五場 主役の尊厳


 メジェフに対抗して騎士団長もサーベルを構えた。

 威風堂々といった貫禄がある。


 広い室内であっても円卓が占めるスペースの一角。

 間合いの概念はわからないけれど、双方が剣を構えればそれはすでに決闘の距離感だと感じられる。


 残る敵はハーデン・ヴェイルただ一人。

 イリーナは意気揚々と言い放つ。


「形勢逆転だな!」



「馬鹿げている。老人に重症人や女を含めて数の優位を語るとは」


 挑発は通じない。ハーデンは相変わらず涼しい表情を崩さない。


「お前なぞ、わし一人で……ヒィ……十ぶっ! ゴホッガハッ」


 敵を颯爽と二人撃破したメジェフ。

 その息は上がり、サーベルの重さに剣先は下がっていた。


「あっ! これ、ダメなやつだ!」


 イリーナが悲鳴を上げた。


 外せば反撃必至の先手を、全身全霊を込めることで二度成功させた。

 しかし、メジェフはその老齢ゆえにあっという間にスタミナを切らしてしまったのだ。


 メジェフは咳込んで下を向く。


「ゲホオッアッ! ゴホッ、ガハッ!」



 間隙を縫ってハーデンが襲い掛かった。


 強烈な一撃はメジェフをよろけさせ、二撃目を受けたメジェフはその場にへたり込む。


「如何ともし難い体力の差だ、老体!」


 ハーデンがトドメの一撃を突き出した。


 それはほんの一瞬の攻防で、展開の速さに私はついていけない。


 辛うじて、イリーナが割って入る。

 グラディウスでハーデンのサーベルを弾いた。


 ハーデンは弾き上げられたサーベルを強引に軌道修正。

 イリーナへと叩きつける。


 間一髪、ランタンシールドでそれをガード。

 その一撃でガントレットは粉砕され、吹き飛んだシールドが床を跳ねた。


「くっそ!! 左腕が死んだッ!!?」


 イリーナが叫んだ。

 発声に意識を割くことで痛みの緩和を図ったのだろう。


 その感覚を私も地下迷宮で学んでいた。



 イリーナの叫び声が大音量だったことに驚いて、ハーデンは攻撃の手を止めていた。


 鼓膜へのダメージに顔を歪め、忌々しげに頭を振っている。



 イリーナの左手は腕部の骨折からか握ることが出来ず。

 メジェフは立ち上がることすらままならない。


「すまん……。あとは、ゴホッ、頼む……」


「頼りになるのかと思わせて、一番ヤバイ奴を怒らせての退場だーっ!?」


 イリーナはおどけ気味にメジェフの脱落を咎めた。



 気が付けば、イリーナとハーデンとの一騎打ちの構図。


 ハーデンは余裕の態度を崩さない。

 一方、イリーナの顔色は悪い。


 盾を失いぶら下がった左手。

 こうなってはせっかくのグラディウスも、頑丈なだけの短剣だ。


 体格の不利に加えて、圧倒的なリーチの不利が見て取れる。


「さあ、勇者イリーナ。舞台は整ったといったところだ」


「なんて魅力的な展開。勝利が不可能ということに目をつぶれば……」



 緊張による静寂。外から微かな喧騒が聴こえてくる。

 この部屋から漏れる騒音に何者かが気づいたのかも知れない。


 王宮内にはもはや味方と確信できる人物はおらず。

 駆けつけてくるとしたら、それはハーデンの配下である可能性が高い。


 対峙する二人も、それを意識しているはずだ。



 唐突に、イリーナが剣を足下に放り投げた。


「何のマネかな?」


 勝負の放棄としかとれないそれに、ハーデンが疑問を投げかける。


 イリーナは質問を無視して、話し始める。


「あんたの情報を僕に与えたのは、マウ王国のアーロック第三王子だ」


 この期に及んで交渉かと、ハーデンは嘲笑する。

 付き合う義理は無い。同時に、それはとても興味を引く内容だった。


「マウの王子とキミになんの関係があるのかね?」


 その質問には答えず、イリーナはマイペースに話を続ける。



「騎士団長の謀反をティアンに知らせなければと僕は思った。

 でも、オーヴィルは重傷を負っていて休養が必要だ。


 僕が一人で情報を持ち帰った所で、ハーデン派とやり合う戦力がティアン派には足りない」


 順序だてての説明は、その意図が伝わっていなくても私たちを話へと引き込んだ。


