第2話 こくはくダズンズ

 誠に申し訳ありませんが前回予告していた水着回は中止になりそうです。

 夏休み、課題を全部終わらせたら自分たちへのご褒美に海に行こうって穂高センパイと約束してたんだけど、いや序盤の我武者羅スタートダッシュで首尾よく課題は全部終わらせられたんだけど、明日がいよいよ約束の日だというのに天気予報はあいにくの雨。ていうか台風直撃。しかもダブルで。なおかつ50年に一度とかいう空前絶後の勢力で。こりゃさすがに中止だよなーって思いながらお布団の中でスマホでポチポチチャットしてたらサワメグが自信満々に「正午前には抜けて快晴になるよ」って言うものだから、そこまで言うならじゃあとりあえず行くだけ行ってみますか、みたいな話でまとまる。無理っぽかったら早めに潔く諦める系で。うん、なんかサワメグも一緒に来る展開。そんなわけでガバッとお布団から出て夜中にバタバタと水着やらバスタオルやらを準備してたら珍しくくたびれた様子のお母さんが帰ってくる。玄関開けるなり「ただいま~!アズちゃんただいま~!アズちゃんいないの~~?」ってドシドシ階段あがってきて部屋までズンズン入って来る。相変わらず若作りなド派手ファッションだけどお化粧が崩れてて疲れと肌年齢を隠しきれていないゾっと。

「あ~しんど。あれ、アズちゃんどこか行くの?」

「うん、海。あと部屋入るならノックぐらいしてよね」

「海?台風よ?」

「なんか明日の昼には晴れるって、友達が」

 なんて適当に返事してたらお母さんが急に黙り込むから、うん?どうした?って思って見てみたらなんか涙ぐんでておいおいどうしたどうした。

「やっとアズちゃんにも一緒に遊びに行くような友達ができたのね……」

「いや、そこの水準でそんなに涙流すほど感動されちゃうとわたしも余計に惨めな気持ちになっちゃうんだけど」

 実際のところ、サワメグと友達になるまで友達と言えるような人なんて人生を通してひとりもできたことなかったんだけど。お母さんが扉のところに突っ立ってさめざめと涙を流しているものだからさすがにちょっと可哀想になってとりあえず歩み寄ってみたらバッて両肩を掴んできて

「男の子!?」

 とか言って目をキラキラさせちゃって。うわ、ウソ泣きかよ。ていうか肩掴まれてるだけなのに謎に全身の関節極まってるから。本当に身動きひとつできないから。なんなのその謎スキル。お母さんが目をガン見してくるからわたしは視線を斜め上のほうにそらしながら

「女の子と男の子と両方」

「彼氏?」

「んもー……ちが」

「あ、彼氏なんだ?あーアズちゃん隅に置けないなー」

 なんて、なんだかんだと母親特有の勘の良さを発揮。別に隠すつもりでもないけど、お母さんが絡むと何事も話がややこしくなりそうな気配があっていけない。

「こんどお母さんにも紹介してね」

「はいはい、そのうちね。お母さんこそどうしたの。なんかお疲れじゃない?」

「うーん、ちょっとね。人員に穴が空いちゃって、その穴埋め。結構重要なポジションの子だったんだけど、あんまりイケイケで行きすぎちゃうのもよくないのよね、何事も」

「なにそれ?身体こわしたとかそういうこと」

「まあ概ねそんな感じ?」

 お母さんがどこでどんなお仕事をしているんだかは相変わらずよく分からないんだけれども、それなりにいつも忙しそうにはしているし収入も悪くはないみたいだしで、なんかわりと偉い人っぽい。

「なにか食べるものある?」

「簡単なものでよければ。チャチャっとやっちゃうからその間に先にお風呂に入ってなよ」

 ってお母さんにお夜食作ったりなんだりしてたら寝るのもわりと遅くなっちゃって、これで明日遅刻しちゃうとかそういうベタベタな展開だったらやだなーとか思いながら寝たんだけど心配ご無用。雨戸をガタガタドコドコ揺らす地獄のような暴風雨のおかげで5時過ぎには目を覚ましちゃう。せっかく早起きしちゃったしって思ってお母さん用に朝ごはんを作ってラップかけてから、これ本当に外に出ても大丈夫かってレベルの雨の中、傘をスパルタ軍の大楯みたいにしてなんとか駅までたどり着いたらサワメグはタクシーで悠々と駅のロータリーまで乗り付けてくる。しかもよく見るような古いクラウンのやつじゃなくて最新型のレクサスだし。タクシーから駅舎までのほんのちょっとの距離をチョコチョコ走ってきて「いやいや~えらいこっちゃ、まるでこの世の終わりのような天気だね」とか言ってる。千尋の谷の底に突き落としてやろうか。んで電車はやっぱり運休。

「てか、サワメグがこういうのについてくるのわりと意外なんだけど」

 ザブザブ雨が叩きつける中、駅のホームの待合室で電車の運転の再開を待ちながら言ってみたら

「実はめっちゃ大きい案件が一件無事に片付いたところでね。自分へのご褒美でリフレッシュ期間中なんだけど、どこかに遊びに行こうにもわたしって友達アズぐらいしかいないじゃん?ごめんね、お邪魔虫しちゃって」

 ってサワメグはハリウッド女優みたいな巨大なサングラスを下にズラしてウインクしてくる。一仕事終えてハイになってるのか知らないけどウザさが平時の倍増しって感じ。かわいいけど。馬鹿みたいにツバの大きな白い帽子に巻き巻きの栗毛にオフショルダーのマリンボーダーで完全にセレブ女優の南の島リゾートファッションって感じなんだけど、現状ポストアポカリプスてきザザ降りの暴風雨だし、しみったれた普通電車しか止まらないローカル線の駅の待合室だし違和感しかない。

「大きい案件?降格されたからあんまりそういうのには関われないんじゃなかったっけ?」

「緊急の案件だったから現場に近かっただけのわたしにも要請が来たってわけ。平時だったら間違いなく今のわたしには回ってこない案件だったけど、プログラムも背に腹はかえられないってことみたいね。まあおかげで改めて実力を示す機会になったわ」

 サワメグはもともとは一級のエージェント?だったらしいんだけど、とある事件でちょっとしたミスがあってからその適性を疑われているらしく、それプラス熾烈なエリート争いを繰り広げている同僚のサワメグを引きずり落とそうとする動きとかなんとか色々あって、今はなんか窓際族っていうか年金生活っていうか、そういう感じのわりとお気楽なポジションになってるらしい。まあ全部サワメグが自分で言ってることだから実際のところはどうなんだかよく分からないんだけど。サワメグてきにも今はあんまり栄光のエリート街道をのし上がってやるぞみたいなモチベーションは薄いっぽくて、それなりに適当にやってってる感じみたい。魔法少女の業界もいろいろあるってことっぽい。

