第3話 かみなりマリオネット

 すごくデカくて黒くて禍々しいやつがドアをどんどこどんどこと叩きながらお前はもう手遅れだお前はもう手遅れだ諦めろって叫んでいる夢にうなされてウワーッ!って飛び起きたらまだ7時前。珍しくお母さんが家に居て珍しく朝早くから動いていて、なんだかよく分からないけど一階でバタバタどんどことなにかやってるっぽい。平日ならとっくに起きてる時間だけどせっかくの日曜日ゆるゆる暁を覚えず決め込むつもりだったのに、お母さんがバタバタやってる物音でこわい夢を見ちゃったっぽい。ところで春眠暁を覚えずって春以外は夜明け前から起きてるの?それはそれでさすがに朝型すぎじゃない?仕方がないから布団から抜け出してカーディガン羽織ってもこもこスリッパに足を突っ込んで一階に降りる。最近は朝夕はもうめっきり冷える感じ。お昼まわると暖かいんだけどね。でも、この朝の寒さはなんとなく清潔って感じがしてわりとそんなに嫌いでもない。うーさむさむって二の腕さすりながら「も~お母さん朝からなにバタバタやってるの?」って声を掛けたらリビングでお母さんがお洋服やらお洋服やらお洋服なんかをポイポイポイポイしながら「あ、アズちゃんおはよう。ねぇエクスカリバー知らない?」なんて言うから、わたしは寝起きの表情鉄壁キープで「知らないよ~も~」なんて言う。いや、本当は穂高センパイが持ってっちゃったっていうか、ヒュッと虚空に消えちゃって以降は穂高センパイがビュッて自由に出したり消したりできるようになっちゃったって感じで、元通り台所の包丁の横に置いておいてもいつの間にか消えちゃうんだからしょうがないみたいな状態なんだけれども。まあ物が多すぎて頻繁にアレやらコレやらが行方不明になる家だから、お母さんもそのうち諦めるでしょ。そんなに大事なものなら最初からちゃんとしまっておきなさいよなんて責任転嫁しながらわたしは二人ぶんの朝ごはんを作る。冷ごはんをチンして卵焼き巻いて、昨日の残りの白菜の煮びたしと海苔と納豆とお湯を注ぐだけのお味噌汁。あと焼きシャケでもあれば完璧な朝定食なんだけれどもそこはアレ。人間、足ることを知るのが重要なのだ。あんまり求めすぎるのは良くない。湯呑みに直接ティーバック一個で二人分の緑茶を入れてお母さんに「ごはんできたよー」って声をかけるといちおー食べにはくるんだけれども、全然気もそぞろって感じでよっぽどエクスカリバーのことが気になるみたい。

「おかしいわねー、どこに行ったのかしら」

「さあー、わたしは触らないけど。触れないし」

「そうよねー」

「そんなに大事なものだったの?」

「んー、別にお母さんにとって大事かっていうと使い道のないものなんだけど、使える人の手に渡ったんだとしたら若干めんどうというか」

「悪用されちゃうとかそういうこと?」

「うーん、その可能性もあるっちゃあるわねー」

 まあ穂高センパイだし、別に悪いことに使ったりはしないだろうから大丈夫でしょってわたしは思うんだけど、お母さんにはそう言うわけにもいかないから知らんぷりを決め込むしかない。いや、だってまだ彼氏できたこと黙ってるし。お母さんはなんか謎の勘で概ねは気付いてはいるっぽいけれど。だから前におにぎりが家に来た時もわたしが食ったってことしか言ってなくて、実はそのとき穂高センパイも家に居たっていうのも実は穂高センパイが助けてくれたっていうのも実は穂高センパイがエクスカリバー使える王者だっていうこともナイショにしてるわけ。その王者っていうのがなんなのかはわたしもよく知らないんだけどね。お母さんがチョロっとそんなこと言ってた気がするってだけで。王者にしか扱えない地上最強の聖剣だって。

 朝ごはんたべて食器を洗って洗濯機まわしながらちょっとテレビの報道番組とか見て、あら最近なんだか世の中物騒ねーなんて思ってみたり、あがった洗濯物干したりしてなんやかんや10時くらいになっても「うーんおかしいわねーストリームワンに回収されたかしら。いやでも」とかブツブツ言いながらまだお母さんがしつこくエクスカリバーを探しているからわたしはだんだん居づらくなってきて、特に用事もないのに服を着替えて出掛ける準備をする。「もう、せっかくだからいい機会だと思って根本的に物を整理しなよねー」なんて、逆に小言を言いのこして家を出る。とはいえ日曜の午前10時である。さてどこへ行こうかって歩きながらスマホのアドレス帳をなんとなく見てはみるんだけど、穂高センパイは文化祭で運営委員てきなのになっているらしくてここのところ大詰めらしく忙しいっぽいし、サワメグもサワメグで口ではもう引退だの隠居だの年金生活者だのって言ってるけれども相変わらず世界の敵と戦うのに忙しいっぽいし、そうなるともうね、ザッツオールって感じ。久しぶりに街に出てみるかなーなんてちょっと思ったりもするんだけど、穂高センパイと付き合うようになってからはわりと前みたいに街をフラフラうろついたりするのもちょっと控えていたり。まあ別に、穂高センパイはわたしがフラフラ遊んでてもそれで怒るってタイプでもないんだろうけど、そこはそれ、別にそういう問題じゃなくて、わたし自身の問題。そんな感じで別に駅のほうに向かうでもなくぼんやりと適当に歩いてたら、あ、こっちのほう図書館があったじゃんって思って、そのまま歩きで図書館まで行くことにする。うむ、健全健全。

 中央図書館みたいな大きいやつじゃなくて地域の公民館の隣にくっついているちょっとした図書館だからたいした本も置いてないし、どっちかっていうと子供たちと老人たちの憩いの場てきなのんびりした感じなんだけど、建物じたいは最近建て直された綺麗なやつだし、なんか無駄に奮発して有名なデザイナーにデザインしてもらったとかで窓も大きくて開放的で明るいから居心地はそんなに悪くない。秋の日曜のやわらかい陽射しが差し込んでてぽかぽかと気持ちいいんだけど、これたぶん本を保管する環境としてはあんまりよろしくないのでは?なんて思ったりもする。絵本と児童書と手芸本と料理本と時代小説とハーレクインに押されてすみっこのほうに申し訳程度にある一般文芸の書棚をなんとなく見て回る。ま~みむめも~も、も、森絵都。うん森絵都ってなんか好きだった気がする~って背表紙の頭をトントン人差し指で触りながらカニ歩きしてたら、別の人が本を取ろうと伸ばしてきた手にちょっと当たっちゃう。わたしが「あ、すいません」なんて言って手を引っ込めたら相手はこんな辺鄙なちっこい図書館には珍しい若い男の子。たぶん同い年くらい。高校生。目があったらキラキラと輝かしいエフェクトを飛ばしながらニコっと笑いかけてきて、本をちょっと掲げながら「この本、好きなんですか?」なんて聞いてくるから、わたしはうわっ!まぶしっ!ってなって「いえ、まだ読んでないので分かりません」って言いながら素早く視線を外す。ていうかそれ森絵都じゃなくて森奈津子じゃんちょっとえっちなやつじゃん男の子なのにそういうのが好きなのかい君は。やらし。

