第0話 ひとくいマンイーター 7

 「今何時だと思っているの遅くなるなら連絡しなさいっていつもいつも言っているでしょどうしてたったそれだけのことがちゃんとできないのテレビで今日も例の連続殺人事件のニュースやってるしなにかあったんじゃないかって心配するじゃない毎日毎日文句も言わずに夕飯を作って待っている人の身にもなって考えてみたらどうなのちょっと聞いているのなんとかいったらどうなのだいたいあんたは高校生にもなってそんな(ry

 玄関の扉を開けるやいなや、物凄い剣幕で言葉の洪水をワッと浴びせかけられて、びっくりするよりもイラっとするよりも先に感心してしまう。なかなかの滑舌と肺活量。言語思考の速度を超えて、口の中で言葉が直に虚無から紡がれているみたいだ。

 両手を腰にあてて玄関のたたきに仁王立ちしているこの女は沢城恵の母親。沢城恵の記憶ではそうなっている。ぱっと見た感じでは、関係はあまり良好ではないらしい。まぁ、娘がこんなけったいな格好して夜遅くまで徘徊しているようでは、小言のひとつも言いたくはなるだろう。あれだけ文句をズラッと並べ立てておいて、文句も言わずにと言い放つ胆力はなかなかのものではあるけれど。

 さて、こういった場合、沢城恵ならどう返事するのだろうかと感情のサーキットに状況を走らせる。

 「ごめんなさい」

 出力結果を受けてわたしがそう言うと、母親はキョトンとした顔を見せ、絶え間なく続いていた虚無からの言葉の流出が止まる。2秒ほどの空白があって「どうしたの?なにかあった?」と言ってくる。どうやら反応を間違えたらしく、違和感を与えてしまったらしい。おかしいな、確実に沢城恵の感情をエミュレートしたはずなのだけれど。

 「ううん、別に。なにもないけれど、ちょっと疲れていて」

 うまくいかなかったようなので、わたしは沢城恵の回路を経由せずにフリースタイルでなんとか誤魔化してみる。新しい物理ボディが用意されるまで、早ければほんの数日ほどだろう、それまでは、出来るだけ波風立たせることなく乗り切っていきたいところだ。

 娘の中身が正体不明の何者かに入れ替わっていることに気付かれてはならない。

 「ほら、早くあがりなさい。お腹は空いてるの?ご飯は?」

 「ありがとう。でも、先にお風呂にしようかな」

 「じゃあそうしなさい。その間に用意しておいてあげるから」

 そう言って、母親はパタパタとスリッパを鳴らして奥に引っ込んでしまう。なんだ。意外といい人じゃないかと思う。

 わたしはパンプスを脱いで揃えて、家に上がる。間取りなどの記憶は頭の中にあることはあるが、飽くまで沢城恵の記憶にもアクセスできるというだけのことなので、実感としては見知らぬ他人の家だ。とはいえ、プライベートが確保できる空間に入れば多少は気も休まるだろうと、まっすぐ階段を上がって沢城恵の部屋に行く。

 「うわぁ……」

 沢城恵の部屋は散らかり放題に散らかっていた。かなり、だらしのないタイプらしく、あまり心休まる空間という感じではない。と言っても、散乱しているものの大半は洋服である。それも、ことごとく安っぽいくせに原色ド派手のひどいセンスのものばかりだ。

 「なるほどなぁ。ひょっとして、これもコスチュームってわけじゃなくて、ただの私服なのか?」

 わたしはとりあえず今着ているけったいなコスチュームを脱いで、どこになにをどうすればいいのかよく分からなかった(沢城恵の記憶を探ってもその情報はなかった)から、それをそのへんに適当にポイと放り出し、なにかしら楽そうな服を物色する。床やらベッドやらに散乱している服をいくつか拾い上げてみるけれども、どれも好みでもないしリラックスできそうな感じでもない。クローゼットを開けると中に新品のままのピンクのパジャマが入っていたので、袋から出してそれに着替える。色は若干アレだけれども、新品だから少なくとも清潔ではあるだろう。学習机の椅子の背にバスタオルが掛かっていたので、それを持ってお風呂に向かう。明らかに使用済みだったけれど、触ってみた感じでは乾いていたし臭いもしなかったので、まあそれぐらいはいいだろう。妥協しよう。

 お風呂に浸かってみてはじめて、自分の身体がすっかり冷え切っていたことを発見する。そりゃあ、あんな両肩丸出しのファッションで夜の街をウロついていたら身体も冷えるだろうなと思う。まだ、いまいち身体と概念が馴染んでいないのか、そういった各種の感覚器からの信号が実感に結び付いていない感じがある。

 しかし、そうは言っても、今まさにお湯に浸かっている最中なのに身体が震えているのは、さすがにおかしくはないかと、震える両手をまじまじと見ながら考える。

 震える両手。

 なにかの光景がフラッシュバックする。

 暗く、黒い。笑っている。

 違う。

 寒いんじゃない。

 これは、恐怖しているんだ。

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