おにぎりスタッバー

大澤めぐみ

本編 全5話

第1話 おにぎりスタッバー

 「あなたの好きなように自由に生きなさい。せっかく生まれてきたんだから、自分の好きなように自由に生きなきゃ甲斐がないでしょ」

 そんなようなことをよく言っている母親だった。あ、なんか変に過去形になっちゃってるけど現役バリバリで存命中なのでご心配なく。ひとり娘にそのように言って聞かせるような母親なものだから当然のように本人も好きなように自由にやっているっぽくて昔から家は留守にしがちでどこでなにやっているんだかよく分からないし、当たり前のように家のこともろくろくやらないしって感じで今日も今日とてわたしはお母さんが散らかすだけ散らかして投げっぱなしの服とか服とかお洋服とかを片づける。ドレスシャツはアイロンをかけてたたんで引き出しにしまう。色柄のニットはネットに入れてやさしくお洗濯して日蔭で平干しする。5LDK二階建ての我が家はたったふたりしか住んでいないのにお母さんの綺麗で高価なお洋服でパンク寸前。椅子という椅子の背もたれには上着だの下着だのが二重三重に重ねられているし、せっかくの仕立てのいいジャケットも明らかにお母さんが下に敷いて寝ちゃったみたいな皺が寄ってるし、ソファーにはバッグがドカドカ座っていてほとんど人間が座るスペースはないし、あらゆる隙間にはアクセサリーとか小物が落ちている。お母さんが通ったあとはあれもこれもぜーんぶ散らかしちゃって散らかしっぱなしで台風のあとみたいな目も当てられないありさまで、お母さんだけがモリモリ綺麗に元気になっていく。他の誰かがお母さんの通った後を黙々とお片付けしてまわる。生き方そのものがそういう感じ。なにをやって生きているんだかはよく分からないのだけど、稼ぎが悪いわけではないらしい。まあきっとなにかヤクザな稼業をやっているんだと思う。ポーンと10万円とか置いて「これでおいしいものでも食べててね」ってポーンとどっかに行っちゃう。全然帰ってこない。帰って来てないと思ってたら脱ぎ散らかしたお洋服に混じってお母さんがリビングに落ちていたりする。わあビックリした。色とりどりの高価で綺麗なゴミに埋もれてお母さんも高価で綺麗なゴミって感じ。ハンガーにかけて干してやりたい。

「ちょっとお母さん寝るならちゃんと自分の部屋で寝てよー」

 お化粧も落とさないままカーペットに転がってたお母さんは「う~あったまいたい~」とか言いながらモソモソ起き上がってノロノロお風呂に。「ねぇなんか食べるのー?」ってきいたら「食べるー」って言うからわたしはお母さんがお風呂に入っている間に朝ごはんを作る。ベーコンと卵を焼いて、食パンはトースターに。コーヒーメーカーをセットして、あとサラダもいるでしょってキャベツを千切りにしようとしたら包丁の隣にエクスカリバーが無造作に並んでてまたビックリする。

「もーお母さんエクスカリバー台所に置いとくのやめてよービックリするじゃん!」って声をかけたら「だって他に刃物置いとくようなところないでしょ」ってバスローブいっちょのお母さんは髪をタオルドライしながら言うんだけど地上最強の聖剣と包丁を刃物っていう共通点だけで並べちゃうのはどうなのよ。なんかの拍子に刃に触ってうっかり浄化されちゃったらどうするんだ。

「なにアズちゃん浄化されちゃうような邪なことやってんの?」

「お母さんだって浄化されちゃうでしょ絶対に」

「まあそりゃそうね」

 清廉潔白のままじゃなかなか生きていかれないのが世の常ってものだものね。世知辛い。

「晩御飯はどうするのー?」

「いや、いいや。またちょっとしばらく出掛けるから」

「あそー」

 ってまた10万円置いてポーン。わたしはお母さんがポーンと置いてった10万円をポーンって使っちゃったりせずにちまちま使うし貯金もする。服だってだいたいguかH&Mのセール品とかで揃えちゃうし、ていうかそもそも友達が居ないからお出かけするような用事も滅多にないしでヨソ行きもあんまり必要じゃない。きょーび女子高生だってプラダのお財布ぐらいは持ってたりするもんだけれどもわたしは貯蓄ちょきんぎょのガマ口から千円札とポイントカードを出して特売の卵とトイレットペーパーを買う。おからでかさ増ししたハンバーグをこねる。学校にもお弁当を作って持っていく。サワメグもお弁当を自分で作って持ってきてるんだけどサワメグのはブロッコリーの緑とかコーンの黄色とかタコさんウインナーの赤とかカラフルでかわいい。わたしのはなんかなんつーの?ベージュ系?アースカラー?お母さんの教育方針に反してどうしてこんなにとことんまで地味で地道なんだろうね?これも反面教師ってやつ?と溜め息をつけば「どうした~?幸せ逃げちゃうよ~~??」とサワメグに突っ込まれる。

「幸せねえ。なりたいねえ」

 と曖昧な返事をすれば

「彼氏でも作れば?」

 と、これまた女子高生らしい安易で曖昧な提案が返ってきて、まあ女子高生のイメージする幸せなんてそのへんが限度だよなぁって感じ。しかし友達もロクにできないうちから彼氏とかちょっとハードル高くない?

 サワメグは梅雨ももう明けちゃうぞっていう頃合いになってようやくできたわたしの高校でのはじめての友達で、魔法少女。いちおう魔法少女なのはみんなには内緒なんだけどサワメグは木を隠すなら森って作戦っぽくて頑なに秘密にするんじゃなくてむしろ積極的にわたし魔法少女で~っすキャピッ☆みたいな感じの芸風でやってて、そうするとちょっとぐらい魔法がどうだとかいう話をうっかりしちゃっても「まぁサワメグだしな」みたいな感じでスルーされるっていうそういうアレなわけ。なものだから、すでに学校でも指折りの変人ってことで有名になってて、ただでさえ見た目も地味で運動も勉強の成績もほどほどで流行の話題にも鈍感で特に見どころもないくせに「なんか援助交際だか売春だかそういうようなことをやっているらしい」という噂があるというただ一点のみにおいてキャラ立ちしちゃっているわたしが唯一ツルんでいるのがよりにもよって魔法少女なものだからますますアンタッチャブル感だけがましましでこれ以上友達ができる見込みは薄い。でもなんだかんだでサワメグはいい子だし、このままサワメグと二人きりで余人にはアンタッチャブルな世界を形成して高校三年間を突っ切っちゃうのもそれはそれでアリかもな~とか思う。

