後日談 終

「……んー?」



 幼く、小さく、甘いミルクのような匂いを放つ白い耳が、私のお腹に当てられている。

 彼女は真っ白な髪と碧い眼を揺らし、小さなその顔全体で必死にもう一つの生命の鼓動を聞き取ろうとしていた。


 ……内側からお腹が蹴られる。これは幸せの回し蹴り、なんて。



「あ、うごいてゃ!」



 ニパーっと心底嬉しそうな表情を浮かべ、私に報告してくる。

 そんな、もうすぐお姉ちゃんになる我が子の頭を、私はめいいっぱい愛情を注ぐつもりで撫でてあげた。



「ふふ、そうですね。元気ですね」

「はやくおねーしゃんや、まましゃまたちとあいたいーって、いってましゅよ! かーにぇにはわかりましゅ!」

「カーネも早く会いたいですよね」

「うんでしゅ!」



 まだ二歳だというのに、かなりの饒舌なこの娘。かわいい。

 彼女は、どういった能力なのか、よく普通の人じゃ聞き取れないような声を聞き取ってくる。


 人の思考や魔物の声、何かの魂とか、そういうの。

 例えばこの間なんて、ベスさんが念話を一切発していないのに、言いたいことをこの子に当てられた、だなんてこともあった。


 勇者と賢者の石の娘ですもの、どんな力を持っていも不思議ではなかったけど。もう凄まじい片鱗見せている。


 まあ、とにかくそういうわけだから、今のも幼児らしい例え話でなく、実際に、私のお腹の中の子がそう言ったのでしょう。

 すごく嬉しい事実だと言えるわ。

 


「あ、おねぇしゃまたちがくる!」

「おや、そうですか」

「おででむかいしてきましゅ!」



 私の探知ではまだ誰の気配も感じていないのに、カーネははっきりとそう言った。

 そう、この娘には声を聞くだけでなくこうして未来を視ることも頻繁にある。

 これはうちの旦那やロモンちゃんに近い、あるいは全く同じ力でしょう。まったく可愛くて天才で天使で可愛いなんてずるいわよね。


 こんな天才だもの、将来も楽しみではあるけれど。

 それよりもなによりも、このまま元気に成長してくれるのが一番だと思っている。それを心から願わない時はない。


 これが、そう、これこそが親心ってものなんだな……って。毎日、あの子と過ごすたびに、触れるたびに、しみじみと感じる。

 ああ、ああ。私はカーネとお腹の子が愛おしくてたまらない。


 ……だから、今ならわかる。

 世界さんが与えてくれた、地球と交信できる時間の中で。


 私のことを嫌っているとすら感じていたあの人が、冷たい人だと思っていたあの人が、あんな涙を見せた理由を。


 ただ、お互いに不器用なだけだったんだなって。


 ただ、お互いに何かに縛られていただけなんだなって。


 そして、私はとんでもない親不孝をしたんだなって。


 本当は、私がこの子達を愛するように、お父様もまた私を。


 ……今更、しみじみと反省しても、仕方ないかもしれないけど。



「きまちた!」



 カーネが玄関に向かってから五分後に、屋敷の呼び鈴が鳴らされた。

 私はゆっくりとソファから立ち上がり、我が子にならっておででむかい……じゃなくてお出迎えしに行く。



「鍵は開いてます、そのままどうぞ」



 そう言うと玄関の戸は開かれ、そこから私の妹達が現れた。

 いつものように三人と一匹が揃って。



「おじゃまし……わぁあ! カーネちゃん昨日ぶりーー!」

「今日もかわいい、かわいいよぉ! カーネちゃんっ! むぎゅ」

「わ、ぷ!」



 素早く丁寧に我が子が抱き上げられる。

 それはそれは成長して、胸が私以上に実り、全体的にお母さんと同等の超絶ナイスバディに育った、可愛いもの好きの双子の叔母……お姉さん達に。

 うん、叔母といってもまだ十代だしね。おばさんはないわよね。


 彼女らのたわわな四つの双丘にもみくちゃにされながら、我が子は皆んなに今日も挨拶を返す。えらい。えらすぎる。



「わぶぶ……り、りんにぇおねーしゃま、りょもんおねーしゃま、に……にゃーがおねーしゃまっ、けりゅ、お、おはようございましゅ、でしゅ!」

「「おはよー!」」

「ごきげんよう、カーネちゃん。今日もご挨拶できて偉いわねっ!」

「ふぁいでふ!」

【でもオレだけ相変わらず呼び捨てだぞ……?】

「けりゅは、けりゅでしゅ!」

【ふっ。まあ、いいけぞ】



 

