三幕

一場 封印解除


 大聖堂跡地へと送迎されると、先に到着していた調査部隊と合流する。

 馬車の窓から外を覗くと、私たちの到着に合わせて待機している人物が見えた。



 ダーレッド・ヴェイル騎士隊長だ。



 背後でサンディが舌打ちをする。


「サンディ、はしたないですよ……」


「騎士団長が遺跡発掘の任務に乗り気だった理由が透けて見えます。

 御子息に活躍の機会を与えて、彼の有能さをティアン様に見せつける為ですね」


 つまり、私に対する点数稼ぎの機会を画策したのだと彼女は言う。


「そういうものでしょうか?」


「ええ、任務を装った婚前旅行のつもりなんですよ」


「面白いことを考えますね!」


 それは嫌味などではなく、サンディの飛躍した解釈に対する素直な驚き。


 私は疑問に思う。


「婚前旅行にしては地下遺跡は殺風景ではないですか?」


 想像出来るのは見渡す限りの土壁と低い天井。


「不安な気持ちになった所に寄り添って、頼りになると錯覚させる作戦なんですよ」



「なるほど……」


 恋の駆け引きというやつか。


 しかし、フォメルスに反旗を翻し打ち倒した時や、百万のリビングデッドを従えた時。


 私がイリーナに感じたのと同じような感情を、はたしてダーレッド騎士長に抱く気がまったくしないのだ。


 ちょっとやそっと頼りになったからといって、比較になるはずもない。



 腑に落ちないなぁ、といった私に。

 サンディは「ふふふっ」と笑いかける。


「しかし、その目論見は脆くも崩れ去るでしょう」


「何故です?」


「あの男よりも、私の方が頼りになるからです」


 筋骨隆々の騎士長を尻目に、ちびっ子のサンディは言い放った。



「おお、陛下! これはまた」


 下車する私を待ち構えていたダーレッド騎士長が、勢いよく出迎えようとして言葉を詰まらせた。


 挨拶とともに讃美することが彼の通例となりつつあったが。

 サンディ同様、ドレスとは勝手の違う作業着姿に戸惑っている様だ。


「似合いませんか?」


 サンディに言われて、もはやそれは自覚している。



「いいえ! 非常に新鮮な心地です。陛下が纏えばそれすらも愛らしい!」


 しかし、ダーレッド騎士長は悪あがきし、そして苦しげに謳いあげた。


「そうだ、愛らしい! チグハグ感が拙くて愛らしいですとも!」


 三度、苦肉の『愛らしい』を繰り返したが、それ以外は悪口だった。


「褒める気がないなら触らないでくださいます?」



「そ、それではご案内いたします!」


 むくれた私をエスコートして、ダーレッドは私を目的地へと誘導し始めた。



 大聖堂跡。地下遺跡の入口に到着。


 そこには騎士団に選出を頼んだ調査部隊と、大聖堂跡の作業員たちの三十名からが集まっていた。


 遺跡へと踏み入るのは、そこから予備の人員や見張り役を除いた人員となる。


 適当な人数の判断がつかないため、デーモンを封印した十二人の聖騎士にあやかってか。

 ダーレッドは自らを含む十二人の部下を招集していた。


 いずれも劣らぬ強者たちだと聞かされている。


 加えて有志で探検家のイバンと、私の世話役としてサンディを加えた15名が探索チームだ。



「ニケは編成されていないのですね?」


 十二人のなかに見知った顔がないので訊ねた。


「連帯の部分であの者には難点がありますからね。反抗的でもありますし」


 確かに、折り合いの悪い相手を少人数の作戦に組み込まないのは当然か。


 彼女がいてくれたら嬉しかった。というのは、個人的な話だ。



「私の近辺にいれば、黒騎士の標的になるかもしれません。警戒してください」


 礼拝堂の一件から、黒騎士がどこで仕事を完遂と判断するのかは不明だ。


 繰り返しの襲撃を警戒しなくては。


 私がそう促すと、しかしダーレッドは自信ありげに胸を叩いた。


「なぁに、敵ではありませんとも!」