「でもアズはモテるんじゃないの?だって男食いまくってるんでしょ?」

 と普通だったら言いにくそうな話も特にオブラートに包むことも声をひそめることもなく平然と持ち出してくる。サワメグはそういう性格。言っていいこと悪いこととか他人との間合いとかそういうのは苦手っぽいんだけど、普段から発言が全般に軽いからちょっとぐらい失言しても「あ、今の言っちゃダメなやつだった?ごめんねキャピッ☆」とかそういうノリで乗り切っちゃうわけ。まあ別にいいんだけど。なにしろ「なんか援助交際だか売春だかそういうようなことをやっているらしい」という噂は真実を捉えているとまでは言えないものの、まるっきり根も葉もない流言飛語ということもないし。自業自得っていうの?まあそれはそれとして

「それとこれとは話が別っていうか」

「そうかな?いちおーアレでしょ。相場が何万円なんだか知らないけど、まあそれくらいのお安くないお金を払ってでもそういうことをいたしたいという需要はそれなりにあるわけでしょう?彼氏ぐらいできるんじゃないの?」

「それはわたしのっていうか、女子高生っていうブランド価値の値段だから」

 かつて女子高生だった数々の女の子たちや各種メディアが築き上げてきた不動の最強のブランド力。幻想の期間限定ブースト。弾ける前提の性的バブル景気なのだ。地味で地道だけが取り柄のアースカラー女も高校の制服を着せて街に放り込めばそれなりの値段になっちゃうっていうそれだけの話であって、全員が全員高校の制服を着ている校舎の中では当然そんなブーストかからないから結局地味で地道なアースカラーの女でしかないのである。

「んじゃアレは?日下部穂高。穂高センパイ」

「誰それ?」

「え、知らないの?」

 うっわ~哀れ日下部穂高、とサワメグは大げさにのけぞって見せる。そんなこと言われてもわたしが高校で知ってるって言えるほど知ってるのはせいぜいサワメグぐらいのものなのだから仕方ない。

「アズが女子から不人気な理由のひとつ。穂高センパイがアズにホの字っぽいから。アンタやっかまれてるのよ」

 いやそんな馬鹿なベタベタの少女漫画みたいじゃんって思ったけど、サワメグに引っ張られて屋上に行ってホラあれだよアレが日下部穂高っていうのをマジカル双眼鏡(魔法少女アイテム。遠くまでよく見える)で覗いてみたら、ああそういえば接点があったかもなぁって感じがある。そうあれはまだわたしが高校に入学したての頃(ほわほわほわ~と回想シーン)

 放課後、夕暮れ時、わたしが校門の手前でちょっと立ち止まっていると「どうしたの?忘れ物?」と声をかけてくる人が居たので「あ、いえ」とこたえ、わたしは西の空の低いところを指さす。「宵の明星です」以上、回想終わり。

「それだけ?」

「うん、それだけ」

 なにしろ薄暗かったのでイマイチ確信が持てないのだけれど、たぶんあの人だったと思う。顎のラインと鼻筋が綺麗!髪だってサラサラだし、改めて見るとなかなかの、というかかなりのイケメンだなぁ。こりゃ女子から人気があるらしいのも頷ける。うーんあの人が彼氏か~彼氏いいな~~。自転車の二人乗りとかしちゃったりして。荷台に横乗りね。わたしはどこを掴むのかちょっと悩んだ挙句に遠慮がちにベルトとか掴んじゃったりね。あ~いい。青春っぽい。

「なるほど下手に色々喋りすぎちゃうよりもそういうのの方が良かったりするのかな~~。う~んロマンチストなのかもね」

 アズは黙ってるとわりと可憐っぽく見えるところあるし、色だって白いし、ってサワメグが雑な褒めかたをしてくれる。褒められてるよね?うん、そう思っておこう。

「まぁでもアズは男食いまくってるしな~、そういう恋に恋してる系のロマンチックな感じで幻想抱いてるんだったらちょっと難しいかもね。どうせそのうちバレるしそういうの」

「これでもわたしなりに節度を持ってやってるつもりなんですけど~~」

 ぷぅ~っとわざとらしく頬をふくらましてみたりするけど、言ってる話がそんな手当たり次第に男食いまくってんなよ~とかそんな話なのでかわいコぶってみたってイマイチさまにはならない。とはいえ、いかんせんあの母親の娘であるので抗いがたい遺伝的要素というのはあるのだ。自分の気持ちとか考えとかそういうのとは無関係に身体の芯のところからそういう熱が沸いてきちゃうのだ。これはもう、そういう生態だと理解していただくしかない。

「ん~まあね~。無理して自分を飾って彼氏作ったって仕方ないってところはあるからね。アズのそういうところを全部分かったうえで、それでもまるっと受け入れてくれるような奇跡みたいな人もそのうち現れるかもしれないしね」

 どんな魂にだってひとつになるべき片割れってのが世界のどこかには存在してるのさ~、なんて、深いんだか雑なんだかよく分からないようなことを言う。サワメグとそんな話をしてからあらためて見てみると意外とわたしと穂高センパイの距離感が近いことに気付く。まず通学に使ってる電車が同じ。朝電車に乗ると同じ車両のちょっと離れたところに穂高センパイがすでに乗ってるから、同じ路線で穂高センパイのほうがわたしの家よりもうちょっと学校から遠いっぽい。あと委員会が一緒。とはいえ四月になりゆきで決められた美化委員会とかいう未だに活動内容もよく分からないような委員会なので実質てきにまだ絡みはないんだけど、名簿には名前が載ってるし、そういえば会合で同じ教室に居たような気がする。そんなわけでわたしはここのところ毎朝電車でチラチラ穂高センパイのほうを盗み見ている。穂高センパイはだいたいドアのすぐ近くで立っていてiPodかなにかで音楽を聴きながら外を見ている。たまにフッと目が合うような気もする。あわてて目をそらす。てな感じで基本アースカラーなわたしの生活もここ最近朝一番のほんのちょっとの時間だけ青春してるっぽさがある。授業はそれなりに真面目に受けるしノートも取る。お昼はサワメグと食べる。穂高センパイのことをワイキャイ言い合ったりする。サワメグは魔法少女だから日夜世界の敵と戦ってたりでそれなりに色々と忙しいっぽくて放課後に一緒に遊んだりっていうことはあんまりない。かといってわたしはわたしで世界のことなんかどうでもいいし青春のすべてを捧げるような熱い部活動をしているわけでもないし、それでいてそこまで真面目ちゃんってわけでもないありきたりなどこにでもいる現代的女子高生なので、イマドキの女子高生様なので、普通電車を途中下車して適当に街をプラプラ歩いてみたりする。プラザを散々冷かしてからどうでもいいようなヘアピンを買ってみたり(198円)文房具売り場の試し書きコーナーに気合いの入った落書きを残してみたり、別にそんなにおいしいってわけでもないのになんでかおいしいってことになってて行列もできてるジェラート屋さんの列に並んでみたり、紫芋とクッキーアンドクリームをコーンで、それでジェラート食べながらベンチに座ってスマホぽちぽちしてたら知らない男の人が話しかけてきたりする。第一声からイエーイってノリだったり以外と丁寧な感じで喋りかけてきたりとパターンは色々あるけれども、いきなりくっそダルそうな感じで「あのさぁ」から始まるのはわりと珍しくて最初わたしは自分が喋りかけられていることに気付かない。