「それで、どういう案件だったわけ?」

 わたしも別にそんなに興味があるわけでもないんだけれども、他に話すこともないしでとりあえず聞いてみる。

「んー、なんだろ。ざっくり言うと吸血鬼なんだけど」

「吸血鬼」

 まあ人食い鬼のクォータと魔法少女が待ち合わせして一緒に海に行くぐらいだから吸血鬼ぐらいは居るでしょう。あんまり日本には馴染みないっぽいけど昨今はグローバル社会だしね。

「そう、吸血鬼。ヴァンパイア。昔から最強クラスの種ではあるんだけど世界に対する脅威度っていうのに強さはそんなに関係なくて、どんだけ強くてもぶっちゃけプログラムが本気を出して滅ぼせない相手なんか存在しないし。だから普通はそんな世界の維持に影響するようなものじゃないんだけど。変異種でね」

「変異?」

「吸血鬼は血を吸うことで眷属を作るんだけど、手下みたいなものね。普通は吸血鬼だけが眷属を作る能力を持っていて、その眷属はただの吸血鬼もどきみたいな感じで眷属を作る能力はないの。それならどんだけ本気を出してもせいぜいひとつのコミュニティを形成できる程度のものだから全然世界の仕様の範囲内なんだけど、確認された変異種は眷属にも眷属を作る能力が継承されることが判明してね。そうなるとネズミ算式に眷属が増えていっちゃうでしょ?試算だと最速90時間ていどで地球上の全人類が眷属になっちゃって大規模な世界改変が起こっちゃう。そういう可能性が出てきたわけ。それで前々から捕捉していた活発な個体ではあったんだけど、とうとうプログラムがそのデリートを決定したの。でもまぁなにしろこれが強くって」

 なんてよく分からない話をふんふん聞いてたら運転再開のアナウンス。ホームにゴトゴト入って来る見慣れた普通電車も雨に打たれまくってなんかくたびれちゃってる感じの這う這うの体って雰囲気。この電車に二駅向こうの穂高センパイも乗ってて合流。

「おはよう。ずいぶんとゴージャスだね」

 って早速サワメグのファッションに突っ込んでる。「似合うでしょ?」「そうだね」ってサワメグは穂高センパイにももうすっかりタメ口。基本的に失礼なとこあるからね。穂高センパイは細身のカモパンにTシャツにサンダルってラフな感じなんだけどそこはかとなくオシャレ感。これって贔屓目かしら?

「これ本当にやむの?」

「いちおう予報だともうすぐ抜けるっぽい」

 穂高センパイがスマホで天気図みたいなのを見せてくれるけれど、わたしにはその図からどういう情報が読み取れるのかが全然わからない。まあ穂高センパイがそう言うなら、その図はそういう意味なんでしょう。電車に乗ってからもしばらくはザブザブドンドコお祭り騒ぎみたいな雨模様だったんだけど、南に行くにしたがってそれもだんだんおとなしくなってきて、特急に乗り換えるころにはほとんど小雨。こっちのほうは薄暗いんだけど進行方向の遠くのほうが妙に明るくて、なんだか宇宙を旅する銀河鉄道みたい。

「すごい、雨と晴れの境目がくっきり見える」

「冥府を抜けて天国に向かう特急列車みたいね」

 さらに普通電車に乗り換えて海水浴場に着いたころには嘘みたいなスッキリとした台風一過の青空で夏!って感じ。

「すごーい、夏まっさかりの海水浴場なのに誰も居ないね」

 夏本番の太陽の本気って感じで砂浜は早くも乾ききってて一面の白。青い空!青い(そんなに青くない)海!照りつける太陽!白い砂浜!それなのに海水浴客はひとっこひとり居やしないって最高に贅沢なシチェーション。ただし海の家もお店もどこも開いてない。まあ仕方がないか。さて来てみたはいいけどこれからどうしようかって思ってたら背後の古そうなちっちゃい商店がちょうどガラガラとシャッター開けたところで古そうなちっちゃいお婆ちゃんが軒先になんやかんや商品を出してるところ。パラソルのレンタルもやってるっぽいから早速そこでパラソルを借りる。

「海に入ったらいけんよ」

「あ、やっぱダメですか」

「入ったらいけんよ」

 いくら空は晴れたって言っても台風一過。海は大荒れも大荒れで穂高センパイの頭より高そうな大波が寄せては返し寄せては返ししていて、一瞬で沖にさらわれちゃいそう。これでは伝説のサーファーだってなかなか海に入るまい。

「雨降ったあとは海も濁っとるけんね」

「あ、そっち」

 そんなこんなでとりあえず砂浜にパラソル立ててはみたけれど、海に入れないから水着に着替える必要もないし、これでもう他にすることもなしって感じ。

「すごいねー、本当に海ひとり占めだねー」

「まるでニューカレドニアに来たかのようだわ」

「ぽいぽい~、ニューカレドニアがどこだか全然知らないけど」

「わたしも知らない。どんなところかも知らない」

 なんてサワメグとアホ丸出しの会話をしてたら穂高センパイが「オーストラリアの東だよ」って、砂浜にざっくりとした世界地図を描いて説明してくれる。ユーラシア大陸とヨーロッパ、アフリカ、北米南米があって真ん中に我らのジャパン、南にオーストラリア。そのちょっと右に点を打つ。

「ニューカレドニアはこのへん。海の青さも砂浜の白さももっとすごい」

「え?穂高センパイ行ったことあるの?」

 ってサワメグが聞くと「いや、行ってみたいなと思って調べたことがあるだけ」って穂高センパイ。「いつか行けるといいですね」ってわたしは言うんだけど、そこで「一緒に」って語をつけられないのが奥ゆかしいところ。でも穂高センパイが「一緒にね」って返事するからわたしはあやうく卒倒しそうになる。サワメグが「えーズルイ。わたしも一緒に行きたい」とか言ってて、穂高センパイはそこはニコニコしてるだけだったり。

「他に行って見たいところは?」

「ダニーデンかな」

 そう言って今度はニューカレドニアの下に島をふたつ描く。「ニュージーランドだ」ってサワメグが言う。

「ダニーデンはニュージーランドの南の端っこのほう。古いイギリスみたいな街並みなんだけど、アザラシとかアシカとかがそのへんでゴロゴロしてるんだって」

「へー、穂高センパイ地理くわしいんだね。マチュピチュは?」

「マチュピチュはペルーだから南米。このへん」

 って穂高センパイとサワメグで話盛り上がっててムカつくからわたしも「スリジャナワルヤナプラコッテは?」とか「モンサンミシェルは?」とか言ってみる。パラソルの下でそんなどうでもいいような話を延々してたらいつの間にかわたしは眠ってて、次に目を覚ましたらもう夕方。昨日若干寝不足だったからね。となりで穂高センパイも寝てて尋常じゃない距離感でドキドキして慌てて上体を起こして視線を遠くにやると、嘘みたいに空がオレンジで夕陽がもうすぐ着水するって位置で、そんで夕陽をバックになんかサワメグが踊ってる。クルックルッて回りながらちょっとずつ右から左に移動して、最後に二回転、からの今度は左から右に回りながらジャンプ、ジャンプ。人間の身体ってそんなに動くんだって感じ。近づいて「なにしてんの?」って言ったら「んー?ストレス発散?」とか言ってて「アズも一緒に踊ろう」って。

