二場 聖都と巫女と


友人であり遺跡荒しでもあるイバンの言葉を信じるならば、古竜とその巫女の伝承は事実にもとづいている。


その証拠である火竜ロードエヌマと次元竜タマキンはこの世に現存しているらしい。


そして存在が確認されているもうひとつの古竜、聖竜スマフラウ。


儀式の橋のはるか断崖の底にいるそれの咆哮を俺はたしかに聞いた──。



俺たちは宿舎内に招き入れられると、腰をおちつけてオルガースの話を聞くことにした。


「さて、なにから話したものかしら?」


しなをつくってオルガースは俺たちを見渡した。


「外敵から身を守るため、より巨大な魚をすみかにしている小魚がいるっていう話だったね」


ルブレは竜のすみかの上に人が住んでいる状況をそう喩えた。


小魚がまとわりついていることに大魚は関心がないってことだ。


「ん、待てよ……」


俺が思いついたような声をだすとイーリスが「なによ?」と聞き返した。


「ドラゴンと交信できないってのはなんでだ、以前に遭遇したやつとは会話が成立したぜ」


べつに巫女相手じゃなくてもペラペラしゃべってた。


無限の寿命を持つとされるドラゴンが人間の言語を解読できてもなんの不思議もない。


竜のランクはよく分からんが、伝説の古竜があれ以下ってことはないだろう。


ルブレが茶化す。


「『竜殺し』のナマの声だね」


だから竜信仰の都で『竜殺し』はやめてくれ──。


「あのねトロール、言語が通じるのと加護を受けることはちがうのよ?」


それはなんとなく分かってる。


「違和感があるのはこの百年間、人間の存在が古竜に無視され続けてきたってことだ」


巫女たちは派手に踊って呼び掛けているが、竜神様は無反応。


自分より遥かに小さく、弱く、寿命の短い生物が「どうか守ってください」と言ってきたところで耳を貸すに値しないってとこだろうか。


「襲ってこられるよりはマシだろう」


「それはそうだけどよ」


ルブレの言うとおり、そんなことになったらおしまいだろう。


会話に応じないこともそうだが、襲ってこないことも不可解だ──。


オルガースは都の成り立ちについて解説しはじめる。


「この場所にはじめて住居をかまえたのが竜神官の一族よ、古竜が人間を襲わないことを確信すると戦争で居場所を失った人々をまねきいれて集落を大きくしてきた」


山脈の秘境は百年で都になった。


戦争が起きれば大勢の難民がでる、都度の流入があれば人口はあっというまに膨れ上がっただろう。


「万単位の人々がすこやかに暮らすためには『竜の巫女』という偶像が必要だったってことなのよ」


『竜の巫女』という保証がなければこんな不便な場所に人は集まらない。


戦争で傷ついた人々の安住の地──。


安全、不可侵という触れ込みが被災者にはより響いたのかもしれない。


オルガースの説明にルブレが付け加える。


「リーダーを絶対的にしておかないと民衆の不平をおさえ込めないし、だしぬいて上に立とうとする輩もわくからね」


巫女の存在は外敵への牽制に加えて、内部の結束の要でもある。


「──皇国もさ、強い独裁者がたおれて若い姫がトップに立った途端、権力争いがエゲツナイでしょ?」


フォメルス王は善人ではなかったが有能なリーダーだった。


ティアン姫は博識で聡明な人物だが、多くの人々が未熟と決めつけて下に見ている。


重臣たちが自分の半分も生きていない小娘の判断を疑うのは仕方のないことだが、おかげで結束はバラバラだ。


この責任はどこにあるのだろう。


強いリーダーを倒した俺たちか、求心力のない幼い姫か、この気に乗じて強い発言力を得ることに躍起になっている臣下たちか。


騎士団、教会、元老院が一致団結していればアシュハは崩壊しなかった。


姫を助けなければ、フォメルスが謀反を起こさなければ、ネクロマンサーを弾圧しなければ、そんなことは言っても仕方がない。


