第340話 因縁の戦い
「ぐおおおおおおお! き、貴様、まさかぁあああああ!」
イフリートサラマンドラの半魔半人、ジンは魔物に姿を戻すまでもなくナイトの剣によって一瞬で両断された。
これにてジーゼフ、クロ、ナイトの目の前に残っている魔王軍幹部はオーニキスだけとなった。
「ジン!? 総騎士団長にやられるならまだしも……あの男はいったい何者なんだ!」
「あれ? 僕のこと覚えてないの。……いや、僕の方もアンタに見覚えなかったよ。本当に魔王軍幹部なの?」
ナイトの発言にオーニキスは首を傾げた。その様子を見ていたジーゼフも眉をしかめる。
「やはり、あやつは前の魔王出現時にはおらんかったのか」
「気がついてたらこの戦いが始まる前に倒しちゃってるよ」
「それもそうじゃな」
この国最強の男と肩を並べる謎の人物。オーニキスは恐怖のあまり思わず後退りをした。しかし、その背後から紫色の水晶が現れ、動きを止められてしまった。
「くっ!」
「あ、そういえば思い出した。僕が幹部を倒して回っていた時、事前にあった魔王軍幹部の目撃情報と照らし合わせても、なんかいつも一匹足りなかったんだった。計算間違いかと思ってたけど、なるほど、こいつだったか」
「……魔王軍幹部を倒して、まわった?」
ナイトの発言にオーニキスは違和感を覚えた。
彼は長らく宰相として王国に潜り込み、様々な政策を行なってきた者。その違和感の本質に気がつくには全く時間が掛からなかった。
「勇者だというのかッ……先代の! まさかそんな!」
【それがそのまさかなんだよな】
「ふっふっふ、僕は有名人だな」
ナイトが、魔王を沈めた先代勇者。ジンを一瞬で倒した力量や溢れ出ている魔力量からしてもそれはほぼ確定的だった。
しかしオーニキスは納得がいかなかった。なぜなら勇者はすでに何百年も前に死んでいるからだ。
「ありえん、ありえんぞ!? なぜ生きている!」
「どうせ魔王も見てるんでしょ? だから教えてやるよ。今の僕は勇者じゃなくてSSランク極至種、ボーンナイトブレイブ。アンデッドだ。勇者の遺体がアンデッド化して、記憶を引き継いだ……ただそれだけのことさ」
「魔物学的に言えば魔物化する前の記憶が残っているのは別に変わったことではないぞ」
「そんな……そんな……!」
魔王軍幹部にとってはこれ以上ない史上最悪の事実。オーニキスは全身から汗を噴き出していた。
そんな彼にお構いなしに、ナイトとジーゼフとクロはゆっくりと近づいてくる。
「く、くるな!」
「来るなと言われてものぉ、お主を倒す前にワシの力で記憶をのぞいて、裏切り者が何を企んで何年も行動していたか国王様に報告せにゃならん」
「でもあいつ宰相なんでしょ? 頭が切れる人。だったらジーゼフの対策はまだ残ってるんじゃない。迂闊に近いて大丈夫?」
「そのためのお主じゃ」
「たしかに」
「くるなあああああああ! り、リスシャドラム!」
オーニキスは闇魔法を唱えた。一気に魔法陣が五つ出現する。
しかしそれらは迫りくる三人のSSランク相当の化け物をわざわざ避けるように発現し、当たることはなかった。
彼は慌てながらもしっかり狙っていた。ジーゼフが何かしたのは明らかだった。
「な、何をした!?」
「昔はワシの部下だったんじゃ、よく知っておるじゃろ? 一瞬だけ意識を乗っ取って魔法をまばらに配置させてやっただけじゃよ」
【そんなことできるのはコイツだけだ】
「おっとクロよ。ロモンも既に同じことできるんじゃよ?」
「君とあの子は天才だけど、その次元が違うからね」
「さて、と。辿り着いたな」
「……!
