第149話 弱点魔法でございますか?

「……逃げるのか!?」



 私とガーベラさんは一歩前へ出て、ロモンちゃんとリンネちゃんは後ろを振り向くと同時に走り始めたの。

 ロモンちゃんはケル君を抱きかかえている。



「ええ、あの2人はやることがあるので」

「……呼ぶつもりなんだね、援軍を」

「どうだかな」



 私達はどちらか一方をグラブアが追いかけてしまわないように道を塞ぐ。

 グラブアの目線が動く。

 私を見て、ガーベラさんを見て、また私を見て。



「邪魔だよ」



 一気にガーベラさんの方に詰め寄った。盾剣を槌のように振り下ろす。すんでのところでかわしたけれど、地面にクレーターと亀裂が入る。周りの建物の壁にも被害が。

 


「はっきり言って、槍使いの君はなんの役にも立たない。俺と相性が悪すぎるんだ。潔くそこを通してよ。馬鹿みたいな高火力の魔法を放ってくるあの娘から逃げなきゃいけないんだ」

「自分で蒔いた種だろう。自業自得だ。それに俺とて友人をあんな目に合わせられて引き退るわけにもいかない」



 ゆ、友人か。もうそれでも構わないかな。

 なんて。そんなことより今はとにかく、ゴロゴ系の魔法でなんとかしなければ。



【危なくない程度にグラブアに私の魔法が当たるよう誘導してください。しかし、私の魔法に貴方は当たらないでください…できますか?】

【できるか、じゃないよ。やるんだ】



 ガーベラさんはグラブアの額を狙って槍を突く。もちろんグラブアはそれを首を曲げるだけで回避し、左手で手打ちをしようとしたの。

 盾剣を使わなかったのは、ガーベラさんが間合いを詰めて武器をふるえないようにしたから。

 同時に左手による手打ちも、私と同じように過去になにか格闘技でもやっていた経験があるのか、うまいこと片手のみで弾いたの。力では劣るのに簡単に。

 そして素早く槍を手放し、その手でグラブアの赤い髪を抑える。からの足払い。

 完全に油断していたグラブアの足は払われ…….ガーベラさんに転ばされた。



【今だ!】

【はい!】



 まさか私とほぼ同じことができるなんて思ってなかったけれど、これで準備は整った。ガーベラさんが意表をついて作ってくれたこの隙を逃してはいけない。



「リスゴロゴラムッ!」

「なぁ!?」



 もう遅い気もするけれど、周りにあまり被害が出ないように最高峰の雷撃に槍のような形状を作らせ、グラブアにまっすぐ飛んで行かせた。立ち上がろうとしていたグラブアは私がリシャイムを放った時以来の驚愕の表情を見せたる。

 __________そして被弾。



「グァガアアアアアアアアアアアアア!!?」



 響く絶叫。

 私の魔法を打ち合わせ通りにうまく回避してくれたガーベラさんの足元で、立ちかけていた姿勢を崩し、地面にのたうちまわるグラブア。

 でもこれ大丈夫かしら。殺してないわよね…?

 犯罪者として拘束したいだけで、殺したいわけじゃないんだけれど…。



【もう一発撃っても大丈夫ですかね…?】

【いや、わからない…】

 


 とりあえずもう一回だけ撃とうかしら。うん、それで死にそうだったら回復すればいいし、そうしよう。

 私は杖剣を構え、もう一度、雷最上級魔法を唱えるの。

 雷槍は再び、地面に這う強姦魔を貫くために飛んで行く。…被弾。



「ウグゥアアアアアアアアアア!!」



 絶叫した後に焦げ臭い匂いが漂った。ケル君じゃないけどこれは私にもわかる。ホタテとかアワビみたいな磯物をあぶった時に匂うあのにおいがする。

 一緒に歩いていた時は一切気がつかなかったのに。



「あが……あ…が…」



 多分弱点であろう属性の魔法を二発も喰らっておきながら、まだ身体中にひどい火傷ができた程度なのがやっぱり恐ろしい。HPもきっと0になっていないでしょう。でも無力化は十分にできたはず。

