第1話 おにぎりスタッバー

 「テラー」

 ストリームワンはベッドに腰掛けて優雅に足を組みながらそう言った。

 「よく居るでしょ。ただそこに居るというだけで、場の空気を重苦しくしてしまう感じの悪いやつ。テラーはその延長線上にある能力よ。目の前の人間に恐怖と焦燥感を与え、一定範囲内に『なんか嫌な感じ』を振りまく」

 「それが、あいつがあれだけド派手に殺しまくっていても誰にも見つからなかった原因ね」

 わたしは、学習机の椅子をくるりと回して、ストリームワンに向き合うようにして座る。

 「結界というほど強力ではないわ。立ち入ろうと思えば物理的な障害はなにもないから。ただ、なんとなく嫌な感じがしてついつい避けてしまう、目を逸らしてしまう、といった程度のしょぼくれた能力よ。でも、それだけでもちょっと人目につかないところに入り込まれてしまうと、なかなか尻尾が掴めなかったようね」

 「その上、魔法少女との相性が最悪、というわけ」

 「その通り」

 ストリームワンはピッと指を一本立てる。

 「魔法少女の能力の源泉は愛と勇気と信じる心。勇気が恐怖に負けてしまえば、その能力を行使することはできない。単純なパワーの大小ではなく、相性の問題」

 「でも、そうは言っても所詮は人間風情のちょっとした異能。完全に上位の種族である鬼にはカケラも通用しない。鬼と言ってもあの子はクォーターで身体能力じたいは並の人間と変わらないから、テラーに頼らず普通に頭を鉄パイプで殴っていれば殺せたんだろうけれども。これもまた、相性の問題」

 つまるところ、自称、愛と正義の魔法少女、沢城恵は本当に魔法少女だったというわけなのだ。信じる心を魔法に変えて、日夜、テラーのような能力者たちと正義の戦いを繰り広げていたのである。

 プログラムが世界を維持するために日夜続けている戦いとはまた別のレイヤーで、人には人の戦いがあったということだ。

 「で、結局のところ、わたしはどっちなわけ?」

 わたしはストリームワンに、否、ストリームワンもしくは沢城恵のどちらかである、わたしとまったく同一の存在にそう尋ねる。

 「さあ、どっちかしらね。なにしろ、わたしとあなたは全く同一の存在だから、あなたに分からないことはわたしにも分からないもの。とりあえず、わたしはストリームワンとしての記憶も、沢城恵としての記憶も持っているけれども」

 「わたしもよ。沢城恵として生きてきた記憶も、ストリームワンとして戦ってきた覚えもある」

 なんだって、こんなことになってしまったのか。

 「つまり、因果律が収束していなかったということなのかもね」

 魔法少女である沢城恵は、あの高さから落ちたとしても死ぬ運命ではなかった。プログラムの走査が誤ってピックアップしてしまったのか。如何にプログラムと言えども万能ではない。間違えることもある。

 「あるいは、そもそもベイルアウトというのがプログラムの欺瞞なのかもしれない」

 人が死んだその先は存在するのか。おそらくは、否だ。

 人は死んだらそれまで。それがこの世界のルールだ。復活も黄泉がえりもない。

 「単に回収したデータを新たな個体に転送しているだけのことで、わたしの自我はストリームワンから連続してなどいないのかもしれない」

 「でも、それを確かめる方法はわたしにはない。実感としては、わたしはイフリーテスに負けてベイルアウトして、沢城恵の身体に入り込んだという風に、記憶が連続している」

 「でも、テラーの影響が抜けた今となっては、シールされていた沢城恵の記憶も取り戻しているから、ビルから転落している最中にストリームワンが入り込んできたような気もしている」

