第十話 命を懸けて


 爆心地から数キロ離れた場所で、仮面を付けたジンは無事爆発が成功した事に安堵していた。


 ロッコの傷を治療したあのジンである。


 仮面のジンは野良たちの中でも一際華奢な体型で、戦闘に対する自信の不足から雑務を率先してこなしてきた。


 今回も爆薬の調整や仕掛けに参加し、その成功を見届けた所だ。


 大量の爆薬を箱の中で爆発させ、規模自体は大きく無かったが、爆発音と衝撃は激しく、その余波で周囲に甚大な被害を及ぼせたはずだ。


 爆音で心身に異常を来す事と、敵が集まって来るであろう事を憂慮。

 起爆までの猶予を作って現場を離れたが、うまく作動してくれた。


 最悪、合図が無いなら無いで、人鬼達は各々に作戦を決行しただろう。

 けれど、最後の大舞台を盛大に開始させられて良かったと考えていた。


 大事な役割だった為、準備は仮面を含む五人のジンで行ったが、時限装置を仕掛け次第野良長の指示通りに各自分散していた。



 此処からは一人だ。


 元来、仮面のジンは好戦的な性格ではない。


 戦闘のセンスが無いのだから、苦手な事を好きになるのは難しい。

 その上、弱さは死に直結するのだから、戦闘は恐怖の対象でしかなかった。


 仮面のジンは体格に合わせて選択したショートソードの柄に手をかける。切れ味を追求した片刃の直刀だ。


 野良長の作品は素晴らしく、機能的でいて誰の作よりも頑丈だ。

 手に握るだけで誇らしい気分にさせてくれる。


 深呼吸を一つ、恐怖を押さえ込み、神経を研ぎ澄まさせた。


 最後は独りだ――。


 任務の時には、ジキをパートナーにあてがわれる事が多かった。

 名付きの野良は任務の達成度を上げる。それを付けられると言うことは、実力を危険視されているという事だった。


 最強戦士がわざわざ同伴してくれていた自分は、信頼されていなかったという事だろう。


 昨日までは保護者同伴だったという訳だ。


 ジキは口数が極端に少なく、そのくせ強さは味方ながらに戦慄を覚えずにはいられない程だった。

 とても軽口など叩けなかったが、適切にフォローをしてくれたし、何より料理の腕を褒めてくれた。


 そう、料理の腕を褒められた。


 一度だ。しかし、後にも先にも褒めてくれたのは彼一人。


 人生で、そのたった一度だけなのだ。


 それが仮面のジンにとっての人生のピーク。

 今日、戦って死ぬとして、十分な拠り所だ



 仮面は路地裏を駆ける。


 屈強なオークを複数同時に相手するのは無謀。目的は各個撃破だ。


 今日の目標はただ一つ、自己ベスト。


 今まで一度の任務で四体を討伐したのが最高記録。

 だから、今日は最低でも五体を倒す。


 百万頭の内たったの五頭など、同年代のイツツキや、ましてやジキと比較したら足しにもならないだろう。


 しかし、それが仮面のジンの十年の修行の限界だった。


 皆伝を与えられると言うことは特別だ。努力次第で誰でも可能という訳では無い。


 最年少のイツツキが与えられたというのに、戦いに全てを捧げてきたその他のジン達には与えられていない。

 そのように、突き抜けた才能を持っていなければ辿り着けない境地だった。


 イチキも、ジキも、ミキも、ヨキも、イツツキも特別だ。

 彼等なら、大陸の何処で戦っても名を馳せるだろう。



 時折、街道や建物の中を伺いながら、仮面のジンは慎重に進む。


 爆発により誘き出されたオーク達で路上は溢れ、孤立した敵を発見するのは容易くはなかった。

 しかし、都合よく前方にオークを一頭発見できた。


 路地裏の長い一本道。

 仮面のジンはオークに向かい直進する。仲間を呼ばれる前に仕留めなくては。


 オークは、直線的に接近してくるジンに気が付く。

 無音とまでは言えなかったが、仮面の走行はすぐ近くまで接近を許すくらいに静かだ。


 殺意を剥き出しのそれを、オークはすぐに敵だと認識。掴みかかろうと無造作に手を伸ばした。


 仮面のジンは突き出されたオークの右腕から、空の左手でもって中指を取る。

 自分の手首程もある指は掴んで折ることも叶わないほどに強靭だが、オークが次の行動に出るより速く、右手の直刀でオークの手首を下から跳ねた。


 刃は丸太のような腕を下から上へと通過する。

 鮮血飛び散り、オークが痛みに悲鳴を上げた。


 トドメまでに数撃を要する手順は回りくどいが、オークの懐は深く、リーチに乏しい仮面では刃が届かない。

 加えて、非力な力でただ切り付けたのでは、分厚い皮膚の表面を撫でて終わる目算が高く、わざわざ左手で上から固定し、下から刃を入れる必要があったのだ。


 それでも切断叶わず、刃は手首を落とすに到らなかった。


 それで十分。


