三場 ダブルキャスト


オルガースの説明に納得したあと、イーリスの帰還を祝って酒が振る舞われた。


ルブレの部下も交えて二十人くらいが集まり結構な宴会になっている。


俺はほどよく飲み食いをすると、当てがわれた部屋へと早々に引っ込んだ。


巫女になることを祝う場はどうにも居心地が悪かったのだ。


他になにもないが個室にベッドがあるだけありがたい。


──俺はなにをやっているんだろうな……。


イーリスをほおっておいてよいものかとも思うが、ここはアイツの地元だ。


平和を冠した都で治安維持のために竜騎兵も目を光らせている。


そのうえ護衛つきの商隊と一緒とくればなんの心配もいらないだろう。


隠密に長けたテオ達の存在だけは気になったが、敵ではないとハッキリ言っていた。


そもそも俺にアイツを守る義務なんてはじめからないからな――。



酒のせいか俺はすぐに微睡みはじめた。


今ごろイーリスを巫女にするための計画が話し合われているだろう。


竜の巫女になることはすべての少女のあこがれで、もっとも名誉なことだ。


きびしい修練を積んだ中からたった一人が選ばれる。


幼いころに訓練をはじめ、憧れに向けて邁進してきた少女がついに夢をかなえる時がきたのだ。


オルガースから巫女になれと言われたときのイーリスの泣き顔を思い出す。


「良かったじゃねぇか……」


ここに留まっていても俺にできることはなにもない。


イーリスの邪魔をしてイリーナ復活の希望を繋ぐか、イリーナをあきらめてイーリスを応援するか。


お姫様に加勢して帝国と戦う選択をした時よりもはるかに悩ましい。




――ドアがノックされて眠りを中断した。


疲れが蓄積していたのか地元の酒が合わなかったのかやたらと体が重い。


本来ならノックされるまでもなく足音を察知して目を覚ますはずなのだが。


「オーヴィル?」


呼びかけてきた声はイーリスのものだ。


なるほど、アイツは気配を殺すまでもなく普段から足音をさせないからな。


俺は重い体を運んで戸を開いた、そこに彼女が立っている。


仮にも巫女が夜中に男の部屋を訪ねて良いものか戸惑った。


そんな間柄では無いが、それを見た他人がどう思うかはまたべつの話だ。


「用事ならまた明日……どうした?」


追い返しかけて気付く、イーリスは切羽詰まった表情をしている。


疲労の色も濃くとても楽しく宴会をしていた者の顔ではない。


「目立ちたくない、なかに入れて……あっ」


部屋に押し入ろうとしたイーリスがバランスを崩す。


転倒しかけたところを俺は支えた。


「おいおい、酔っぱらってんのか?」


挙動のあやしい彼女を一旦部屋に招き入れると、そのまま床にへたりこんだ。


俺は廊下を確認してから扉を閉める。


「十代女子のノリを維持するのさすがにシンドイわ……」


故郷に帰って気が抜けた結果、さすがに旅の疲れがでたって感じか。


あ然として眺めているとイーリスは自分の胸をトントンと指して俺を見上げる。


「ボクだよ、ボク」


そりゃ、おまえはおま――。


「えっ!? あっ、イリーナか?!」


いつの間にかイーリスの人格がイリーナと入れかわっている。


大声を発した俺を彼女は「しー!」といって黙らせた。


「い、いつから?!」


声をセーブしつつ俺はとまどい混じりにたずねた。


維持していた。と、言ったからにはついさっきってことはないだろう。


「儀式中にスマフラウが咆哮をあげただろ、そのときだよ」


イーリスあらためイリーナは驚きの告白をした。


「じゃあ、昼からずっとか?!」


聖都に到着後、ほとんど半日、他人の人格を演じていただなんて信じられないし意味も分からない。


それにイーリス本人でなければ知らないような発言がいくつもあったのが不可解だ。


記憶喪失をたてまえにアシュハのことをろくに知らなかったイリーナが、俺の知らない間にどうやってそれらの情報を得ていたのだろうか。


「現巫女の名前だとか、オルガースが師匠だってことはいつ知ったんだよ?」


初対面の相手とあたかも旧知の仲のように接していたじゃないか。


イリーナは質問に答える。


「巫女の名前は儀式中、観客たちが呼びまくってただろ」


たしかにそうだ。


しかし俺はわざわざそれを覚えたりせずに聞き流していた。


「オルガースの件はどう説明するんだ?」


それについてルブレから事前に聞かされた記憶はない、だのに姿を見たとたんイリーナは「先生!」と言って抱きついた。


