第349話 行方不明の原因でございます……!
しばらくの沈黙。魔王と対峙する前より心が苦しい。
ナイトさんの言う通り、魔王に勝利したことですっかり忘れていたけれど魔王を倒した後に無事に生還した勇者は歴代に誰一人として存在しない。
静寂を破るようにナイトさんが話を続ける。
「辛いかもしれないけれど、この後待っている現実はそれだ」
【……まって、おかしいゾ。魔王と戦って大怪我して亡くなる、それならまだわかるゾ。でもこうしてガーベラはほぼ無傷。どうして居なくならなきゃ行けないんだゾ?】
立ち膝をしている私の脚になぐさめるように前足をおいていたケルくんが、真っ先に誰しもが抱いた疑問をナイトさんに投げかけた。ナイトさんは一呼吸を置いてから答える。
「彼も僕も元々この世界の人間じゃない。魔王を倒すために呼び出された存在だ。用事が済んだら帰らなければならない。これが勇者が今まで誰一人としてまともに生還していない答えだ」
【……でも、勇者以外の別世界の記憶を持つ人達は魔王が倒されたからといって集団で消えたりしてないゾ。そんなことあったら過去の文献に記載されているはずゾ?】
ケルくんが明らかに不満そうにそう言った。この子はさらに質問を続けるつもりのようだ。まるでナイトさんを責めているようなすごい剣幕をしている。
【それに今オイラ達の目の前に『勇者の死体』がアンデットとして存在してるゾ。となると先代は元の世界に帰っていないのかゾ?】
「えっと、後者の方から答えようか。肉体はこの世界に置いてって魂だけ帰るみたいなんだ。向こうとこちらで肉体は共有していないらしい。つまり、元の世界に帰ったらこちらでは死んでしまったことになる」
……それはなんとなくわかる。
例えば私。私は勇者じゃないけれど、別の世界から来た存在。今は本体が石ころだけど前世は人間だったっぽい記憶はきちんとある。つまりこっちの世界と向こうの世界で肉体が別々にあるということ。
頭の回転が速いケルくんも、私のことを思い浮かべたのかナイトさんのその答えには納得したような反応を見せた。
【なるほゾ、それはいいゾ。……じゃあナイトという存在はなんなのかゾ?】
「……ふむ、それは簡単にわかることじゃよケル。アンデットは死ぬ前の生物とは別の生き物。魂も別物。つまりナイトは体は勇者じゃが」
「その通り、僕は記憶があるだけで実は勇者本人じゃない。もっとも性格やらなんやらは瓜二つみたいだけど」
ロモンちゃんと魔物について一緒に勉強している最中、たしかにアンデットに関してはおじいさんのいった通りの内容が記載されていた。アンデットとして蘇った人が死ぬ前の家族に迎えられたけれど、惨劇を起こしてしまったという事件が多々あるみたい。
ナイトさんがまともな思考やまともな行動を取れるのは、やはり身体が勇者だからと考えるのが自然かもしれない。
「……とまあ、僕のことはこのくらいにしておこうか。次は前の質問、なぜ勇者だけ帰らなきゃならないのかについて答えたい。……答えたいんだけど……」
【知らないとかかゾ?】
「うん、その通り。知らない、いや、正確には記憶が抜け落ちてるというべきか。実は僕の記憶は一部だけ抉り取られたりようにすっぽりと抜けているんだ。ちょうど前の僕が元の世界に帰る瞬間だけ。きちんと詳しい説明はされたという記憶はあるんだけど……」
【え? 誰から説明されたのかゾ? つまりこの件について第三者がいるってことかゾ】
ナイトさんはすぐに頷いて肯定してみせた。その反応を見たランスロットさんとタイガーアイさんが意を決したように立ち上がる。
「つまり、そいつをぶっ飛ばせば万事解決ってことだよな!?」
「……それなら話は早い」
「ちょっとまったほうがいいわよ~。別に敵って決まったわけじゃないんじゃないかしら~? 相手のことよくわかってないし、第一いつ現れるのか……」