 それだけ自分の腕に、あるいは調査部隊の精鋭に信頼がおけるということなのだろう。



「先行して、封印されている扉までを確認しておきました。そこまではただ長いだけの階段です」


 ダーレッドから報告を受ける。

 到着前に調査を始めていたのは流石だ。


 それより先に進むには、イバンの言う通り古代語の解読が不可欠らしい。


 その先は未知の領域だ。


 今日は下見だけをして、改めて探索の準備をするという判断もありえる。



「どれくらいですか?」


 私は封印までの距離を訊ねた。


「うんざりするほどに。ただし、スペースがあるので歩行自体は快適だそうです」


 どうやらダーレッド自身は初見の様子。

 部下に下見をさせて、自らは私の出迎えに待機していたのだろう。


「では、参りましょうか?」


 ダーレッドの確認に気分が逸る。


 危険があればすでに報告がされているであろうし、すぐにでも問題の場所に出向きたい。



 しかし、イバンの姿が見当たらなかった。


 聴取の件で私たちの到着は遅れていたのだから、イバンはすでに到着していなくてはおかしい。


 現地の作業員たちに確認しても、彼を見たという者はいない。

 どうしたのだろう。先日はあんなにも楽しみにしていたというのに。



「待ち続ける訳にも行きませんね……」


 時間が惜しいと、私はイバンに伝言を残して先行することにした。


『』



 騎士達の先導に従って、私たちは広くそして延々と続く階段を降り始めた。


 降る。降る。


 王宮にある貯蔵庫のように、長い筒に沿った階段が続いているのだけれど。

 とにかく深い。螺旋状の階段が大聖堂の真下へとひたすらに続いている。


 持ち込んだ灯りは足元を十分に照らしているけれど。

 螺旋階段という構造上、数メートル先に何があるか目視できない。


 それは不安を掻き立てる。


 進行方向から何か怪物でも現れたら、そんな想像をしてしまう。


 快適というには傾斜が急だと感じたし、何よりぐるぐると回っているうちに何かの呪いにでもかかってしまいそう。


『……せ』


 幻聴か、耳鳴りのようなものが聞こえた気がした。



「お疲れですか?」


 表情から血の気でも引いていただろうか、ダーレッド騎士長が気遣ってくれる。

 振り返った時に金属の鎧がガチャガチャと音をたてた。


「先までは下見が済んでおります。安心してください」


 騎士達は一様に胸鎧にロングソードという装備で。

 加えて兜や、利き腕の逆にガントレットを装着するなどは好き好きみたいだ。


 余程の敵が現れても、彼らが対応してくれるだろう。



「お気をつけください」


 ダーレッド騎士長を遮ってサンディが私の手を取った。


「ありがとうございます。平気です」


 階段を下るくらいで怖がっている場合ではない。

 私はサンディにエスコートされながら進む。



「地下には悪いものが溜まります。そういうのに敏感な人もいますからね」


 サンディは以前もそんなことを言っていた。


「悪いもの、とは具体的にどういったものですの?」


「そうですね……。負の感情エネルギーを吸って凶暴化した精霊だとか、そういう場所に心地良さを感じる妖精だとか」


 私はサンディの手を握り、身を寄せる。


 イリーナやニケと比べたら私に近い体格の彼女だけれど。

 しっかりとした体幹で寄りかかっても揺るがないところが頼もしい。



「力強いですね。そんなに薄い身体なのに」


 私が褒めるとサンディがつんのめった。


「どうかしましたか?」


「薄い身体って言わないでくだ――」


 彼女がばつの悪そうな態度になると、騎士達が一斉に笑いだした。


「笑うなぁぁぁ!!」


 私は賞賛を浴びせたつもりなのに。

 何故かサンディがみんなの笑い者に。


「えっ、あっ、私の表現が間違っていたのかしら?」


「いえ、むしろ的確すぎたゆえの辱めに――笑うなぁぁぁ!!」


 肉体の厚みが無いという表現だった。

