第0話 ひとくいマンイーター 4

 意識を取り戻した時、わたしが最初に見たのは猛スピードで迫りくる地面だった。

 地面に向けて、頭を下にして自由落下している最中だ。

 2秒で因果律が収束し、つまり、この自由落下の速度のまま頭から地面に激突し、死が確定する。その最期の2秒間で、迫りくる死を回避しなければならない。これがベイルアウト後の最初にとるべき行動になる。まあ、この程度のことは、われわれプログラムのエージェントにとっては造作もないことではあるのだけれど。

 わたしは冷静に腹筋を締めクルリと身をよじり、足を下に向けて膝を使い、ストンと軽く地面に着地する。着地と同時に前方に転がり、さらに力を横に逃がす。

 パーフェクトな模範演技。

 わたしは転がった力をそのまま生かして立ち上がり、上を見上げる。高層ビルの谷間の暗い路地だ。

 「……飛び降り自殺……かな?」

 軽く手足を曲げ伸ばししてみて身体を確認するけれど、特に痛むところなどはない。五体満足だ。飛び降り自殺にしては、幸い、靴も履いている……けれど。

 「なにこのけったいな格好は」

 両手を広げて自分の服装を見下ろす。赤い厚底のエナメルのパンプスに、白いニーソックス。ぶわぶわに膨らんだフリフリのスカート。下半身のボリュームのわりに両肩はむき出しだった。防御力が偏り過ぎている。

 「ゴスロリ?ともまたちょっと違うかな」

 わたしは緊急徴用した物理ボディの記憶を走査する。

 沢城恵、16歳。高校一年生。それに……魔法少女?

 「なんだそりゃ」

 緊急事態とはいえ、また妙な物理ボディの中に入り込んでしまったものである。

 身体を探る。どこになにがあるんだかさっぱりよく分からない衣装ではあるが、ちゃんとポケットぐらいはついていたし、今時の16歳らしくちゃんとアイフォーンも入っていた。馬鹿みたいに大きいシリコン製の、羽根と手足のついたピンクのよく分からないアイフォーンケースに入っていて、また少しゲンナリとする。まあ電話として使えればなんだっていい。

 フリックでロックを解除して電話をかける。コール音が一回。繋がる。向こうは無音。

 「エージェントコードKK1208ストリームワン」

 名乗る。刹那、電話の向こうで古いダイアルアップ接続のようなフォーンフォーンピーヒョロローガシャンガシャンという音が鳴る。わたしはそれに耳を澄ませる。

 「五月雨をあつめてはやし?最上川ね」

 <自我同一性を確認。お疲れさまですストリームワン>

 オペレーターの硬質な音声。ひとまずベイルアウトは成功したらしい。さっきのは各エージェントが固有に持っているコーデックを継承しているかどうかで自我の同一性を確認する簡易的なテストだ。ノイズから意味を拾えればとりあえずは合格である。

 「状況は」

 <はい。ケイオスランジャーズはヴォルテクス部隊が殲滅。ひとまず作戦は成功裏に終結しました>

 「チッ」

 わたしは舌打ちをする。ヴォルテクス部隊にとんびに油揚げをやられた形である。

 「イフリーテスは」

 <ストリームワンの攻撃で損傷を受けたものの逃走しています。追跡は失敗しました。おそらくは生存しているでしょう。ケイオスランジャーズの拠点の崩落でストリームワンの物理ボディとエクスカリバーはロスト。未だに回収できていません>

 「最悪だわ」

  ケイオスランジャーズは新興の危険団体である。長らく要注意団体として経過観察の対象となっていたが、多少活動が活発になってきたので最近ようやく危険団体に格上げされデリート対象となったばかりだった。つまり、本来ならば、大した相手ではない。その弱小組織のデリートにさえもストリーム部隊とヴォルテクス部隊というプログラムの実動部隊の二強を投入するのは、やると決めたら徹底的にやるプログラムの無慈悲な姿勢のあらわれでもある。当初の予定ではプログラムの二強部隊が一方的に蹂躙してそれで終わりのはずの簡単なミッションだったはずだったのだけれど。

 「イフリーテス……!」

 わたしはそう呟き、アイフォーンを強く握りしめる。

 地上最強の鬼。因縁の宿敵。彼女がまたもやわたしの前に立ちはだかったのだった。

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