「それだよペリドット団長。いつ勇者がその存在に呼び出されるか……その呼び出しに対して備えるよう僕は皆んなに言いたかったんだ」
どうやらそれを知らせることがナイトさんがこの話題を今もち出してきた目的だったみたい。対魔王との緊張が冷めないうちにってことかしら。
「とりあえず前の僕は、魔王を倒してから5日目の朝に呼び出され魔王を封印した場所へと向かった。この時、当時の友人などにお別れとかができなかったから強制的に連れて行かれるようなものだと思っていい。歴代の勇者の何人かも勝利後、3日から1週間以内に急に行方をくらませたと記録が残っている」
「つまりワシらはそれに向けて色々準備すれば良いということじゃ。……彼を一人にさせず、帰る瞬間を皆で見送るために」
【そしてあわよくばオイラ達全員でその第三者によるガーベラの帰還を阻止する。そういう計画かゾ?】
「そう、そういうことさ!」
私たちの中で話はまとまった。とはいえ皆んなどうやら見送る気はなく、ガーベラさんの帰還の阻止を目標にしているみたいだけど。
それから私たちはできるだけ早くそのイベントに対して準備を進めるために、これ以降の無駄話をしないまま魔王の封印作業を集中して行なった____。
◆◆◆
およそ八時間かけて封印用アーティファクト15個分を重ね、魔王を封印することができた。そして私たちは作業をそこで中断し王都に帰ってきた。
アーティファクト全てを使って封印し切ってしまうのではなく、ある程度強固に魔王を封じ込められればそれで良いと、途中で王様から連絡が来たためだ。
どうやら王様は私達が出発する前にどの程度で現場での封印を切り上げるかの目標数を伝え忘れていたらしく、そのため、おじいさんは用意したアーティファクト全てを私たちだけで使用するものと勘違いしてしまっていたらしい。
……もしこのまま続けていたなら、まだ100個以上あるから一週間近くはかかっていたと思う。ちなみに、王様曰く私たちのような魔力が膨大な精鋭メンバーでなかったら15個分封印を繰り返すだけでも3ヶ月は掛かったみたいだ。
ともかく私たちは魔王を倒し、誰一人欠けることなく生還した。
先に帰らせていた冒険者達によって魔王に難なく勝ててしまったことはすでに国中に、否、世界中に広まったらしくどこもかしこもお祭りムードだった。
それから私たちは城に入り、ルビィ国王に一部始終を報告する。
王様はガーベラさんの件についてもすぐに理解してくれ、勝利のお祭りを始める前に準備期間を設けてくれることになった。その期間は一週間。その間にガーベラさんが連れて行かれそうになったら対処するという手筈。
その日が来るまで一番身近で彼の様子を見ることになったのは他の誰でもない、この私。様子見役というよりみんなが気を使ってくれたと言った方が正しい。
お城で王様にご馳走になってから、私とガーベラさんは彼の屋敷及び自宅へと帰宅。今日から私はここでみっちりと、ガーベラさんを監視しながら過ごす。
「大変なことになったね」
「ええ」
ガーベラさんはリビングのソファに深く腰を下ろした。私も、寄り添うように彼の隣に座る。
……とりあえず、何から言い始めたら良いかわからない。質問したいことはたくさんあるし、労いたい気持ちもある。泣きたい気分でもあるし、甘えたい気もする。
とにかく彼の心の内が知りたい。ナイトさんの話があってから、ガーベラさんはほとんど話を自分からしようとしなかったから。
「あ、あの……ガーベラさん」
「ん?」
「……このたびはお疲れ様でした。これで世界は救われたんですよね」
「きっとね。アイリスもお疲れ様。正直、魔王を倒した感動よりアイリスが無事だったことの安心感の方が強いよ、俺としては」
そう言ってガーベラさんは私の頭を撫でた。その目には心の底からの安堵が広がっていた。