「右足を軸に、左足は外に伸ばして、手も伸ばしてこっちに振りかぶるでしょ。で、腕を引きながら、ここで左に軸足を乗り換えて」

 説明しながらサワメグは簡単そうにクルッと回ってみせるんだけど、もちろんわたしはそんなの上手にできない。

「いやいや、初めてにしては上出来だよ。体幹が通ってるから筋はいい。二回転いってみる?もっと勢いよくいくだけ」ってサワメグはクルクル。わたしも全力でクルクルしてみるんだけどなぜだか気が付いたら砂浜に倒れてるしサワメグはめっちゃ笑ってる。いつのまにか穂高センパイも起きててこっち見てめっちゃ笑ってる。

「見てるだけはナシですよ。センパイも踊ってください」

「バク転ならできるよ」

 なんて言って助走をつけてから軽々と側転バク転からのバク宙のコンボ。ジャニーズのMVとかでよく見るやつ。なんだお前たち、選ばれし民かなにかか。それでわたしがちょっとスネたみたいな雰囲気出してたら穂高センパイが「補助つきで練習すればバク転くらい簡単だよ」とか訳わかんないこと言い出して、それに乗っかってサワメグも「そうそう楽勝楽勝。アズはセンスあるから出来る出来る」とか煽ってきて、穂高センパイが構えててホラ来いみたいな感じになってる。

「絶対に受け止めるから信じて、ここに向かって飛んでみて。走り高跳びで背面飛びするときみたいな感じ」

「まず背面飛びをしたことがないです」

「大丈夫」

 会話しよう?ええい!ままよ!と後ろにピョンと跳んだら背中が穂高センパイの腕に当たって、その拍子にチョイッてサワメグに足を持ち上げられて後ろにクルリと回っちゃう。視界がクルリと回って地面が見える。着地できちゃう。ただし四つん這いで。う~ん、イマイチきまらない。でも「出来たじゃ~ん!」ってサワメグが盛り上がって右手を掲げるからわたしもハイタッチを返して、穂高センパイともハイタッチしてそのついでに抱き付いたりして。なんか知らないけど青春って感じ。もしも世界がわたしと穂高センパイとサワメグの3人だけだったらこんなにも平和なのに。でも、もちろん世界にはわたしたち3人以外にも実にたくさんの人間が生きていて、それぞれに事情とか思惑とか利害とかがあってそうそう平和にばかりはいかない。

 最初の違和感は新学期早々。始業式が終わって掃除の時間になってクラスメイトが何人かいそいそと掃除を始めるんだけど、あ、これわたしも掃除当番か、って思って掃除用具入れからモップ出して床磨いてたらいつの間にか誰もいない。あれ?ひょっとしてもう掃除終わり?って思うんだけど机も全部後ろに寄せたままだしそういうわけでもないっぽい。でも現に他に誰も居ないし、仕方ないからそのまま床をピカピカに磨いて机も全部ひとりで動かす。もともと毎日お母さんが散らかし放題の家を掃除して掃除して掃除してるわたしだから掃除は好きってわけでもないけどこれぐらいなら全然苦じゃないし、むしろわりとやりたいほう。普段は邪魔になったり変に思われたりしないようにってまわりの人の動きを見ながらコソコソ掃除してるんだけど、誰もいないから普段から気になってたところも人の目を気にせずに思う存分掃除できるって俄然気合いが入っちゃう。あと移動教室で理科室に行ったらなんでか誰も来てなくてわたしひとりっきりだったこともあって。チャイムが鳴っても先生も来ないし、あれおかしいな~って思いながらでもまあいいか~って窓の外をぼーっと見てたら、なんか校庭のほうでなんかやってる集団が居る。あ、ひょっとしてあれ理科の授業か、課外教室てきなサムシングかって気付くんだけど、どうせ既に遅刻だし今さらあっちに顔を出すのも面倒だしって適度に不真面目な女子高生様なわたしはあっさりとサボタージュ決め込んで遠くの課外授業を眺めながら窓際でポカポカする。秋が近づいてだいぶ優しくなった心地の良い陽射しにうとうとしながら今日は課外授業だぞーみたいな話あったかしらなんて思うんだけど、なにしろ生まれてこのかたクラスに友達が居たことなんかないのでその手の連絡がわたしにだけ回ってこないのなんか小学校のころから慣れっこである。抵抗は無意味なのでハクナマタタに生きていくしかないのだ。心配ないさ~~。

「なんか最近ますますクラスの子たちがよそよそしい感じするんだよね」

 お昼ごはんの時にサワメグにそう言ったらサワメグのほうは「あ、アズのほうはその程度の認識なんだ」って言っててちょっと呆れ顔。

「よそよそしいどころじゃないよ。クラスの女子は全員アズを攻撃してるつもりなんだから。アズいま外されてるんだよ」

「外されるってなに」

「外しは彼女たちにとってはイジメの最上級の処置ね。一切コミュニケーション取らない。話しかけないし話しかけられても無視だし女子のLINEグループにも入れてもらえない」

「うちのクラスLINEグループなんかあったんだ」

「大変なのよ。既読マークがついてから返事までの時間も測られてるし。返事が遅いと外しの対象になっちゃうかも」

「うわぁ……」

 それ外されてたほうがまだいくらかマシなのでは。ていうかわたしにとっては平常運転である。学校でわたしから誰かに話しかけたりなんかしたことないし、誰かに話しかけられることも滅多にない。たまにあっても「うん」とか「ううん」とか返事するだけ。最初から最上級にイジメられてたのかわたし。とはいえ、こうしてサワメグは一緒にお昼ごはんを食べてくれるしお喋りしたりもしてくれるし、状況としては今のわたしの学校生活はこれまでの人生の中では一番マシだったりする。

