第0話 ひとくいマンイーター 8

 お風呂を出てピンクのパジャマでダイニングに行ったら母親が「あら、わたしが買ったやつ着てくれているの」と言った。なんと返事していいものか分からなかったので、とりあえず「うん」とだけ答える。なるほど、母親の買ってきたパジャマが沢城恵の趣味に合わなかったので、使われることなく新品のままクローゼットに仕舞われていたのかと思う。ただ、どこがどのように気に入らなかったのかはよく分からない。趣味の悪さで言えば沢城恵のセンスも母親のセンスも似たようなものだろうと思う。まあ、親子なのだから当然と言えば当然か。

 晩御飯はまぐろの山かけ丼だった。

 母親は用意するだけしてパタパタと自分の部屋に上がって行ってしまった。記憶によるとメンタルケアのカウンセラーだかなんだかをやっているらしく、パソコンでなにか書いたり本を読んでいたりとわりと忙しくやっているらしい。他人のメンタルをケアする前にまず自分の情緒が不安定すぎなのではないかという感じはしなくもない。

 ダイニングとリビングは仕切りなく繋がっていて、リビングで沢城恵の弟が大画面でなにかのゲームをやっているのが見える。多人数対多人数で戦車を操作して戦うゲームらしい。ちょっと面白そうだったので、わたしは丼を片手にリビングのソファのほうに移動する。弟はソファとテレビの間の床にあぐらをかいて座っているので、弟の後頭部と画面を眺める感じだ。

 ゲーム画面は3Dで、見た目はなかなかリアル。戦車の挙動はちょっとペコペコしていて、重さのない紙細工がノロノロ動き回っている感じで笑っちゃうけれども、まあこんなものかもしれない。

 見ているだけでもなんとなくルールは分かるけれども(要するに大砲を撃って敵を爆発させればいいのだ)、細かい仕様はよく分からない。弟に呼びかけてみようと思って沢城恵が普段、弟のことをなんて呼んでいるのか検索してみたら「うんこ」だった。いや、呼びかけにうんこはマズイでしょさすがに。人権問題だ。

 沢城昇。14歳。中学二年生。学校に馴染めなくて目下ひきこもりの不登校中。だいたい一日中ゲームやってる。うんこ。検索で出てきたのはこんなところ。

 「昇」

 わたしは無難に下の名前で呼びかけた。プレイの真っ最中だったので、昇はしばらく無反応だったけど、ひと段落ついたところで無言でこちらを振り返る。心なしか、驚いているようにも見える。またなにか違和感を与えてしまったかと軽く後悔はしたのだけれど、ゲームに対する興味のほうが勝ってしまって、わたしはそのまま質問を続ける。

 「さっきのはなんで撃たなかったの?トドメ刺せたと思うけど」

 「撃ったら見つかる」

 「撃たないと戦車の意味なくない」

 「スポット役。自分は見つからないように、味方に敵の位置を教えてんの。そういう役をする戦車なんだよ」

 「なるほど?」

 昇は次の戦闘に突入する。まぐろ丼を食べながら観戦する。

 開始直後、右のほうに進んでいた昇が思い返したように左に引き返す。

 「どうしたの?」

 「みんな右行っちゃったから左が手薄すぎる」

 「前行かなくていいの?」

 「ひとり行ったからアレが敵の場所を教えてくれる。あいつが死ぬまでは遠くから撃ってればおけ」

 「あ、爆発した」

 「早えよ」

 昇はすぐに自分で前に出る。

 「全然当たってないけど」

 「あんまり当てに行こうとして欲をかくと死んじゃうから、突破されないように牽制しとくだけでいい」

 「ふーん」

 敵の戦車が撃たれるかもしれないと思って尻込みして時間がかかっている間に、右サイドを突破した味方の何機かが救援にやってくる。昇は、敵が駆けつけてきた味方の方に砲塔を向けた瞬間に飛び出して一発。敵の砲塔が自分を捉える前にまた引っ込む。

 よく見ているなと思う。どうやら敵のチームも味方のチームもオンライン上から適当に寄せ集められるらしく、チーム内で作戦を共有したり誰か指揮官が居たりするわけでもないようなのだが、状況を見て素早く的確に判断し、即座に行動している

 「ねえ。ねえねえ」

 「なに?」

 「それ、わたしにもちょっとやらせて」

 「え~?」

 昇は嫌そうな顔を見せたものの、コントローラを床に置いてちょっと横にズレてくれる。わたしは空の丼を置いてソファから昇の隣に移動する。昇と並んで床にあぐらをかいて座る。

 「どの戦車が強いのこれ?」

 「ぜんぶ一長一短」

 「じゃあいいや。さっき昇の使ってたやつで」

 戦闘開始。

 「そいつ紙装甲だから敵に見つからないように気を付けてね」

 「あ」

 爆発した。一瞬だ。

 「あーもー。だから言わんこっちゃない。前に出過ぎなんだって」

 「いや、だって戦いなんか基本的に先手必勝でしょ?」

 「先手必勝されちゃってんじゃん。開始直後に前出るなら敵に見つからないまま敵を見つけるのが定石」

 「なるほど~。もう一回やっていい?」

 戦闘開始。爆発。

 「えーなんで?こっちのほうがいっぱい当ててるのに、向こうから撃たれたら一発で爆発したんだけど?」

 「そういう戦車なんだってば。撃ったら見つかっちゃうから、あの場合はあそこでじっとして味方が遠くから敵をやっつけてくれるの待ってればいいの」

 「へーへーへー。ねえ、もう一回だけやっていい?」

 「ちょっ、俺の勝率が落ちちゃうじゃん」

 「大丈夫ダイジョーブ、次は勝つから」

 爆発。

 また爆発。

 コントローラーを奪い返そうとする昇をいなしながらワーワーと爆発しまくっていたら、母親が「ちょっとあんたたちいま何時だと思ってるのよそんな大声でワーワーワーワーご近所に迷惑でしょ(ry」って大声で言いながらリビングに入って来た。お前の声が一番大きい。

 「あら、なに一緒にゲームしてたの?」

 と、母親がリビングの扉を開けたままのポーズで固まってそう言ったので、わたしは「うんー」と返事をする。

 「そう、仲良いわね。でももう遅いから今日は寝なさい」

 「あ、本当だ。もうこんな時間じゃん。はーい」

 わたしはコントローラーを昇に返して、使い終わった食器を流し台に持って行って洗って「じゃ、おやすみなさーい」とふたりに挨拶をしてリビングを出る。やっぱり、母親と昇がちょっとキョトンとした顔をしている感じはする。ちょっとはしゃぎすぎたかもしれない。歯を磨いて沢城恵の部屋に戻る。やはり疲れていたのか、布団に入るとすぐにスーッと睡魔が襲ってきて、わたしは眠りに落ちる。

 なんだ、意外とよさそうな家族じゃないか。と、眠る直前に思ったような気がする。

 母親はちょっとメンタル不安定で口から虚無を吐き出すし、弟はコミュ障で不登校のひきこもりだけれど、それだって別に、思い詰めて投身自殺を図るほどどうしようもないってことはない。

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