たしかに私が今日したことを客観的にみてみれば、グラブアに人質に取られ手足をもぎ取られたり、一番最初に魔王に突っ込んでいったり、不発とはいえ魔王に賢者の石を取られそうになったり。心配されるようなことしかしなかったと思う。
「ごめんなさい、無茶は控えるよう皆からは言われていたんですけど、なかなか上手くいかなくて」
「うん……でもほら、そういうことももう二度とないと思うよ、きっと」
「ですね」
私は自然と彼の身体にもたれかかっていた。なんだかホッとする。とりあえず労いたいの言葉は済んだから、次は質問しなければ。
……あの場では満場一致でガーベラさんが元の世界へ帰ることを阻止するように決まったけれど、実際のところガーベラさん自身は残りたいとも帰りたいとも言っていない。
そもそも未来予測ができるガーベラさんはこの先自分がどうなるか、わかっている可能性もある。
これらのことを訊いて、気持ちを一旦整頓し落ち着かせて……今日は休んで明日から今後のことを考えよう。
「それで、ガーベラさん」
「うん?」
「私、訊かなくてはなりません。元の世界に……」
私は彼の瞳を見つめた。彼の瞳にはひどく悲しそうな顔をした私が写っていた。
おかしい。
この質問で、私は感情を出すつもりはなかった。なにせガーベラさんがどんな答えを出しても後腐れ残らないよう、対応しなくてはならないから。
ガーベラさんは優しいから、もし私が悲しんでると知れば元の世界に戻るという選択肢をそれ以上考えることなく消してしまう。元の世界があるということは、元の家族がいると言うこと。こんな素敵な人だし、私以外の彼女がいる可能性もある。
私も別世界の人間だから元の世界に家族は居るのでしょうけれど、彼と私とでは残っている記憶の量が違う。今までの振る舞いからガーベラさんはおそらく、元の世界のことをほとんど全て覚えてる、あるいは思い出していると思う。
一方で私は自分の個人的なことはほとんど覚えていない。たまに夢で昔の光景らしきものを見るけれど、それ以上の自分の背景はしらないまま。炊事や格闘技、可愛い女の子が好みといった趣味関連ならほとんど覚えているのに。
そんな私が彼をこの世界に止めるようなことを言ってはいけない。だから……だから……。
「元の……ガーベラさん……」
「うん……」
「世界に……私……その……」
「大丈夫、きいてる」
「私……わたしぃ……っ……う、うぅ……いや、嫌です……! いたい! もっと、もっと貴方と居たい……私……! いや、違う、そんなつもりは……ぁ……あぁ……許してください。私、そんなこと言うつもりじゃないんです。質問……そう、こちらの世界と元の……うぅ……ぐすっ……いやだよ……別れるなんて、いやぁ……!」
ガーベラさんは黙って、泣きじゃくる私の背中をさすり始めた。
「ひっく……やっと、一緒にのんびり居られるはずだったのに! サヨナラなんていやだ! っ……いやです! 好きなんです、貴方が! 苦しいんです、ずっとずっと、世界を跨いでまで私のことを好きでいてくれた貴方と別れるのが!! この世界じゃないと貴方と恋人で居られないのに! ……え?」
私の記憶にない言葉。本当に私が私なのかわからなくなったその瞬間、ガーベラさんは私を抱きしめた。
考えていたことすら貫けない、弱い私で申し訳なく思う。もはや私は私なのかと怪しい。でも、でも今は、今だけはもう少しこうしていて。
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次の投稿は9/21の予定です!
追記:書ききれなかったので投稿を遅らせます。おそらく明日になります。申し訳ありません。
追記2:今週はどうやっても執筆をする気が起きなくなってしまったため投稿は来週とさせていただきます。とても身勝手な理由で本当に申し訳ないです。
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