 それにしても、特定の属性がこんなに弱点になってるだなんて普通に珍しい。

 人間には普通、これといって弱点の属性がないからね。

 逆に得意な属性もない。そういうのは鎧につけるの。

 やっぱりグラブアは普通の人間から明らかに逸脱してるわね。



「後はどうすればいいんだろう」

「闇氷魔法で拘束します」



 宣言通りに闇氷魔法を唱えた。

 気絶しかけていたグラブアの身体を拘束する。私がやられたように、腹、首、手首、手足を。

 


「終わったかな?」

「……おそらく。念のために闇氷魔法もいくらか重ねがけして頑丈にしておきましたから。順当に考えてあとはロモンちゃんとリンネちゃんが兵を連れてくるだけです」



 ……そっか、やっと終わったんだ。


 怖かった……すごく怖かった…!

 この世界に来て、私が魔王になるんじゃないかって、ロモンちゃん達と離れることになるんじゃないかって、考えてた時くらいに怖かった。

 


「と、大丈夫?」

「えっ…あ、すいません」



 安心して力が抜けたのかな…。私は自分でも知らないうちに体勢を崩して倒れこみそうになっていたみたいで、ガーベラさんに身体を支えられていたの。

 大きな手とゴツゴツした鎧なのに、優しい感じがする。



「本当に助けに来ていただいてありがとうございました…」

「いや、いいよ。何か嫌な予感がしたから来てみたら、そこにアイリスちゃんが居ただけだから」



 そうね、本当に偶然。

 でも助かったことに変わりはない。この人が来てなかったら、今頃私はどうなっていたか。



「ああ…そうだ。一つ謝らなきゃいけないな」

「…なぜですか?」

「いや…その、不可抗力というか見ようとしたわけじゃないんだけど…」



 見たら申し訳ない…? ああ、私の胸の話か。

 確かに死ぬほど恥ずかしかったけど、幼体化して服は着替え直したし。それは仕方ない。うん。



「ま、まあそれは仕方ないですよ。むしろあんな雑なものをお見せしたことが申し訳なく、恥ずかしいです」

「そんなことない…よ」



 これはしまった。

 ガーベラさんにしたら肯定しても否定しても失礼に感じる答えしか出せないじゃない。



「すいません答えにくいことを言ってしまって」

「い、いやいや。そんな風に考えなくてもいいって」



 ガーベラさんは優しい。

 でもこれからは男の人に関しては気をつけなきゃいけないわね。私に対してあからさまに色目を使ってくる知り合いはいるけれど、みんな手を出すような人じゃない。

 でもこの強姦魔は違った。

 優しいだとかって判断しても、その後も気をつけなきゃいけなくなったわね。


 これ以上男の人に警戒したら、ロモンちゃんとリンネちゃんに男嫌いが進んだって言われそうだけど。

 …でも実際男嫌いが進んじゃうようなことがあったんだし何も言われないよね?

 


「…そういえば盾などが壊れてしまいましたね。弁償を…」

「あれは借り物だし、借りた本人から戦闘になったら使い潰しても良いって言われてるから大丈夫だよ」

「そうなのですか? 前に比べてとてもいい盾と槍を装備していたとものだと思ったのですが……」



 私の元に駆けつけてくるまでに何してたんだろ。

 ま、そんなことは今はどうでもいいか。

 とりあえずお礼を。



「ふふ、まあいいです。いつか御礼させて下さいね!」

「あ、ああ、うん」



 なぜか頬をぽりぽりと掻くガーベラさんの頬が、ほんのりと赤くなった気がした。また私の身体のどこかが露出してたりする? そんなわけじゃないわね。



「どうかされましたか?」

「う、ううんなんでもないよ」



 不思議ね。

 男の人の感情だなんて私にはよくわからないからもどかしい。



「じゃあとりあえず、このままグラブアを監視して__________」



 私はグラブアが横たわっている方を振り向いたの。

 一緒になってガーベラさんも。

 でもそこにあったのは何かの「皮」のようなもの1枚と、崩された闇氷で。



「……人間風情がこの俺に対して調子こいちゃってさ」



 肝心のグラブアは、それよりさらに後ろに立っていた。

 人間ではない、あきらかに普通の人間からは生えていないようなものをたくさん生やし、受けていたはずの傷もすべて癒えていて……。



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