追加エピソード 第0話 ひとくいマンイーター

第0話 ひとくいマンイーター 1

 「世界五分前仮説って知ってる?」

 「村上龍でしょ。わたしあの人はダメ。文が臭くて読めない」

 「それは五分後の世界」

 「だいたい合ってるくない?」

 「まあね、だいたいは合ってるかも」

 「前後10分ぐらいは誤差の範囲でしょ。あんまりキチキチやりすぎても生きづらいよ」


 「過去の記憶があるということは、別に過去からの自分の自我の連続性を担保しない」

 「もっと小学一年生に喋るみたいに喋ってほしいな」

 「つまりね、わたしはわたしがわたしだったという記憶を持ってはいるけれども、それはついさっき植え付けられただけの偽の記憶であって、わたしは五分前に生まれたばかりかもしれないということよ」

 「少なくとも五分前には居たよ。わたしが見てる」

 「つまりね、それすらも、なんの担保にもなりはしないということなの」


 「わたしにはわたしが誰なのか分からない」

 「だからサワメグでしょ」

 「そのサワメグというのが一体なにものなのかが分からないということよ」

 「そんなの、誰だって同じじゃない?わたしだってわたしがなにものかなんて知らないよ」


 「つまり、混線しているのよ。どちらにルーツがあるのか。どちらがオリジンでどちらが追加コンテンツなのか。わたしはどちらがベースになっているのか」

 「そんなの、わたしは別にどっちでもいいよ」


 「だって、わたしは今からサワメグを知っていくんだもの」


 これらの会話の断片は以降の本編中には一切登場しない。


 わたしは変わった。変わらなければ生き残れなかったからだ。

 一時、概念的に不安定であったわたしは、しかし、それでも日々をどうにか生き抜いていく中で、次第に安定的になっていった。だけど、それをある種の成長であると手放しに喜ぶことにも違和感を感じる。不安定さとは、そこからどこへでも行くことのできる自由さのことであり、孤独の崇高さでもある。安定とは自分はここを動かないぞという意志のことであり、不自由さの甘受、魂の堕落でもある。成長も堕落も、同じものの表裏一体。どこからそれを観測するかという違いでしかない。ただ変化があった。それだけが普遍的事実と言える唯一のことだろう。

 その変化の原因の一端は、間違いなくわたしの唯一の友人である中萱梓の存在にあるのだろうけれど、しかし、それは明確に彼女のこの言葉に感化されてわたしがこのように考えを変えた、というような単純な一対一の因果関係ではなく、雨だれが岩に穴を穿つようにひっそりと、床暖房が部屋全体を暖めるようにじんわりと、そして、朱に交われば赤くなるように劇的に進行したもので、明確な示唆や教示や啓発があったわけではない。強いて言うのであれば、中萱梓という特異な人格の存在そのものがわたしを変えた、ということになるだろう。

 わたしが知る限りでは、変化というのがひとつの原因のみによって起こることは非常に稀である。それは常に、他の全てが閉塞された結果、高まった内圧が逃げ場を求め最も脆弱な部分を打ち破ることによって起こる。いくつもの原因に囲まれ、因果に雁字搦めにされ、ついに逃げ場を失った窮鼠が猫を噛む。それが変化というものだ。

 

 せっかくの機会だから、わたし、魔法少女サワメグこと沢城恵と、人食い鬼の娘、中萱梓が、いかにして出会い、それがわたしにどのような変化をもたらしたのか、その物語をしてみようと思う。しかし、それはきっと、ああなるほどそれであれがこうなったのかと、あなたをストンと納得させるような明確な解が示されるものではないだろう。

 だが肝に銘じてほしい。あなたが納得しようとしまいと、現実のほうはそんなこと、ちっとも気にしてくれたりはしないのだ。

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