 薄い、平たい、いや、細身だと言えば賞賛らしかったのかも。


 可愛らしい女性だと言いたかったのだけれど、何をみんなは笑うのだろう。


 そこで思い至る。


「あっ!」

「黙って! ティアン様!」


 胸が! との気付きを口に出すより速く、サンディが私を黙らせた。


 それは一層、騎士達を大笑いさせるのだった。



「流線型……」とでも言えば、格好良かっただろうか。


「はい、黙って!」


 騎士達がくすくすと笑うと、サンディは顔面を紅潮させてしまう。


「もう……。そういう処ですからね?」


「ごめんなさい……」


 何故だろう。やはり大きい方が良いという共通認識なのだろうか。

 その辺をどう解釈したものかは悩む。


 ただ、私の無知で彼女に恥をかかせてしまったのは確かなようだ。


「ごめんなさい、サンディ」


「もういいです。忘れてください。話題を引きずらないで……」


 サンディは不貞腐れてしまったけれど、全体の雰囲気は和んでいた。



『…………えせ』


「?」


 再び、誰かに呼び止められた気がして振り返った。

 私と目が合った部隊員が首をかしげる。


「どうかしましたか?」


「いいえ……」


 そうは言ったが、幻聴らしきものは階段に踏み入ってから時々聞こえていた。

 その正体が判らずに、ただ聞き流すしかない。


 不気味なことに、それは私にしか聴こえていない様子なのだ。


 そして一度聞こえたかと思うと、しばらくは聞こえなくなってしまう。

 対処のしようもなく、私達は階段を降り続けた。



 延々と降る。降る。


 そして遂に突き当りへとたどり着くと、一息ついた。


 どれくらい経っただろう。

 ここが地上からどれほど深いかは既に想像もつかない。


「先遣隊の方はこの距離を往復されたのですね。ご苦労様です」


 私は彼らを労うと、正面と向き合った。



 そこには二メートル四方程度の鉄板が進行を妨げている。

 扉というよりは巨大な文字盤。


 表面にはびっしりと文字がしるされていた。


 扉はそれ自体が開かない訳ではなく、それを結界が覆うことで接触自体を妨げている様子だ。


 イバンも一度ここまで来て引き返したという。

 無念だったことだろう。



 私は扉に刻まれた文字を確認する。


「母国語と、古代神聖文字が記されていますね」


 母国語は警告文。古代文字は魔術の起動呪文だ。


 私でも解読可能な内容で安堵したが、文章が断片的すぎて情報としては意味不明な部分が多い。


 これだけの文字列の解読から得られるのは扉の解錠だけである。

 それ以外の方法で扉の開閉、破壊などを防ぐことも封印に組み込まれているが故、長文化しているようだ。


 実際、経年劣化がほとんど見られない。


 そう読み取り、感動のあまり吹聴しそうになる。

 しかし、教会が定期的に入れ替えをしていた等の可能性もあるので黙っていた。


『魔法の力で三百年も綺麗なままですよ!』などと言った直後に。

『最近交換したんですよ』などと言われたら目も当てられない。


 私は解読した暗号を読み上げる。


 すると結界は消滅し、扉が自動的に開いた。


 これが私の術ではなく、古代語を残した術師の仕掛け魔術なのだとしても。

 狙い通りに魔術が機能したことに少なからず感動を覚えた。



「行きましょう」


 私は騎士達に進行を促す。

 彼らが扉を通過して行くのに追従し、一歩を踏み出した。


『』


 その時、また声が聴こえた気がした。


 微かなそれを聞き取れた自信は無い。

 幻聴や耳鳴りの類だと言われたら納得だってするだろう。


 それでも微かな音と状況から言葉を推理するならば。

 声の主はこう言っているのだ。


『ひきかえせ』と。





 『地下に蠢くもの』▶︎

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