16◇16 ヤズムート兵士長②


  ◇◇十話◇◇



「最近、城下への資材や商品の搬入が滞っています。

 その意味は分かりますよね、兄上?」


 朝の会議にて、パトリッケスがドゥイングリスに訊ねた。


 会議室には四人、三兄弟とヤズムート兵士長の姿がある。


「なんだ、オレサマの怠慢のせいだとでも言いたいのか?」


 その指摘にドゥイングリスが反発した。



 件の原因は、主に山賊の仕業だ。


 領内にはいくつかの都市の他、小さな集落が多数点在している。


 獣、魚、植物、資材、あらゆる物の採取や加工を目的としており。

 それらを都市へと流通する為、孤立しているようでいて大切な共同体だ。


 大きな集落では自衛にも力を入れられるが。

 身内だけで形成されるような、十人単位の村ではそうもいかない。


 小さな集落は、無法者たちにとって恰好の狩り場であった。


 山賊の襲撃によって壊滅してしまえば。

 そこからの供給は途絶えてしまうといった道理だ。


 治安維持部隊の長たる長兄に確認するのは。

 当然の理屈であった。



「そうは言ってない。

 打開策があれば良し、なければ考える必要があります」


「見回りは強化している。とにかく、網にかかるのを待つしかないだろう」


 対策は主に、見回りの強化のみだ。


 広い領土である。一通り巡回して帰るだけでも長い旅になってしまう。

 総監督であるドゥイングリスが中央から遠ざかる訳にもいかない。


 ドゥインの仕事は、巡回の兵士からの報告をまとめ、方針を示すことである。


 治安部隊はいくつかの班に分かれ。

 分担したルートを何日もかけて巡回。集落の無事を確認する。



「それにしても、成果があがっていない。巡回ルートを把握されているのでは?」


「バカを言うな。経路は頻繁に変更して、特定できないようにしている」


「もっと、隙間なく巡回する必要があるのでは?」


「ならば、人を増やしてくれ。現状で手一杯だ」


「それも本来、兄上の仕事でしょう。こちらこそ手が回りませんよ」


 兄達の口論が続き。人手不足ならば。と、三男ロイが申し出る。


「俺も、見回りに参加しようか?」



「……おい、どういう風の吹き回しだ?」


「いえ、それは得策とはいえません。

 たった一人増えたところで、何が変わるって話でもないでしょう」


 ロイの発言は、兄たちを驚かせた。


 自発的に外に出ると言い出したのは良い傾向だとも思ったが。

 しかし、不安材料の方が大きい。


「ロイは当面、父上に従ってください」


 このように、兄達には過保護な部分がある。



「今まではある程度、防止できていた賊の無法を。

 何故、抑え込めなくなってきているのか。


 原因は分かりませんか?」


 パトリッケスの質問に、ヤズムート兵士長が口を開く。


「見回りの部隊が監視されている可能性があるのでは?


 例えば、巡回ルートを都度変更されようと。

 部隊が去った直後の集落ならば。次の巡回までの猶予があります」


 来ることを警戒し、出た直後を狙っているのではと。

 ヤズムートは推理した。



「そう上手いこと、部隊の出立に居合わせることができるか?」


「あらかじめ、襲撃する村の近くで待機しておいて。

 部隊が立ち去るのをのんびり待ってるとか?」


 ドゥインとロイは首を捻った。


 どちらにしても。現在、巡回は機能しておらず。

 山賊にやりたい放題されているということ。


 兵士長は提案する。



「大所帯は目立ちます。

 いっそ、部隊での巡回を無くしてはどうでしょうか?」


 それは思い切った提案だ。


 今までは威圧を目的に、武装した集団として巡回してきた。

 それ自体が抑止効果を狙ってのことであったのだが。


 それゆえに集落への出入りが明白になっていた。


「巡回をチームではなく、単独で行う。それによって、賊の目を欺くのです」



「実際に遭遇したら、どうする? それでは、戦えないだろうが」


 ドゥインが問題点を指摘し、ヤズムートが答える。


「衝突は避けます。調査員は速やかに情報を収集。

 帰還しだい、適した部隊。場合によっては殲滅部隊を送り出します」


 もともと、広大な領土の数多ある集落。その全てにはとても手が回らない。


 ほとんどが事後処理となり、事前に救えることは少ない。


 荒らされた集落があれば。

 その痕跡から賊のアジトを特定することが重要だ。


 その場を救えなくとも。次を防ぐことができる。



「決定的な作戦だとは言えないけど、後手に回っている以上。

 現状維持という訳にはいかないか」


 そう言って、頷きながら。ロイは期待できる効果を確認する。


「状況の変化から得られる情報もあるだろうし。

 現在の人数で、より緻密な網を張れるという利点もあるね」


 分散することで、数は増やせる。


 遭遇した時点での制圧が出来なくなるという点が。

 ドゥイン的には不本意だ。


「気は進まねぇが、それしかねぇか……」



 大人しくしていた、パトリッケスが呟く。


「内通者――」


「はっ、なんて言った?」


「賊の行動が活発な原因として、内通者がいるとは考えられませんか?」


 不意の質問に、兄弟は答えられない。


「心当たりが?」


 ヤズムートが訊ねた。


「いいえ、検討もつきませんが。

 それならば部隊の動向を知るのは容易でしょう」


「しかし、賊が集落を襲撃して得た食い扶持。

 そこから分け前を得られるとして。


 軍を裏切るだけの旨みがあるかどうか」


 現実的とは思えない。パトリックは可能性を模索する。



「末端の兵士ならば、あるいは……」


「だとしたら、どうやって特定する?