「それで、僕はヴィレオン将軍を頼ることにしたんだ」


 意図を理解したとばかりに、ハーデンが口を挟む。


「なるほど、援軍を示唆して交渉の材料にしたいのだな。

 しかし残念だが、アシュハへの書簡すら届かないものが、数倍もの距離を越えてデルカトラの国境付近まで届くと思うかね。


 当然、私の手の者が検閲して処分しているよ」


 スマフラウからアシュハに入った時点で、それは入れ替えられている。

 ヴィレオン将軍には伝わらない。


 援軍が来るはずもない。


 対してのイリーナの返答は予想を裏切るものだった。



「手紙は書いてないよ。直接会って来たんだ」


 その言葉に、一同はイリーナを刮目する。


「スマフラウは飛竜の産地だろ。デルカトラの戦争介入を阻止する為だって言ったら、アーロック王子は快く空の旅をプレゼントしてくれたよ」


 この時、初めてハーデン団長が喉を鳴らす音を聞いた。



「スマフラウはマウ王国に吸収されたのか?」


 そうでもなければ、スマフラウの貴重な飛竜を自由に出来る道理がない。

 そして、スマフラウが陥落したという情報を私たちは初めて知ったのだ。


「その方が都合が良いからね。マウ側には口裏を合わせて、発表を控えてもらってたんだ」


 イリーナは指で空中に弧を描く。


「経過を報告する為、僕は一度スマフラウにとんぼ返り。

 飛竜を返却してオーヴィルと合流。アシュハへと出発した」



「……なんの騒ぎだ?」


 ハーデンが天を仰いで聞き耳を立てる。

 先程も僅かに感じた喧騒が近づいている。


 イリーナは無視して話を続ける。


「そして、今日。ここで合流することになっている。


――さあ、主役の登場です!」


 そう言ってイリーナが扉を開くと、そこにはヴィレオン率いる部隊が押し掛けていた。



「絶妙なタイミングだな」


 招き入れられたヴィレオンがイリーナと視線を交わす。


「舞台袖の介錯には慣れてるんだ。ついでに念入りに前説をしておいてやった」



 十人からの兵士が出口を塞ぐ。その中には上級騎士ニケの姿もあった。

 唖然とするハーデンを無視して、ヴィレオンが私の前に跪いた。


 私は安堵し、「おかえりなさい」と声を掛けた。

 ヴィレオンは私の有様に悲痛の表情を浮かべる。


「……もう何も心配はいりません。


 陛下をすぐに休める所へ。治癒術師を此処に!」


 私の身を案じ、兵士に指示を出す彼を私は引き止める。


「待って、ヴィレオン。結末を見届けたいの」


 ヴィレオンは「解りました」と言って、私の願いを聞き入れた。



「久しいなハーデン。お前が遠征ばかりを命じるせいで、危うく会議室の場所を忘れてしまう所だ」


 迫るヴィレオンにハーデンは後ずさりをする。

 もはや余裕は完全に失われていた。


「ヴィレオン……」


「騎士団長には謝罪をしなければならないな。デルカトラ境の警備は放棄して来てしまった」


 冗談めかした言い回しだけれど、語気には怒りが込められている。


「待て、ヴィレオン将軍。このままではアシュハはマウに敗れる。デルカトラとの協調を……」


 ハーデンの苦し紛れの説得を、ヴィレオンは突っ撥ねる。


「それは物理的に不可能だ」


 ハーデンは理解出来ずに、「……なんだと?」と聞き返す。



「アシュハとデルカトラの間には今頃、新興国が誕生しているからな。

 出発を急いでいて、まだ名前も聞いていないが。


 お前がアシュハの全権を握っていようと。デルカトラの軍隊に他国を跨がせることは出来ない」


 ヴィレオンが何を言っているのか。

 私が理解するより早く、ハーデンが問い質した。


「国土の一部を何者かに譲渡したと言うのか!?」


 つまり、デルカトラに面したアシュハの領土を手放したのだ。

 そして、譲り受けた人物が新たな国として統治する。


 そこが外国である以上、アシュハの権限は通じず。

 軍隊を通すとなれば戦争が勃発する。


 イリーナが注釈を入れる。


「実質、アシュハを二分割しただけの同盟国だから、デルカトラと戦うのもアシュハ軍なんだけどね。


 騎士団長を追い詰める時、デルカトラの軍が邪魔を出来ないようにとか。