 私達一同はリビングに戻った。

 カーネはロモンちゃんに抱っこされたまま、ケルにほっぺたをツンツンされている。



「では、お飲み物をお出ししましょうか……」

「やらなくていいよ。私に任せて」

「なら、お言葉にあまえます」



 本当は、お客様には私がお茶をお出ししなければならないけれど、今の私の身体を気遣って、おじょ……じゃなくてナーガちゃんが代わりにやってくれる。


 彼女に対するこの呼び方はカーネが生まれてからずっと使ってるけど、まだ少し慣れない。


 元メイドが元主人にお茶を淹れさせる日が来るだなんて、昔の私は考えられたかしら。



「はい、どうぞ。お姉ちゃん」

「ありがとうございます」

「カーネちゃんはミルクね」

「ありがとーございましゅでしゅ!」

【……で、今日の容態はどうなんだアイリス】

「お腹の子は元気?」

「体調不良とか、ない?」

「ええ、昨日と変わらず万事順調でございます。ね、カーネ」

「はいでしゅ! んくんく、ぷは!」



 妹達と娘に囲まれて、午前のティータイム。優雅なひとときが流れている。

 そんな中、娘をリンネちゃんに預けて私の隣に移動してきたロモンちゃんが、膨らみきったこのお腹を、優しく撫でた。



「……ね! 再来週だっけ、予定日」

「はい、もうすぐです」

「もう二人目だもんね、早いなぁ」

「ほんと。私はお姉ちゃんの性格上、今頃がやっと一人目だと思ってたんだけどね。まさか結婚一周年の翌々月に妊娠が発覚するなんて予想してなかったわ」

「えー、そーかなー?」

「今もだけど、ずっとラブラブだったしなー!」

【オレも二人と同感だぞ】



 は、恥ずかしい……。

 ロモンちゃん、リンネちゃん、ケルくんとは違い、私自身もナーガちゃんの言う通り、二十歳を超えて数年経ったあたりで一人目だと思ってた。五人欲しいと旦那に宣言していたとはいえ。

 しかし結果は、二十歳超えてすぐだった。


 その……あの……えっと、とにかく、色々と旦那との相性の良さが重なったからこうなったのですよ。うん。

 毎日身体を交わして、ハメを外すしすぎた日もあったっけ。

 私にも年相応の若さがあったんだなって思い知らされた日々だった。


 二度目の、世界さんによる夢の中での交信会でも、お父様やお母様から、子供をこさえるのが私にしては早すぎなんじゃないかと言われてしまったし。

 

