第0話 ひとくいマンイーター 3

 闇だ。

 視覚も聴覚も触覚もなにもない、完全な闇の世界。

 自分がどこにいるのか、どういう状態なのかも一切分からない。

 当然だ。いまのわたしには物理的なボディがない。

 目も耳も皮膚も持たない、つまり外界を認識するセンサを持たない概念体には、認識すべき場も状態もない。

 無の海にぽっかりと自分の自我だけが浮かんでいる。

 しかし、その自我の存在に対する自認もすさまじい速度で希薄化していくのを感じることができる。

 戦いに敗れたわたしは、因果律が収束し、死が確定するその0.5秒前に物理ボディを破棄して概念体だけで緊急脱出をしたのである。

 今わたしの概念体は現場上空付近の高高度を浮遊しているのではないかと推定はできるが、外界を認識する手段が一切ない以上は、わたしにそれを確認する方法はない。

 このまま概念体のみで大気中を浮遊していれば、遠からず概念が希薄化して消失してしまうだろう。そうなる前に、プログラムはひとまず緊急用の物理ボディを現地で徴用し、そこにわたしの概念を一時避難させるのが、こういった場合の標準的な手筈になっている。

 現に生きている人間の身体に概念体を避難させることは、技術的には可能ではあるが、プログラムの倫理規定により禁止されている。しかし、死んでしまった人間の身体に概念体を送り込んでもうまく定着しないことも実証済みである。折衷案として、そのまま放っておけばどうせ死ぬことになる個体。その人生の最期の2秒だけを徴用することは、倫理規定でも許容されていた。プログラムは今、直近で因果律が収束し、死が確定した個体を走査していることだろう。

 急がなければ概念の希薄化が進行してしまうが、倫理規定の強制力も絶対である。なるべく早く都合のいい個体が見つかればいいのだが。

 こればっかりは、信じて待つより他はなかった。なにしろ、いまのわたしは文字通り、手も足も出せないのだから。

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