 街中でちょいちょい声をかけてくるような一発ヤりたいだけのおじさんお兄さんとはどうでもいい話をいくらでもできちゃうんだけど、こういう健全っぽい場所で健全っぽい知らない青少年と健全っぽい話をするのとかはすごく苦手。というか経験がない。なんであんまり露骨にならない程度にスルスルーと別の棚に移動するんだけど、なんか健全青少年がキラキラエフェクトをまといながら付かず離れず微妙な距離にずっと居る。山田詠美とか見てたら「大人なほうの山田詠美のほうが好み?」とかなんとか声を掛けてくる。「図書館ですから、お静かに」って言ったら「ああ、そうだね」って顔を寄せてきて小声で話しかけてくるから今度はフローラルなエフェクトがただよってきて、いや、そういうことじゃないってなる。「さっきからちょっとえっちな小説の話ばっかりですね。えっちなのが好きなんですか」なんて、ちょっと棘の出た球を投げてみたら「まあ、それなりに?」なんて言うから、んーこれはどうなんだろうなーってかるく脳内審議。ちょっと控えようとは思ってたところだけど別にキッパリやめるって決意したってわけでもないし、もう少し様子を見てみようかなって感じで「お話するなら場所かえませんか?」って言ってみる。そしたら二つ返事でノッてくるし、まあどうだろうね。そういうことになったらそういうことになったでご愁傷さまって感じだし、そうでもなさそうなら別に強いて追うほどでもないし。ってわけでふたりで連れ立って図書館を出る。どこかお店にでも入る?みたいな話になるんだけれども、なにしろこのへんは辺境の地なのでお店って言っても幹線道路沿いのココイチと松屋とラーメン屋くらいしかない。

「おいしいケーキ屋さんがあるよ」

「ケーキ屋さん?こんなところに?」

「うん、でも人気店だからひょっとしたら座れないかも」

 いや、ほんとこのあたり田んぼとコンビニと住宅街しかないお店やさん不毛の地って感じでほんまかいなってなもんなんだけど、でもなんかよく見たらこの子ファッションとかもラフでシンプルでありつつもそこはかとなく生地感やシルエットにオシャレ上級者感が漂っているし、オシャレ上級者特有のオシャレ隠れ家てき名店に関するデータベースを持っているのかもしれない。こっちこっちと言われるままに戸建てが並ぶ住宅街をてくてく歩いて行くと、ほんとに住宅街のただ中に唐突にケーキ屋さんがある。ていうか、表にメニューの書いてあるブラックボードが出ているのと異常なまでにお花に覆われているので普通の住宅じゃなくてなにかしらのお店かなんかなんだろうなぁって思うってくらいで、パッと見はただの個人の洋風住宅っぽくて敷居の高さがハンパない。そんな感じなんだけどキラキラくんが躊躇なくお花のゲートをくぐってドアを開けるからわたしも仕方なくキョロキョロしながらうしろをついていく。いらっしゃいませーって声がして、あ、やっぱお店なんだここって改めて思ったりもする。まあお店なんだろうけどさ。

 入ってすぐのところにショーケースとレジがあってお持ち帰りがメインっぽいんだけど、奥に席もいくつかあっていちおー喫茶店てきにも使っていただけますみたいな構造。外から見るともりもりのお花が生垣になってて店内の様子が伺えなかったんだけど、中は一面が大きなガラス窓になっていて、圧巻のもりもりお花の生垣をバックにちょっとした坪庭とテラス席もあって、全体的にヨーロピアン?な雰囲気だし、ここがしみったれた住宅街のドまんなかだっていうのを忘れちゃう感じ。キラキラくんが手をピースサインにして、たぶん二人ですよって意思表示なんだろうけど、勝手知ったるって感じにズンズンと奥に進んでいって窓ガラス横のソファー席に陣取る。わたしもついていくんだけど、途中の床にでっかいゴールデンレトリバーが丸くなっていたり、座ろうとしたらソファに置いてある丸いクッションだと思っていたのが抱き合って寝ている二匹の猫だったりしてびっくりする。黒いのと白いのががっちり抱き合って陰陽のマークみたいになってんの。

「ずいぶんとざっくりした感じなんですね……犬とか猫とか」

「たぶん食品衛生てきな話だとあんまり良くはないんだろうけどね。あ、猫とか犬は平気だった?大丈夫?」

「大丈夫です」

 むしろ人間よりはだいぶ平気なほう。でも犬も猫も全然サービス精神がない感じでお客が来ても愛想する気配もなくぐーすかぐーすか眠ってるから、居ても居なくても大差ない感じではある。試しに猫にちょっと触ってみるんだけど全然反応がない。完全に安心しきって寝てる。危機意識なさすぎじゃなかろうか。ファンシー感バリバリの内装に似つかわしくない(失礼)普通のそのへんのお母ちゃんって感じの店員さんがそのへんの定食屋さんみたいながさつなノリでパタパタとメニュー持ってきてくれて、パカッと開いた瞬間にわたしは反射的に「うわたっか」と声が出ちゃう。言っても所詮はケーキ屋さんだから逆立ちしても手が出せないなんて値段ではないんだけれども、バイトもしてない節約貯蓄貯金魚な女子高生が気楽に来れるような値段帯ではない。コーヒー一杯が650円ってなんだこれはと固まっていたらシャイニングボーイが「あ、僕が出すよ。当然。気にしないでなんでも好きなもの頼んで」なんて豪胆なことを言うものだから、わたしはそういうことなら遠慮なくって秋だしイチオシっぽいモンブランを注文する。シャイニーはベイクドチーズケーキ。あとコーヒーふたつ。こういうオーソドックスなやつで地力の違いっていうのが分かるもんなんだよ、とかなんとか。