「行商人とはいえ、やたら詳しいんだな」


スマフラウとの交易が仕事のわりにはアシュハの内情までよく調べてる。


「そりゃあ皇国は大陸の中心だからね、情勢は把握しておかないと」


とにかく、スマフラウには確固たる指導者が必要だった──。


スマフラウは人種が雑多だ、移民を招き入れれば衝突や差別問題が勃発するのは必然。


共同体として揺るがぬ共通ルールの構築とそれを順守させる説得力が不可欠だったが、先住者というだけでは心許なかった。


そこで先住者は竜神官を名のり『竜の巫女』を中心に据えることで、再び路頭に迷いたくない難民たちを制御した。


それがオルガースの言う聖都スマフラウの成り立ちだ。


「このことを知っているのは、だまっていても真相に気づく巫女と祭司、竜神官、そして今回イーリスの回収をお願いしたあなた達だけよ」


竜騎兵や民衆、もちろん外部の人間は知らないわけだ。


「俺に聞かせてよかったのか?」


イーリスから色々きいている俺にいまさら隠しても仕方がないという判断か、さきほども不用意な発言をしていたイーリスは叱ってはいた。


「よそ者がなにを噂しても憶測でかたづけられる、けれど関係者は都市の機能を守るためそれを否定しつづけなくてはならないわね」


その辺はオルガース自身が外部からの雇われということもあるのかもしれない。


「──もちろん、秘密厳守でお願いするけど」


すべては行き場を奪われた人々のため──。


アシュハの闘技場にも多くの敗戦奴隷が剣闘士として存在した。


アイツらは生きてるだけマシな方で、多くの罪のない人々が戦争により尊厳を踏みにじられてきた。


だがここは戦勝国の奴隷にされず市民としての人生を謳歌できる場所だ。


竜と巫女のもとに平等であり、外界の戦争と無縁で民族差別もない。


「必要なことだってのは分かるぜ」


一連の説明に俺は納得して見せた。


「儀式自体に嘘はないのよ。だって多くの場合、神への祈りは一方通行なんだから」


祈りを捧げてそれが届かないことに罪はないし、古竜を恐れて敵国が侵攻して来ないのも事実。


対話ができていないのに竜に守護された都市を名乗っている、はじめはそのことを懐疑的にとらえていた。


しかし、その成り立ちを聞いたことで疑念は払拭できそうだ。


多くの人々が幸せならば、竜と話ができるかどうかなんて些細な問題に思える。


人を幸せにしない真実を押し付けて平和を破壊することはない。


「聞けば聞くほど竜神官たちはよくやっているよね、伝承の模倣とはいえそれをよく機能させられたもんだ」


ルブレは心底感心した様子で賛辞を並べる。


「竜騎兵がルックス先行なのも男たちが巫女に夢中なことに女性たちが不満をつのらせないよう配慮してるってことだよね?」


男は巫女に見蕩れ、女は竜騎兵に見蕩れてお互いさまということだ。


「なんだか不健全な気はするな……」


少女たちを裸で踊らせて男たちはそれに夢中になり、女たちはイケメンの騎士たちに夢中。


普通と言えば普通なのか──。


オルガースが補足する。


「もちろんガス抜きの意図もあるし、象徴である巫女や竜騎兵が美しいことで聖都自体が洗練されて見えるでしょ」


竜騎兵はいわば男版『竜の巫女』だ。


巫女は伝承に即した都合上、唯一無二の存在として一人が選出される。


そのうえで候補をつのり競争させることで価値を底上げしている。


一方の竜騎兵は治安維持の観点から大勢が任命される。


ビジュアルで選抜しそのあとに飛竜の扱いや戦闘技術の習得など、巫女にもおとらぬ訓練が行われるらしい。


ルブレはうんうんとうなずきながら続ける。


「山岳地帯がワイバーンの生息地だったことを利用して飛竜の調教に成功、竜騎兵を育成した成果がとくにすばらしい!」


普段はおちついていて動じる様子を見せない男が興奮を隠さない。