「それで、その彼女たちっていうのは?」

「主には、松川常盤」

「松川……ときわ?」

「あのね……アズもせめてクラスメイトの名前と顔ぐらいは一致させる程度の歩み寄りはあってもいいと思うよ」

 そんなこと言われても、人間だってキャベツ畑のキャベツのそれぞれを見分けろって言われてもちょっと無理でしょ?そんな感じ。

「ほら、アズのクラスのこんな感じのポンパドールの。めっちゃかわいい、って言ってもわたしの次にかわいいぐらいの」

 って言いながらサワメグが前髪をクルっとねじって横に流してキメ顔して、それでわたしも「あーあーあー、いるいる。あの子ね。めっちゃかわいい子だよね」って把握する。

「あの子がアズのクラスじゃスクールカーストのトップに君臨していて、しかも穂高センパイを虎視眈々と狙ってたってわけ。それをアズがあっさり横からかっさらっていったものだから、怒り心頭で外しの指令が出たってわけよ」

「てかサワメグなんでそんなこと知ってるの?サワメグもそういうスクールカーストてきなLINEグループとかに入ってるの?」

「入ってないけど見れる」

 最強かよ。

「なんだかんだでうちの高校偏差値高いじゃん?イジメって言っても物理的な行使よりは精神攻撃のほうがメインになるよね。そうなると実質的に外しが一番最上級の攻撃手段なわけ。でもこれってある程度スクールカーストにコミットしている相手じゃないと効果ないんだよね。あの子たちにとってスクールカーストにすら入ってない人間ってのは本来は居ないのと同じだから考慮しなくても問題ないんだろうけど。あとはまぁ、陰でいろいろ噂話して評判落としたり?」

 って言ってもわたしはもとからエンコーやってるってもっぱらの噂なのでこれ以上に落ちる評判もない。まあ人食いだってバレたら評判どころの話じゃなくなるだろうけど。

「彼女たちにとっては外しってのは標的になったが最後、まともな学校生活を送ることはもはや不可能な最強最悪の攻撃手段って認識だから、それがまったく通用しないアズには困惑してるんじゃないかな」

 ううーん、なんだか理解しがたい世界だなぁ。わたしが毎日生きて適当に授業受けてぼんやり窓の外を眺めながらあれこれ妄想してたりするのと同じ教室でそんな血で血を洗うかのような骨肉の争いが繰り広げられていたとは。そういう話をサワメグから聞いて以来、わたしは休み時間とかにもちょいちょい松川さんのほうを見てる。いや、なにしろわたし教室の中だと本当にやることがないもので。真面目に授業を受けているんじゃなければ、なにかをじっと観察するか、あとは自由に想像の翼を広げるぐらいしかやることがないのである。松川さんはとにかく顔がかわいくて、おでこも綺麗に丸いし生え際もナチュラルに整っているしで緩めのポンパドールが本当に似合う。見てると上手いなぁって感じで、自分の表情やしぐさが他人にどういう印象を与えるのかっていうのを知り尽くしているって感じで、そんなにすごく喋ったり声が大きかったり自己主張が激しかったりするタイプじゃないんだけれども、自然な感じで周囲が彼女の望む通りに動かされているような気配がある。クラスでも目立つほうのタイプの女の子たちと5人組のグループを作ってて休み時間なんかはだいたいその子たちとお喋りとかしてるんだけど、その中でもわりと天然で支配的な性質っぽくて、カーストトップっていうのも頷けるっていうか。

「ああ、松川さん。変な子だよね」

 っていうのが穂高センパイの印象らしくって。

「変っていうのは?」

「図書室で時々見かけてたんだけど、彼女、高いところの本を取ろうとして台に乗っていてね、俺が丁度通りかかった時に、あ、これは落ちるなって思って」

「松川さんが台から落ちそうだったってこと?」

「うん、でも全然その予備動作みたいな段階だったから、落ちれないようにこう、軽く手を出して戻したんだけど」

 と、穂高センパイはバスケのシュートみたいな感じに腕を上に伸ばして手首をクイッてするジェスチャをする。

「ちょっと状況がよく分からないのですが」

「空き缶とかでもさ、ちょっと傾けたぐらいだと手を放してもコケずに元の立ってる状態に戻るでしょ。これ以上傾けると倒れるってラインがあるんだけど、そのギリギリのところだったから軽い力でちょっと押すだけでも簡単に戻せるってわけ。ドラム缶ぐらい重いものでもバランスが取れてれば指一本で傾けた状態で保持できるし、軽く押すだけで戻せる。それ以上ちょっとでもこっちにくると一気に倒れるけど」

 いえ、説明してもらいたいのはそこではないのですが。

「えっと、予備動作というのは?」

「だから彼女、自分で台から落ちようとしてたっぽいんだよね。そういう重心の移動の予兆があったから。でも目の前で台から落ちられたりしても面倒だし、それで押して戻したの」

 うーん、やっぱりよく分からないぞ?ていうか、そもそも他人が自分から落ちようとしているその予備動作を傍から見て未然に察知するとかできるのか。まあ穂高センパイが自分でそう言ってるからきっとそうなんだろうけど。

「自殺?」

「さすがに台から落ちたぐらいで死にはしないと思うよ。打ちどころが悪かったら分からないけど。少ない位置エネルギーを生かすなら首吊りのほうが冴えてる」

「それはたしかに変ですね。松川さんは何か言ってました?」

「いや、別に。びっくりした顔はしてたけど。軽く会釈して、どうもって」

「分かりませんね」

「でしょ?変な子だと思うよ」

 帰りの電車で穂高センパイとそんな会話をした次の日、お昼ごはんを食べながらサワメグにその話をしたら「なんでそこまで目端が利くのに肝心なところはそんなに鈍感なのよ」と、また呆れ顔。

「サワメグは松川さんが何で台から落ちようとしていたのか分かるってこと?」

 って卵焼きをモグモグ聞いてみたらサワメグは当たり前でしょ?みたいな顔で

「あのね、穂高センパイはちょっと手を伸ばせば軽く押して戻せるぐらいのところに居たわけでしょ。じゃあもし仮に、穂高センパイが尋常でない注意力と観察眼と反射神経の持ち主で、松川常盤が自分で台から落ちようとしていることに気付いてそれを未然に軽く押して戻す、なんて人間離れした芸当をさらってやってのけたりはできなかったと仮定して、穂高センパイの目の前で松川常盤が台から落ちたりしたら穂高センパイはどうしたと思う?」

「うーん、大丈夫ですか?とか言うのかな」

「それから」

「保健室に連れていく?」

「はい、そうね。そして救急車を呼ぶほどの大事には至らずとりあえず家に帰される、という展開になったとしましょう。この場合、穂高センパイならどういう反応をするでしょうか?」

