四場 第三陣、第三騎竜部隊投入


『なるほど、小分けにして部隊を投入しているわけだな。小賢しい、まったくの無意味』


第一陣で決めるのが最善、失敗しても注意を引いているあいだに透明化した第二陣が逆鱗を破壊する。


聖竜スマフラウはこちらの作戦を看破し嘲笑した。


兵士たちは飛竜にふりおとされて墜落死または空中で引き裂かれ、生き延びた者は高さ千メートルもある壁に閉じ込められてなぶり殺される。


このあと五陣までのこり三度の戦力投入がされる、それは飛竜の裏切りによって単なる繰り返しへと成り果てた。


──渓谷に入ればおしまいだ。


飛竜の支配権をうばわれ谷底に落とされる。


後続の部隊にそれを伝えようにも俺たちにその手段はない。


逃げ場はなく俺たちはふたたび飛竜たちと死に物狂いで戦った。


「……くっ」


手首への衝撃が痛みをともなう。


倒すことはできるが肉体の耐久度には限界がある。


外殻への攻撃は鉄壁に腕を叩き付けているようなものだ、これ以上やれば自らの腕力で上腕を破壊することになるだろう。


頑丈な飛竜をしとめる威力の斬撃だ、打ち込む角度をわずかでもたがえば手首が捻挫する。


そうならない細心の注意をはらった絶好の一撃は上腕の骨に疲労を蓄積させていた。


第二陣によって持ち込まれた飛竜を全滅させたとき第四部隊は全滅していた。


積極的に標的にされていたら終わっている、俺が生き残れたのはマウ兵たちがオトリになっていたからだ。


俺は飛竜の攻撃に倒れたドラグノを助け起こす。


「おい、しっかりしろっ!」


若い兵士はグッタリと脱力しもはや自力で立つ余力もない。


かつぎ起こそうとしても、すぐに膝からくずれて地面にへたり込んでしまう。


「もう駄目だ……出血が、こんなに……」


深刻なダメージから苦痛にうめく、それが致命傷であることは否めない。


ドラグノはよく頑張った、俺一人ではこの局面をどうすることもできなかったはずだ。


「くそっ!」


飛竜補充までの時間つぶしかスマフラウが語りかけてくる。


『飛竜がごとき下等種に手間取っているザマで、どうやって我を討ち取れると思うのだ小さきものよ』


無限の時を生きる古竜にとって、飛竜は人間における猿のようなものだろうか。


あるいはもっと劣る、ネズミかなにか程度なのかもしれない。


俺はドラグノを起こすのをあきらめてスマフラウと向き合う。


「下等か上等か知らねえがよ、おまえらの違いなんて大トカゲか小トカゲかくらいの見分けしかつかないぜ」


そんな挑発が効いたわけでもないだろうが、静観していたスマフラウが動き出した。


こちらに向かって鋭い爪の付いた前足を突き出してくる。


──いましかない。


この巨竜を攻撃するタイミングはほかの介入のないいまこの瞬間だけだ。


冷静な判断ではなかった。


眼前に敵が迫ってきただけで弱点にとどく算段もなく反射的に手をだした。


だとして黙って突っ立っていることが得策でもなければ、第三陣から飛竜が五匹追加されるのを待つことが賢くもないことも確実だった。


状況だけで言えばいまは俺とスマフラウの一騎打ち──。


俺はせまりくる巨腕にむかって大剣を振り下ろした。


しかし焦ったそれはスマフラウの皮膚を傷付けることすらできずに弾かれる。


『飛竜を斬るのとはわけがちがう』


そのいきおいで俺は後方にたたらを踏みおおきくバランスをくずす。


いま攻撃されたら対応はてをきない、決闘なら敗北必至の致命的な隙が生まれたはずだ。


しかし、スマフラウの腕は俺を素通りし豆でもつまむような動作でドラグノの頭をつかんだ。


ドラグノは力をふりしぼり回避を試みたが、それすら先読みしてまるで軌道修正がなかったかのようにすんなりと捕らえた。


そして躊躇することなく、砕く。


無造作につかんだ泥団子がくずれてしまったかのように、力を込めた様子もなく大男の頭が潰れてとれた。


頭部は一擦りで消滅し首から下だけが地面に落ちる。


『こういうことだ』


スマフラウはさして面白くもなさそうに、さも当然というふうに言った。


それは誇示でもなんでもなく攻撃という意識すらない、括弧たる現実としての差を知らしめるための行為。


俺でもよかった、不用意な攻撃で無様に隙だらけになっていたこの俺で足りていたはずだ。


それでも見逃されたのは、スマフラウにとっては一度面識のあった俺の方がドラグノよりかは話し相手にふさわしい。