「君さ、めっちゃ臭ってるんだけど、自分で気付かない?」

 ぼそぼそとした声ですごく失礼なことを言われている気がする。え、もしかしてわたしのことかってフイと横を見ると金髪のパンクスがいつの間にか隣に座っててすごい。短いキンキンの金髪を全部逆立てて革ジャンに黒のスキニーで今どき珍しい模範的なパンクス。そのわりに元気がないっていうか生気がないっていうか、世の中に反抗してやるぞ俺はっていう気概に欠けているっぽい感じでもういいかげんに仕事辞めようかな~とか悩んでるサラリーマンみたいな無気力っぷり。パンクスならパンクスでパンクスらしくもっと腹からがなってみろよ。っていうか近いし。この距離感たぶんわたしに喋りかけているんだと思うけど、ただでさえわたしはそんなにコミュ力あるタイプじゃない上に金髪のパンクスも最高に絡みづらい感じだしでとっさに返事もできずわたしはとりあえず黙々とジェラートを食べる。

「ひょっとしてさ、このへんで男漁りまくってるの、君だったりするでしょ」

 心当たりがまったくないではないけれど、やっぱりまだ用件がよく把握できない。ここからじゃあどっか休めるところでも行きますかみたいな話の展開はたぶんないでしょコレ。それ以外に知らない男の人がわたしに用事ってのもあんまり想像がつかないし仕方がないからジェラートを食べる。

「いちおー俺らもプロだからさ、困るんだよね。素人さんにそうやって好き勝手されちゃうとさ。示しがつかないっつーか」

「はぁ、そうですか」

 なんかヤクザ稼業とかの方面でも色々とあるらしい。いや知らないよ。わたし素人さんだし。それで結局わたしにどうしろっていう話なのよってだんだんムカムカしてきたところでパンクスはさらっと用件を言ってくる。

「じゃあ、とりあえず死んどく?」

 極限にヤバイやつだった。無理無理無理。いくらなんでもそんな突拍子もなくいきなり表れて単刀直入に人生終わるとかさすがにそれはないでしょうって思うんだけど、いや、そういうのもあるのかって心のどこかで諦めている感じもちょっとある。あーやっぱそんな人生自分の好き勝手に自由にばっかりはやってらんないよねーどっかでしわ寄せは来るもんだよなーとか思っちゃったりもする。それで特に逃げるでも抵抗するでも大声を出すでもなく思考停止状態でジェラートを食べてたらまた別の人が声をかけてくる。

「ごめん待った?」

 って別に誰のことも待っちゃいないけどって見たら日下部穂高。穂高センパイ。チラッとパンクスのほうを見たあとで「じゃあ、行こうか」って言って手を出してくるからわたしは素直にそれを握って歩き出す。ちょっと行ったところで振り返ってみるけどパンクスはそのままベンチに座ってて追いかけてくる様子はない。めっちゃこっち見てるけど。助かった、のかな?

「あの」

 角を曲がってパンクスも見えなくなって、わたしが声をかけると穂高センパイが「あ、ごめん」って言って手をはなす。手をはなされてからわたしは「そうかそういえばいま男の人と手を繋いでいたな」と気が付いて遅ればせながらちょっとキュンとする。

「困ってるっぽかったから」

 って穂高センパイは言い訳っぽくはなした手で後ろ頭をワサワサ~ってしてサラサラの髪がゆれて、あ、すっげー石鹸の匂いするし、なにこのさわやかボーイ。

「あ、はい。助かりました」

 手をはなして並んで歩きながら話すんだけど、わたしはなんか緊張しちゃってちゃんと穂高センパイのほうを見れない。左上斜め20度くらいのほうに頭があって、わりと背たけあるんだなーとか、いいバランスだなーとか。いいバランスって何が?って感じなんだけど。

「アレ、なんだったの?ナンパ?なんかあんまりそんな雰囲気でもなかったけど」

「ん~なんていうか」

 さすがに説明に困るっていうか、まさかわたしがこのへんで男漁りしまくってるせいで困っているなんらかのプロの人のようで、とりあえず死んどく?って言われましたって言うわけにもいかないでしょってわたしの頭の冷静なところはちゃんと考えてるんだけれど、なんだかんだテンパってるっぽくてわたしはそのまま「わたしがこのへんで男漁りしまくってるせいで困っているなんらかのプロの人のようで、とりあえず死んどく?って言われました」って言っちゃう。うわ!なに言ってんだわたし!?

