第0話 ひとくいマンイーター 2

 まずはその咽かえるような汚物の臭いだ。

 脂。糞便。体液。血。

 床は一面それらが混じりあったよく分からない粘性の液体で汚れている。

 残骸。

 人の残骸。

 かつては人だったものの残骸だ。

 腕が肩の関節のところから力まかせにもぎり取られている。

 瞬間的に、思考が自動的にケンタッキーフライドチキンを連想する。

 こうして見ると人体もチキンもそれほど大差のあるものではないなと、頭のどこか奥のほうの冷え切った領域が呑気な感想を述べる。

 胸部は開かれ、その内部が取り出されている。

 床に打ち捨てられたそれは、南国の巨大な食虫植物のようにも見える。

 暗い。

 夜だ。室内。窓を背に、人影がひとつ。逆光を受けて、黒い。

 なにかを手に持っている。固まり。

 食っている。

 食っているのだ、と、ようやく視覚から送られる映像が認識を結ぶ。

 人の、否、かつて人だったものの残骸を切り拓いて、中身を食っている。

 笑う。

 人影が笑ったのが見えた。否、見えていない。人影は黒く、表情は伺えない。

 恐怖だ。

 恐怖が見せる幻影だ。

 自分の思考が恐怖に支配されている。

 それを冷静に理解している誰かが頭の奥に居る。

 問題は、彼女は身体を操作する権限を持っていないということだ。

 冷静な彼女はただ、恐怖に支配され思考が停止しているパイロットの後ろ姿を、悲しそうな、あるいは諦めたような、微妙な表情で見つめている。

 わたしは震えている。拳銃を構えている。

 人影が頭蓋の残骸を投げ捨て、こちらに歩み寄って来る。

 わたしは震えている。引き金を引けない。

 冷静な彼女は、やれやれと頭を振って奥に引っ込んでしまった。

 人影が目前まで迫り、視界が影に覆われる。

 結局、引き金を引くこともないまま、あっさりと銃身を握られ。

 それが合図であったかのように、わたしはビーチフラッグのごとく反転して全力で駆け出した。

 逃げ出した。

 恐怖で逃げ出したのだ。

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