「高校生ですよね?お金あるんだ」

「まあ、ちょこちょことお仕事をしているから多少は、ね」

 なんて余裕の表情。座ってお話するってだけのイベントにン千円をポンと出せるっぽいからホテル代もすんなり出るくらいの余裕はありそうな感じ。めんどくさいから早めに本題に切り込んでみようかな、なんて思うんだけど「さすがに時間帯が早いからまだ空いてるね。もうちょっと遅い時間になると土日はだいたい満席だし、座れても色々と売り切れてたりするし、なかなかうまいこといかないんだよ。アサイチは結構ねらい目だなあ」「こんなところにあるもんなんですね」「うん、たぶん子供も大きくなって手も離れたお母さんの趣味みたいなものだと思うんだけど、わりと本格的なんだよ。元々はけっこう由緒正しい経歴持ってたりするんじゃないかなあ」「あーそんな感じですね」「お客さんもね、だいたいこのへんのお母さんたちだから、お母さんたちで回っている経済圏っていうのがある感じ。ケーキ屋さんだけじゃなくて手作りアクセサリーのお店とかお料理教室とかね。そういうのがポツポツとあったりする」「うちのお母さんもそういうの好きかも。手作りアクセサリーとかに対しては財布の紐が緩い感じ」とかって、予定外に色々と話が弾んじゃったりもする。いや、だってわりと興味深いじゃんお母さん経済圏。そんな話を一通りしてやっと一段落したって頃合いになってようやくケーキとコーヒーが出てきて、いやこれがもう本当においしいの。びっくりするぐらい。シャイニング少年のほうを見たら「ね?言ったでしょ?」みたいな顔しててちょっとムカつくんだけど、これは確かになかなかのもの。コーヒーも香りの深みが全然違うって感じで、わたしは全然そういうの分かるタイプでもないんだけど、それでもこれはいいものだなって気はする。完璧なケーキに完璧なコーヒーにヨーロピアンで統一感のある凝った内装ってパキッとした部分と、そのわりに店員さんは足元がいぼいぼつきの健康サンダルな近所のお母ちゃんっぽい感じだったりやる気の感じられない犬とか猫が転がってたりするゆるゆるとした部分のギャップもなかなか素敵で総合的に高評価。これはちょっとさすがに、ここからなんぼなら出せますかじゃあホテル行きますかみたいな話には持っていきづらい感じがあって、仕方がないからどうでもいいような話で盛り上がってみたりする。ついつい盛り上がってみちゃったりする。

「そのニット、ラインが綺麗だよね。ジル?」「よく分かりますねそういうの」「うんまあ、ちょっと詳しい」「わたしのじゃなくてお母さんのなんですけど、お母さん全体的に派手好きだからあんまりわたしが着れるようなのないんだけど、これは普通にシンプルだからいいかなあって思って、ちょっと借りてるの。でも他が安物だから浮いてそう」「いいんじゃないかな。そういうちょっと仕立てのいいやつを普段着っぽいコーデにラフに合わせてくるほうが手練れっぽい」「手練れって」

 とか、そういう感じ。なんかついつい言葉づかいも砕けてきちゃったり、自然と口角が上がってきちゃったりもする。気が付いたらいつの間にか普通に目を見ながら会話している。今さらながら、わりと綺麗な顔してるんだなーって思ったりもする。歯並びが綺麗で健康的で、全体的に健全って語を擬人化したみたいな健全さなんだけれども、左耳にあいてるピアスが唯一ちょっと不健全さをアピールしている感じでそのへんのバランス感覚もうまい。うーん、なんかよくないぞーって感じもする。でもなんか、あなたはどこの誰さんなんですか?っていう部分を一切無視してどうでもいい話に徹している感じが心地よくて、うん、ここまで話してもまだお互いに名前も年齢も職業もなんにも知らないし気にもならないの。ちっとも建設的じゃない、まるっきりの会話の無駄遣い。無駄遣いが楽しいのはなんだって同じなんだなって思う。そんなこんなでなんやかんやと話し込んでいたらいつのまにかお昼も回ってて、まわりのテーブルもちらほらと埋まりはじめたなーと思ったらあっという間に満席になっていて、やっぱり客層は近所のお母さんたちなのね。ちょっとわたしたちだけが異質な感じだし、いよいよウェイティングのお客さんまで出始めて満席なら仕方ない出直そうかーみたいな雰囲気を出してるから、シャイニーくんが「あ、いいですよ。僕たちもう出ますから」って声を掛けて席を立つ。なんかそういうところもいちいち気が利く子って感じでけちのつけどころがなかなかない。それでお店を出て、じゃあこれからどうしますかーって話になったら「あ、ごめん。僕これからちょっと仕事があるんだよね」なんて言って、意外とアッサリしてる。「アレだったら電話かLINEかそういうの教えて?」「いや、あんまりそういうのは開示してないです」「あ、そっか。じゃあまたどっかで会ったらね」「はい。どっかで会ったら」みたいな感じですごくすんなりパッといなくなっちゃう。んーなんだろう、この肩すかし感。狩りとしても失敗だし、なんだかんだ悪い気もしないしで、これは本当に、まるで良くない。まあでも、もう顔も忘れたけど。

 そんなことがあった次の日、月曜日。いつも通りに学校に行ったらなんかちょっといつもと雰囲気が違う。普段はわたしが教室に入っても誰もなにも注意を払わないって感じで居ないものとして扱われている感じなのに、今日はなんだか視線やらなんやらをビシバシ感じる。教室の隅っこのほうで固まりになってヒソヒソとなにか喋っている女の子たちのヒソヒソ喋っている内容がどうもわたしのことのような、チラチラこっちを見ているような。自意識過剰かな?なんてことも思うんだけど、やっぱなんかおかしいよなぁなんて考えていたら、固まりの中から一個、意を決したように女の子がわたしに近づいてくる。お、なんだなんだ、喋りかけてくるのかって思って、わたしの頭は超高速回転であらゆる可能性を一瞬にしてシミュレーションするんだけど「中萱さん、釘くんと知り合いなの?」って、本当に一文字たりとも意味を把握できないことを言われるものだから「は?」って素の反応をしてしまう。は?釘って誰?つか何?名前?ていうかアンタ誰?えっと、カボチャだっけ?って感じなんだけど「ひょっとして中萱さんもモデルとかやってるの?」とか、さらに話がブチ飛ぶから成層圏のはるか彼方っぽくて全然話が見えてこない。こういうのは歩み寄りが大事ですよ。モデルってなんだよンなわけねぇだろこの淀んだアースカラーのオーラが目に入らぬのか。

「きのう釘くんと一緒に歩いてたでしょ?」

「ああ、なんか知らない人に喋りかけられたけど……でも知らない人だよ?」

 ていうか、見られていたのか。しかも噂になってるの。ちょっとそれはマズいなぁ、多少話の展開をゴリってでも後腐れのないようにちゃんと食っておくべきだったかなぁとか思うんだけど、見られてしまっている時点でそれはそれで危ういのかなぁとか。うーん迂闊だ不覚だって反省ひとしきりなんだけれども、カボチャはわたしのそんな反応なんかまるっと無視してなんか一方的に喋ってる。いや、カボチャじゃないか。そういえばカボチャはこの間の松川さん事件の時に存在そのものが消滅したんだった。でもなんかカボチャっぽいなあ。あ、別にいいのか元祖カボチャはもう存在しないんだから今後混同しちゃうってこともないんだし、これからは君がカボチャってことで。二代目カボチャ、先帝の無念を晴らせ。そんでカボチャ(二代目)の話を統合すると、昨日のシャイニーボーイは等々力釘っていう名前で、ティーン向けのファッション誌で読者モデルやっててプチ芸能人みたいな感じらしい。まあ確かに、オシャレ上級者てきなオーラもビシバシ出していたような覚えがあるし、なんか綺麗な顔をしていたような印象もある。もう具体的には全然思い出せないんだけど。それでカボチャはわたしがその釘くんと喋っているのを見てじぶんもなんかワンチャンあるかもって思っているから、その願望がバイアスになってわたしの話は全然耳に届かないらしい。知らない人だって言ってんじゃん。どうにもならないよ。ていうか今の今まで半年以上も同じクラスで居ても居ないみたいな扱いだったのに急になんだよー現金なもんだよなーってお弁当食べながらサワメグにその話をしたら、サワメグ曰くここのところクラス内の政治的な情勢がちょっと変わってきているらしい。