「プロってなんだよ」

「あの!ほ…!穂高センパイは!?」

 なんて、散々サワメグと裏で穂高センパイ穂高センパイって呼んでたせいでわたしはいきなり面と向かって下の名前で呼んでしまう。

「あれ?俺の名前知ってんだ」

「委員会!一緒ですから!!!!」

 まあほんとはごく最近までそれも全然知らなかったんだけど。んで改めて穂高センパイはなにをしていたのですか?って話でさっきのナニは誤魔化せたような

「俺はね、予約してたCDを取りに行くところ」

 ついてくる?って穂高センパイが言うからわたしも別に用事があるわけじゃないしってそのままついていく。お店はなんかレコード屋って雰囲気の、HMVとかタワーレコーズとかそういう大型店じゃなくて、なんかでもロゴは見たことある気がするなーみたいなオシャレっぽいやつで鼻持ちならない感じ。アースカラーの女にはあんまり馴染みがない系だけどまぁポイントは高いッスね。「穂高センパイはどんな音楽を聴くんですか?」って、あ、なんかもう成り行きで普通に下の名前で呼んじゃってるんだけど、きいたら「聴いてみる?」って今買ったばかりのCD出して、でもCD聴けるような機械持ち歩いてないよなーって思ったら「近くに知り合いが働いてるお店があるから、そこならかけてくれると思う」って言ってて、なんかそのへんも通っぽいっていうか大人っぽくてハイスコアを更新中。じゃあそこに行きましょうって話になって成り行きでアレこれちょっとデートみたいじゃね?ってな感じになる。それでちょっと行ったところの間口の狭い古い造りの喫茶店に入って、店員の男の人も「お、穂高じゃ~ん」みたなノリで馴染みっぽくて、穂高センパイがCD出すと「お、新譜じゃ~ん」って言って快く曲をかけてくれて、難しいことはよく分からないけれどとりあえずアニソンじゃないしヘビメタでもないし、わりと静かでオシャレっぽいやつ。「外れ」って小さい声で穂高センパイが言うから曲があんまり気に入らなかったのかなって思ったんだけどそうじゃなくて店員さんが外れってことらしい。

「俺あんまりアイツ好きじゃないんだよね」

 別の店員さんのほうがもっと仲良いらしい。まぁ確かに穂高センパイの感じとも店の落ち着いた雰囲気ともちょっと違ってひとりだけ軽薄で浮いているような感じはある。かなり人なつっこい性格っぽくて注文取りにきたりブラウニー持って来たりするたびにちょいちょい喋りかけてくる。ブリーチしたロン毛がワサーってしててライオンっぽい。

「穂高が女の子連れてくるなんて珍しいじゃん。学校の子?」

「んまぁ。後輩」

 って言ったっきり穂高センパイはあんまり喋らなくて

「おれ龍之介っつうの。よろしくね」

「あ、どうも。中萱です」

「中萱ちゃん?下の名前は?」

「梓です」

「穂高と同じ学校ってことは頭いいんだ」

「いや、そうでもないです」

「梓ちゃんもジャズとか聴くの?」

「いや、あんまり分からないですね。エビスビールの曲とか?」

「あ、リューミホね。いいよねアレ」

 とかなんとかどうでもいい話をひたすら店員さん(龍之介?)としてて、馬鹿っぽいけどわりと喋りやすいしついつい話し込んじゃう感じで気が付けば折角の機会なのにわたしは全然穂高センパイと喋ってない。ようやく龍之介がテーブルから離れたと思っても

「何歳なんですかね、あの人」

「大学7年生って話」

「わわー……」

「しかも浪人してるはずだから、わりといい歳のはず」

「わわわー……」

 って結局龍之介の話ばっかりしてて穂高センパイの話はできてないって感じ。むぅままならない。そうこうしている間にまたなんか龍之介がテーブルに寄ってくるしわたしもついつい龍之介と喋っちゃうし穂高センパイはなんか難しい顔でそっぽ向いて心ここにあらずって感じで、アレ?ひょっとしてなんか不機嫌になってないかな?まずい流れ?

「中萱さん」

 穂高センパイがそっぽを向いたまま声を掛けてきてわたしはビクッとなる。

「はい!?」

「外にさっきの男が来てる」

 お店はキュッとした感じであんまり見通しがよくないし、そのうえ奥まったところに座っているのでわたしの席からだと外の様子はあんまりよく分からないんだけど、穂高センパイのところからは外が見えるみたい。直視しないように視界の端で見ているからなんか曖昧なところを見つめることになっていたらしい。

「え、パンクスの人ですか?」

「あんまり隠密行動には向かない髪色だね。あっちの路地に居る。たぶんあの位置だと向こうからは俺は見えてても中萱さんのことは見えてないと思う」

「つけてきたんですかね……」

「たぶんね」

「どうしましょう……」

「龍之介さん今日何時上がり?」

 と穂高センパイは龍之介に声を掛けて

「え?早番だから7時には上がるけど?」

「車でしょ?中萱さんがちょっとヤバそうなやつに付きまとわれててさ。龍之介さん中萱さんを裏から出して送ってやってもらえない?」

 って話をつけてくれる。龍之介はチラっと外を見に行って「え、なにアレ?普通になんか雰囲気ヤバいんだけどアイツ」とか言ってる。

「向こうはたぶん俺がここに座ってたらあそこ動かないと思うから、俺はもうちょっとここで時間潰してから適当に帰るよ」

「オッケーオッケー」

 そんなわけでわたしは龍之介が仕事を上がるタイミングで一緒にそーっと裏口から出る。最後に手を振ったけど、穂高センパイはパンクスに勘付かれないようにノーリアクション。なんか慣れてるっぽい感じだけどこんなシチェーションに慣れることなんてそうそうあるとも思えないし、たぶん地の性格がすごい冷静で目端が利く人なんだろうね。それとも実はどこかの国の秘密諜報機関のエージェントだったりするんだろうか。

 龍之介の車はだいぶ改造してあるっぽい黒いミニバンで窓は全部カーテンとかついてて露骨にあちゃーって感じだったんだけど、かけてる音楽はまだオシャレっぽい感じのアレだから多少は救いがあるかも。前門のパンクス後門の龍之介。これ穂高センパイわりと采配ミスなのではないだろうか。