 アシュハを完全に奪われた時、ティアンをそっちに逃がせるようにだとか。色々考えて準備したんだよ」


 帰還が遅れただなんてとんでもない。


 私たちの知らない所で、イリーナとヴィレオンは新興国の設立を根回ししていた。

 そして今日、ここでハーデンに引導を渡す手筈も完了させていた。


 それら全てを含めて、イリーナは『勝算がある』と言っていたのだ。



 ヴィレオンがハーデンを追い詰めていく。


「幸い東は平和だ。首都や西部の最前線に比べて備えも潤沢。我々が外れても問題ないだろう。

 これも配属先をチンコミルと交代してくれた騎士団長閣下の采配のおかげだ」


 勝敗は決したのだ。

 あとはハーデンをどのように遇するのか。


 私はいつかのような失敗。

 つまり黒騎士が魔法を使って悪あがきをしないよう。

 注意深くハーデンを観察した。



「分かった、大人しく投降する」


 そう前置きをして、ハーデンは交渉を持ちかけた。


「死罪を免れないのは承知の上だが。よく考えて欲しい。


 アシュハの機能の殆どが現在、私の管轄下にあり、再編成には多大な労力を要するだろう。


 デルカトラの機密を幾つも把握している。外交をアシュハの有利に進めることか出来る。


 指揮官不足の現状。激化するマウ王国との戦争にも私の能力が有用であることは疑いようもない。


 私の死は損失だ。生かし、活用することでアシュハに大きく貢献。利益をもたらすと断言する」


 それはまったくの正論だ。

 国家の未来の為に、彼は優先度の高い人材に違いなかった。


 そして、アシュハになりふりを構っている余裕は無い。


 皆の意識は自然とヴィレオン将軍に集中していた。

 君主である私の決定などではなく、私を含めて皆がヴィレオンの采配に委ねていた。


 これがカリスマ性なのだろう。



「さすがは団長殿。合理的で関心に値する申し出だ。

 しかし、損得が目的ならば俺はここに来てはいまいよ」


 私の横でそれを見ていたイリーナが「あっ、待って!」と、一歩を踏み出した時には遅い。


「人間はな、感情で動くのだ!」


 次の瞬間にはハーデンの頭部は胴体から離れ、地面に転がっていた。



「ちょっ、おっさん! 聴き出したいことが色々とあったのに!」


 イリーナが近寄って咎めると、ヴィレオンは反論する。


「出迎えのニケ上級騎士から聴いた。捕縛した黒騎士に一度まんまと逃げられたらしいじゃないか」


 確かにそうだ。

 打算で生かした結果、こちらの首を絞めないとは限らない。


 情報を聞き出せたからと言って。

 もはやハーデンの発言の真偽など信頼に値しないのだから。



 ヴィレオンは部下にさせず直々にメジェフを助け起こす。


「先生、ご無事ですか?」


「何度目だ。手柄を全てお前が吸い上げるせいで、奴らに随分と馬鹿にされたぞ」


 どうやら二人は近しい間柄。

 おそらくメジェフの従者を経て、彼は騎士になったのだろう。


 ヴィレオンの師であるならば、一瞬の剣の冴えにも納得だ。


「言ってやれば良かったのです。この俺を育てたのは自分だと」


「そんな醜態が晒せるものか……」


 当時最も活躍したとされるヴィレオンの部隊。

 同行し、多くの戦場を制して生き残った彼らが有能で無かった筈は無い。


 逸材を育成してしまった不幸。

 それは自らが、その影に隠れてしまう事だったのだろう。



 何にしても、首謀者の討伐によって暗殺計画は阻止された。


 事件は非常に凄惨なものであり、私は信頼を寄せた側近達を失い。

 国家の中枢を担う騎士団からも、騎士団長を含め、その半数が粛清された。


 復興も停滞するさ中、仲間割れによって多くの人材が失われたのだ。


 騎士団は新たにヴィレオンを団長に据え、新体制の構築を開始した。



 私はしばしの休息を与えられ。


 十九箇所の骨折や、その他、九十箇所に及ぶ怪我は、治癒術師によって綺麗に完治した。


 そして、翌日。

 私は最大の試練に見舞われ、最後の決断を迫られる事になる。


 



  『鳥籠と将軍』▶︎

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