第305話 私の悪い癖でございますか?

 チクリとした痛みが胸元に走る。

 ……おまいきり突き刺したはずなのに、その程度の痛みしかないとは。明らかに不自然だった。私は人間の時はふつうに痛みを感じるはずだもの。痛いのが嫌で手が止まった、というのも私に限って考えられない。

 私は痛みを耐えるため瞑っていた目を開け、ゆっくりと手元を見た。胸の手前で手が止まっていた。さらに手の中にあったはずの小さいカタナがなくなっている。落としたのかと思って周りを探そうとしたけれど、そのための首が動かなかった。いや、全身が動かない。自分に刃物を突き刺そうとした態勢から、まったくもって動けない……。



【……アイリスちゃんのばかっ!】

「え?」



 なぜか、私の『中』からロモンちゃんの声が聞こえた。念話とはまた違う、そう、これは魔人融体の時のもの。小石視点を使ってロモンちゃんの方を見ると、彼女は気を失ったようにリンネちゃんにもたれかかっていた。そしてそのリンネちゃんは、私のカタナをもっている。カタナの先端にはおそらく私のものだと思われる血液が少しだけ付着していた。

 どうして今は人間である私にロモンちゃんが入り込めたのか、私に触れた感触もなくリンネちゃんが武器を取り上げられたのか……。



「何やってんだよ……!」

「……っ」



 何が起こったのか分からず呆然としていたところ、駆けつけてきたガーベラさんに取り押さえられた。それと同時に私の中からロモンちゃんが居るという感覚がなくなる。身体の自由も戻ったけれど、ガーベラさんに拘束されているため状況は変わらない。



「ふえー、びっくりしたぁ……!」

「まさか一切の躊躇なく賢者の石を取り出そうとするとは思わなかったのだの。アイリス殿は死ぬのが惜しくないのか……?」

「ねぇジーゼフ、アイリスちゃんって前からこういうことする子だったの?」

「はい」



 ガーベラさんは一瞬だけ私を解放し、態勢を変え、すぐにまた拘束した。といっても今度は拘束というより抱きしめてる感じだけれど。私は生身だからガーベラさんの鎧が少し痛い。



「これだけの人に愛されても治らなかったのか、その癖は……」

「え?」

「本当に悪い癖だ……本当に」



 そう言ってガーベラさんは涙を流した。私の悪い癖……。悪いことなのかしら、これでみんなが助かるっていうのに。でも治ってないってどういう意味なのかしら。まるで昔から私が自殺行為を繰り返してきたみたいなものいい。

 今度はケル君が私のもとまでやってきた。かなり怒っているのが一目でわかる。



【ガーベラの言う通りだゾ、とんでもない癖なんだゾ】

「ケル君……」

【どうしてもっと自分を大切にしないのかゾ?】

「ですが、私は……」



 私は間違った選択をしてしまったというのかしら。……実際にそうなのでしょう。この場にいる全員が表情や態度でその答えを示している。意識が戻ったロモンちゃんとリンネちゃんもこちらへ向かってきた。



「……アイリスちゃん、これ、しばらくぼくが預かっておくから」

「……はい」

「今まであまり言わなかったけど、アイリスちゃんって、自分を犠牲にできるときはそれを最優先にしようとするよね」

「そ、そんなつもりは……」

「そうなんだよ。思い出してみて」



 ロモンちゃんは今まで私がしてきたという自己犠牲行為を連ねていった。

 まず、私がトゥーンゴーレムからリトルリペアゴーレムになる際に極至種か魔王種かで運命の別れ道が出来た時。私は抵抗する様子もなく木に縛り付けるよう言い、魔王種になった途端自分を殺すことを、命乞いするどころかむしろ勧めていたこと。

 次に、初の魔王軍幹部にして敵対したSランクの魔物サナトスファビドに対し、有効手段がなかった頃。私はロモンちゃん達を逃すためにランクがDしかなかったのにも関わらず一対一の勝負を挑んだこと。そして、自爆したこと。そもそも特技に自爆があること自体おかしいとロモンちゃんは言った。

 また、私が人間になってからしばらく経った頃。私はグラブアに襲われ強姦されかけていた。そこをガーベラさん達に助けられたにも関わらず、あれだけのことをされておきながらグラブアを倒すために自分から囮になって街の外までおびき出したこと。