「いや大変だね。ストーカーってやつ?」

「うーん、たぶん。よく分からないですけど」

「前から?」

「いやー、ついさっき会ったばっかりだと思うんですけど。座ってたらいきなり声掛けられて。そこを穂高センパイに助けてもらったんです」

「へー、穂高やるじゃん。梓ちゃんは?」

 って謎の疑問形で終わるから何が?って感じだし何が?って顔してたら「穂高のこと好きなの?」って直球で来るから「いえ、そういうわけでは」って、まだ、今のところは。

「じゃあまだおれにもチャンスがあるってことじゃん」

 いや、ないけど。

「まぁでもね、分からないでもないけど。梓ちゃんなんかそういうの出てるから」

「出てる」

「フェロモンてきなやつ」

「フェロモンてきな」

 それはたぶん女子高生ブーストでしょう。中身はただの地味で地道なアースカラーの女である。

「んー、なんかかわいいとかきれいとかそういうのとは別でさ。そそるっていうのがあるじゃん?そういうやつ」

 あ、いまさりげなくかわいくないしきれいでもないって言われた気がするけど、まあいいや。龍之介だし。いちいち傷ついてても割りに合わない。

「そそりますか、わたし」

「そそるね」

「性的に?」

「まあ性的に」

「わたし未成年ですよ」

「でもさ、ぶっちゃけ関係なくね?そういうの」

 そうですか。だんだんめんどくさくなってきたわたしはもう単刀直入に「いくらなら出せますか」って言って、龍之介のほうも別にそんなに驚くでも戸惑うでもなく割と妥当な相場で提示してくる。なんか慣れてる感。それで「車はいや。ちゃんと休めるところならいいですよ」ってなったよってところまで話したところでサワメグに「コラコラコラコラ~~~~~~!!!!」と怒られる。バシーッとお箸をわたしのおでこに突き付けて「いいですよじゃねーよなんでそうなるの????は?マジで意味分かんないんだけど?なに?誰?龍之介?は???????そーーーんなフラグどこにもなかったでしょ~~~~~~~~???????」って、いや、さすがに声がデカいよ。教室だと流石にアレなんで今日は屋上でお弁当してるからまあいいんだけど。いや、さすがに声がデカいよやっぱり。

「え?なに?穂高センパイは?アズを二度も窮地から助けただけでフェードアウトで?ほんで龍之介?え?マジなにそれ?誰?つーか誰?」

「だからその穂高センパイのいきつけのお店の店員で」

「そーいうことを聞いてるんじゃあーりーまーせーんー!」

 興奮しすぎて魔法パワーでついついリアルに怒髪天を突いていたサワメグがどさっと座りなおして「いやマジでアズのそういうところ本当に意味分かんないわー」とかぶりを振る。逆立っていた髪の毛もふわっと落ちる。まぁサワメグは愛と正義の魔法少女だから価値観としてはまるであいいれないだろうなとは思う。

「え?なんで?穂高センパイが石鹸の香りのするさわやかボーイかつシャレオツな音楽を聴いててシャレオツな喫茶店の常連でハイスコア更新でしかも冷静で抜け目ない性格とかそのへんの話からなにがどうなって龍之介なわけ?」

「だからそのへんはそういうスコアとはまた全然別なんだってば」

 ていうか穂高センパイは食っちゃマズイでしょ食っちゃ。

「それで?なに?そのラーのつくホテルてきなサムシングにゴーして?ヤングなメンのネイキッドボディーをウォッシュしたりするわけです?したんです??」

「そりゃまあ多少は」

 ウォッシュしないと気持ち悪いしね。

「ユーもネイキッドで?」

「ミーだけ着衣もそれはそれでどうかって感じもするし」

 それに後々よけいにややこしい。ややこしいのがヤだからなるべく面倒くさくないようにラーのつくホテルてきなサムシングを使ってるのに。

「だいたいね」

 はい、だいたいね。このだいたいねはサワメグのお説教モードにスイッチが入った合図でだいたいねが出るともうわたしごときがなにをどう口答えしても無駄なのである。

「男漁りが過ぎておにぎりに目をつけられて下手したら命も危うかったっていうその当日にまたその辺の適当な男をペロっと食っちゃいますか普通?」

 や、普通の人はそもそもどんな時でも適当な男をペロっと食っちゃったりはしないと思うけど。

「いやマジで自粛したほうがいいと思うよ。まーもうバッチリ顔も見られちゃってるしここから逃げを打ったとして逃げ切れるかどうかも微妙って感じだけど」

「うーんそうねー」

「あのね?分かってる?かかってるのはアズの命であってわたしの命じゃないんだけど」

 そう、実際ピンチである。例のパンクスは明確にわたしをターゲットにして狙ってきているわけで、一日やそこら逃げ切ったところで仕方ないのである。顔も見られてるしバッチリ制服着てたから学校もバレバレだし、それに本当か嘘か分からないけど、どうやら臭いだけで嗅ぎ分けられるくらい鼻も利くっぽい。実はただのレトリックで地道な証拠集めの結果わたしを突き止めただけなのかもしれないけれど、なにしろ魔法少女が居るくらいだからどんな能力の人が居てもおかしくはないし。ひょっとしてこんなのんびり屋上でお弁当食べてる場合じゃなくて今すぐ荷物をまとめて沖縄かどっかに高飛びするべきだろうか。あ、いいかも沖縄。ダイビングとかしたいね。

「わたしは世界の敵と戦う魔法少女だから世界の敵以外を相手に力は使えないの。そういう契約だから。おにぎりはアズの敵ではあるけど残念ながら世界の敵ってほどじゃないからわたしがアズのためにおにぎりを倒してあげるってのはできないのね。悪いんだけど」

「うん、それは分かってるよ」

 魔法少女も色々と大変なようで様々な契約に縛られているらしい。契約と支給。労働と対価。横領や濫用には罰則がある。厳然たる労使契約。そうでないと世界の敵を倒す魔法少女が世界の敵になっちゃいかねないものね。そのうえむしろわたしはちょっと一般的な社会通念では受け入れがたいような生態をしているから、世界の敵とまでは言えないまでも少なくとも社会の敵ぐらいではありえるわけで、社会の敵ていどのチャチさでしかないからサワメグの敵にはならずに済んでいるっていう、それだけの話に過ぎないのだ。まあわたしもサワメグの秘密を黙ってあげているのだからそこはお互い様って感じで別にどっちがどうとかはないんだけど。

「逃げるなら逃げる、迎え撃つなら迎え撃つでなにか考えないと。そのままぼやーっとしてたらトンっと後ろから刺されてそれで終わりだからね?ちゃんと考えてるの?」

「うーんそうねー」

 ぶっちゃけあんまり考えてない。ていうか考えてみたところで打つ手がないような気がする。警察?警察とかでなんとかなるのか

「とりあえずお母さんに連絡しなさいよ。いま家に居ないの?」

「あーダメ。たぶん当分は連絡もつかないっぽい」

 居なくなる前にポーンしていく金額でだいたいの目途ぐらいは予測がつくけど、今回はちょっと長めっぽいような気配があるし、実際ここのところ毎回留守電だし。まあいちおう留守電は入れておくか。でもなんて言うんだろう?調子乗って男漁りすぎてヤバいのに目をつけられて命が危ないです?お母さんに?まぁそうか。素直に言うしかないのかなそこは。

