこまで興味を持ってもらえると、こっちまでなんか気持ちが盛り上がるんだよね」

 ついでに宣伝にもなっていいよね、と菜摘。実際、悠香の言うことは間違っていなかった。放課後の練習を見てみたいと申し出るクラスメートは既に数名出てきてくれているし、そういう子に手伝いを求めることだってできるだろう。

──もっと早くからこうしておけば良かったなぁ……。そうすれば製作だって、もっと楽だったかもしれないのに。

 共通の後悔を抱きつつ、そんな後悔ができる事を喜びつつ、五人はいっそう待ち遠しくなった放課後を思いながら授業に臨むのだった。




 そんな五人とは対照的に、ロボコンへの関心の高まりをいい迷惑だと感じている少女もまた、いないわけではなかった。

 誰あろう、ホンモノの物理部の聖名子と渚である。


 昼休みになった途端にひっきりなしに出入りするようになった観衆を眺めていた渚は、聖名子に向かって独りごちた。

「一晩にして人気者になったねぇ、あの五人」

 皮肉たっぷりの言い様だが、さすがに今回ばかりは聖名子も同意せざるを得ない。

「さっきも聞かれたよ。ナギサたちもハルカの仲間なの、って」

 憤懣やる方ない様子の渚は、鼻をフンと鳴らす。「違うっての。あたしたちが本家だし、あたしたちの方がロボットだって出来は上だし。ハルカたちの仲間扱いされるのはすっごくムカつく!」

「……まぁ、仕方ないんじゃないのかな。何も知らないなら、仲間に思われるのは当たり前だしね」

 だから尚更悔しいんじゃん、と渚は尚もぼやく。その目がきゅっと澄んで、賑やかに笑い合う五人を捉えた。


 結局のところ、渚も聖名子も羨ましいだけなのだ。

 そのことは本人も自覚しているし、だからこそ、渚は誓うように付け加えたのだろう。

「……見てろよ、あいつら。本番ではハルカたちに絶対勝って、見返してやるんだから」

 と。


 聖名子はその時、何も言わなかった。





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