第0話 ひとくいマンイーター 17

 「これは一体、どういうことだろうな」

 声が聞こえる。意識が徐々に覚醒してくる。

 「例の妙ちくりんな服を着てないから一瞬分からなかったが、お前、あの時の女だよな」

 視界が回復する。見知らぬ男の顔がすぐ目前にある。乱暴に顎を鷲づかみにされる。

 「俺は確かにお前を殺したはずなんだが、一体全体どういう理屈でお前がまた俺の前に現れるんだ?」

 力任せに頭を後ろに打ち付けられる。ゴーンというマヌケな金属音が響く。両手はわたしの後ろにあって、動かせない。縦に伸びた金属製のガッチリ太い配管に、後ろ手で拘束されているのだ。

 「双子じゃあないな。間違いなくお前だ。同じ人間だ。俺が殺した。ビルから突き落として殺したはずだ。普通死ぬだろ。死ななかったのか?それとも死んで生き返ったのか?死んで生き返るなんてことが可能なのか?もう一回殺してみれば分かるか?」

 今度は優しく、男の手がわたしの顎を撫でる。その指先が唇に触れ、首筋、胸元と移動する。男の吐息。男の体臭。奥底に、微かに覚えのある吐き気を催す悪臭。人の血と脂の臭いだ。染みついているのだ。

 「なあ、頼むよ。教えてくれ。やっと見つけたヒントなんだ。殺し続けた甲斐があったってもんだ。人間は死んだら終わりじゃあないのか?続きがあるのか?死んでもまた生き返ったりすることができるのか?」

 わたしの視界は投げ出された二本の脚を見ている。自分の脚だ。立て続けに頭に衝撃を食らって、焦点が定まらない。視界が揺れている。

 「なんとか言えよオラァッ!」

 頬に衝撃。視界が右に逸れる。デフォ子が見える。テディベアみたいに両足を前に投げだして地面に座り、後ろ手で配管に拘束されている。デフォ子も気を失っているのか、顔を俯かせて身動きしない。

 グラグラと揺れる視界を上げて、目の前の男を見る。

 誰このおっさん。

 暗い。黒い。笑っている。

 わたしの思考は恐怖に支配されている。

 知っている。わたしはこいつを知っている。

 デフォ子じゃなかった。こいつが沢城恵を殺した犯人、広域連続殺人犯チ十三号だ。

 「なあ、俺の話が分かるか?分かってくれよなぁ困るんだよ。頼むからさ、ちゃんと聞いてくれよ。お前は死んだのか?死ななかったのか?死んで生き返ったのか?」

 わたしは無言で男を見つめる。

 「どうやった?なんでだ?なんでまた生き返ってきたりしたんだ?一度殺してくれた男が忘れられなくてまた殺されに来たか?ああ、いいぜ殺してやっても。お前はちゃんと殺してやれなかったからな。俺が今まで殺してきた中じゃあアレは一番愛想がなかった。ビルからボーンと突き落としてハイオシマイなんてそりゃあつれないよなあ。他の奴らはみんな爪を剥いだり指を落としたり腕をもいだりちゃんと色々手間かけてやったもんなあ。そりゃあ不公平だ。悪かったって。今度はちゃんとしっかり殺してやるからさあ。そしたらまた生き返って殺されに来てくれるのか?いいぜ?俺は何度だって殺してやるぜ、なあ?」

 「なぜ……」

 わたしはようやく声を絞り出す。まだ思考は全然クリアじゃない。

 「あ?」

 「なぜ殺した」

 男は立ち上がる。

 「なぜ食った」

 「ああ、それか」

 男は落ち着きのない様子でそこいらじゅうをウロウロと歩き回りながらまくしたてる。

 「別に意味なんかない。なるべく俺に対して恨みを持って死んでもらうためにやっただけだ。爪剥いだり指落としたりしたのと一緒だよ。ついでだからバラして食ってみたってだけだ。強い恨みがあれば化けて出て来たりするらしいからな。まあ、結局あれだけ色々と手間かけてやったにも関わらず誰ひとりとして悪霊になって化けて出てくるなんてことはなかったけどな。根性のねえ話だよ。割りに合わねえ」

 唐突にわたしのほうに駆け寄ってきて、しゃがむ。眼前に顔を近づけてくる。

 「お前だけだよまた俺の前に出てきてくれたのはお前だけだ。死んでも生き返って俺のことを殺しに来てくれたんだろ?そうなんだろ?どうやったらそれが出来る?俺はそれがしたい。死ぬのが怖い。死んでも続きがあってほしい。死んだらそれでもう終わりだなんて耐えられない。この俺のこの自我が消滅してしまうなんてことが想像だにできない。なんでもいいから続きがあってほしい。ゾンビでも悪霊でもなんでもいい。死んでもまだ続きがあるんだっていうことをどうしても確認したいそれだけなんだ」

 狂っている。

 この男は狂っている。

 わたしの思考は男の言葉を受け付けない。あるのはただ、恐怖。それと焦り。

 「どうすれば生き返ることができる?やっぱり強い恨みなのか?それとも正義感か?復讐心か?お前はどうやって黄泉の世界から帰って来た?俺はそれが知りたいその方法がどうしても知りたいんだ教えてくれよなあ頼むよ聞いてんのかオラァ!」

 また頬を張られる。

 殺さなければ。

 この男を殺さなければならない。

 「エージェントコードKK1208ストリームワン」

 わたしは概念通話でオペレーターに繋ぐ。

 男はわたしの目の前で「なんだ?それはなんだ?今なにを言った?それが秘密か?呪文かなにかがあるのか?妙な格好をしていたな?魔法か?魔術か?秘術か?呪術か?」と興奮している。