「アズひょっとして別に死んでもいいとか思ってるでしょ」

「いや、それはないんだけど」

 でも、まあそういうことはあるかな、ぐらいの感じはしてる。わたしみたいに生まれついちゃったのが人間の社会で普通の人間に混じって普通に生きていくなんていうのがそもそも土台無理な話だったんじゃないのかなみたいな諦めは、だいぶ前からある。

「あのね」

 と、サワメグはバチーンってわたしの顔を両方から平手で捉えてガッチリ目を合わせてくる。

「どんな風に生まれついたとしても、生まれちゃった以上は生きなきゃダメなんだからね」

「ハイ」

「アズは社会の敵かもしれないけれど、わたしの友達なんだから。わたしは社会なんてふわっとして曖昧でなんだかよく分からないようなものよりも、友達のほうが大事」

「ハイ」

「わたしは世界の敵を殺すけど、それは別にあいつらが殺してもいい相手だから殺してるわけじゃない。こっちの都合で殺してるだけ。殺してもいいヤツなんて居ないの。お互いにお互いの都合があって勝つやつと負けるやつが居る。それだけ」

「ハイ」

 わたしはサワメグにバッチリ目を合わせられるともうハイしか言えないマシーンになる。たぶんそういう魔法なんだと思う。

「気合い入れろ気合い~!」

 最後におでこゴチーンってされて痛いだけで別に気合いが入ったりはしなかったんだけど、まあなにかしら善処はしてみようかなという気にはなったかもしれない。少なくとも、死ぬまで生きるのを諦めるのはやめておこうかな。まだ、今のところは。

「じゃあとりあえずハイこれ」

 ってサワメグは自分の髪を括ってた赤いシュシュをくれる。

「マジカルお守り。ちょっとだけアズのこと守ってくれる」

 マジカルお守りて

「わたしがアズにしてあげられるのはここが限界。それ以上はたぶんわたしがバックラッシュを食らっちゃうから」

「うん、ありがとう」

 シュシュで括るほどの髪がないからわたしはそれを左手首につけておく。サワメグのシュシュはほんのりサワメグの匂いがしてそれがほわっとわたしを包むからなんとなく守られてる感がある。魔法少女のご加護があろうと金髪のパンクスに命を狙われていようと期末テストは無慈悲に容赦なくやってくるので真面目ってほどでもないけどそこそこは真面目だったりもするわたしはやおら放課後に図書室でテスト勉強を始めたりする。そしたらそこに穂高センパイが通りかかったりして、あれから大丈夫?みたいな話をして、その成り行きでちょっと数学を教えてもらったりする。

「穂高センパイすごいですね。頭いいんですね」

「いや、だって俺高2だし」

 高1の範囲分かんなかったらヤバいでしょ、とか言うんだけどそういうものなのか。わたしなんかテストが終わった端から入れた知識は全部ダダ漏れていく感じがする。とりあえずバッファに入れてプリントアウトしたらもうおしまいみたいな。地味で地道だけが売りって言っても目の前の仕事をとりあえずこなすばっかりであんまり長期的な展望とか計画性とかそういうのがないんだなと自分で気付く。対症療法、場当たり的、戦略も戦術もないただひたすらボールに群がるだけの小学生のサッカー。だからおうちもどれだけ頑張っても抜本的に綺麗に片付いたりはしないのだ。んーいちおー本人てきには真面目にやってるつもりではあるんだけどなぁ。わたしと穂高センパイは向かい合わせでテスト勉強をする。図書室の机は大きくてそんなに親密な距離感でもないし図書室なんだから当たり前なんだけど穂高センパイもそんなに喋らない。でも気まずい感じも全然なくて、穂高センパイの沈黙にはなんか漠然とした受け入れられているような気配があって安心する。ノートに文字を書く手とか指とか、ノートに書かれた文字が特別に綺麗ってわけでもないけど丁寧っぽくてちょっとチャーミングだったりとか、行き詰った時に左手で自分のほっぺをつまむ癖とか、そういうのでわたしはちょっと穂高センパイのことを分かったような気になる。まあ今までした会話全部あわせてもトータルで千文字もないぐらいだろうから、分かったような気がするのも受け入れられている感じがするのも全部わたしの気のせいで希望的な観測なんだろうけど。希望的?うん、希望的。わたしはそれを希望している。気が付いたらわたしの手は止まっててなんとなく穂高センパイの顎らへんを見ている。顎のラインが綺麗なんだよ。目が合ってビクッとなってわたしは初めて穂高センパイの顎をめっちゃ見ていた自分に気付く。

「さて帰るか」

 ノートをポンと閉じてそう言った穂高センパイの「さて帰るか」の中にわたしは自分勝手に「一緒に帰りましょう」のニュアンスを見出して勝手に帰り支度を始める。ふたりで一緒に図書室を出る。並んで駅まで歩く。これってひょっとしてほぼほぼ付き合ってるんじゃね?周りからは付き合ってるように見えるんじゃね?とか考えてわたしは周囲の目が気になりだす。露骨に挙動不審になる。

「やっぱ気になるよね」

「ふぇっ!?」

 なになにチョンバレですか恥ずかし~~とか思ってたら穂高センパイが続けて「例の金髪」っていうから、ああパンクスの人に怯えて周囲を気にしてると思われたのかって合点する。つーか普通はそうだよね。そういえばわたしいま命を狙われてるんだっけ。そう思ったらだんだん腹が立ってきておのれパンクス!って感じの気持ちが高まってきてたんだけど穂高センパイが「送ってくよ。物騒だし」とか言い出して心の裁判員が一転全会一致でグッジョブパンクス!みたいなノリになる。いや、よくよく考えたらなにもグッジョブじゃないよ。

 帰りの電車は空いてるから二人で並んで椅子に座って、そしたら穂高センパイが鞄からiPod出して音楽聴き始めちゃって、あーやっぱりそういう感じかーたいして会話も弾んでないしねーって落ち込みかけたところでイヤホン片方こっちに出して聴く?みたいな顔してるからわたしは現金にまたすぐ高まる。もうちょっとだけ身を寄せてイヤホンを分け分けして音楽を聴く。やっぱりなんかわたしには馴染みのないちょっとオシャレっぽいやつでよく分からないんだけど「どう?」「好きです」みたいな曖昧な会話をする。最寄り駅からおうちまで歩いてる途中で唐突に猛烈な雨が降ってきてふたりで走る。「上がってって下さい。タオルぐらいはありますので」なんて言いながらグッジョブ雨!ってさらに高まるんだけど玄関のドア開けた瞬間にそういえばうちめっちゃ散らかってるんじゃん!ってなってまた落ちる。わりと普段上下運動の少ないメンタルだから急に上がったり下がったりして疲れちゃう。