「たぶん家まで送って行きますね」

「イグザクトリー」

 ピッとお箸をわたしのほうに向けてサワメグが「それこそが松川常盤の狙いってわけよ」と言う。

「つまり、穂高センパイと二人きりで話せるようなきっかけ作りのために我が身をかえりみずに台から落ちようとしたってこと?」

「そういうことね。残念ながら、穂高センパイのほうが数段上手だったみたいだけど」

「はえ~~、恋する乙女の覚悟すっごい」

「まあ、ちょっと想像を絶するところがあるよね。アズも気をつけなよ。目的のためなら我が身の危険をもかえりみないってことは、他人の身に危害を加えることに対しても敷居が低くなってる可能性があるから。アズに精神攻撃が効かなくてフラストレーションも溜まってる頃合いだろうし、そろそろもっと直接的な行動にエスカレートしたりもするかもよ?」

 エスカレートしました。

 終わりのホームルームが終わってさて寄り道して帰るべーって廊下に出たところを女の子4人になんか取り囲まれた。はて、この人たち誰だっけ?と、なんとか脳みその奥のほうをひっくり返してみたら奇跡的に引っかかった情報がある。アレだ、松川さんがいつもツルんでる5人グループの松川さん以外のその他4人。クラスメイトのはずだけど名前はどうやっても出てこないけど。でもやっぱ呼び方がないと色々とめんどくさいから仮にナスとキュウリとポテトとカボチャということにしよう。それぞれ、ちょっとナスとキュウリとポテトとカボチャっぽいところがそこはかとなく。4人の時はナスがリーダーらしくて代表っぽく声を掛けてくる。

「ちょっといいかしら、中萱さん」

「いえ、全然よくないです。さようなら」

 って突っ切ろうとしたら前のナスとキュウリが腕を広げて阻止してくるし、後ろは後ろでポテトとカボチャが同じように通せんぼしてる。

「話をしたいだけだから」

 今まで一言だって話なんかしたこともないのにいきなりこんな威圧的な態度で話をしたいもクソもないだろって感じなんだけど、言い返したら言い返したでなんかそこで話をはじめちゃったみたいな感じになるのも嫌だったから、こりゃもう完全に無視で逃げるが勝ちだとわたしは心を決めて一歩バックステップしてからその勢いで後ろにピョンと跳ぶ。背中にポテトとカボチャが広げた腕が当たって、そこを支点にわたしの視界がクルンと回る。床が見える。包囲の外側に着地。突然のバク転にあっけに取られているナスたちが我に戻る前にわたしは「さよなら!」って180度ターンをキメて脱兎のごとく駆け出す。なんか遠くのほうで男子の「見えた!」って叫び声が聞こえた気もするけどまあいいや、今日のはわりとかわいいやつだし。「逃げた!」「追いかけて!」ってナスだかカボチャだかの声も聞こえてくるけど、もうわりと振り切ってるっぽくてそれはいいとして、ところでバク転しちゃったせいでこっちは玄関とは逆方向なんだよね。次は前方向に跳ぶ技もなにか教えてもらおう。

 校舎の端まで走って非常階段に出る。ズババーっと階段を降りて玄関に向かおうとしたらもうナスとキュウリがそっちに回り込んでる。右足から左足に軸足を乗り換えつつクルっとターン。後ろからはポテトとカボチャが追いかけてきてるのが見える。仕方ないからわたしは特別教室棟に逃げ込む。階段を昇って適当に手をかけた理科室の扉が開いてたから中に滑り込んで扉をロック。ふーっと息をついたところで後ろから「中萱さん」って声を掛けられてめちゃくちゃビックリする。振り向いたら松川さん。松川常盤が窓際の席に座ってる。

「どうも、ごきげんよう」

 わたしが息を切らせながらそう言うと、松川さんも「ごきげんよう」って小首を傾げて見せる。なんだこれ、逃げてるつもりで追い込まれていたとかそういう展開?いくらなんでも女子高生グループにしては統制取れ過ぎじゃないのかな。狐狩りじゃないんだから。

「ちょっとお話がしたいんだけど、いい?」

「はい、なんでしょう」

 どうせここから引き返したところでまたナスやらなんやらに追いかけられるだけっぽいし、それならまだふたりきりで鍵のかかった密室の中のほうが安全側っぽい。さすがに松川さんひとりなら強硬な武力行使に出てきたところでわたしでもどうにかできるでしょって仕方がないからわたしも松川さんの向かいの席に座る。

「日下部先輩のことなんだけど」

「はい」

「中萱さん、付き合ってるの?」

「はぁ、概ねは、そのような感じの」

「どうして?」

「どうして……?って言われても、すきだから……?」

「うーん、そうね」

 松川さんはほっぺたに人差し指をあててちょっと視線を斜め下に落とす。いちいち仕草があざとい実にあざとい。

「どういうきっかけでそういうことに?中萱さんってわりと誰ともコミュニケーションを取らないタイプだからそこが意外っていうか」

「えーっと、なんだったかな」

 改めてそうきかれると、自分でもなにがどうなったんだったか、わりと不思議な展開ではある。

「わたしがストーカー?てきなのに付きまとわれてるところを穂高センパイに助けてもらって、それで流れで喫茶店とか行ってちょっと喋るようになって。なんかすきだなぁ、みたいな?」

 あれ、でもその前にサワメグから穂高センパイのほうがわたしのことを好きとか言われてたんだっけ?うーん、どうだったかな。

「なるほど」

 と松川さんはしばらく思案顔をしてから、背筋を伸ばして座りなおして改まって話をはじめる。ちゃんと話す内容を考えてから話しはじめるタイプっぽくて基本的に脳と口が直結してるタイプのわたしとしては見習いたいというか羨ましいというか、わりと好感が持てる。

「それは例えば、危険から自分を助けてくれた相手への感謝とか好感とかそういうのを恋愛感情と誤解している、というようなことはない?」

 わたしは反射的になにかを言いそうになるんだけど、松川さんを見習ってちゃんと考えてからものを言おうと一度それをグッと飲み込み脳内で考えを一巡させてみる。すきって気持ちにそんなに色々あるものなのかな。

「えっと、感謝や好感と恋愛感情は区別ができる別のもの、っていう考え?」

 松川さんも返球をトラップしていったん保持する。

「ええ。それらは別のものだと思う」

「それは性欲を伴うかってこと?」

「そういう話ではないわ」

 と、松川さんは眉間に人差し指を当てて目を閉じる。ついさっき、ちゃんと考えてからものを言おうって思ったばっかりなのに早速ノートラップでボレーシュートしちゃったけれど、それはそれで松川さんのペースを揺さぶることには成功したっぽくて満足。

「えっとね、中萱さん。日下部先輩はね、この学校で一番高めのところに居る人なの。成績もいいし、スポーツもさらりとやってのけるし、音楽の趣味もオシャレだし、背も高くてスタイルよくて顔も綺麗で、そんなに快活に喋るタイプじゃないけれど口に出して言うことはだいたい的確で、ミステリアス」

