第0話 ひとくいマンイーター 14

 エージェント:ヴォルテクスワン。

 プログラム最強のストリーム部隊に次ぐナンバーツー、ヴォルテクス部隊を率いる隊長だ。

 こいつは沢城恵の身体に間借りしている今のわたしと違って、完全にゼロから新規に建造された物理ボディなのだが、プログラムの連中というのは基本的に限度というものを知らないので造形が完璧すぎて逆に違和感がすごい。たしかに美しいし、なんだったら美し過ぎて自然と後光まで射している始末なのだけれど、その美しさには言いあらわしにくい不気味さが付き纏っている。不気味の谷現象のような、人間の本能的な嫌悪感に由来するものかもしれない。

 「一体なんの用?いちおーここ、わたしのプライベートルームなんだけど」

 わたしは腕を組んで胸を反らし、表情で最大限の不機嫌を表現しつつ言う。

 「ああ、すまない。なにしろ、外部ではわたしのこの完璧なボディはあまりにも目立つものでな」

 「当たり前だ。そんな乳のデカい女子高生が実在するわけあるかバカモノ」

 「これはヴォルテクスチームの標榜する自由と寛容の象徴だ」

 巨乳が自由と寛容の象徴というのもよく分からないが、ヴォルテクス部隊がストリーム部隊に一歩遅れを取っているのは、明らかにその標榜のせいで速度が犠牲になっているのが一因だろう。閑話休題。こいつと話をしているとどんどん話が逸れて一向に物事が前に進まないのでよくない。

 「いやなに、随分とらしくないことをしていると思ってね。ひょっとしてベイルアウトの失敗で自我が損傷でもしたんじゃないかと心配しているんだ」

 「お前がしているのは心配じゃなくて期待でしょ」

 ヴォルテクスワンは強欲だ。プログラムのトップエージェントの地位をほしがっている。別にほしければそんなもの、いくらでもくれてやっても構わないのだが、しかし、なにしろそれは絶対的な実力の差の問題なのでわたしが譲ろうと思っても譲れるものでもない。

 「君がその臨時のボディを抜けて新規建造のボディに戻れば、その身体は死ぬ。きっと、その身体の弟も母親もその死を悲しむだろう。しかし、その時に彼らが悼むのは16年間彼らの娘であった、根性曲がりで陰湿でネガティブで自堕落で、そのくせ自分自身の身近な問題解決から目を逸らすために外で正義を振り回す、ヒステリックで天邪鬼な沢城恵ではなく、死の直前に突如改心して良い子になった沢城恵、つまり、ストリームワン、君だ」

 ビシッと、まるで名探偵が犯人を指名する時みたいに、ヴォルテクスワンはわたしを指差す。

 「いいことをしたつもりになっているのだろうが、ストリームワン。君は、不幸にも若くして死んだ愚かで哀れな沢城恵から、死を悼まれ弔われる機会すらも奪っているだけだよ」

 「ハッ」

 わたしはそれを、鼻で笑う。

 「それで、用件はなに?って聞いているのよ」

 それこそ、ヴォルテクスワンはそんなことを気にするようなタマじゃない。わざわざこんなところまで出張って来たぐらいなのだから、もっと別に本題があるに決まっている。

 「なにを企んでいるんだ?」

 ヴォルテクスワンはわたしに突き付けていた指を引っ込め、ロダンの考える人のポーズを取り、そう言う。

 わたしはなにを聞かれているのか皆目見当がつかないのだが、それを悟られまいと、鉄壁の不機嫌フェイス不機嫌ポーズを維持する。

 「イフリーテスの娘と接触しているようだが、まさか、自分の失態を取り戻すために単独でイフリーテスを獲ろうとでも画策しているのか?アレはアレでパワーバランスが微妙なんだ。失態で焦るのも負けて悔しいのも理解はするが、蛮勇は控えてもらいたいものだな」

 「あはははは」

 わたしはついつい笑い出してしまう。

 「あーなるほどね。分かった分かった。お前、どうしてもわたしにイフリーテスを獲らせたくないわけね。焦ってるのはどっちだっつーの」

 1秒で元通りの不機嫌フェイスに戻す。

 「別に心配しなくても何も企んでなんかいないわよ。わたしは功を焦って組織の指揮系統を無視したり、ましてや、敵対組織に味方の動向を流すような馬鹿げた真似は、絶対にしない」

 イフリーテスのユニオンにケイオスランジャーズの拠点襲撃の情報を流したのは、まず間違いなくこいつだろう。それを目一杯当てこすってやるが、ヴォルテクスワンのほうも、絶対に尻尾を掴まれない自信があるのか、全くの涼しい顔で「まあ、そういうことならいいんだ。杞憂というなら、それに越したことはないからね」と、肩をすくめる。

 「念のため釘を刺しに来ただけのことだ。念のため、だよ」

 「用事が済んだならさっさと帰りな巨乳バカ。脳まで脂肪が詰まってるお前が下手にものを考えたところで、休むに似たりよ」

 「ああ、それでは今日のところはこれで失礼するよサブカルクソ金髪」

 「は?おま!」

 予想外の罵倒語に、わたしはつい言い返そうとしてしまうけれど、ヴォルテクスワンはさっさと窓を開けてピョンと飛び降りていってしまう。

 「サブカルクソ金髪ってどんな罵倒だよ。そんなサブカルっぽいか?」

 わたしはヴォルテクスワンが開けっ放しで出て行った窓を閉めて鍵をかけ、ひとり首をひねる。いや、別にサブカルクソ金髪が腑に落ちないわけではなく。

 「イフリーテスの娘って、なんのことよ?」

 と、今度はわたしがベッドに腰掛けてロダンのポーズになる。世界最強の人外、人食い鬼の女王、炎の魔女イフリーテス。その娘。

 いや、考えるまでもない。この二日間でわたしが接触を持った人物なんかひとりしか居ない。

 「デフォ子か……」

 あれがイフリーテスの娘。つまり、デフォ子もまた、人食い鬼の血を引いている。

 フラッシュ。

 なにかが記憶の端に引っかかる。

 あれ?大丈夫だったの?と言っていた。

 沢城恵がビルの屋上から落ちるところを見ていたと。

 どこから見ていた?

 グリッチ。

 闇。逆光。黒。笑っている。

 食っている。人を食い散らかしている光景だ。

 この身体に入って2秒後に着地し、見上げた光景を記憶から掘り起こす。

 デフォ子はどこから沢城恵が転落するところを見ていたのか。

 沢城恵が転落したビルの屋上から見ていたとしか考えられない。それ以外に沢城恵が転落するところを観測できるポイントはない。

 沢城恵がビルの屋上から転落した時、間違いなくそこにデフォ子は居た。


 沢城恵はデフォ子に殺されたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!