第306.5話 お引越しをしたのでございます!

「もともと荷物なんてスペーカウの袋に詰め込んでたから、簡単にお引越し終わったねー」

「気がつけば半年以上住んでたよね、あの宿に」

「その分の宿代は結局貰ってくれませんでしたね」



 あの宿は私たちにとって思い入れの深いもの。ずっとお世話になってたわ。リンネちゃんの言う通り、無料で住まわせてくれる約束は半年だったはずなのにそれ以上の期間居させてくれた。

 といっても、私たちは半年過ぎてから何度かその分の料金を払おうとした。ただその都度、「やっぱり半年じゃ短いのであと一ヶ月延長でいいですよ」なんて言うものだから、お言葉に甘えた。よかったのかしらね、ご好意なのだろうけれど。

 とにかく私達は新しいお家へ引っ越してきた。正確にはお屋敷ね。見慣れたお屋敷だけど、住み慣れてはいない。今日からお母さん、お父さん、おじいさんと一緒に住む。おじいさんは頻繁に村へ帰るみたいだけどね。

 これからの生活はロモンちゃんとリンネちゃんからしてみればこれは当たり前のこと。でも私にとってはちょっと違う。お父さんとお母さんと一緒にずっと過ごすなんて初めてだから。どんな感じなのかな。親に頼ることなんてできるかしら、私、給仕が一番やりがいを感じるのだけど。それに……おかしいのよね、前世でもちゃんと両親と暮らしてた感覚がないの。



「アイリスちゃんがぼーっとしてる!」

「舌を噛み切る寸前かもしれない……!」

「し、しませんよ、そんなこと!」



 今日、いや、まだついさっきというべき時間の間に私がやらかしたことは周りの皆に強烈な記憶として残してしまったようで、宣言した通りロモンちゃんとリンネちゃんは私の両腕を物がつかめないようにと握り続けている。

 しませんよ、なんて言ったけれど、皆からしたら十分ありえそうなこと。いつ自分から死んじゃってもおかしくない、そんなイメージをみんなに植え付けてしまったのは完全に自業自得だから。……後悔はしているけれど、未だにあの時点ではあれが一番よかったんじゃないかと考えてる私がいるのもまた事実。私が死んだらみんなが悲しむ、そう言われたから、もうしないけど。



「ずっと言ってるけど、アイリスちゃん、ご飯作っちゃダメだから」

「ぼくとリンネとお母さんで作るから」

「わかりました」

「お風呂も一緒だよ」

「体洗うのも私達がやる!」

「それもですか」

「もちろん!」

「お部屋別々だけど、今日はアイリスちゃんのベッドに潜りこむからそのつもりでいてね」

「当分、見張るからね!」

「はい」



 二人が軽く頬を膨らませ、眉を釣り上げながらそう言った。可愛い顔してるけど、かなり怒ってるのは確か。

 今日から私達三人はお部屋が別。それだけすぐにお部屋を用意できるお屋敷は、どれだけ広いのか……。ターコイズ家全員の地位を考えればむしろ当然の所有物なのかもしれないけど。故にわざわざ部屋までやってきてベッドに潜り込んできてくれるのはとても嬉しい。

 ちなみに家具はロモンちゃんとリンネちゃんの部屋は揃ってて、私の部屋にはない。元々、かなり昔から双子はお屋敷に住んでもらうつもりで準備していたのだけど、私が現れ、三人(とケルくん)で三人立ちしちゃったので持ち腐れ状態になってたらしい。

 ベッドもたまたま屋敷に残ってた余り物だし、必要な全部の家具を近いうちに買いに行くことになってる。鏡とかドレッサーとか、今までは宿に備え付けられていたのを使っていたからそこらの私の所有物はないの。

 お父さんとお母さんは私に全部一級品のものを買ってくれると言った。ロモンちゃんとリンネちゃんの部屋に置いてあったのも、一目でわかるほどの高級品だったし。流石は貴族とその娘。

 ……でも私は断ってしまった。質素なものでいい、すぐに結婚してしまうから、という理由を告げて。でもお母さんは嫁入りしてもそのままガーベラさんのお家に持っていけばいいと言った。……でもなんだか悪い気がして、やっぱり断ってしまった。遠慮のしすぎだとは思う、お父さんとお母さんは私のことを実の娘として扱ってくれている。でも、なんだか悪いことをしているような気がするの。理由はわからないけど。