 ……そして今。

 たしかに思い返してみると私は私のことを大切にしていなかったように思える。でも、どれも、私はこの行動をしたことに後悔はしていない。



「やっぱりこっちでもそんな風に……」

「アイリスちゃん、もうやめてよこんなこと。私悲しいよ」

「そうだよ! アイリスちゃんが死んじゃったら嫌だよ……」

「しかし……私……私の中に、いや、私自身が賢者の石で……私から取り出さないと賢者の石は使えないんです!」

「でも死んじゃったら私たちと一緒にいられないよ! ガーベラさんとも結婚できないよ! いいの? アイリスちゃんはそれでいいの!?」

「よくないですよ……よくないですけれど……」



 私の頭の中にはいつもそればかりが思い浮かんでくる。無自覚だった。まっまく意識していなかった。今言われて気がついた。私が自分の命を犠牲にする選択肢を簡単に選びすぎていることに。

 お母さんとお父さん、おじいさんも。元々石ころだった私のことを家族のように、大切に思ってくれてるであろう人たちが集まって、抱きしめられてる私を取り囲む。みんな、すごく悲しそうな顔をしている。



「アイリスは……あれじゃな。もう少し自分が死んでしまった後、どれほどワシらが悲しむかを考えた方が良いじゃろう」

「アイリスちゃんはもう私達の娘なんだ。何回だって言っているだろう。言いたりなかったか? 頼むから、もう二度とこんなことをしないでくれ」

「賢者の石の活用に関しては、代案をみんなで考えればいいじゃない。ね、それじゃダメなの……?」

「はい……わかりました……」



 これだけ言われて、自殺するような勇気は私にはない。こうなったら、お母さんの言う通り代案を考えた方がいい……そう考えていたらガーベラさんが私の耳元でこう囁いてきた。



「……それに、俺はもう石の力なんてなくても十分強いんだアイリス。そうだろ?」

「はい」

「もし不十分だと思うならもっと俺、頑張るから」



 そっか、私の行為ってガーベラさんの強さを信用していないことにもなるんだ。……ほんとに馬鹿なことしてたんだなぁ、私。

 


「アイリスちゃん、客観的に見た話をさせてもらっていいかな?」

「王様……! お見苦しいものをお見せしてしまいました……申し訳ございませんでした」



 王様までこちらにやってきた。取り囲んでいたみんなは少し道を開ける。王様はその年齢に比べて幼なすぎる顔で悲しそうな表情を浮かべながら語りを続ける。



「むぅ、見苦しくはないでしょ! アイリスちゃんは魔王からみんなを守りたくて自分の中かから石を取り出そうとしたんだから。褒められることじゃないのは当然だけど、かといって卑下することでもないよ」

「は、はい……」

「でね、まあちょっと考えてみて欲しいんだよアイリスちゃん。賢者の石の今までの使い方は教えたよね?」

「ええ、コハーク様から……」

「じゃあさ、今のアイリスちゃんの強さ! そう、普通なら直せない病気まで瞬時に回復させる力や並々ならぬ耐久力、そして無限に近い魔力を持ったSランク極至種のゴーレムの半魔半人と、所有者だけを回復させたり、武器をアーティファクトに変える程度のふつうの賢者の石。比べてみてどっちのが魔王と戦うのに役立つの?」

「……あっ……えっと……それは……」



 なんとも合理的な答え。私が今起こした行動すべてが否定された答え。……ちょっと考えてみればわかることだった。こんな、こんな単純なことにも気がつかないなんて。



「アイリスちゃんってさ、すっごく頭良さそうな見た目してるし、実際そうなんだろうけど……みんな言う通り、自己犠牲主義、それが悪い癖でさ……短略的になりすぎてるよ?」

「……申し訳ありません」

「だから、アイリスちゃんはアイリスちゃんのままで魔王と戦うの、頑張ってよ! これは、王様のめーれーね!」

「承知しました」



 本当に、悪い癖。ガーベラさんは私のこの癖について何か知っているようだった。知りたい、私のこの癖の原因が。機会があれば、ガーベラさんに訊いてみよう。もう二度とみんなを悲しませないためにも。




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