「以前だったら仮にカボチャが釘くん?とのワンチャンを狙ってたとしてもアズに喋りかけたりはしてなかったと思うけどね。前はホラ、松川さんがクラス内ヒエラルキーの無敵女王として最上位に君臨していたじゃん?」

 って、お箸の先で虚空にトライアングルを描いて見せる。いや、そりゃ松川さん、なんか人気者ポジションだったっぽくはあったけど、無敵女王とかそんなんだったの?すごすぎない?

「その松川さんがアズを外してたからアズは他の子たちにとってもアンタッチャブルだったのね。絶対王政だから。アズが外されていた原因っていうのは、まあ穂高センパイの件とかもあるんだろうけど、それ以前の問題としてそもそもはアズが松川さんを脅かしうるポテンシャルを持っていたからってことなんだよね。アズがタッチの差での二番手だったってわけ。んで、最初は実はアズをじぶんの勢力に抱き込もうっていう動きもあったんだけど、アズは鈍感だしそういう政治力バトルにはほんと興味ないから抱き込めないじゃん?でも施政者にとってはそういうアンコントローラブルなのが二番手に控えているっていうのはめっちゃ脅威なわけよ。そういうわけで松川さんはアズを外してたっていう、そういう事情があったのね」

 なんかすごい話だな。たかがクラス内ヒエラルキーで春秋戦国時代かよ。

「でも、その絶対王者の松川さんが居なくなっちゃって、それでちょっとクラス内の政治的情勢が不安定なんだけれど、これまで絶対王政下で政情が安定していたものだからせっかく絶対王政が倒れたっていうのに民主化しようとかそういう動きじゃなくて、民衆のほうから次の絶対王者を求めるようなそういう心境になっているわけ。みんな、誰か強者に治めてもらいたがっているんだよ。で、順当に行くとそのポジションに収まるのは潜在的二番手であるアズってわけ」

 ピッ、とお箸をわたしのおでこに突き付けながらサワメグがそう言う。あの子たちには神輿が必要なのよ、なんて。んー、神輿か神輿いやだなぁ。でも、わたしと同じくらい学校に友達いなくて接点もなんもないくせに、だいたいいつもなんか謎の情報網と分析力で学校内のさまざまな事情を俯瞰的に把握しているサワメグでも、今回のその分析はどうなの?って感じしかしないけれども。いっそ絶対王者としてムスビのコトワリで世界を再構成してやりましょうか。そんなこんなで、なんか最近はカボチャが休み時間とかにちょいちょい喋りかけてきたりもする。カボチャにつられてカボチャとツルんでいる子たちもぽつぽつと喋るようになったりして、別に釘くんの話とかばっかでもなく(そもそも釘くんに関して話すほどのことを知らない)、買うお金があるわけでもないのにファッション誌広げてアレがどうだコレがどうだと言い合ってみたり、要は甘ければなんだっていいんだからそんなに差があるわけでもないだろうにどこのお店のクレープがおいしいとかそんな話をしてみたり、わたしもなんだかんだひとりで街をフラフラしてた期間が長いから、ああ、あそこはなんかいつも並んでいるし評判はいいっぽいよーとか、そんなどうでもいい返事をしてみたりで、サワメグとふたりきりでわき目もふらずに突っ切って行くアースカラーで低空飛行な学校生活がなんだか急遽、普通で普通な普通の女子高生っぽかったりする。ちょこっとサワメグの話も出たりして、やっぱちょっと性格が特殊だし魔法がどうだとか多少頭のネジが飛んでるっぽいところもあるしでみんな若干どう接すればいいのかは困ってるっぽさはあるんだけれど、別に倦厭してるってわけでもなくて興味があったりはするっぽい。まあ見た目はかわいいからね、サワメグ。そんな感じで、わたしとサワメグがふたりで築き上げてきた絶対不可侵のATフィールドが着実に外側から打ち壊されていく感じで、ちょっと嫌だなめんどくさいなっていう気持ちと全然嫌じゃなくて楽しいなうれしいなって思っちゃう気持ちが半々くらい。ひょっとしてこのまま普通に普通な女子高生として生きていかれるんじゃないかって、そんな希望をほんの少しだけ抱いたりもする。でもやっぱり、適度に不真面目でそこそこにめんどくさがりな性格だから、放課後に文化祭の準備とかそういうのを「中萱さんも一緒にやろうよ!」みたいなノリで来られちゃうと、いやぁどうだろうかって感じでスルっとかわしてそそくさと校門を出ちゃう。すっかり陽が短くなってきて、既に空は秋特有の綺麗なオレンジ色の夕焼けに向けて準備を今からもうはじめてますって感じで、まだまだ全然明るいんだけど、これは今日はいい夕焼けになるぞっていう気配がぎゅんぎゅんしてる。せっかくだからそのへんの自販機であったかいコーヒーでも買って、お気に入りのマンションの屋上で夕焼け鑑賞と洒落こもうか、なんて思いついて、消費税が8%だ10%だと言っているこのご時世にも100円玉ひとつで買えるぬくもり熱い缶コーヒーてき尾崎豊マインドを貫いているハードコアな自販機の前で貯蓄貯金魚のガマ口を開く。ちょっと手元が狂って100円玉落としちゃって、それがそのままコロコロコロコロと道を転がっていっちゃうからあーあーあーって追いかけていったら誰かが拾ってくれて「久しぶり」なんて言いながらハイって渡してくれる。うん?誰だっけ?って思うんだけど、特徴があんまりなくて見分けのつきにくい顔。でも健全っぽいし左耳にピアスしてるしで「あ、え~っと、釘くん?」って首をかしげたら「あれ、名前知ってるんだ」って言うからビンゴっぽい。なかなかやるじゃん、わたし。

「なにしてんの?」

「んー、なんか空が、綺麗な夕焼けになりそうな気配があるから。缶コーヒーでも飲みながら待機しようかなって思ってたところです」

「へー、いいね。どこかいい場所でもあるの?教えてよ」

 なんて言うから、ちょっと断りづらいなあって感じでわたしは曖昧に笑うんだけど、別にいいよとも言ってないのに勝手についてくるから、まあこれは不可抗力ってもんだよねって自分に言い訳しながらマンションの外階段を昇る。