「あと顎のラインと指が綺麗で文字が丁寧でチャーミング」

「ええ、そうね。でも中萱さんは……ちょっと良くない噂があったりするし、誰ともコミュニケーション取らないしで、ちょっと怖がられている」

 怖がられていたのわたし。現状のシチェーションだと松川さんのほうがよっぽど怖いっぽいけど。

「中萱さんが日下部先輩と付き合っているのは、日下部先輩にあまり良い影響を与えないと思う」

 わーお、だいぶ話をぶっちゃけてきたね。まあでも一理あるっちゃ一理ある。だいたいどんな話にだって1リアルくらいはあるもんだけど。

「穂高センパイは優しいから、例えば相手が中萱さんでなかったとしても誰かがストーカーに追いかけられていたら助けると思うし、それがきっかけで好感を持たれても無碍にはできない気がするし。ひょっとしたら、付き合ってって言われたら断れなくて付き合ってしまうのかも」

 うーん、別にわたしが穂高センパイに付き合ってって言ったわけでもないんだけど。穂高センパイに言われたわけでもないけど。なんとなくだし。

「つまり、完璧超人の穂高センパイがなんでよりにもよって地味で取り柄もないのに良くない噂だけはあるわたしのことを好きになったりするんだかよく分からなくて納得できないってそういう話ですかね?」

 3秒。

「そうね。概ねはそういう話かも」

 なるほど。でもそこはわたしに話をされてもなんとも言えないところあるしね。そんなのわたしのほうが聞きたいって感じだし。ってことでわたしはポケットからスマホを取り出して電話を掛ける。コールしている間、向かいで松川さんは不思議半分不安半分みたいな顔してる。ざまあ見ろ。

『はい』

「もしもし、梓です」

『うん、どうしたの?』

 穂高センパイの声を聞いただけで緊張とか不安とかも一瞬でぜんぶ飛んじゃってもう大丈夫みたいな気分になるから、えっと、なんの用事だったっけ?ってなる。えっと、なんの用事だったっけ。

「穂高センパイはどうしてわたしと付き合ってくれているんですか?」

 3秒。向かいでは松川さんが不安そうな顔見せながらもこちらに身を乗り出している。別にスピーカフォンとかにはしてないけど、静まり返った放課後の理科室だから松川さんにも通話内容は聞こえてるだろう。穂高センパイは返事をしない。仕方がないからわたしが続けて一方的に喋る。

「わたしってほら、地味だし別に取り柄もないしコミュ障だし学校でも浮いてるし、それにちょっと、普通じゃないし。あんまり良くない噂とかもあるし……」って自分から電話しておきながらなんだかテンパってて思いつくままにベラベラ喋ってたら唐突に穂高センパイが『そこに松川さん居るの?』って言う。身を乗り出して耳をすませていた松川さんは突然の流れ弾にビックリして飛び上がっている。わたしもなんて返事しようかな?って思って松川さんのほうを見るんだけど、松川さんはめっちゃ背中を反らせて両手をブンブン振ってる。居ない、のジェスチャ。

 さてどうしようかな?って一瞬いじわるな考えが浮かぶんだけど、わたしは「ううん、居ないよ。わたしだけ」って嘘をつく。

『そう、それなら別にいいんだけど』

 沈黙。3秒待ってまたわたしが話しはじめようとしたところで穂高センパイが機先を制してくる。

『その話はまた今度会ったときにゆっくりするよ。でも、とりあえず、付き合ってくれている、という認識は適切ではないかな。正しくは、付き合っている』

 松川さんのほうを見る。ほっとした顔と、落胆した顔と、なんか色んな感情がいっしょくたになったような複雑な表情をしていて、反射的になんだか慰めてあげたいような抱きしめてあげたいような気持ちがこみ上げてくる。

『ひとりで考えすぎたり空回りしたりして短気起こさないでね』

 それじゃ、て言って通話が切れる。ひとまずこれは、中萱梓大勝利の巻ってことでいいんだろうか。特に言葉もなくて、黙って松川さんのほうを見ていたら、松川さんは肩の力が抜けたみたいな放心状態が10秒。それから涙が一筋瞳から流れ落ちてきて、そのまま俯いて泣き出しちゃう。わたしが友達だったら肩を抱いて慰めてあげたいところなんだけれども、残念ながらわたしは松川さんの友達じゃないし、むしろ憎き恋敵。ここは放っておくのが最善かなって思う。

「それじゃ、わたし帰るから」

 そそくさと理科室を出て玄関に回る。ナスとかカボチャとかがしつこく追いかけてきたりするかなってちょっと思ってたんだけど別にそういうこともなく、陽が短くなってきてすっかり秋な気配の校庭をちんたらてくてく横切って正門のほうへ。そしたら途中で後ろから「中萱さん!」って呼び止められて、わたしは振り向く。

「どうしたの松川さん。まだなにか用事ある?」

 松川さんは全力で走ってきたところっぽくてすごく息を切らしていて、呼吸が整うまでわたしはそのまましばらく待つ。5メートルぐらいは離れていて、それとなく親密ではない距離感。

「その……さっきはありがとう。日下部先輩に内緒にしてくれて」

「ああ、そのこと。別にいいよ。わたしの勝手だし」

「……でも、なんで?」

 うーん、なんで?、とか、どうして?とか、わりとそういうのがいちいち気になっちゃう性質なんだなぁ。生真面目っていうのかな。

「なんでだろうね?わたしも自分でよく分からないけど、松川さん嫌がってたみたいだし、たぶん、わたしそんなに松川さんのこと嫌いじゃないみたいだから」

 松川さんは、ちょっと驚いてる顔、あと、ちょっと戸惑っている感じ。でも受け止めて、ちゃんと考えてくれている感じ。たぶん、ちょっと思い込みが激しかったり独善的だったり、そういうのは色々とあるんだろうけれど、基本的にはとても真っ直ぐで誠実な子なんだろうなって思う。

「でも、やっぱわたしも穂高センパイのことすきだし、声聞くだけで安心できたりとか、話しができると嬉しかったりとかあるから、松川さんのために穂高センパイと別れてあげるとかそういうのはナシなんだけど。それでも、松川さんが穂高センパイのことすきだっていう気持ちはなんかいいなって思うし、応援してあげたいような気持ちもあるんだよね。あ、別に今カノの余裕とかそういう話じゃなくてね」

「ごめんなさい」

 そう言って、松川さんは深々と頭を下げる。

「もう誰かを使ったりとか小細工してみたりとか、そういうちょっと卑怯っぽいのはやめることにする」

「そう」

「でも諦めないから。真剣勝負することに決めたから。ちゃんと自分を誇れるようなやり方で、わたしはわたしで日下部先輩を振り向かせてみせるから」

「うん、それでいいよ」

 沈黙。なんか変な間。

「握手とかしてみる?」ってわたしは言うんだけど、松川さんは「ううん、やめとく。敵だし」って言って、やっぱそうそう気安くお友達ってわけにはいかないかって感じになる。友達を作るのって本当に難しいね。すきとかきらいだけじゃなかなか世界は回っていかない。