「──空路の独占は運送屋としてはうらやましい限り、いやぁ、たいした手腕だぁ!」


なるほど、あれもこれも利用してうまいことやっているんだな。


歴史の授業を終えたオルガースはあらためて俺たちに念を押す。


「だから巫女と竜が対話できてないってことは口外しないでちょうだい?」


その言葉にイーリスがあからさまに不服な態度だ。


「そんなことを気にする必要はもうないじゃない! 聖竜スマフラウに選ばれたこのあたしが帰って来たのよっ!」


彼女の主張は変わらない。


竜の加護をうけた者こそが真の『竜の巫女』であるべき──。


「わかってるわ、だからわたしはルブレに相談して失踪したアンタのを捜索を頼んだの」


イーリスを巫女にすれば晴れて、虚構の儀式を本物にすることができる。


しかし竜神官たちはそれを良しとしない。


聖都スマフラウの運営はとどこおりなく順調だ。


竜と交信できる必要はなく、むしろそれによって変化が加わることを煙たがっている。


オルガースはイーリスをじっと見つめる。


「わたしは神官じゃなくて芸術家だから、本音を言えば竜と対話ができないことはどうでも良かったのよ」


自分が演出する儀式が美しくさえあれば物事の真相はどうでもよかった。


「でも、巫女を選抜する神官様も魅了される民衆たちも舞踏に関しては素人、善し悪しなんて分からない。より優れたダンサーが日の目を浴びないことにわたしは不満だった」


オルガースの仕事は育成と儀式の演出だけで選出の権利はない。


巫女を決める竜神官は舞踏の素人で、より優秀な者が正当な評価を受けないことをオルガースは気に病んでいた。


「毎日みてたらさすがに目が肥えてくるんじゃないか?」


「見くびらないでちょうだい! 二流でも一流にしか見えないようにするのがわたしの仕事だもの、そういう意味では民衆に罪はないわ」


巫女が最高傑作でなくとも指導者兼演出家は一流らしい。


厳しい競争を勝ち抜いて竜の上で踊っている、その状況だけで錯覚させるには十分なのかもしれない。


現に俺も中央で踊っていた巫女こそ至高の存在と信じて疑わなかった。


「竜に捧げるのは最高の女子。いま一番イイ女をダンスの素人が選抜するんだから、一定レベル踊れる中からなら、やっぱり見た目や印象の好みになってしまうのよね」


どんなに少女たちが研鑽を重ねても神官の好みでしか巫女は選出されない。


それが見極めのできるオルガースや舞踏技術の向上に人生を捧げてきたイーリスには耐えがたいのだろう。


「優れた者が正当に評価されて欲しい、正しい努力が正しく認められて欲しい。だからわたしはアンタが巫女になればいいと思ってるわ」


竜の声が聞けるから巫女にしたいのではない、もっとも優れた教え子だから舞踏家として報われてほしい。


オルガースはそう言った。


「……先生ぇぇぇ!!」


イーリスは顔面をビシャビシャにして泣きじゃくった。


「先生ぇ……! ありがとぉ……! ありがとうございますぅ……!」


物心ついた頃から訓練をはじめ人生を掛けて打ち込んだ。


頂点に立つという孤独で命懸けの努力が然るべき人物の言葉によって報われたのだ。


そりゃあ泣くだろ。


泣き顔はみっともなかったが部外者の俺も危うくもらい泣きするところ――。


「ブェア……! ヴォォォォォォッ!」


「ちょっ!? 大男が泣くんじゃないわよ、みっともないわね!」


俺が咽び泣いたのに驚いてイーリスは我に返る。


「良がっだなぁ……ッ!! おまえ、頑張っできで良がっだなぁッ!!」


オルガースの説明で聖都の歴史、竜の巫女の真実、イーリスをさがしていた理由、すべてが明確になった。

 

その最後にはなぜだか俺がイーリスに慰められる形で解散することになった。

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