オーニキスはこの距離まで近づいてきたジーゼフに恐怖だけでなく、別の感情を覚えた。それは「懐かしい」。
まだ彼が部下だった時代に労ってもらった記憶。仕事のことを相談した記憶。ヘマをして優しく怒られた記憶。それら全てが混ざり合う。
目の前にいる人間の怪物は、昔オーニキスに向けたどの表情もしていない。ただ、裏切り者であり魔王軍幹部を抹殺しにきたこの国最強の魔物使いのそれ。
「ジ、ジーゼフ殿……!」
「なんじゃ」
「わ、私、私は……!」
「おっと、ワシはお主に恨みを多く抱えているのを忘れるなよ。思い出話をするのなら、それを踏まえてしてくれんか」
「っ……! う、おおおおお!」
その一言で目が覚めたオーニキスは全身に力を貯める。彼は今、追い詰められているだけで拘束されてはいない。故に身体の自由は効く。
オーニキスの全身は光に包まれ、肥大化していく。その様子をジーゼフは楽しそうに眺めていた。やがてそこに現れたのは、巨大な体と漆黒の甲羅を持つ亀の魔物。宰相オーニキスの本当の姿。
「ほほ! ブレンタートルに近いがこれは初めてみるのぉ! 新種じゃな!」
「いや、でもコイツ何百年も前の魔物だから新種と言えるかどうか」
「いいんじゃよ、どれだけ生きてるかは関係ない。新発見した瞬間に新種になるんじゃ。種族名は……ほほう、ネガマインドタートルの超越種というのか! 超越種としての特殊な特技はマインドコントロールかね。なるほど、これでワシらを……!」
【オオオオオオオオォォォオオオ!】
「ほほう、得意な魔法の一つに重力魔法が。たしかにオーニキスはそれが得意じゃっ……おほー!」
一人と二匹の体がネガマインドタートルより反対側の壁に吸い込まれる。身体が強く壁に叩きつけられた。だが無傷である。
「なるほどの、魔法メインで戦うのかオーニキス、いや、ネガマインドタートルは。しかしケルの鼻は優秀じゃの。一番最初にオーニキスを怪しいと見抜いたのはあの子じゃった。そして言っていた通りオーニキスは亀の魔物じゃった」
【壁に押しつけられてるのに呑気にそんなこと言っている場合か、ジーゼフ】
「でもこのくらい僕たちにとっては涼しい程度だよね」
【くっ……はぁはぁ……この化け物どもめ!!】
ネガマインドタートルの方が先に疲れ、三人は重力魔法から解放される。そしてその次の瞬間には遠ざけたはずなのに三人ともが彼の目の前に立っていた。
【なんっ……!?】
「僕の能力は流石に把握してるでしょ。アンデッドになっても勇者としての力が残ってるんだよ。この特殊な高速移動がね」
「要するにオーニキス、お主は今、わざわざワシらに生かされている状態なのじゃ。本来ならいつでも細切れにしてやれるんじゃがな」
【とりあえず早く記憶を覗くんだ】
「分かっておるわい」
【や、やめ、ぐぎゃあああああ!】
ネガマインドタートルの四本の腕を、上から降ってきた杭の形をした水晶が地面に打ち付けた。その間にジーゼフは至近距離まで近づき、目をつぶって魔力を流し込む。
数分して彼は目を開くと、拳に光魔法を込め、思い切りオーニキスの頬を殴った。
【ぐふぅ!?】
「こんな奴を後輩に持ったのはワシの人生最大の汚点じゃわい!」
「何があったの?」
「はぁ……まあ、色々とな。ワシの愛孫達を死地に送ろうとしていた理由とかを理解してしまったまでじゃよ」
ジーゼフは悲しそうに首を竦めた。
「あ、もしかして孫達を幹部に殺させてジーゼフとグライドくんとノアちゃんから絶望を集めようとしていたとか」
「そう、まさにそれじゃ」
【それはあの子達の強さを舐めすぎたな】
「飯を奢ってやった金とか全部返してくれんかのぉ」
そう言いながらジーゼフは徐に懐から一冊の本を取り出した。殴られて一瞬だけ意識が飛んでいたオーニキスはそれを見て、嫌な予感を感じる。
【ま、まて、何をする気だ!】
「いやぁ、ワシとて元後輩を殺すのは忍びないからな。今後の研究材料にするために、捕獲をと……。ちなみにこれは魔物を封印するための封書じゃよ」
「ジーゼフオリジナル開発シリーズの封書の一つだね」
【や、やめ……】
「それではさらばじゃ、オーニキス。我が国の裏切り者よ」
【ぐわあああああああ!】
ネガマインドタートルの額に本が押し当てられた。彼自身の抵抗は虚しく、一気に本の中に体が吸い込まれてゆき、あとに残ったのは攻撃に使用したクリスタルのみ。
「……虚しいの。まあいいわい。どうやら愛孫達も勇者も全員無事なようじゃし」
「隣で相当すごい魔力を感じたけど、あの二人で倒せてしまったみたいだね」
【となると、残りは……】
「ああ、魔王だけじゃな。アイリスとグライドはへばっているようじゃし、二人を回収して広場に戻るとするかの」
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次の投稿は6/1です!
つい最近、私の最新作である「神速の大魔導師」を投稿しました!
是非ご覧ください!
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