五場 月下の舞踏


普段は侵入禁止にされている儀式の橋で役割以外の振り付けを舞うのははじめてだろう。


対外的な意味で巫女にはなれなかった──。


候補どまりでその他大勢として踊っていたイーリスだが、主役の振り付けを完全に身につけていた。


儀式の橋で巫女として踊る。


いまその夢をかなえているとも言えるが、俺ひとりに見せたかったわけじゃないだろう。


イーリスの舞踏が昼に見た現職の巫女より優れて見えるのは彼女の実力か、または身内の贔屓目か。


みとれている間に巫女の舞いは終了していた、目配せで催促された俺はかるく拍手をおくる。


──あっという間だったな。


静寂のなか演奏もなく、百人の賑やかしもなく、一部を抜き出した簡易的なそれが裸の少女たちが入れかわり立ちかわりしたド派手な儀式よりも心を揺さぶった。


「どう、あたしが一番だと思わない?」


自分で言わなけりゃ素直に絶賛していたところだ。


返事はしなかったが顔を見ればわかるとばかりにイーリスは満足気にほほ笑む。


追っ手がかかってるとは思えない悠長な時間だった。


「たいしたもんだ、現職の巫女より踊れてるんじゃないか?」


「そういう演出だからみんな巫女が一番うまいと思ってる。でも、個別に踊ったら都でその差が分かるのは先生と本人たちだけじゃないかな」


現役をしりぞけば女性たちは儀式を振り返らないと聞いた。


女たちは現役のあいだに洗脳され、男たちは儀式が見られれば満足。


高度になればなるほどその精度は専門家にしか伝わらない。


それがどれほど難解かなど試してもない素人にはわからなくて当前だ。


あの動作こなすのにどれほどの鍛錬を要するか、あの角度をだすことは可能か、ブレずにあの回転をくりかえせるか。


巫女候補たちはその比較で自分の立ち位置はかっているが、決定を下すのはクオリティの差異に興味のない人間だ。


──選定基準は竜神官の好みだけか。


竜の声が聞けて誰よりも踊れる、それでかなえられない夢はどうしたらいいんだろうな。



「だいたい聞いてたか?」


余韻もなくてわるいが俺たちは急いでつぎの行動を決めなくてはならない。


ここまでの事態を把握できているか確認すると、イーリスはコクリとうなづく。


「ぜんぶ聞いてた」


「だったらはやいが、どうするよ?」


イリーナにまかせろと言ったからにはイーリスの身だけは守り抜かなければならない。


マウ軍にかかわらず、ただ都を出ていくのが最善手。


ただ、両親の安否は気になるだろうから彼女が望むなら多少の無茶もやむなしとは思っている。


イーリスは「うーん」と、歯切れ悪く唸ったと思えば、真剣な表情でジッとこちらを見つめる。


「あたし、巫女になるのをあきらめられない」


それを決めるのは竜神官たちで、そいつらからは抹殺対象に認定されている。


「どうやって?」


「ダメって言わないんだ」


イーリスは巫女をあきらめない。


執着するさ、簡単に手放せるような粗末なもんじゃない。


時間をかけて磨きあげてきた珠玉の一品、見せびらかしたい名品中の名品だ。


それを奪われることは、鳥が翼をむしられるに等しい。


「無理だとは思ってるよ、意見は聞くさ」


「でも、あたしが巫女になるの本当はこころよく思ってないでしょ?」


たしかにイーリスが巫女になると困る。


だが人間の動機がひとつとはかぎらない、複数の感情があってそれが二律背反することだってある。


イリーナには帰ってきて欲しい、同時にイーリスの努力も報われて欲しい──。


アルフォンスの言葉を思いだす。


『昨夜をともにした女中のサンディが、体が目当てなんでしょう? と、見当違いな発言をしたので、体が目当てなんじゃねぇ! 体も目当てなんだよ!  と言い返して抱いてやったのです』