「うちお母さんがちょっと物欲の権化っていうか、キャパシティーを超えてモノ買っちゃう病って感じで、ちょっとっていうかだいぶ散らかっちゃってるんですけど、わたしは毎日お片付け頑張ってるんですけど」

 とか言い訳しながらちゃちゃくちゃのリビングに穂高センパイを通したところで「おかえり」ってパンクスがくっそダルそうに迎えてくれて死ぬほどびっくりする。

「なにもう連れ込んじゃうわけ?マジで早業じゃんスゲーね」

 パンクスはお母さんのバッグたちを蹴散らしてソファーにひっくり返って、お母さんが読みもしないのにズラッと並べるのが好きで本棚にズラッと並べてるだけの世界名作全集からヘッセとか出して読んでて超くつろいでる感じ。いや、おかえりじゃねぇよひとんちでなに勝手にくつろいでるんだよとかそういう話が先だと思うんだけどわたしは「穂高センパイはそういうんじゃありません!」とかそういうどうでもいいようなところが引っかかって言い返してる。

「え?なにそういうのじゃないって。マジでフォーリンなラヴとかそういう話?」

 パンクスはヘッセをぽいってやってポケットからバタフライナイフを出す。せっかくのバタフライナイフなのにカチャカチャーンって感じじゃなくて両手使って普通に刃を出す。

「概ねは!そのような感じの!」

 興奮しちゃってるわたしは売り言葉に買い言葉でどんどんどうでもいいようなことを大声で言っちゃう。いや、どうでもよくはないよ大事なことだけど。てか大事なことじゃん!

「いやー、それだけ好きなように男食い散らかしといてピュアーなラヴは別腹ですとかそういうの普通に無理っしょ。厚かましくない?」

「別なものは別なんだからしょうがないでしょ!欲求の出処がちがうの!」

 ってどんどん変な方向に話それてたら「ていうか普通に不法侵入でしょ」って穂高センパイが超クールにスマホ出してる。

「あー少年?ひょっとしてあんまり事情分かってない?警察とか呼んでも無駄だから」

「は?なにそれ」

「俺は今からその女を殺す。まぁ当然警察は来る。それでなんやかんやあって、その女は自然死ってことになる」

「いや、マジで何言ってんだか分かんねえんだけど。普通にダメでしょ殺しちゃ」

「殺していいんだよ。殺していい奴なのそいつは。だってその女男食いまくってんだぜ?」

「それが殺すほどの話かよ」

「は?男食ってんだぜ?むしろ死ぬ以外にどうやって始末つけられるっていうんだよ」

 パンクスがノロっと立ち上がる。片手でバタフライナイフを弄んでるんだけどやっぱりカチャカチャーンみたいな例のアレじゃなくて、普通に開いたナイフをそのままイジイジしてるだけでなんか冴えない。そこまでビジュアルに力入れてるんだからもうちょっとそのへんも煮詰めろよって感じはある。

「あーアレか。ひょっとして少年のほうもその女にマジでフォーリンなラヴとかそういう話?」

「まあ概ねは。そのような感じの」

「いちおー言っとくけどそれ勘違いだから。その女はそういうふうにできてるの。お前がその女になんか欲情とかしちゃうのはタマネギを切ったら涙が出るとかコショウを振ったらくしゃみが出るとかそういうのと同じ話ね。アンダスタン?」

「それで?」

「それでもクソもねぇよ。そういう話。あーめんどくせ」

 パンクスは露骨にイラついてるっぽく頭掻いて

「あー俺もいちおープロだからさ。なるべく一般の人にはご迷惑をおかけしないようにってことで一般人の居るところじゃ引いてたんだけどさ。お前も分かった上でやってるってことならもう同罪ってことでいいよな?書かなきゃならない始末書のこと考えるとそれもめんどくせーけどまぁどうにかなんだろ」と、ナイフを穂高センパイに向けて「お前も一緒に死んどくか」

 そこから穂高センパイの動きは早かった。踏み込んでナイフを突きだしたパンクスのその手に、正直見ててもどういう動きだったんだかよく分からなかったんだけど、こう(こうのジェスチャ)巻き付くみたいにとりついて、そのまま回転しながらパンクスをゴーンとひっくり返らせる。一瞬おお!って思ったんだけどパンクスもひっくり返っただけで全然平気っぽくて、穂高センパイともみ合いになる。穂高センパイはパンクスの指をこじ開けてナイフを放させようとしてたみたいなんだけど、最終的に力任せにパンクスに振り払われてものすごい勢いでキッチンのほうまで飛んでいっちゃった。ゴンガシャーンってすごい音がする。わあ!大丈夫ですか!?!?

「ビビった~。なんだアイツ素人じゃねぇのかよ」

 って、パンクスはちょっと驚いたってだけの感じで首をポキポキ回して。「ま、いっか。じゃあ死ぬ?」ってすごいカジュアルにナイフ突き刺してくる。わたしは(あ、死んだ)って思ったんだけど、ナイフの刃先がわたしに触れた瞬間に冬の静電気のめちゃくちゃすごい版みたいなのがバチーンってなって「あっつ!」ってパンクスがナイフを取り落す。あ!ひょっとしてサワメグのマジカルお守り!?って思って左手首を見ると、サワメグのくれたシュシュはもう役目は終わったとばかりに赤い煙になって消えそうになってて、え、ちょっと待っていまのでお守り効果終わり?バチーンってなっただけでアイツ全然生きてるんですけど!?ほんとにほんの少しだけしか守ってくれてなくない!?いくら勝手はできないっつったって魔法少女なんだからさすがにもうちょっと頑張ってくれてもいいでしょ!?って思ってもそんなの後の祭りでパンクスは「いった~ビビった~」って言いながら普通に落としたナイフを拾ってる。アッハイ。それで改めて刺して終わりッスよね。

 あ~死ぬ。もう終わった~って思ってたら「え、なにこれ?」ってパンクスの声がして、見たら今度はパンクスの胸からエクスカリバーが生えてる。「マジかよ」って言ってそのまま倒れちゃう。死んじゃう。