 <確認しました。ご用件を>

 「広域連続殺人犯チ十三号とエンゲイジ。現在拘束されている。エナジー行使の承認とエナジー転送を要請」

 <却下されました>

 オペレーターは即答する。

 <当該個体を確認しました。それはただの人間です。プログラムの規定に抵触しない対象へのエナジー行使は倫理規定により禁止されています>

 「喫緊の生命の危機なのよ」

 <因果律が収束する前にベイルアウトを。周辺の徴用可能な物理ボディを走査します>

 「人を……食っているんだぞ」

 <それはプログラムの規定に反する行為ではありません。人は人を食うこともあります。それは世界の仕様の範囲内です。それらは人間の法によって対応されるべき事態です>

 ふざけるなふざけるなふざけるな!!

 わたしはこいつに一度殺されているんだぞ。それも、馬鹿みたいなクソくだらない理由で。それを見過ごして、また大人しくこいつに殺されろと言うのか。ここで放置したら、こいつはまた悪霊になって化けて出てきてくれることを期待して、無関係の人間を残忍に残虐に殺し続けるんだぞ。

 <我々は世界の維持を司るものであって、人間の正義の遂行者ではありません。ベイルアウトを>

 オーライ。分かった。プログラムは正義の遂行者ではない。

 でもね。

 わたしが愛と正義の魔法少女なんだ。ここで退くわけにはいかない。

 同じところで、二度も恐怖に屈するわけにはいかないんだ。

 今度こそ、こいつを殺す。

 「あの~」

 と、場の緊張感にそぐわない、とびっきり気の抜けた声がする。

 男が振り返る。わたしもそちらを見る。デフォ子が脚を内股にしてもぞもぞしながらこちらを見ている。

 「大変盛り上がっているところまことに恐縮なんでございますが」

 「なんだ?」

 男がそちらに歩み寄る。

 「おしっこ」

 「は?」

 ここまで終始自分のペースでまくしたて続けていた男が、初めて虚を突かれたような声を出す。

 「おしっこ。漏れちゃう」

 「はー?勝手にすりゃいいだろ漏らしてろよ」

 「だって汚れちゃうじゃん」

 「どっちだっていいだろ別にそんなもん。お前どっちみちここで死ぬんだからよ」

 「よくないよ。今日のパンツすごいかわいいお気に入りのやつなんだから」

 「だから知らねえって言ってんだろ。そんなんで手錠取ってやったりはしないぞ?」

 「じゃあ脱がせて」

 「は?」

 「手錠取らなくていいからパンツ脱がせて。パンツが汚れるのはヤだ。本当にヤだ」

 「なんだお前マジで意味わかんねぇな」

 「いいじゃんパンツ脱がせてってば」

 「チッ……しゃーねーな」

 と、男はデフォ子のほうに歩みより、しゃがみこんでスカートの中に手を入れる。パンツのふちに手をかけたところで「ん」とデフォ子が言う。顎を少し上げている。

 見ようによっては、それはキスをせがんでいるような仕草にも見える。

 男は無言でしばらくその顔を見つめたあと、まるで吸い寄せられるようにその唇に顔を近づけて……

 バキンッ!

 たしかに、ずっと注視していたはずなのに、その瞬間を視認することはできなかった。

 気が付いた時には男の首から上が消失していた。

 「ほっ」

 デフォ子はすかさず両足でキックして男の身体を跳ね飛ばし、頭を失った首の切断面から激しく噴き出す血を回避する。

 「お~セーフ。危なかった。制服汚しちゃうところだよ」

 制服って無駄に高いんだもんねー、などといいながら、ペロリと舌なめずりする。小さな可愛らしい唇がてらてらと脂で輝く。

 頭を失った男の身体は、当然、もう動かない。死んだ。きっと自分が死ぬということを自覚する暇もなかっただろう。もう、死の恐怖に怯えることもない。

 「あ、でもこれどうしようね?わたしたち縛られたまんまじゃん」

 デフォ子はわたしに言っているのか独り言なのか、曖昧な調子で呟く。

 「あー、ちょっと待ってね」

 さっきまで、ずっとわたしを支配し続けていた恐怖と焦燥感は男の死と同時に去り、わたしの思考はすっかりクリア。意識を右手に集中する。

 愛と勇気と信じる心が魔法になる。

 わたしの右手にはマジカルアンロック(魔法少女アイテム。あらゆる物理錠を開錠できる)

 パチンっと手錠を解いて、デフォ子の手錠も解いてあげる。

 「ん、ありがと」と言って、デフォ子は立ち上がり、身体を曲げ伸ばしして負傷がないのを確認すると、やおら制服を脱ぎ始める。

 「え、ちょっとなに?」

 困惑するわたしに、デフォ子はあっという間に下着一丁になりながら「え、だって脱がないと汚れちゃうし」と返事をする。

 「あ、いくら女の子同士とはいえ、ちょっとあっちを向いててほしい感じはあるかも。恥ずかしいし」

 そう言って、わたしの肩を持って180度クルっと回す。手早くブラジャーとパンツも脱いでいる気配がする。

 「食べ物を粗末にするのはいけません」

 バキバキバキバキと、物凄い物音がしている。どうやら、わたしの背中のほうで、男が綺麗さっぱり食べ尽くされているところのようだった。

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