「そっか、残念。ひょっとしたら友達になれるかもって、ちょっと思ったんだけど」

「もしかしたらね。でも、今はやっぱまだ無理」

「分かった、それじゃあね」

「うん、それじゃあ」

「はいはーい、お二方。盛り上がっているところ大変申し訳ないんだけれどもちょっとお邪魔しますよ」

 ってどこから湧いて出たのか唐突にサワメグが話に割り込んでくる。しかも髪が黄金色に輝く魔法少女モードで。魔法パワーで緩く巻いたツインテールが風とか重力とかを無視してふわふわと揺れている。

「松川常盤。プログラムはあなたのデリート処理を決定したわ。悪いんだけどおとなしく消滅してね」

 そう言って、サワメグは黄金色のマジカルベレッタM92(魔法武器、サワメグが狙ったところに必ず当たる)を松川さんに向ける。

「は?なにそれ急に出てきていきなりそんなこと言われても意味分かんないんだけど」ってわたしは言うんだけど、松川さんのほうは事情が分かっているのか、一瞬の驚きの表情の後には早くももう諦めモード。

「ああ、やっぱそういうのがあるんだ」

 って静かに言うだけ。

「ええ、世界はあなたのような存在を許容しない。残念だけど」

「ちょっと待って、サワメグ説明」

 わたしが間に入ってストップのポーズでそう言うと、サワメグはパッと髪を振り払って

「この前の仕事の後始末よ。言ったでしょ、吸血鬼。本体はなんとか削除したけれど、その眷属がまだ残っていたのよ。彼女は変異種の吸血鬼に噛まれて眷属を作る能力を継承した吸血鬼の眷属。いえ、自我の完全な独立性を維持しているから、もはや完全な吸血鬼の一個体と見做すべきかしらね。アズだって見たでしょ、この子が眷属を操るところを」

「眷属って……?あ、ひょっとしてナスとキュウリとポテトとカボチャ?」

「なにそのナスとかなんとかって」

 登場してからずっとシリアスをキープしていたサワメグの表情が一瞬崩れて、なんかわたしは勝ったような気になる。なににかは知らないけど。

「普通は眷属ってのは自我を浸食されて操られちゃうものなんだけれども、松川常盤はもともと支配者の適性が高かったから組み込まれることなく独立性を保ったのね。だから完全な別個体になっちゃって捕捉が遅れたんだけど」

「え、ちょっと待って。じゃあ松川さんはもともとは普通の人間だったのに、その悪い吸血鬼に噛まれて吸血鬼にされちゃった被害者ってことでしょ?それで殺されるの?理不尽じゃない?」

「プログラムは善と悪を区別したりはしない。重要なのは、彼女が本気を出したら、いいえ、その気がなくてもなにかの弾みででも、わずか数日で世界そのものが改変されてしまう、そういう可能性があるっていうところよ」

「待って待って。松川さんはそりゃ確かにちょっと暴走ぎみなところもあるけれども、そんなに悪い子じゃないって!」

「だから悪いとか悪くないとかは関係ないって言ってるじゃない!やるかやらないかも関係ない!そういうポテンシャルを秘めていることそのものが脅威なんだから!」

「だからってなにも殺すことないじゃない!」

「アンタがそれを言う!?」

 と、肝心の松川さんを置いてけぼりにしてわたしとサワメグは怒鳴り合いの喧嘩を始める。

「アズが散々カジュアルに食ってきた連中だって、そりゃ未成年を金で買ってホテルに連れ込むようなロクデナシではあったかもしれないけれども、それだって別に問答無用で殺されても文句言えないほどの罪ってわけでもないでしょうが!」

「だってあれは知らない人だもん!でも松川さんは同級生でしょ!?」

「知らない人ならいいわけ!?アズに食われた連中だって誰かの同級生だったに決まってるでしょ!?」

「でもわたしの同級生じゃない!」

「なにそれ!?開き直ってんの??そんな身勝手で自己中心的な理屈をよくもまあ恥ずかし気もなく言えたものね!なんて酷薄で玩愚で痴騃なのかしら!」

「え?なに?難しくて全然わかんない!ぜんっぜんわかんない!」

「うるさい!どっちみち眷属の全削除は既にプログラムの決定事項なの!わたしがやらなくたってどうせ別のエージェントがやるだけだし、下手に目をかけたりしたらわたしがプログラムに消されかねないんだから!」

「でもサワメグだって本当はそんなことやりたくないんでしょ!」

「そんなわけないでしょ!わたしは世界を正常の範囲内に維持する冷徹なプログラムの一級エージェントなのよ!」

「だってサワメグ泣いてんじゃん!」

「泣いてない!」

 泣いてるじゃん。もうボロボロに泣いてるじゃんか。

「サワメグ……?」

 さすがにちょっと心配になって声を掛けるんだけど、サワメグは上を向いて一回ギュイイーーッって大きく鼻をすすると、もう迷いのないフラットな表情になってて。

「そんなわけで、ごめんね。松川さん」

 って、改めてベレッタの銃口を松川さんに向ける。あ、心決めちゃったっぽい。

「ええ、わたしも、こんなことはそうそう長く続いたりはしないと思っていたわ」

 と、松川さんもフラットな表情でベレッタの銃口を睨み付けている。いや、わたしたち女子高生なんだからさ、花も恥じらう花の女子高生なんだからさ、そんな気さくにに覚悟完了しちゃうのやめようよほんと。

 銃声。

 瞬間、ギュッと目を閉じたわたしが数秒の後におそるおそる目を開けてみると、松川さんは別に普通に生きてるし、サワメグも松川さんに銃口を向けたままだしで、松川さんもサワメグも鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔をしている以外は状況にはなにも変化がない。いや、ふたりの間に、なんか見慣れた人影が唐突に出現してるけど。

「え?お母さん?」

「イフリーテス……!!」

 わたしとサワメグが同時に驚きの声をあげて

「あら、アズちゃん奇遇ね」

 なんて、お母さんは気楽な調子で手の中でポンポンとなんか小さなパチンコ玉みたいなのを弄んでいる。

 銃声、銃声。

 ピン、ピンってお母さんの手が動いて、手の中でポンポン弄んでいるパチンコ玉が3つに増えてる。あ、発射された銃弾を素手でキャッチしてるんだ。サワメグが慌ててバックステップで距離を取る。