「ここ、君の家?」

「いえ、全然知らないマンションですけど、わりと眺めがいいもんでたまに勝手に使ってるんですよ」

「ああ、いいね。穴場スポットてきな」

 たかだか6階建てくらいのマンションなんだけど、このへんはほとんど二階建て三階建てくらいの建物しかないからそれでも頭ひとつ抜けていて、わりと眺めの良さがある。屋上はいちおう立ち入り禁止っぽくて鍵のかかった門扉があるんだけど、腰よりちょっと高いぐらいの高さしかなくて全然拒む気がないからよじ登って乗り越える。釘くんは片手をついてヒョイってジャンプして軽々と飛び越えてくる。

 立ち入り禁止の屋上は当然だけど無人で「あ、すごい。本当に穴場っぽい」とか言いながら釘くんがはしゃいでるんだけど、わたしは無視して給水塔のハシゴを登ってもう一段高いところのヘリに腰掛ける。釘くんも登ってくるんだけど、わたしは「別に居てもいいけど、あんまり喋らないでね。こういうのは静寂と孤独が重要なんだから」って釘を刺しておく。釘だけに。

 いよいよ陽が落ちてきて、空がじんわりと黄色っぽくなってくる。わたしも釘くんも特に喋らなくて、ただ黙って空の色が変わって行くのを見ている。缶コーヒーはもうとっくに冷めきっていて、ちょっと肌寒い。気が付いたらいつの間にか釘くんが隣に座っている。でもそんなには気にならない。あんまり人が隣に座っているって感じがしなくて、なんか高級なバッグが隣に置いてある、みたいな感じ。空がいよいよオレンジを帯びてくる。わたしはクシュンと小さくくしゃみをする。

「大丈夫?」

 すごく久しぶりに釘くんが声を出して。

「大丈夫」

 わたしは短くこたえる。

 またしばらく沈黙。

「ねえ」

 釘くんが言う。

 わたしは無言。

「こんな話しってる?」

 わたしは無言。釘くんは勝手に続ける。

「街にね。なにをするわけでもなくずっと座っている女の子が居るの。顔とかは整っているし美人なんだけど、そんなにセクシーなタイプでもなくて、本人もそんなにセックスアピールをしているような感じでもない。どっちかっていうとマネキンみたいな硬質な印象でね。でも、不思議と、ある種の男はそれに性的な魅力をついつい感じてしまう」

 わたしは無言でオレンジになっていく空を見ている。

「まあでも、だいたいの男はそれだけだ。街で魅力的な女の子を見かけたところで特にどうっていうこともない。ああ、綺麗な子だなって思うだけだ。でも、ちょっと積極的なタイプだと、ひょっとしたら話しかけたりもするかもしれない。あるいは、全然積極的なタイプではないけれども、なにかを奮い立たせるように頑張って声をかけたりするのかもしれない。色々だ」

 いよいよ空がオレンジになってくる。わたしは空を見ている。

「そうするとね、女の子はまるで試すように聞いてくるわけ。いくらなら出せますか?」

 釘くんの声は、もうほとんどささやくような感じになっている。吐息を感じるような距離。

「でもね、そこで交渉に応じた男は、消えちゃうんだってさ。きれいさっぱり、なんの痕跡も残さずに」

 わたしは横を向く。釘くんを見る。釘くんもこちらを見ている。西日が当たって、綺麗な顔のコントラストがとても鮮やかで、もうほとんど、キス直前みたいな距離。

 わたしの間合いだ。

 今、いくべきだと思う。ここはこのへんで一段高い建物の屋上、その上の給水塔の上。誰もいない。誰も見ていない。きれいさっぱり、なんの痕跡も残さずに。

 わたしが顎を開こうとしたまさにその時、釘くんが一瞬にしてパッと穂高センパイに入れ替わった。穂高センパイが、エクスカリバーを給水塔のへりに突き立てている。え、なんだこの状況?

 斜め上45度くらいの角度から、釘くんをエクスカリバーで刺し貫くつもりで、穂高センパイ降って来た……?6階建ての屋上に?それで、それを釘くんが飛びのいてかわした?釘くんは?どこ?

 見ると釘くんは給水塔から飛び降りて屋上に着地している。穂高センパイがエクスカリバーを引き抜いてそれに対峙する。

「あの……穂高センパイ?」

「中萱さん下がって」

「いや、別にこれは、そういうのじゃなくてね。わたしはただひとりで夕焼けを見ようかななんて思ってただけなんだけど、なんか釘くんが……あ、あの子釘くんって言うんだけど、勝手についてきちゃって」

 ってわたしは頭がグルグルしちゃってなんかどうでもいいような言い訳をしているっぽいんだけど、いや、なんかそれもダメな感じもするんだけど、今のこの状況はそういうことじゃなくて。

「中萱さん、あの顔に見覚えない?」

「顔?釘くんの?」

「そう。髪おろしてるし表情とかで印象はちょっと違うけど、ほとんど同じ顔だよ。例のパンクスと」

「パンクスって、おにぎりの?」

 穂高センパイにそう言われてわたしは釘くんの顔を見る。釘くんは穂高センパイを下から見上げて、今まで見せていたようなキラキラエフェクトとは全くちがう不敵な表情。ああ、でもたしかに、あの顔からあらゆる生気と気力を抜き去って徹底的にやる気のない感じにしてやったら例の金髪のパンクスとそっくりかもしれない。ちがうかもしれない。もう顔なんて、ほとんど覚えてない。

 穂高センパイがエクスカリバーで背後から一突きにして殺したおにぎりに、似ているかもしれない。兄弟かなにかみたいに。

「おかしいと思ったんだよなぁ」

 釘くんが言う。笑っている。

「僕と兄貴はさ、すげぇ顔が似てるんだよ。双子かと間違えられるくらい。だから僕がこの顔で近づけばそれだけで絶対になにかのリアクションはあるだろうって思ってたんだけど、まるで無反応だしさ。なーんも察している気配もないし、ひょっとしてものすごい手練れなのかとも考えたけど、まるで無防備だしそんな感じでもない。あれ?ひょっとして間違えたかな、なんて思ったんだけどさ」

 そう言いながら、釘くんは前髪をかき上げる。顔がよく見えるように。

「違ったんだ。ただの過大評価。お前、そもそも人間の顔の区別がついてないんだろ。まあ、そりゃそうだよな。僕だって、牛だの豚だのの顔の区別なんかつかないもん。自分の食い物の顔なんか、いちいち気にするわけがない。よっぽど注意してなきゃこれが同じ牛か、なんて、ましてやこの牛とこの牛はよく似ているから兄弟かなんかじゃないかって、そんなこと、分かるわけがないよなあ?」

 当たり。わたしにはほとんどの人間の顔の区別がつかない。例外は、穂高センパイとサワメグぐらい。

「それにさ、兄貴がそんじょそこいらの人食い鬼ごときにおくれを取るわけじゃないんだよね。単独での戦闘能力ならほとんど日本最強だったんだから。最強だからこその単独行動だったんだから。どんなすげぇ人食い鬼を相手どったのかと思ったら、全然つよそうな気配もない。こんな雑魚に兄貴が食われちゃうわけがないよなぁって思ってたんだけど」