「あれはね、あっちから『ひさしぶり』ってアイコンタクトをおくってきて、駆け寄ってみせた反応から親しいんだと確信して飛び付いて――」


驚いた、相手の素性を知らずにその態度から関係性を察知したってことか。


「――体型や身のこなしからダンサーに違いなかったし、既婚者ではなさそうだったからそうかなって」


ゲイ認定するのが早いな。


「判断がちがってたらどうすんだよ?」


「冗談って笑いとばしたあとヒントを引きだして修正するだけだよ」


親しい人物から先生! だとか、お父さん! だとか言われたところでおまえニセモノだな! とは、ならないか。


だれが先生だ、とか、まだ独身だわ、とか返すだけだろう。


それで相手が引きさがればしつこく追求もしない。


そういえば、一回だけそれらしい行動をしていたのを思い出した。


三種の神器がそろったとか言ってはしゃぎだしたときだ。


「あの童貞あおりはそういうことか?」


「あのへんは完全にボクの地がでてしまっていたから反省点だな」


イリーナは腕組みして「うん」と頷いた。


なにはともあれいままで他人のフリを維持していたとは──。


「すげぇな……」と、俺はつぶやいた。


「いや、クオリティはお察しだよ」


俺の賛辞にイリーナは謙遜する。


「──知り合いの体に他人が宿っている前提で向き合ったりしないし、よっぽどありえない行動をしない限りうたがわないでしょ」


「俺はその前提で向き合ってたけどな!」


そうは言うが思い返すと感心する点は多い。


到着するなり実家の話題をだしたのも帰郷を演出する機転で、なによりオルガースに語った巫女に対する執念などは本人さながらだった。


「イーリスに寄せたのはボクのこだわりでしかなくて、別人をうたがうほど人は他人に興味はないよ」


「そうか?」


人は他人に興味はない、イリーナの言葉に俺は首をひねった。


彼女の言うとおり俺たちの誰もが彼女の芝居を見抜けなかった。


だとして、オルガースたちがイーリスにさしたる興味もないかと言えばそれは違うだろう。


失踪したところを隣国まで行ってさがしだしたのだ、そのことからも彼女がとても大切にされているのは間違いない。


「踊ってみせて、とか言われたらなんて言って断ろうか戦々恐々としてたけどね」


さすがにそこの誤魔化しはきかないか。


なにはともあれイリーナの人格は消滅していなかった、ひとまずは安堵だ。



「で、だ――」


どうやら正体を明かしに来ただけではないらしく、イリーナは部屋をたずねた理由を語りだす。


「オーヴィルにはこれからボクと聖竜スマフラウに会いに行ってほしいんだ」


「これから、聖竜に?」


そういえばイリーナは竜に並々ならぬ興味をしめしていたし、イバンの話にも大興奮だった。


しかしいまからってのは正直、勘弁ねがいたいところだ。


「──観光か?」


気乗りしないニュアンスでたずねた。


「ちげーよ! この街はおかしい、なんだかヤバイ感じがするんだ」


イリーナは心外とばかりに聖都スマフラウに対する不信感を口にした。


「オルガースの説明で納得できなかったのか?」


この都の不審点ならばさきほど丁寧な説明により払拭されたばかりじゃないか。


イリーナは拳に顎をのせていぶかしげに語る。


「到着して馬車で着替えをしているとき、崖下の竜がイーリスに話しかけてきたんだ」


「マジかよ!?」


俺たちが外で待機しているあいだイーリスは竜と交信していた──。


渓谷の深さは数百から千メートルはありそうだったが、その距離をやり取りできるのか。


「都をでていけって竜は言ってた。イーリスはそれを突っぱねたんだ、危険は承知のうえでそれでも巫女になるんだって」


巫女なのに竜の意思に逆らうのか、そこもなんだか彼女らしい。


「イーリスが頑固でらちが明かないからってボクの人格に入れ替えられたみたい、そこからは声が聞こえなくてさ……」


イーリスの人格がふたたびおもてに出てきたのは竜神の力によるもの。


聖竜スマフラウはイーリスを都市から追い出したがっている――。


「わかんねえ、どういうことだ?」


巫女を遠ざけようとする意図も、近くに置きたくないやつに加護を与えている意味も皆目検討がつかない。


「行って、直接きくしかないだろ」


イリーナが巫女じゃないから交信できないのか、遠くてここまでは声が届かないのか。


イリーナの言うとおり竜から直接事情をきく以外に謎の解明手段はなさそうだ。



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