「あれ?あなた、エージェント・ストリームワンかと思ったけど、もしかして別人?」

 お母さんは年甲斐もなくわざとらしいブリッ子仕草で小首を傾げる。

「ストリームワンよ。久しぶりねイフリーテス」

「んー?いや、やっぱり違うわね。ストリームワンにちょっと似てるけど全然別の概念。自我がボディに負けて概念融合を起こしちゃった?あなたまるっきり16歳の小娘じゃない?」

「黙りなさい!」

 叫んで、サワメグは銃口をお母さんに向けるけど、お母さんは全然余裕のニコニコ顔で「あらあら、そんな子供の玩具でわたしとやりあうつもり?判断力まで16歳の小娘そのものね」って容赦なくサワメグを煽る。ううーん、我が母ながら大人気ない。

「お母さん、どっから出てきたの?なんの用?」

「どっからって、普通に玄関から出て電車に乗って来たわよ?なんの用っていうと、うーん、スカウト?ちょうど空いた穴を埋める人員を探していたところでね」

 そう言うとお母さんは180度向きを変えて、松川さんに軽く会釈しながら「こんにちは」って言う。松川さんも戸惑いながら「こんにちは」って挨拶を返す。

「松川常盤さん。わりと差し迫っているから細かい説明はまた後になっちゃうんだけど、とりあえず今あなたの目の前にはふたつの選択肢があるわ。あの小娘の金の弾丸を受けてこの場で消滅するか、わたしの組織の庇護下で働いていずれ死ぬかのどちらか。本当にかわいそうだと思うんだけど、残念ながらこれまで通りの平和な女子高生生活は無理だから諦めて」

 突然の怒涛の展開にしばらく黙って考えているっぽい松川さんだったけど、決断はわりと早くて数十秒。

「わかりました。おばさんと一緒にいきま」「え?なんて?」「お姉さんと一緒に行きます」「よろしい」

 いや、客観的にお母さんそろそろいい加減おばさんの歳だからね。

「19歳よ」

 勝手に娘の心の声に返事するのをやめなさい。16歳の娘がいる19歳とは。

「ともあれ、松川さん。これであなたはわたしたちの家族も同然。わたしとわたしの組織は万能ではないけれど、可能な限りあなたの生命と安全を守ってあげる」

「ありがとう……ございます」

「そんなわけで」

 と、お母さんは再び反転して、腰に手を当てて人差し指をビシっとサワメグに向けるポーズで通達する。

「この子はウチでもらっていくわね。それとも、今ここでわたしと一戦交える?そのチャチな子供の玩具ひとつで」

「いいえ、やめておくわ」

 サワメグは肩をすくめると魔法少女モードを解除。黄金色に輝いていた髪がいつもの栗色に戻って、ストンと物理法則に従いだす。

「ええ、賢明な判断ね。イフリーテスの妨害にあったと言えばプログラムにも申し訳ぐらいは立つでしょう。降格は避けられないかもだけれど、削除処分は免れるんじゃないかしら」

「降格は別にもうどうでもいいわ。近頃、そんなに上昇志向でもないのよわたし」

「あら、いいと思うわ。足ることさえ知れば、世界は思っているよりもずっといいものよ。それじゃ行きましょうか、松川さん」

 そう言い残してお母さんと松川さんはふたり並んでどこかに歩いて行っちゃう。「トキちゃんって呼んでもいい?」「いや、どうでしょうか……」なんて会話が聞こえてくる。しばらくその姿を見送ってたら、お母さんが「あ」って言って振り返って「アズちゃーん!コーヒー豆切れちゃったから買っておいてー!」って叫んでてちょっと笑っちゃう。わたしも「りょうかーい!」って手を振る。お母さんがブンブンと手を振り返してきて、松川さんも小さく手を振ってくれる。わたしはなんだかうれしくなって、もう一度大きく手を振る。これから松川さんがどこに行ってなにをすることになるのかはよく分からないままだけれど、とりあえず当分の間は生きてはいるみたいだし、ひょっとしたらそのうちなにかの拍子に友達になれることもあるかもしれない。

「はー」って大きく溜め息をついてサワメグも歩きはじめたから、わたしは走って行って後ろから体当たりをする。

「んぎゃ!」

「サワメグさっきはごめんね。言い過ぎちゃったね」

 後ろからサワメグの肩に抱き付いてぶら下がりながらそう言うと、サワメグはそのままわたしを左右に揺すりながら「あー、いいよ。たぶんわたしのほうがひどいこと言ったし」って。

「そうだっけ?」

「酷薄で玩愚で痴騃」

「別にいいよ。どうせ全部意味分かんないし」

「まあそうだろうね」

「あ、ひど」

 いい加減サワメグもわたしを振りほどいて歩き出すからわたしもおとなしく横に並んで歩く。

「そういえばこうやって一緒に並んで帰るのって珍しいね」

「そうねー、ここんところわりと忙しかったし。あー、せっかくいい感じに来てたのにまた降格かー」

「悲しい?わたしのせいだね、ごめんね?」

「まあいいよ。ひょっとしたらわたし魔法少女に向いてないのかもって最近ちょっと思い始めてたところだし。ちょっと自分の人生見つめなおしてみるわ」

 なんて感じで、まあ新学期早々いろいろとバタバタあったけど、まだ今のところは辛うじてわたしの日常にこれといって大きな変化もなく、そこそこ真面目に適度に退屈に、相変わらずアースカラーな高校生活を送れている。お母さんの仕業かサワメグの仕業か分からないけど、世間的には松川さんは親の都合で急な転校したとかそういう話になってるっぽい。ナスとキュウリとポテトとカボチャに関してはどうやったらそんなことができるのか、最初からそんな子たちは存在しなかったっていう認識になっちゃってるっぽくて、ああ削除ってこういうことなんだなって思うんだけど、まあいいか別にナスとキュウリとポテトとカボチャだしって感じでわたしもそんなに気にしない。あ、そういえば穂高センパイがなんでわたしと付き合ってるのかっていう話ね。

「中萱さん、俺と初めて喋った時のこと覚えてる?」

「覚えてますよ。宵の明星」

「あ、覚えてたんだ。あの時の画が完璧すぎてさ、今でも頭の中で完全に再生できるよ。夕暮れの空と宵の明星と中萱さん。最初俺、心霊現象かなにかだと思ったんだよね」

「なにそれ?どういうことですか?」

「この世のものじゃないと思った。綺麗すぎて。だから、中萱さんが人間じゃないって分かった時も、まあそりゃそうだろうなって感じで、むしろ納得っていうか」

「それが穂高センパイがわたしと付き合っている理由ですか?」

「まあ、概ねは、そのような感じの」

 って感じで、結局なんだか要領を得ない。でもまあ、綺麗って言われれば誰だって悪い気はしないよね。え?夕暮れの空の話じゃないのかって?いやいや、悲観的になるのはよくないですよ。

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