 そう言いながら、釘くんは屋上のコンクリートの床に手を突っ込む。手が、まるで水に手を入れたみたいに、コンクリートに沈み込む。引き抜く。手には長い長い日本刀が握られている。抜き身のそれを、穂高センパイに向ける。

「お前だったんだな。兄貴を殺したのは。初めまして僕の敵」

 穂高センパイが給水塔を飛び降りる。釘くんが、瞬間移動みたいな速度で穂高センパイに斬りかかっている。釘くんの日本刀を穂高センパイのエクスカリバーが受け流す。金属音。

「へえ、村雨を受けられるってのはなかなかのもんだな、その剣も。どこでどうやって手に入れたのかは知らないけど、素人がちっと強い剣持ったぐらいのことで臨戦態勢の本職に勝てるだなんて思うなよ」

 下から切り上げる。穂高センパイは飛びのいてかわす。もうほとんど、肉眼だとなにが起こっているのかも分からないような速度。待って。なんで剣を持ったぐらいのことで、そんな身体の動きまで人間離れしちゃうわけ?

「どうせ兄貴のことも、油断しているところを卑怯に後ろから襲いでもしたんだろ」

 釘くんは興奮している。それに、笑っている。嬉しそうに。やっと見つけた敵を殺せることが、嬉しくてたまらないっていうように。

「穂高センパイ!」

 わたしは呼びかける。穂高センパイは落ち着いている。腰を落として、エクスカリバーを構える。釘くんが飛びかかる。

「マトモにやってりゃなあ、お前みたいなのに兄貴が負けるはずがないんだよ!」

 金属音。

 わたしはとっさに目を閉じている。数秒をおいて、カランっという金属音。わたしは目を開く。目を開いて見る。

「な……」

 釘くんの村雨が真っ二つに折れている。その切っ先が飛んで、遠くに転がっている。

「なんだお前!?日本最強の妖刀村雨が!400年以上も日本を鬼の脅威から守ってきた妖刀が、折れるだと…!?なんだその剣は!!」

 穂高センパイはこたえない。ただ、間合いをつめて、エクスカリバーを振りかぶる。釘くんに、おにぎりにトドメを刺すために。

「くそ!馬鹿な!そんなことがあってたまるか!なんだお前は!なんだ!お前は!!」

 穂高センパイが、エクスカリバーを振り下ろす。

 金属音。

「エージェントコードKK1208ストリームワン、オブジェクト001を捕捉。最悪よ、適合者だわ。エナジー制限の解除を緊急要請。審議の時間はない、全責任はわたしが負う」

 魔法少女モードの金色に輝く髪をなびかせたサワメグがマジカルトカレフの銃身で穂高センパイのエクスカリバーを受け止めている。表情にいつもの余裕がない。光が弾けて、マジカルトカレフが粉々になる。サワメグが釘くんを抱えて飛びのく。

「オブジェクト718をロスト。攻性オブジェクトを要請。三桁代じゃ話にならない。なんでもいいから使える一桁代を送って!」

 サワメグが誰かと通話している。たぶん、魔法少女の元締めの組織みたいなところ。いや、それはいいんだけど、なんでサワメグが穂高センパイと戦ってるの?

「プログラムのエージェントか!なんだそいつは!?」

「ディバインスクリプトをローディングしているのよ!あんたみたいなチンケなおにぎりがどうこうできるレベルじゃないわ!ちょっと大人しくしててね!」

 釘くんがいきなり現れたサワメグにそう叫んで、サワメグがそう言って、釘くんの目の前でパチンと指を弾いたらもうそれで釘くんは意識を失ったみたいでドサッと倒れちゃう。随分と雑な扱いだなあって思うんだけど、サワメグのほうもサワメグのほうでそんなことにいちいち気遣っている余裕がないっぽい。焦っているの?サワメグが?あのサワメグが?

「ちょっとサワメグ!なにがどうなってるわけ!」

 わたしは四つん這いになって給水塔の上から叫ぶ。

「そんなのこっちが聞きたいわよ!アズあんた穂高センパイがエクスカリバーに適合しちゃったの知ってたわけ!?」

「え……?うん、まあたぶん?適合とかそういうのはよく分かんないけど」

「なんでそれを黙ってンのよ!?早く言いなさいよ!もう手遅れよ!」

「え、ちょっと待って。手遅れってなに?サワメグ穂高センパイのこともカボチャとかポテトみたいに消しちゃうの!?」

「消せればね!下手すりゃ世界が全部まるごと消滅することになるわ!!」

「ちょ、世界って、なにそれ!」

 サワメグが右手を掲げる。サワメグの右手に光の粒子がギューンと集まってきて、それが槍として実体化する。

「レーバテインか。エクスカリバー相手じゃちょっと心もとないけど、仕方ないわね」

 サワメグが槍をグルグルと振り回す。エネルギーが、なんかよく分からないけどそこいらじゅうのなにかのエネルギーが、ぎゅんぎゅんとサワメグに集まってきて渦を巻いている気配が見える。

「ストリーム部隊を招集!気に食わないけどヴォルテクス部隊も!動けるレベル5以上の戦力を全て集めて!」

 サワメグが跳び出す。踏み切った地面が衝撃で吹き飛んだ。サワメグの突きを穂高センパイは横によける。続けざまに槍をふるうけど、穂高センパイには当たらない。エクスカリバーは右手一本でだらりと下に向けたまま、ただ身体をさばいてヒョイヒョイとよける。

「待て」

「問答無用!」

 サワメグに押されて穂高センパイはどんどん下がって、いよいよ屋上の端に追いつめられる。穂高センパイは、エクスカリバーを両手で握りなおして

「恨むなよ」

 そう言って、無造作に、野球のバッティングみたいなフォームで、グリップを90度ねじってエクスカリバーの腹のところでサワメグをフルスイングする。レーバテインで受け止めたサワメグがそのまま屋上の反対側の端まで吹き飛んでいく。

 穂高センパイが腰を落とす。サワメグに追撃しようとしている。

「え!ちょっと!穂高センパイ!サワメグ殺すの!?」

 サワメグはまだ体勢を崩している。穂高センパイが踏み切る。一直線に、飛ぶ。それが、サワメグの直前で真上にカクっと折れる。今度は穂高センパイが真上に吹き飛ばされている。

「お母さん!?」

 今度はどこからか突然現れたお母さんが、サワメグの前に右腕を振り上げたポーズで立ちふさがっている。一直線に向かってくる穂高センパイを、素手のアッパーカットで殴り飛ばしたっぽい。軽く15メートルくらいは上に吹き飛んだ穂高センパイがなにごともなかったみたいにクルッと回って着地する。