 一人ずつ面接でもするか。内通者は名乗り出ろ! ってな」


 何もかもが面倒になったドゥイングリスが。

 ヤケクソの一言を放った。そこに。



「――呼んだ?」


 そう言って、道化師イウが姿を表した。


 一瞬。皆の脳裏を過ぎる。『コイツじゃね?』の一言。


「あれ、どうしたの皆。黙り込んじゃって?」


「……まさか、お前がスパイなんてことはないよな?」


 ドゥイングリスの指摘に、イウは不自然なほど動揺してみせた。


「す、すすす、スパイッ!? そそ、そんな訳、な、ないだろ!!」


 皆は思う。これは道化師のいつもの悪ふざけだと。


「わざとらしい芝居はやめろ! こっちは真剣なんだぞ!」



「へへへぇ、そうだねぇ……。


 あー、びっくりした。後継者問題の進展について聞きに来たら。

 冤罪にかけられそうになるんだもん……。


――ところで、スパイってなに?」


「山賊の手下だよ」


 会議の内容を容易にバラす兄を「おいコラ!」と、次男が咎める。


「ああ、それは。イウじゃないです」


「知ってるよ。ていうか、そこはフザケないのかよっ!」


 普通に胸をなでおろした道化師に、ドゥインがツッコミをいれた。



「たくっ、少しはカリンを見習って欲しいぜ。

 全世界の女性に見習って欲しいぜ、カリンカリン」


 しょうもないと、ドゥインは話を打ち切り。

 ふと、気になったことをイウに訊ねる。


「お前、そんな顔だったか?」


 素顔こそ知らないが、感じる違和感。


 その質問に、イウは得意気にポーズをとりながら答えた。



「メイクが違うからね。今日のコンセプトは薔薇――」


「次の議題ですが」


 道化師を無視して、パトリックは議題を提示する。


「――はいっ! 興味なし!」と、イウ。



「道化とは関係なく。実際に、後継者問題の解決は急務だと考えています」


 その意味をロイが捕捉する。


「将軍のことだね」


「ええ、言質は取れていませんが。このタイミングということは。

 査察か警告に来たと考えて間違いないでしょう」


 兄弟の推察に、「えっ、あっ、そうなんだー」と道化師。



「今の父さんじゃ、将軍と衝突して最悪の結果を招きかねないね」


「そういうことです」


 深刻な問題だと押し黙る面々。


 ここぞとばかりに、ドゥイングリスが立ち上がり。

 男らしく宣言する。


「オレサマの方針に変わりはねぇ!


 カリンと結婚して、正式に領主に就任するつもり、だッ!」



「誰も、父上の課題をクリアできない訳ですが。

 継承を急ぐ必要があると、考えています」


「コミュニケーションをとったり、遮断したりすんじゃねぇよ!」


 無視して話を進めようとする弟を、長兄は怒鳴りつけ。

 道化師もその抗議を援護する。


「そうだー。バカの話にも耳を傾けろー」


 ドゥインはイウに確認する。


「そのバカは、オマエのことだよな……?」



「ですので、最善の策として。

 兄上は候補を辞退し、僕に権利を譲ってください」


 パトリックは平静なトーンで、そう言い放った。

――黙って俺に従え、と。


 しかし、そうはいかない。


「なりふり構わなすぎだろ!? それで、誰が納得するんだよ!」


「兄上以外、満場一致じゃないかな?」


 長男、次男が激しく言い争うのを、他は見守るしかない。



「正々堂々、花嫁探しで勝負しろ。図書館の根暗女はどうしたんだよ」


「彼女は根暗なんかじゃない! すばらしい女性です!

 ただ、平民の娘なんです。結婚による恩恵が少ないんですよ……」


「そうか! なら諦めろっ!」


「なんだその態度は! おまえのゴリラ女も平民だろ!」


「誰がゴリラだ! 絞め殺すぞ!」



 収集がつかなくなってきたところで、ヤズムート兵士長が仲裁に入る。


「無益な争いは止めましょう。交渉は決裂したのです」


 パトリックは「くっ!」と呻いて、席に着く。

 これ以上の言い争いが時間の無駄であるのは確かだ。



「それに。御二方の間で決定するのは不適切かと、私は存じます」


「どういうこと?」


 他人事のように傍観していたロイが、呑気に訊ねた。


 一同、ヤズムート兵士長の言葉に注視する。


「なぜならば、御二方同様。ロイ様も女性との関係を進展させている最中なのですから」





  ◇11話、カリン③

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