第0話 ひとくいマンイーター 13

 長い長い学校がようやく終わって帰宅している途中でプログラムのオペレーターから通信があった。電話ではなく、頭に直接交信してくる概念通話。つまり、概念通話を確立できる程度には、わたしの自我の走査も進んでいるということだ。

 <ストリームワン>

 「はいはい、聞こえてるわ」

 駅から沢城恵の自宅までの道のりを歩きながら、わたしは声に出してそう応じる。概念通話は思考で直接通信しているので別に実際に声に出す必要はないのだけれど、言語思考をコントロールするというのはそれはそれで意外と集中力を要するものなので、差し支えがないのであれば実際に声に出して言葉にするほうが楽だし確実である。

 <新規物理ボディ建造の承認が下りました。本日より建造を開始します。予定通りに進行すれば3日後には新規ボディに転移できるでしょう>

 「意外と早かったわね。了解了解」

 <それだけ評議会の評価が高いということです。ストリームワンに本当の実力を発揮してもらうためには、ストリームワンの自我に最適化された物理ボディが不可欠ですから>

 「ま、当然よね」

 なにしろ、わたしはプログラム最強のエージェントなのだ。プログラムとしては、出来るだけそのポテンシャルを最大限に引き出し作戦に使っていきたいはずである。いまの、この沢城恵のボディでは、わたしの最大出力で行動することはできない。身長や筋力や体力の不足もさることながら、なによりもまず関節が固すぎる。新規ボディに移れば、一気にそういった諸々のストレスからは解放されることになるだろう。

 <今は飽くまで臨時の物理ボディですから、各種詳細スペックが不明瞭です。あまり無理することなく、安全率を見込んだ行動を心がけてください>

 「オッケー、さんきゅー」

 わたしはそう答えて概念通話を切る。

 あと3日。それだけ乗り切ればわたしは新しいボディに移ってプログラムの拠点に復帰できる。いま沢城恵の身体を動かしているわたしの自我が別のボディに移れば、当然その時点で、沢城恵の身体はただの死体になる。

 まあ、もともと昨日の時点でビルから落下してぐちゃぐちゃになって死んでいたはずの身体なのだから、五体満足綺麗な状態で死ねるだけ、まだマシというものだろう。

 「ただいまー」

 家に入る。昇はもうずっと不登校なので当然のように家に居て、リビングの大画面テレビでまた戦車のゲームをしている。わたしが帰ってきても振り向きもしない。

 わたしは冷蔵庫から牛乳を出してグラスに注ぎ、それを持ってソファに座る。また、昇の後頭部ごしに戦車のゲームを眺める。

 昇は直接的に敵戦車を爆発させるような派手な活躍はしていないけれども、要所要所で上手に立ち回って味方をアシストしたり敵をけん制したりしている。そういう戦い方のほうが得意らしい。周囲をよく見て、状況を俯瞰的に把握し、各人員の動きを予測していないとできないことだ。

 「ねえ、昇」

 「ん?」

 「あんた、学校行かないの?」

 「うん」

 「なんで?」

 ボーン! と、どこか見えないところから狙撃されて昇の戦車が突然爆発し、わたしも昇も同時にビクッとなる。昇が「あー」と声を出す。

 「うまく行かないから」

 たぶん、学校の話だろう。昔から、ちょっと引っ込み思案のところはあったけれども、それでも小学校の時はそれなりに楽しそうにしてたのにな、と思う。たぶん、そんなに大した問題ではないんじゃないか、と無責任に考えてしまう。

 「昇さ、そのゲームめっちゃ上手いじゃん。そこまでなるのに、どれぐらいかかった?」

 もともと昇は、どちらかと言うとドラクエみたいなロールプレイングゲームとか、じっくり考えながらやるターン制の戦略シミレーションのほうが好きだったはずで、こういうリアルタイムでボコスカやる感じのゲームはあまり得意なほうじゃなかったはずだ。ボンバーマンとか超よわいし。

 「半年くらいかなぁ」

 「じゃあ、半年だ」

 わたしがそう言うと、昇はようやくわたしのほうを振り返った。単に、ゲームのほうが一段落しただけのことかもしれないけれども。

 「とりあえず半年間、学校に行ってみなよ」

 「行ってどうすんのさ」

 「どうもしない。半年間、ただ見ていればいい。たぶん、昇なら見ていればそのうち分かる」

 昇は虚ろな顔で、ただわたしのことを見ている。

 「見ていれば、だんだん動きが予測できるようになってくる。動きが予測できれば、自分がどう立ち回るべきかも自然に見えてくる。昇にはそれができる」

 「攻撃されたらどうするのさ」

 「逃げろ。昇は紙装甲だからな。まともに格闘戦するだけが戦いじゃないって、もう知ってるでしょ?」

 昇は黙っている。でも、たぶん、わたしの話に耳をかしてくれている。

 「半年学校に通ったら、わたしのギターをあげるよ」

 「マジ?」

 「まじ。昇、あれ貸してほしがっていたでしょ」

 じつは昇は、わたしがギター弾いてるのにちょっと憧れているのだ。わたしは昇のお姉ちゃんなんだから、それぐらいのことは簡単に分かるのだ。

 「あれ姉ちゃんの宝物だろ?」

 「そうだよ。でもあげる。半年、ちゃんと学校に行ったらね」

 わたしはそう言って、もうそれで話は終わりって感じでソファーを立つ。空いたグラスを流しで洗って、自分の部屋に行こうとする。リビングを出ようとしたわたしを、昇が「姉ちゃん」と呼び止めてくる。

 「なに?」

 「なんでそんな急に優しくなったの?」

 「急にってなによ。昔から優しいでしょ」

 わたしは眉をひそめて言い返す。昇は言葉を探しているように、一瞬、視線を彷徨わせて。

 「でもさ、俺たちずっと、嫌い合ってきたじゃん。嫌い合って、憎み合って、そうやってきたじゃん」

 昇に嫌い合って、と言われて、わたしは素直にびっくりしてしまう。

 「いいや」

 わたしは言う。

 「わたしは昇のこと、嫌っていないよ」

 沢城恵の記憶のどこを探ってみても、そんな情報はない。

 「わたしは昇を、嫌っていない」

 わたしはもう一度言う。どこにもそんな情報はない。昇は答えない。わたしはリビングを出る。

 あと3日したら、昇の姉は死ぬ。ある日突然、眠りから目覚めることなく、そのまま死んでいるのを発見されることになる。いいよ、ギターは昇にやるよ。昇なら、ちゃんと練習すれば、すぐ上手くなるよ。

 だからまあ、わたしが死んだらお前も、ちょっとは悲しんでくれよな。

 「それでなにかいいことでもしたつもりか?」

 自分の部屋に戻ったら、ベッドに黒髪長髪前髪パッツン巨乳セーラー服眼鏡美少女が座っていて、いきなりそんなことを言ってくる。

 「ヴォルテクスワン……」

 わたしは、なるべくうんざりとした感じに響くように、そいつの名前を呼んだ。

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