「あらあら、情けないわねストリームワン」

 お母さんが両手を腰に当てて、サワメグに顔を向ける。

「イフリーテス!」

「あなたとは徹底的に気が合わなかったけど、事情が事情だから仕方ないわ。助太刀するわよ」

「うわっ!恩着せがましい。元はと言えばあんたがエクスカリバーをわたしから奪うだけ奪っておいてちゃんと管理しないからこんなことになっているんでしょうが!」

「あら、なにそれ責任転嫁?それを言ったらそもそもエクスカリバーを任されたのにわたしなんかにまんまと奪われちゃうあなたの力不足が原因じゃあないの?」

「お、お前ー!お前なー!」

 いや、協力するんじゃなかったのかよ。いや、すんなり協力されちゃっても困るんだけど、なんかふたりでちからを合わせて穂高センパイを殺すって話っぽいし。

「待って待って!お母さん!それわたしの彼氏!」

「あらアズちゃん。それ本当?あらあら、まあまあどうしましょうね」

 なんて言いながら、お母さんはほっぺに手を当てて考え込んじゃう。一秒、二秒。

「まあでも、仕方ないわよね。他にももっといい人はいるわよきっと」

 待って待って、もうちょっと悩んでお願いだから。

「ちょっと!説明!お母さんでもサワメグでもそこのー、えっとなんだ、ちょっとド忘れしちゃったけどおにぎりくんでも!誰でもいいから!説明してよ!なんなのこれ!?」

「俺も説明してもらいたいな」

 見たら穂高センパイも、エクスカリバーは手放さないけど、構えを解いて両腕を広げている。臨戦態勢じゃない。話を聞かせてくれっていうポーズ。

「どうする?ストリームワン」

「部隊が到着するまで時間稼ぎはしたい。話を聞いてくれるならそっちのほうがマシかも」

「でも時間を稼げば稼ぐほど、ローディングも進行しちゃうでしょ。一刻も早く、わたしとあなたの全力で叩いたほうがよくないかしら」

「わたしが万全だったらね。ほんとうに情けない話だけれど、今のわたしじゃあんたが期待しているほどの戦力にはならないわ。たぶん、もうすでにふたりがかりでも厳しいところまでローディングが進行してる」

「んー、そうねー。そういうことなら、すこし話をしましょうかしらね。と言っても、わたしも大して事情を把握しているわけでもないのだけれども」

 そもそもなんでこんななんでもないような普通の男の子がエクスカリバーに適合しちゃってるの?なんて言って、お母さんも首をかしげている。なんかよく分からないけどとりあえず殺そうとしてたのか。

「わたしが説明するわ。穂高センパイ、日下部穂高センパイ」

 サワメグも槍を床に立てて、とりあえずの戦闘態勢は解除って感じ。順序がまるで逆な感じがしなくもないけれど、なんかようやく、話が始まるっぽい。サワメグは「と言っても、どこから話せばいいのかな」って一瞬逡巡して、そして言う。

「日下部穂高という人間は、とっくの昔に死んでいるわ」

「は?」

 そう言ったのはわたし。穂高センパイは無反応。サワメグも、チラッとわたしのほうを見たけれど、構わずそのまま話を続ける。

「穂高センパイ、スワンプマンって知ってる?」

「ああ」

「そう、なら話が早いわね。あなたはそれよ」

 って穂高センパイが博識なせいで結局ロクな説明もなくトントンと話が進みそうになってるから、わたしが「サワメグ待って」って割って入る。「説明して、その……スワンプマン?」

「デーヴィッドソンの思考実験よ。沼の灌木に雷が落ちてスワンプマンが誕生する」

「あのね、はしょらないで。ちゃんとイチからお願い」

「プログラムの調査では」

 そう言って、サワメグは穂高センパイをスッと指さす。

「日下部穂高、という人間は確かに17年前に誕生している。普通の人間の父親と普通の人間の母親との間に、普通に人間の子としてね。そして、4年前、13歳の時に沼のほとりで雷に打たれて死んだのよ。人間としての日下部穂高は、その時にもう終わっている」

 日下部穂高という人間は、とっくの昔に死んでいる、と、サワメグはもう一度言う。穂高センパイは、それを黙って聞いている。

「そして、その時に落ちた雷の電圧が沼の底の泥と化学反応を起こして、日下部穂高と物理的には全く同一の、全くの別存在。日下部穂高の身体と日下部穂高の記憶を持つ、日下部穂高とは全く別の個体。スワンプマンを作ったのよ。それがあなた。いまこの世界で日下部穂高と呼ばれているあなた」

「は?」

 そう言ったのも、やっぱりわたし。穂高センパイは黙って話を聞いている。

「なにそれ?沼に雷が落ちて穂高センパイが死んでて穂高センパイと全く同じ人間が偶然にもできたって?そんなことあるわけないじゃん?」

「そうね。そんなことはあるわけない。飽くまでこれは、思考実験なんだから。アホな暇人が暇にあかせて思いついたアホな思考実験なんだから」

 でもね、と、サワメグはわたしを見る。疲れたような顔で、心底うんざりという顔で。

「想定されてしまった以上は、それはこの世界では起こりうるのよ。この世界では、それは起こりうるの」

 いや、なにそれ。そんなんで納得できるわけないじゃん?って思うんだけど、わたしが納得するかしないかは世界には事実には影響しないわけで、サワメグがそう言っている以上はそうなんだろうな、って思っちゃう諦めみたいな心境もちょっとある。サワメグがそう言っている以上は、きっとそうなのだ。この世界では。

「えっと、じゃあそれでいいけどさ。でもそのスワンプマンっていうのは穂高センパイと全く同じ存在なんでしょ?だったらそれは穂高センパイってことじゃん」

「それだけなら、そのように考えることもできなくはないわ。でも、穂高センパイがスワンプマンであるがゆえにエクスカリバーに適合してしまっている、という事実が、その可能性を否定している。エクスカリバーは自我を持つ物にはローディングできない。したがって、エクスカリバーをローディングしている穂高センパイには、自我がない」

 つまり、形而上学的ゾンビは存在可能であり、唯物論ならびに物理主義が偽であることの、その実証よ。と、もう全然分からないことを淡々と話す。

「待って待って待って。えっと、形而上学的ゾンビとか唯物論とかも全然意味分かんないっちゃ分かんないんだけど、今度はそのローディングっていうのをね」

 ええ、説明するわ。と、サワメグはわたしの横やりを制する。

「エクスカリバーは端的に言うと、この世界を創造した神よ」

「は?」

 これもやっぱりわたし。穂高センパイは黙って聞いている。表情を変えることもなく、黙って聞いている。沼に雷がドーンでコピーロボットの時点で話が滅茶苦茶なのに、今度は神?風呂敷広げ過ぎじゃない?