 ただ私が元から子育てが得意であっただけあって、若くして子供を作ったデメリットなどまるで感じず、何事もスムーズに進んだのでこれで本当に良かったと思ってる。



「んんん、らぶらぶ? それってまましゃまとぱぱしゃまのことでしゅか?」

「そうそう、なんか二人のラブラブなお話ないかなカーネちゃん」

「ろ、ロモンちゃ……!」

「えとでしゅねぇ……じちゅは、さーきん、まーにち、おやしゅみなしゃいするとき、まましゃまとぱぱしゃまはじゅーかいはチューを……」

「か、カーネっ……!」

「ほほう……!」

「ほほほう……!」

「あらまぁ!」

【おー、カーネ。2歳でもう10まで数えられるなんて、さすがはアイリスの娘だぞ】

「えへへ、ほめられまちたぁ。でもおねーしゃんになりますかりゃ! これくりゃい、さいさいでしゅ」



 そもそもカーネにも寝る前に二人揃って同じくらいキスしてるから、そのやりとりはこの家族全体の習慣というか、儀礼というか、そういうものなんだけど……。

 いや……だとしてもやりすぎなのかしら。

 でも愛おしいから控えることなんてできないのよね。


 というか。

 ロモンちゃんやリンネちゃんだって、それぞれの剣士と魔物使いとして、騎士団の副団長になってから、壮大な恋話は色々とあるはず。


 ナーガちゃんを含めた三人は、国内だけでもその美貌と才能で凄まじい人気、超モテモテ。毎日のように貴族やお偉いさんの息子から求婚されまくり。

 なのに、それを棚にあげて私のことだけ言うだなんて許せない。


 ふふふ、最近城内で聞いたとっておきの情報を一つここで公開してあげようじゃないの。



「そーいうお二人はどうなんです? 幼馴染のお二人が有言実行しつつあるという噂を耳にしましたよ」

【おー、そうだぞ。戦いの面でなく、別方面から例の二人は結果を残してるみたいだぞ。一方は実業家で、もう一方は千年に一人の腕を持つ鍛冶屋とか、なんだとか】

「いいですね、頑張ってる。愛ってやつですねっ……!」



 やっぱりそんな感じに事が進んでいたんだ。自分のことじゃないのになんだかワクワクする。

 そしてよく考えたら物凄い。この国の今の時代の天才達が、みんなあの村出身ってことになるんだもの。



【で、実は最近、その二人がもう何度目かわからない告白をして……ロモンとリンネはようやく】

「「ケルぅ……?」」

【……う。ま、まぁ、あとはどうなるかは知らないぞ】



 まあ、娘・孫娘が大好きな男性陣のこともあるでしょうし、そう簡単には話は進みはしないかもしれない。でも期待は大と言ったところね。

 是非とも、皆んなにも幸せな結婚をしてほしい。私はしたから。



「ちなみに私はお返事待ちよ。ね、ケル」

【……オレ、帰っていいかぞ?】

「だーめ!」



 そう言ってナーガちゃんは仔犬の状態のケルくんを抱きしめた。彼はその腕の中で手足だけ動かしてジタバタしている。あざとい。


 今のケルくんはクロさんを抑えて世界最強の仲魔と言われてる。冷静に考えたらすごい出世だ。

 SSランク超越種、オーヴァー・ヘヴンリーケルベロス天界を超えし地の番犬なんて、凄まじい存在になっちゃって。


 特に、色とりどりの羽根が十二枚生えてて、顔が三つあって、体躯は一軒家並み、そんな本気出した時の姿は圧巻の一言。


 だから魔物としてはまだAランク超越種であるナーガちゃんを振り解こうと思えば、簡単なはずなんだけどね。そうせず抱っこに甘んじてるってことはつまり、満更でも……? 

 ふふふ、そう考えるとニヤニヤが止まらない。


 それにケルくんはSSランクに到達したせいで、嫌でも人化できるようになっちゃったから。もしかしたら本当にこの二人でいつか……ね!


 ちなみに私は『教授の叡智』の特技や賢者の石そのもの特性を活かして、もっぱら、前世の世界の文化や、魔法・戦闘技術を指導する立場になっている。

 そうして一線をあえて退いてるから、魔王を倒してからほとんど成長も進化もしていない。


 あと旦那も、ナイトさんと一緒に『勇者特殊部隊』だなんてものに所属して活動してるのだけれど、今のところ迷惑な場所にできたダンジョンをクリアして消していくってことぐらいしか目立った活動はできていない。


 そもそも魔物の問題は冒険者に任せればよくて、城には騎士団長格や伝説で語り継がれるような人材が大量に属してるからそれが抑止力になって、戦争も仕掛けられることも、反乱が起こることもない。


 だから私達夫婦は、昔みたいに多くの刺激がなく、ケルくんのような成長もなく、そういう意味では暇かもしれない。

 ただ、それは平和な証拠だし、今この幸せがあるから、全くもってそれで構わないのだけれど。



「しょーいえば、おねーしゃまたち、きょーもおしごとはもーおわりしたんでしゅか?」

「そうなの!」

「やることと言えば訓練とか研究くらいだからね」

「じゃあ、ぱぱしゃまもしょろしょろかえってくりゅ?」

【うん、そのはずだぞ】

「わぁ!」



 カーネはロモンちゃんのお膝の上で、ニコニコしながら身体を揺らす。こうして態度に出るほど、この子は、それはもう彼のことが大好きなのだ。


 今の様子だと、将来『お父さんと一緒に洗濯するの嫌!』なんてセリフは言いそうになく、むしろ来年あたりから、『将来はお父さんと結婚する!』なんて言うようになりそうな勢い。