 利き腕の無力化に成功したジンは、構わす懐に潜り込む。

 直刀を逆手に構え水平にオークの脇腹に打ち込むと、反対の掌底で柄頭を打って刃を深く突き入れた。


 鋭い切っ先は強い抵抗を受けながらも、深く突き刺さり臓腑を破壊していく。


 暇は無い。刃を完全に突き入れず、持ち手を変え、もう片手でオークの身体を押して刃を引き抜く。

 そしそ、バク転の勢いを利用して後方へと距離を取った。


 二秒止まれば死ぬこともある。

 苦し紛れに振られたオークの肘は、貧弱なジンの頸椎を破壊するだけの威力を秘めているのだ。


 深手を負って蹲るオーク。仮面のジンは駆け寄るとその首筋にトドメを打ち込んだ。


 今度は距離を取る必要は無い。感触から即死が確認できた。


 初めの頃は手応えを感知できず、無駄に追撃を入れたものだが、手慣れているという事だ。


 一頭目の撃破を手際良く出来たが、同時に攻撃の角度を少しでもミスれば手首を痛め、以降に効率が落ちる事を痺れた腕に実感した。


 人間の体格で捌くには、オークの重量は重すぎる。



「おい! いたぞ!」


 息付く暇も無く、前方に武装したオークが出現する。

 仲間の悲鳴に駆け付けたのだ。


 爆発につられて集まって来た、軍隊の一部だろうか。


 行けるか? そう自分に問いかけ、瞬時に断念すると踵を返す。

 後続が確認できない以上、無謀は避けるべきと判断した。


 路地裏に入り込んでしまった為、逃走経路が直線にしか無い。

 屋根に乗り上げるには適当な足場が無かった。


 イツツキみたいに壁を駆け上がる能力は無い。



「――!?」

 前方の突き当たりにオークが出撃する。


 先程の個体と似た装備だ。

 仮面のジンは、まんまと挟み撃ちに掛かった事を自覚する。


 一瞬戸惑うが、後続が迫っている。足を止めるのは愚策だ、直進を選ぶ他には無い。


 正面の敵は先程始末した個体と違い、迎撃体制が整っている。

 片手にはロングソード。

 それだけならなんて事は無いが、もう片方にバックラーを携えていて、掻い潜った先に刃を突き入れる難易度を上げていた。


 それは解っているが、背後に迫る敵が焦らせる。

 やはり、前を突破する他に無い。



 オークが剣を振りかぶる。お得意の腕力に任せた雑な一撃だ。

 それを回避することは容易い。

 仮面のジンは敵が攻撃を振り下ろす直前、半歩右に体を躱す。


 直前にいた空間をオークの剣が通過し、ジンは間合いを詰めることに成功。

 直刀をオークのツギハギだらけのアーマーの隙間に差し込む。

 だが、刃はオークの表皮を滑って軽傷を与えるに止まる。


 舌打ち。

 焦りで手元が狂い、突き立てるのにほんの少しだけ角度が足りなかった。


 正面に巨体、左右に壁、背後には数歩の位置に敵が迫る。

 二撃目を入れる間に正面の敵に捕まるか、背後からの一撃を食うか――。


 仮面のジンは、オークの下顎から突き出した巨大な牙に手をかけその肩へと駆け上がった。

 それを乗り越えれば、狭い通路で巨体を詰まらせたオークを撒ける筈だ。


 ジンはオークの背を滑り降り、駆け出す。


 そのつもりが、蹴り出そうとした足首に強い圧力が掛かる。

 足場にしたオークに捕まったのだ。


 仮面のジンはバランスを崩し、後方へと引き摺り倒される。


「――はぐッ!!」

 衝撃に呻く間も無く、その小さな身体が宙に浮く。


 オークは掴んだ足首をそのままに、棒でも振るかのようにジンを振りかぶった。


 ジンはとっさに頭を庇う。

 オークはそのままジンを地面に叩き付けた。


 頭を護っていた為に辛うじて意識を繋いでいたが、遠心力と地面への衝突で股関節は脱臼し、膝は折れ、筋は断裂していた。


 オークは立て続けに脚を引き摺り上げようとしたが、既に粉砕された脚は胴体を支える強度がなく、ぐねぐねと力なくぶら下がった。


 仮面のジンは既に観念していた。


 武器はまだ懐に取って置きを忍ばせているが、激痛に手足が麻痺してしまって扱える状況では無い。

 何より意識が既に絶え絶えだ。


 死ぬのは構わない。こんな弱い自分は死んで然るべきだ。

 仮面のジンはそう考えていた。ただ、どうしようもなく情けなかった。


 たった一匹。五匹倒すと決めたのに、いざ蓋を開けたらこのザマか。

 五匹倒した所で何もならない。誰も救えはしないと言うのに、それでも強い後悔が溢れて出る。


 あの世で皆に合わす顔が無い。


 剣を突き立てられ薄れいく意識の中で、小さなジンは願う。

 どうか、死後の世界にも仮面がある事を。





  第十一話、『退路』に続く。

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