「エクスカリバーはね、剣の形態をしてはいるけれども、その本質は武器ではなく記録メディアなのよ。記録されているのはこの世界を作った創造神のデータ。そのデータの全てをローディングすれば神が現世に再臨する。世界の神羅万象を自在に改変可能な超越者が顕現することになる。邪を払う超硬の剣の形態をしているのは、飽くまでその神のデータを守るという副次的な目的のために過ぎない。もちろん、邪を払う超硬の剣としても圧倒的な強度を持つから、武器としても現世に存在する物体の中で最強なんだけど」

 なにしろこの世界を創造した神そのものをあらゆる脅威から守らないといけないんだからね。と、サワメグは肩をすくめる。

「でも、本来はそのデータは決して読み出されることはないはずだったの。なぜならばエクスカリバーは自我のある人間にはローディングすることができず、そして人間にはどうやっても自我が存在するから。だから、エクスカリバーはただの地上最強の聖剣でしかなかったし、ただの地上最強の聖剣としてだけ有効に使われてきたの。かつて人類は神の再臨を実現させるために無我の境地を目指す試行錯誤を繰り返してきたし、その全ては失敗に終わってきた。人間が自我を捨て去ること、無我の境地に至ることはかなわない。それが結論だったの」

 精神的修行や哲学的探究によってはね、と、サワメグは付け加える。

「歴史上、何千何万という求道者たちがストイックに求め取り組んでも決して至ることのなかった無我の境地に、穂高センパイは、いいえスワンプマンは、ただの偶然で、実に稀な自然現象で、たまたま至ってしまったのよ。そして、その本来絶無の可能性がよりにもよってエクスカリバーと遭遇してしまった。ローディングが始まってしまった。ローディングが完了すればそこに居るスワンプマンは完全なる全知全能の存在になってしまうわ。その時、なにが起こるのかは誰にも予測ができない。世界は消え去り再創造されてしまうのかもしれないし、なにも起こらないのかもしれない。あるいは、再構築された世界をわたしたちは認識することもできないのかもしれない」

「ここまでの出来過ぎた偶然、偶然で片づけるには、ちょっと出来過ぎているわよね」

 と、ここでようやくお母さんが口を挟む。「最初から、この世界にそういう因果が設定されていたと考えたほうが、まだしも納得できそうなものだわ」と、お手上げのポーズで、だったら何をしても無駄ってものかもしれないわね。なんて言ってみせる。

「そうかもしれないわ。でもわたしたちプログラムが世界の維持を目的としている以上は、それを黙って見ているってわけにもいかないでしょ」

「そのプログラムを設定したのじたいが神自身であるのに?」

「無論よ」

 サワメグは迷いなく答える。「この世界を壊してしまう可能性があるのなら、わたしたちはそれがわたしたち自身を創造した神であろうと迷わず殺すわ」

 待ってってば。別にその世界を守るためなら神だって殺してやるっていう愛と正義の魔法少女てきな気概は大変に結構なんだけどさ。それってつまり穂高センパイを殺すって話でしょ?現状。それは普通に、困るんだけど。

「なるほど。だいたい事情は把握した」

 わたしの募る危機感とは裏腹に、穂高センパイは落ち着いた声でそう言う。相変わらず、のみこみが早い。判断が、尋常でなく早い。迷わないし悩まない。

「なんかおかしいとは思ってはいたんだよね。いや、思ってはいなかったのかな。自我がないんだから。なにかがおかしいと判断してはいたんだ。自我がない、という言葉を与えられて、逆に安心したような気がする。いや、気がしてもいないのか。説明がついた、と言えばいいのかな。ややこしいな」

「そうね。自我がないということが、実際にあなたにとってどういうことなのか、それはわたしたちの想像を絶しているわ。いいえ、あなたにとって、という発想自体が既に少しズレているのだろうけど」

 説明は以上よ、とサワメグが言って「さて、それでもわたしはあなたの自我に期待してきいてみるわ。穂高センパイ、エクスカリバーを手放して。今ならまだ間に合うかもしれない」

 問う。

 穂高センパイは

「それはできない。できそうに、ない」

 答える。

「まあ、そのような仕様になってはいるでしょうね。じゃあこれで、お話の時間は終わりよ」

 サワメグのその言葉を合図にするように、時が止まった。

 夕陽が揺らがない。雲も動かない。風も吹かない。空気が、わたしたち以外の世界が、静止している。

「次元結界展開完了!ストリームツースタンバイ!」

 わたしの隣、給水塔の上に、いつの間にかどこからか現れた金髪ツインテールで赤いドレスの女の子が居る。膝をついて、バズーカー砲みたいなものを肩にかついで穂高センパイに砲身を向けている。

「ストリームスリー!スタンバイ!」

「ストリームフォーからストリームエイト!スタンバイ!」

「ストリームナイン!スタンバイ!」

 つぎつぎと、穂高センパイを取り囲むように、よく似た、それでいてひとりずつが微妙にデザインの違う、金髪ツインテールで赤いドレスの女の子たちが屋上に唐突に現れる。それぞれが、それぞれの重火器を穂高センパイのほうに向けている。

「撃て!」

 爆音。連続する。煙。穂高センパイの姿は見えない。わたしはなにかを叫んだけれど、その言葉はもうわたしの耳にも届かない。爆音で耳がバカになったかな。

 爆炎の中から一筋の煙が飛び出す。穂高センパイが煙をまといながら上空に飛び出している。そこに、またどこからか現れた黒髪にセーラー服で日本刀の女の子が斬りかかっている。穂高センパイはそれを空中で身をよじってよける。よけながら、光が一閃。それで黒髪セーラーの子はもう吹き飛んでいっちゃう。長刀とか小太刀とか、おもいおもいの得物を持った似たようなデザインの黒髪セーラー服が次々と穂高センパイに飛びかかっていって、その全てが一撃で吹き飛ばされていく。1、2、3、4、5。着地。そこを狙ってもうお母さんが飛び込んでいる。右のパンチ。穂高センパイはそれを巻き付くような動作で反転しながら取り、引き寄せながらエクスカリバーの柄のほうを顔面にブチ込む。一歩下がったお母さんはそれでもひるまずに左右と連打するけれども、また全部かわされた上に最後の右を取られて今度はグルンと投げ飛ばされる。そこに、サワメグが背中から襲い掛かっている。サワメグのレーバテインが穂高センパイを貫いた。と思ったら、その瞬間には何故か穂高センパイが後ろからサワメグを吹き飛ばしている。3人4人、同時に襲い掛かって来る赤いドレスの子たちを平然と同時にさばいている。ていうか、普通に分身してる。ものすごく高速で動いているから残像が見えるとかそういう次元じゃなくて、ちょいちょい明らかに3人ぐらいの穂高センパイが同時に存在して襲い掛かって来るドレスの子たちを次々と弾き飛ばしている。

 音が戻った。

 穂高センパイ以外の全員が倒れている。

 穂高センパイがわたしを見る。わたしのほうを見上げている。すこし、笑っているようにも見える。ああ、やっぱり、顎のラインがとても綺麗だな。

「中萱さん」

「穂高センパイ……?」

「なんか、そういうことみたいだから」

 ごめんねって、言われたような気がするけれど。時が動き出して、夕陽が揺らめいて、風がわたしの髪を揺らして。

 もう、穂高センパイの姿はなかった。

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