ただそれだけの理由からだ。


『誤解が生じているようだが、我が惨劇を好むわけではない。しかし争いとは陰惨でなければならない、争いをはじめたことの報いはむごいほどに意味を持つ』


ドラグノにそうしたようにスマフラウが動けば済むことを、飛竜との殺し合いによって長引かせている。


それを俺はこの巨竜が邪竜とも称されるその本性のあらわれだと思っていたが、スマフラウはそれを否定した。


『語り継げよ、竜に逆らうことの恐ろしさを、後世の人間たちが容易に道を踏みはずさぬよう、この地獄を記録に焼き付けるのだ』


人間を【支配】することでいつでも終戦させることが可能なスマフラウが、意図して凄惨にいたぶることでその恐怖を後世に伝えようとしている。


人と竜が軽率に争わないために、それは手段こそ真逆なれど目的はトールキンと一致しているようにも思える。 


『どの道、学ばぬのであろうがな』


それがお互いのためになる。


そう言いたげだが、これは自分より劣る存在に対する対応だ。


スマフラウがしているのは家畜に対する躾、搾取対象が逆らった場合に痛みで従順さを刷り込 むやり方だ。


俺がきっと竜だったなら、人が犬猫をそうあつかうように、同じく人間を対等には見ないだろう。


だが俺は人間だ、そして古竜だろうが神だろうが邪魔なもんは邪魔なんだ。


「おまえが上位種かどうかはこのさい関係ねえ、弱い相手を不必要にぶちのめしたりしねえし、勝ち目のねえ相手でも必要に駆られたらぶちのめすってだけだ」


まずは指の一本でもいい、一分後いまよりほんの少しでも優位に進むように傷を、爪痕を残せ。


俺は両手剣をかまえる。


一方、スマフラウは臨戦態勢をとる気配もない。


『この渓谷は飛竜の生息地でな、人間が育成、調教した以外にも野生の飛竜が存在する』


スマフラウの誘導で俺は空を見上げた。


「マジかよ……」


その光景に俺は愕然とした。


十を超えるか、上空を多数の野生の飛竜が飛翔し旋回している。


それは周辺からさらに集まって来ているように見える。


十五、二十と、まるでコウモリの群れのように飛竜の巨体が舞っている。


部隊投入のたび五匹ずつ従わせるまでもない、その気になれば高山地帯に生息するすべての飛竜をけしかけることがはじめから可能だった。


壮観ですらある、まるで終末を想起させるような風景だ。


疲労に痙攣しはじめた指先を握り込む、はたしてあと何回ベストな一撃を放てるだろうか。


どうやれば最後の一撃分を残してやつにとどかせることができるだろうか。


飛竜が空から舞い降り、俺の前に立ちはだかる。


スマフラウを倒さなければという気持ちが先行し正面の敵への興味が散漫だ。


しかし、他のことを考えてかわせるほど飛竜の動きは緩慢ではない。


俺は直感した、つぎにどう反応しても俺の動作は間に合わない。


死が脳裏をよぎる──。


同時に竜の頭部が眼前ではじけ散った。


「!!?」


俺は唖然としていた。


上空から巨大な槍が降ってきて飛竜の頭部を穿ったのだ。


槍らしき物体の正体を視認する。


どこから飛び降りたのか、オオトリが落下するいきおいをそれにのせ真上から飛竜の頭部に着地、槍は飛竜の頭頂部から下顎を貫通し地面に突き刺さった。


その威力たるやかなり高度からの落下だったにちがいないが、オオトリは槍が地面に刺さるよりさきに飛竜を緩衝材にして力を散らして落下ダメージを軽減した。


さすがに完全に相殺とはいかず、地面を数度バウンドして立ちあがる。


「めちゃくちゃだな……」


空から降ってきた人間が着地よりも飛竜を倒すことを優先し、派手に吹っ飛んでいったことへの感想をのべた。


「飛竜が暴れだしたせいで飛び降りるほかになかった、着地点にクッションがなかったら死んでいたところだ」


オオトリは動じる様子もなく説明し、地面に飛竜を縫い付けていた獲物を回収する。


それは見たこともない、おそらくコイツ以外に使い手もいない異様な形状の巨大槍。


俺の両手剣と同じく対大型モンスター用の特注品──。


駆け引きしたり小技をくりだしたりするのには不向きと思われる、兵器にかぞえるような太く頑強な鋼鉄の槍だ。


まるで自分こそが竜の逆鱗を破壊するのだと、そう主張せんばかりの剛槍だった。



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