第315話 ガーベラさんのお屋敷でございます!
まさか、ロモンちゃんとリンネちゃんの二人合わせて100杯もスープを飲み続けるとは思わなかった。一度皿にスープを盛っては一瞬で消滅し、またスープを注ぐ。注ぐ時間より食べる時間の方が短いという状況。これはまるで……ワンコ……なんだったっけ。思い出せないなら気にする必要はないわね。
とにかくあの二人の食欲が底なしだということはわかった。ガーベラさんとの約束の時間が近くなったから止めたけど、まだまだ食べられそうだったし。満腹という感覚も、あの二人は知らないんじゃないかしら。口に出すことはあるけどね。
「やぁ、待たせたね。こんなギリギリになってごめん」
「まだ予定時刻の十五分前ですよ」
確かにいつものガーベラさんと比べたら遅いけど、予定時刻より早いのだから謝る必要なんて全くないと思うの。
私たちは今、お城付近に立ってる像の真下にいる。ここはよくカップルとかが目印にして集まることがあるらしい。まさに今の私たちね……なんて。もう夜になってるし、像の顔はよく見えないけど。
「俺が貰った屋敷に来て、泊まっていくんだったよね」
「その通りですよ!」
「今日は俺が料理を振る舞う番だからね、もう仕込みはしてあるんだ」
「ほほう……」
と、いうわけで私とガーベラさんは、彼が王様からもらった新しい屋敷へと向かった。そのお屋敷はターコイズ家のお屋敷より斜め左後ろにあり、ふつうにお互いの窓からお互いを覗ける範囲内に建てられていた。かなり近いとは聞いていたけど、ここまでとは。
「今後、俺はここに住むことになるらしい」
「ターコイズ家のお屋敷とほぼ変わらない大きさですね。ここにガーベラさんが一人で住むのですか。しばらくは。よくこんな家空いてましたよね」
「時期的に魔王がそろそろ来るのはわかってたから、結構前から王様は用意していたらしいよ」
「ということは長らく空き家だったのですか」
「うん、管理や手入れはしてたみたいだけどね。じゃあ、どうぞ」
ガーベラさんはおしゃれな鉄柵についている扉を開け、私を通した。立派なお庭まである。専属の庭師さんがいるのか、手入れが完璧に行き届いてて綺麗。敷地の入り口から屋敷の入り口をつなぐ石畳の道を通り、玄関へ。私は中に入った。
中は正直、ターコイズ家のお屋敷とインテリアや装飾品があるかないかくらいの変わりしかない。基本的な間取りとかは同じなのかも。
「お掃除が大変そうですね。私からしてみればやり甲斐、ですけど」
「王様曰く、庭師さんの他に専属のメイドさんまでつけてくれるらしい。勇者待遇だって」
「ここでも私のアイデンティティは失われるのですか」
「まあまあ、その……アイリスが……ね、ウチに来るまではお願いしようとは思ってるよ」
ガーベラさんが恥ずかしそうにそう言った。なるほど、結婚後は私に掃除を任せてくれると。それならいいかな? いや、よくない。専属メイドなんてもう一つ気にしなきゃいけないことがあるじゃないの。
「……ところで、メイドさんって若い方ですかね?」
「王様がその方がいいだろうって。そもそもベテランはお城に置いておきたいらしいし。あ、だ、大丈夫! 目移りなんて絶対しないから!」
「そうですか。その言葉、信用しますよ。なんなら私がメイド服を普段から着てもいいんです。何故だか簡単にその想像ができます」
「……!」
私がメイド服を着る。そういうとガーベラさんの表情が変わった。私がガーベラさんのためにうなじや首筋を露出した格好をした時よりも、恥ずかしい格好を見せてもいいと言った時よりも、良い表情をしている。前々から思ってたけどガーベラさんってメイド服フェチなのかしらね。
「……まあ、前々から言ってますけど、結婚後はいくらでも注文に応えますよ」
「あ、ああ。その……えっと……とりあえず台所はこっちなんだ」
そう言ってガーベラさんはスタスタ歩いていく。最近、こんな感じの話題を振ってガーベラさんが照れて話題を変えようとしたりするのがすごく……かわいいと思うようになってきてしまった。そのうち積極的にからかうようになっちゃったりして。
ガーベラさんについていき、キッチンに入ると、玄関周りと違ってそれなりに物が揃っているのが目に入った。
「まだ少ないけどね、ここはかなり充実させるつもりなんだ」
「相当なこだわりがあるのですね」
「まあね! じゃあ、今から作るから。席について待っててよ。本でも読んでてさ」
ガーベラさんはエプロンを巻き、腕をまくり、シンクの前に立った。あの細く筋肉がついた腕が中々カッコいい。自分の彼氏とはいえ本をも読まずに男性のことをじっと見続けること三十分。事前に準備はしていると言っていた通り、本来なら煮込むのに時間がかかりそうな料理などがもう出来上がったようだった。
「こっちがビーフシチューで、これがシーザーサラダ、魔物魚のムニエル、自家製のパン。チーズとバターも自分で作ったんだ。あとはいい感じの葡萄酒に、デザートはアイスクリームがあるよ」
「わぁお」
私のためにこんなに本気で作ってくれたのかしら。いや、どうやらそうでもないっぽい。おそらく休みの日とかは普通にこんな感じで作ってるんだわ。何故だかそんな気がする。
お皿は前に私が作ってあげた時からセンスが抜群なものばかり揃えてるのは知ってたけど、ガーベラさんがそれに料理を乗せると輝いて見える。私が普通の料理屋さんくらいの実力だとしたら、ガーベラさんはだいたい超高級レストラン。
「すごいですね……」
「前は言わなかったけど、実は料理が一番の趣味なんだ」
「で、でしょうね。一長一短ではこのレベルまで到達しませんよ。……フライパンとか完璧に仕上げてる系の方ですか?」
「どうだろ、他の人と比較したことないからわかんないや。まあでも、本気用とサブで使い分けてるね」
きっと私が前回使ったのはサブだったのね。……とりあえず、目の前にあるお金払ったらかなりの値段がつきそうな料理たち、どれから食べて行こうかしら。ビーフシチューからにしようかな。
そして、一口運んでみて感じたことは、見た目とおいしさが釣り合っているということ。帰り際に二万ストンくらいお金取られたりしないかしら。
「とても、美味しいです。それしか言葉が思いつかないくらいには。……私が貴方に嫁いでも、私が料理を作る必要はありませんね?」
「それは違うよ。こんなの毎日食べてたら胃がもたれるし、飽きると思う。一方でアイリスのは毎日食べても飽きが来ない」
前に朝食を作ってくれた時はあっさりとしていたし、そんなことないと思うんだけど。でもそうね、あんなカッコいい顔で毎日私のご飯が食べたいなんて言われたら私はもう……。ガーベラさんってば私が発言したらいちいち照れるくせに、自分からそういうこと発言するのは偶にしか気にしないんだから。
「ゆっくりと味わってくれると嬉しいな。なにせ、まだこの家には娯楽があまりないからね。前の家にもなかったけどね! あと残ってるのはお風呂とその入浴剤くらい。とても広いんだよ、ここのお風呂」
「そうですか。一緒に入りますか?」
「せっかくだし、そうしようか」
「……!」
「はは、流石にからかいに来たってわかるよ」
「そうですね、今のは私の負けです」
うーー、悔しい。なんだかとっても悔しい。そもそもガーベラさんって特技になるほどの勘の持ち主なんだから、からかって遊ぶなんて無理じゃないの。今日はなんだか、ガーベラさんの凄さと私の浅はかさが身にしみる日だわ……。
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