「すっげ。なんか豆腐みたいにスーッて刺さったけどコレ」

 パンクスを後ろからエクスカリバーで刺した穂高センパイも手ごたえのなさにびっくりしてる。

「あ、それ伝説の聖剣なんで。地上最強の」

「地上最強の」

「王者にしか扱えないんですけど」

「そう……」

 お母さんの仕事の都合でなんかウチにまわってはきたものの当然王者でもなんでもない、ていうかむしろ邪なモノに分類される方のお母さんにもわたしにも伝説の聖剣なんか扱えるわけがなく、キッチンの肥やしになっていたんである。ちなみに邪な存在に特効があるらしいのでやっぱりパンクスは悪いヤツだったんだね。浄化されよ。

「これ死んだよね」

「そうですね。死にましたね」

 パンクスは身体のド真ん中を貫かれてドクドク血を流しながらもう動かない。

「マジかー。まあ正当防衛ってことでなんとかなるよねコレ。さすがに」

「カーペット汚れちゃう。穂高センパイちょっと運ぶの手伝ってもらっていいですか?」

「運ぶ?」

「はい、ここだとさすがに部屋とかいろいろ汚れちゃうんで。お風呂場に」

「え、でもこういうの動かしたりしないほうがいいんじゃないの?警察の都合とかで」

「警察呼ぶとマズイんじゃないですかね。なんか警察とも繋がりがあるっぽいようなこと言ってましたし」

「あー、言ってたかも」

 人間やっぱり死んでるとめんどくさいもので、ふたりがかりでもなかなかお風呂場まで持っていくのも一苦労である。血も出てるから色々気遣うし。普段は自分で歩いてお風呂場まで行ってくれるから楽なものなんだけど。お風呂場のタイルにパンクスを転がして脱衣所で服を脱いでると普通に穂高センパイが見てるから「あの、すいません。さすがに出ててもらってもいいですか」って追い出してドアを閉める。「ねぇ、それどうするの?」ってドアの向こうから穂高センパイが聞いてくるから「食べますよ。仕方ないですし」ってこたえる。別に食べたいコンディションでもないけどこうなった以上は仕方ないもんね。

 パンクスの服もひっぺがして一通りゴシゴシ洗って頭からまるごとかじる。モリモリモグモグ。

「男を食うって言っても、お母さんはハーフなんでわりと性質強く継いでてめっちゃ強かったりするからもっとハチャメチャに色々できたりするんですけど、わたしはさらにその半分だからせいぜいまるっとまるごと全部食べれるってぐらいで別に喧嘩が強かったりするわけじゃないので抵抗とかされるとどうしようもないんですよ。なんでいつもは自分で服も脱いでもらって自分で洗ってもらって無防備なところをガブっとやるだけなんですけど」

 バリバリモグモグ。

「あ、男食うってそういう話?」

「はい、そうですよ?」

「じゃあ援助交際だか売春だかって噂は」

「そういう風に思っててもらうほうがまだマシかなって思って別に否定もしてないんですけど、それはいちおー自分なりの基準っていうか、制服の未成年お金で買ってどうこうしようなんて人なら別に食っちゃってもいいかなーみたいな」

「あー、なるほど」

 ムシャムシャ。

「お風呂場でやっちゃえば食前も食後も洗うの楽ですし合理的かなーって」

「それはそうかもね」

 なるほどそういうことかーとか言って穂高センパイはいまさらなにかを納得してる。

「全部まるごと食べちゃうとほとんど痕跡も残さずにただ消えちゃうだけなんで、あんまり事件にもならないっぽいんですよね。まぁ本気で疑われてちゃんと捜査とかされればルミノール反応とかDNAとかそういうのは出ちゃうんでしょうけど」

「じゃあそいつも丸ごと全部消えちゃうわけ?骨とかも」

「はい、骨も丸ごといけます。もう半分くらいはいった感じですね」

「そうか、ならいいか別に」

 と、わたしは唐突に思いついてバーンとドアを開けて「あの!でも穂高センパイのことはそういうことではなく!」とか言うんだけど「や、とりあえず食べ終わってからにしない?わりと普通にグロいんだけどソレ」って言われて、素っ裸だし血まみれだし片手にはもぎりとったパンクスの腕とか持ってるしで、わ!なにやってんだ!って感じで慌ててまたドアを閉める。

「ハイ……ハイただちに……」

「あーゆっくりでいいよ。俺ヘッセでも読んでるから」

 それからまるっとパンクスの死体をやっつけて、あと部屋の汚れちゃったのとかも掃除して、血のついたカーペット以外はほとんど綺麗サッパリ痕跡もなくなってってぐらいまで話したところでサワメグが呆れ返ったみたいな表情で「いいのかよ……」とか言ってる。

「それでなに?アズと穂高センパイは結局付き合ってんの?」

「概ねは、そのような感じの」

「は~……人食い鬼の娘にも春が来るとかそういうのあるのか~、ていうか穂高センパイすごい包容力っていうか、受け入れ力?だね。わたしも諦めずに頑張ってみようかな」

「なにサワメグもいい感じの人とか居たりするの?」

「まぁ多少はね。ていうかおにぎりも一匹やっつけりゃ終わりとかそういう話でもないでしょうに、今後どうするの?」

「あ、お母さんが言うにはたぶん今回のは単独行動の野良おにぎりだろうって。もっと組織だってるところはお母さんのことを警戒してるから、ちゃんとそのへんまで把握してればそんな気安くわたしにちょっかいをかけてきたりはしないっぽい」

「あー、下手にアズにちょっかいかけてアズのお母さんがブチキレたりしたら国が半分くらい滅ぶようなことにもなりかねないもんね。まぁそうなったらそうなったで今度はわたしがアズのお母さんを倒す羽目になったりしそうだけど」

 野良のおにぎりひとり消息不明になったぐらいのことは目をつぶったほうがコスト合うか~、とかサワメグはなんか訳知りっぽいようなことを言ってて、わたしはそんなヤクザな世界のことはよく分からないのだけれど、なにか微妙な力の均衡みたいなものがあるっぽい。

 そんな感じでなんかバタバタと色々とあったけれども、わりとわたしの日常にはこれといって大きな変化もなく、そこそこ真面目に適度に退屈に、相変わらずアースカラーな高校生活を送っている。明日からの期末試験に備えて今夜は突貫一夜漬け勉強をしたりもする。期末試験が終わればいよいよ夏休みで、高校一年生の夏休みで、それはそれは長い人生の中でも最も輝かしい40日間になるはずで、穂高センパイと海に行く約束をしているわたしは、そういうわけで、ちょっと男漁りはもう控えておこうかなとか考えているわけです。とりあえず、今のところは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料