 私はどちらも言った経験がないけど、それらが安易に想像できる。



「むむっ、たしかにかえってきましゅね!」

「あー、お膝から降りられちゃった」

「カーネちゃん、また視えたの?」

「はいでしゅ!」



 リンネちゃんから降りた我が娘は、先ほどと同じように玄関までおででむかえしに行く。

 そしてその三分後。



「ただいまー。今日も早く……」

「おかえりなしゃい、おかえりなさいでしゅ! ぱぱしゃま! ぱぱしゃま‼︎」

「おーーーー、カーネーー! 寂しくなかったか? パパがいなくて寂しかっただろーー! んーーー?」



 これが、今のガーベラくんだ。毎日こんな感じ。

 人のことは言えないけど、すっかり親バカである。


 これが勇者であり、今なお生きる伝説でとして世界で崇められているだなんて、初めて見た人は思わないでしょうね。

 

 なーんて思いつつ、私も身体が勝手に彼を迎えに廊下に出てきてしまっている。



「おかえりなさい、あなた」

「アイリス、よかった。特に心配なさそうだ」

「たった数時間しか離れてないじゃないですか。でも、ご心配ありがとうございます」

「そりゃあ、俺はアイリスの夫で……ん?」



 いつのまにかガーベラくんに抱き上げられていたカーネは、彼のほっぺたにキスをしていた。



「ちゅー」

「おっ! おっほほほ、うれしいなぁ」

「えへへ、ぱぱしゃまだいしゅきでしゅ!」

「俺もだぞー! ああああ、可愛い!」



 ……夫にカーネをとられ、娘にガーベラくんをとられた。

 なんとも言えないダブルジェラシー。私も、あの二人に混ざりたくなってくる。

 そう思った頃には、既に体が動いていた。


 カーネを抱き上げてるガーベラくんを、大事なお腹を圧迫しない程度に抱きしめる。



「……アイリス!」

「おかあしゃまもきた!」



 そのまま、無言で二人の頬にキスをする。

 ……寝る前だけじゃなく丸一日で考え場合、私は一体、この二人に何度キスをしていることだろう。



「俺は幸せ者だな……」

「ええ、ほんとうに」

「かーにぇも、かーにぇも!」

「そうだな、カーネも幸せだな!」

【それを見てる私達もだよー、ふふっ】



 そう、ロモンちゃんから念話が送られてくる。

 気がつけば、リビングからみんながニマニマしながらこちらを覗いていた。

 別にこの光景を見られるのは初めてじゃないけど、少し恥ずかしい。


 ……ロモンちゃんと出会ったあの日から、ただの小石兼、ゴーレム兼、一介のメイドが、本当にここまでの幸せをよく手に入れたものだ。ああ本当に。


 その話は既にカーネには聞かせた。

 お腹の子が生まれてきたら、また聞かせよう。

 これから先、何人生まれてきても聞かせよう。

 この幸せに浸り続けるために。

 


「およ? まましゃま、おとーとが、はやくここにまじゃりたいよーっていってましゅよ!」



 娘のその言葉に同意するよう、再びお腹が蹴られる。

 大丈夫。もう少しで会えるからね。









『私は〈元〉小石です! ~癒し系ゴーレムと魔物使い~』

 番外編


- Fin -



















#####



これにて本作は完全完結となります。

……5年間。

いままで、本当に本当に本当に、ありがとうございました。

読者の皆様に、深く感謝を申し上げます。


本作の続編はもうありません。

しかし今、は様々なサービスがある時代。

もしかしたらまたどこかで、アイリス達と再会できる日がどこかで来るかも知れません。


もしそんな日がやってきたら、またこのお茶目なゴーレムとその仲間達を見守ってください。


ではまた……!



Ss侍

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私は(元)小石でございます! 〜癒し系ゴーレムと魔物使い〜 Ss侍 @Ss_zamurai

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