いや、これは関係ない。


とにかく人間が行動を起こすとき、その動機は一限的なものではないと言うことだ。


「そうなったらイリーナのことがやりづらくなるなとは思うが、おまえの夢がかなえば良いなと思うのはまたべつの話だ」


イーリスは黙っている。


「──なんだ、邪魔するとでも思ったのか?」


ここまでも強引な手段はつかわずにただ好きなようにやらせてきたじゃないか。


「そ、そうじゃ無いけど! ……知ってるけど。あんたがあたしに付いてるのは、あたしのためじゃないから……」


イーリスがしょんぼりとする。


「なんで急に卑屈だよ」


俺は無意識にコイツを敵対視していたのかもしれない。


肩入れして情が移ってしまったらイリーナ奪還に支障をきたす。


それを恐れていたのかもしれない。


横柄な態度だったせいか意識もしなかったが、そのことをコイツはひそかに気に病んでいた。


子ども相手に情けない。


「──そんなことねえよ、なんだって手伝ってやるさ。ただ、そっちも俺たちに協力してくれって話だ」


イリーナを切り捨てずに解決の手立てを模索してほしい。


かたくなだったイーリスが「うん」と、素直にうなづいた。


「彼女があたしに選択をゆだねてくれたから、あたしもできる限りのことはしようと思う」


イリーナの一見無謀な選択は、俺の十日に渡る説得よりも効果があったらしい。


自分の肉体を勝手にあつかったイリーナに対して、イーリスは敵意を募らせたことだろう。


無理もない、嫌って当然だ。


それが人格を認め、協力体制を受け入れた。


「ありがとうな」


俺は茶化さずに真剣に礼を伝えた。


「体をあけわたすつもりはないけど……」


イーリスは照れた様子で視線をそらした。


それが聞ければ十分だ。


将来、それ以外の解決方法が発見されたときに交渉の余地がある。


そのためなら俺は惜しみなく力を貸すことができる。


「じゃあ、おまえの問題から解決しようぜ」


スマフラウのおかげで肉体の不調は解消され、わすらわしかった悩みごとも解決した。


やっと調子が乗ってきた──。


「あんた、本当に変なやつだね」


「変なやつってなんだよ?!」


調子に乗ってきた矢先に水を差すな。


「誰だって自分のことで手一杯で、あんたみたいに他人の世話を焼いたりしないのよ」


俺の故郷はちいさな村で隣人の問題は全員の問題だった、だから世話を焼きあうのが当たり前だったんだ。


でも、外の世界はちがった。


自分を生かすので精一杯、こんな世界で余裕がないのはあたりまえだ。


「たしかに、親切にしたらひどい目にあうなんてのはしょっちゅうだ」


うずくまってた婆さんに手を貸したら腹を刺されて荷物を持ち去られたなんてこともある。


「──けどまあ、吟遊詩人を志す者としては問題ごとに首を突っ込むのは悪いことばかりでもない」


人と接しないと物語は生まれねえ、人とまじわらないと世界は広がらねえんだ。


「あんたじゃなきゃとっくに死んでるって」


実際、よく生きてたなと思う場面はいくつかあった。


現場のリアルな体験を持って帰れるという意味で、体の強さが吟遊詩人の才能ってことにはならないだろうか。


「で、考えはあるのか?」


竜の巫女ではなく、都の巫女をあきらめないとして、これからどうするか。


「方法は二つあると思う。神官さまたちに方針を変えてもらうか、そっちを無視して信者の人たちに認めてもらうか」


都そのものを敵にまわしておしまいかとも思ったが、状況は圧倒的にこちらが有利だ。


「なんだ、簡単じゃねえか。みんなのまえでスマフラウに出ばってもらえばすむことだ」


イーリスが『竜の巫女』であることはゆるがぬ事実、おおやけにできないからこそ暗殺なんて手段にでた。


追い詰められているのはあちらのほうだ。


儀式の時間にでもぶつけてやれば、大勢のまえでその力を証明したやすく地位を奪還できる。


「──わたしこそが竜の巫女なりぃぃぃってよ」


百聞は一見にしかず、そうなれば竜神官も従わざるをえないだろう。


俺の勝利宣言をイーリスは冷たくあしらう。


「竜神さまはやってくれない」


「えっ、なんでだよ?」


気に入ったからこそ巫女にして、命の危険から守るために都の外に逃がした。


間違いなく味方のはずだ。


頼めばそれくらいしてくれるに決まってる。


「神官さまが統治する都は竜神さまにとっても都合がいいのよ」


竜神官たちの統治は完璧だ。


人々の生活基盤を支え、治安を維持し、外国との貿易も順調。


任せておけば竜の厨房は自動的に拡大し、名前だけ貸しておけば腹がふくれる。


どっちも得をしているから百年つづいてきた。


「じゃあ、なんでおまえと交信したりしたんだよ!」


それがすべての歪みのはじまりだ。


それがなければイーリスは普通に高ランクの巫女候補として平和に暮らしたのではないだろうか。


いずれ実力で巫女になっていたかもしれない。


それが竜と交信したことで彼女は違和感に気付き、神官は彼女を排除する必要を覚えた。


イーリスだけが割を食うかたちになった。


聖竜スマフラウは責任を負う気はない──。


孤立した彼女が皇国の力を借りてでもと考えたのも無理はないのかもしれないな。


「そこが誤解ってこと」


「誤解?」


「神官さまたちは権力の剥奪を恐れてる、けど竜神さまにそのつもりはない」


イーリスを巫女にしてもこれまでと体制は変わらない、そのことで同意が得られれば争う必要がなくなるってことだ。


「いっそ、おまえの魔法をつかって神官たちの首を縦に振らせればいいんじゃないか?」


一方的に命をおびやかされたのに、平和的に解決ってのはなんだか腑に落ちない。


「運営がいて、演出家がいて、ステージがあって、演者がいて、信者がいて、多くの人々がそれぞれの役割を果たして成立してるんだから。


魔法で一時的にあやつっても価値観や性格が恒久的に変化するわけじゃない、納得してもらわなきゃ意味ないの」


それで神官やオルガースのやったことを許せるか?


「大人だなあ」


「そりゃあ大人よ」


つまり、つぎの方針は竜神官たちの説得だ。


「あの中に戻るのか?」


橋の上から街の方を見渡した。


「パパとママの無事も確認しなきゃ」


両親を殺した──。


オルガースが苦しまぎれに叫んだ言葉だが、足止めのための苦肉の策だったとしか思えない。


仮にも神官を名乗る組織に影を落とす行為だし、娘が逃げたからと無実の市民を殺害するとは考えられない。


相手は盗賊のたぐいではないのだ。


「家はちかくか?」


「神殿にくらべるとけっこう遠いかな」


だとしたら先に竜神官の説得を済ませよう。


毒の抜けた万全な状態なら竜騎兵も恐るるに足らず。


イーリスの【催眠魔法】があればだいたいの窮地は打開できるだろう。


「じゃあ、サクッと神殿の方から片付けるか」


俺たちは実家に帰るまえの手土産感覚で敵の本拠地を目指した。



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