 結局、話し合った結果、私の家具は一級品で全て揃えることに決定した。遠慮をし続ける私に、お父さんは「なんで甘えないんだ?」と小声で言っていたのが聞こえた。

 それからお夕飯を作る時間になって、ロモンちゃんとリンネちゃんは私の腕から離れてしまった。



「じゃあ、ぼくたちはご飯作りに行くよ」

「アイリスちゃん、死なないでね? 絶対だよ?」

「しませんよ、絶対に」

「ケル、見張っててね!」

【りょーかいなんだゾ】



 ロモンちゃんとリンネちゃんはエプロンを着て台所に向かっていった。私が今いるのはリビングで、ケルくんは私の膝にちょこんと座っている。私のことをじーっと見ている。



【ねぇ、アイリス】

「なんでしょうか」

【……前世になにかあったのかゾ?】

「あったのかもしれませんね」

【オイラ思うんだゾ、アイリス、誰かにずっと従って生きていたんじゃないかって】



 誰かに従って生きてきた、ね。もし私の夢の内容が本当に私の前世なのだとしら、どこかのメイドをやっていたみたいだし実際その通りだと思う。

 そういえばこの家ってお掃除やお洗濯どうしてるのかしら。お母さんもお父さんもかなり忙しいから家事なんて料理くらいしかする暇なさそうだけど、このお屋敷は隅々まで綺麗。

 ちょっと聞いてみようかしら。このリビングの隅で剣の手入れをしてるお父さんに。……手入れしてるとは言っても私のことを心配してくれてずっと目線がこちらに向いてるからあんまり上手くいってないみたいだけど。

 ケルくんが頑として私の膝から退こうとしないので、力を入れて抱き上げて移動した。



「あの、お父さん」

「欲しい家具の色とか決まったのか?」

「いえ、違うんですよ。このお屋敷って家事の分担とかどうされているのでしょうか」

「家事の分担? ああ、休みの日以外はお手伝いさんが入ってるよ。王様が手配したね」

「そ、そうですか……」



 なぜかちょっとがっかりしてしまった私がいる。存在意義が奪われてしまったような、そんな感じ。



「それが、どうかした?」

「い、いえ。なんというか本当に貴族っぽいなと思いまして」

「ぽい、というか実際そうだからね」

【そういえばアイリスってお掃除とかお洗濯が趣味な面もあったゾ? 今後はどうするんだゾ?】

「ああ、だから家事について聞いてきたのか。どっちみち私達、アイリスも含めてみんな忙しくなるだろうし、ちょっと我慢してもらうことになるかな」

「そうですか、それならそれでいいんです」



 でもその忙しい時期が本当の意味で終わったらガーベラさんのところに嫁ぐから、このお屋敷の管理を私がすることはなさそうね。

 そうなったらガーベラさんがもらったお屋敷をお掃除したりお洗濯したり……悪くないわ。あ、でもお洗濯ってガーベラさんの下着までするのよね? ちゃんとできるかしら私。今気にしても仕方ないとは思うけど。



「……もしかしてガーベラくんのこと考えてる?」

「えっ!? あ……いや……顔に出てました?」

【どうせ忙しいのが終わったら結婚しちゃうから、この家の掃除することはなさそうだなーとか考えてるんだゾ。その結婚から妄想を膨らませたんだゾ】

「な、なんでそこまでわかるんですか!?」

「……まあ、ママにも王様にもたしなめられたし、二人の関係に私はもう口を出すつもりはないよ。むしろ今は彼に期待してるんだ」

「期待ですか……?」

「うん。ガーベラくんが、アイリスに自分が生きててよかったって心の底から思わせてくれるんじゃないかっていう期待だよ」



 ガーベラさんが私をそれほど愛してくれるのかな。あの人から私のことを好きだって気持ちはしっかり伝わるのだけど、私に隠してることあるみたいで……いや、でもきっと大切にしてくれるって思ったから私はこうして交際してるわけで……。



「そろそろご飯できるかな?」

「まだだと思いますよ」

「はは、流石にそうか。実は三人がこうして尋ねてくる時以外は私達、城で食事を済ませてくるからね、どうしてもそこらへんの感覚が狂うんだよ」



 ……騎士団長って本当に忙しいのね。そんなお父さんが私に忙しくなるっていうんだから、やっぱり家事なんかやる暇もなく忙しくなるんじゃないかしら。……デートする時間とかあるかな? 




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