 「どちらがストリームワンで」

 「どちらが沢城恵なのか」

 気が付けば、ベッドの上にはストリームワンは居なくて、わたしはひとりで椅子に座って自問自答している。

 気が付けば、椅子の上には沢城恵は居なくて、わたしはひとりでベッドに座って自問自答している。

 わたしは一体どっちなのか。

 「沢城恵?メグミちゃん?メグちゃん?」

 と、プーアル茶をごくごく飲みながら中萱梓が言う。よくそんなマズイものをごくごく飲めるなぁと思うけれど、よく考えたら人間を生のままで丸ごとボリボリ食べるような味覚なのだから、それぐらい臭みとエグみのある味のほうが好みなのかもしれない。

 「メグミちゃんはだめ。競争率が高すぎる。角田さんもメグミだし、あと一軍の春日井さんもメグミでしょ」

 「なにその一軍って」

 「クラス内ヒエラルキー。あんまり調子に乗ると生きづらいのよ」

 「メグちゃんもだめなの?んー、じゃあ沢城の恵だからサワメグだね」

 「サワメグ?ビグザムみたいね」

 「ビグザム?いや、知らないけど。そんな頭にアクセント置く感じじゃなくて、フラットに。サワメグかわいくない?」

 「えー?まあいいけどさ」

 「じゃあサワメグで決まりね」

 沢城恵なのかストリームワンなのか、不確定で曖昧なわたしは新たな名を与えられてこの身体に定着する。魔法少女サワメグとして、世界に固定される。

 「ナカアズ」

 「なにそれ、語呂悪すぎでしょ。わたしは普通に梓でいいよ。他に梓いないもん」

 「じゃあアズ」

 「まあ、それならよし」

 わたしたちは昼休みになるとふたりで一緒にお弁当を食べる。ただでさえ、魔法少女設定がすっかり定着していて完全にイタイやつ扱いのわたしにようやく出来た唯一の友達が、街をフラフラうろついては援助交際だか売春だかそんなようなことをやっているらしいともっぱらの噂のアズなものだから、ますますアンタッチャブルな感じが高まっていて、これ以上学校で友達ができる見込みも薄い。

 「ていうかさ」

 「ん?」

 「アズはわたしがビルの屋上から落とされるところを見ていたって言ってたけど、どこから見てたわけ?」

 「んー、同じビルの屋上から?」

 「あのさー、なんでそれを警察とかに言わないわけ?」

 「えーだって、それで警察にお前はそこでなにしていたんだとか聞かれても困っちゃうじゃん」

 わたしもちょうど、別の人間食ってるところだったし。とかなんとか。

 アズはあれからも特に自重することもなく、たまに街をウロついては成り行きでペロッと通りすがりの男を食っちゃったりして、まあ愛と正義の魔法少女てきにはちょっとなんとか言ってやりたい気持ちもないこともない。ちゃんと好きな彼氏でもできればちょっとはマシになったりもするのかな、なんて思って「彼氏でも作れば?」とか言ってみたりもするんだけれど、アズのほうはそんなに乗り気な感じでもなく。

 「んじゃアレは?日下部穂高。穂高センパイ」

 「誰それ?」

 「え、知らないの?うっわ~哀れ日下部穂高」

 なんて言ってたら、気が付いたらチャッカリ日下部穂高とデートしてたりするし、でもついでにおにぎりに命を狙われたりしているし、かと思ったらそのついでにまた適当な男を食ったりしてるしで本当に意味が分からない。

 ちょっと行き当たりばったりすぎるというか、破滅的なところがあって危うい。

 「アズひょっとして別に死んでもいいとか思ってるでしょ」

 「いや、それはないんだけど」

 と、危機感のなさそうな、例のボーッとした口調でそんなことを言う。わたしはひとつ、大きく溜め息をついて、バチーンと両の平手でアズの顔をガッチリ掴んで強制的に目を合わせて言う。まるで自分自身に言い聞かせるかのように、言う。


 「どんな風に生まれついたとしても、生まれちゃった以上は生きなきゃダメなんだからね」

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おにぎりスタッバー 大澤めぐみ @kinky12x08

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