七場 総力戦


「知らない……? そんな馬鹿な!」


母のもとに無いのだとしたらお手上げだ。


なんの手掛かりも無く、あらためて在処を探しはじめてもとうてい間に合わない。


一縷の望みを【宝玉】に託してここまで来た。


無駄足だったと言うのか――。


失意にうなだれる私に母が語りかける。


「持ってても返さないわよ、あんな貴重な物」


その一言が私の神経を逆撫でした。


この人は【宝玉】を手放したくないあまり、その存在を隠匿しようとしているのではないか。


「そんな場合じゃあないんですよ! マリーが暴走してリビングデッドの大群を城下に放ったのです。このままでは大勢の犠牲が出るだけでは済まない!」


私は必死に現状を、人類滅亡の危機を訴えた。


しかし母は狼狽える様子もなく、むしろ先ほどよりも冷静に答える。


「イヤよ、なんで他人を救うために私財を叩かなくちゃあならないの? 他の誰かにやらせなさいよ、それは騎士団の仕事で私にはなんの責任もないんだから」


──責任がない?


「娘のしでかしたことでしょうが?!」


道中に見た我が子を護りながら逃げる母親の姿が思い返された。


親も子もない、結局はその人間の人格次第か。


「罪人の親は罪人って理屈は無いのよ。アンタ、お姫様と仲が良いんでしょう、そっちを頼りなさいな」


「頼みます、時間が無いのです。宝玉を持っているなら、どうか渡してください。それでいくらかの命を救えるはずなんです!」


この女に頭を下げるのは屈辱的だが、私は堪えて懇願した。


しかし母はそれを一蹴する。


「だから、持ってない」


その表情には高所に位置した者の余裕と恍惚すら感じられる。


私は屈辱を噛み締めた。


「アンタ、まるで私の知らない子みたいよ。才能を鼻にかけて自分以外に興味を持たない、いけ好かない冷血男。そんなアンタがいつから、そんな熱血君になったのよ」


家族すら疎ましかった私は確かに個人主義だった。


自分が得すること以外にさしたる興味も無かった。


しかし、私は気付いたのだ。


自分一人が良い思いをしたところで、分かち合う相手がいなくては虚しいだけなのだと――。


一々、勇者が反応を見せてくれないことがとても寂しく感じられるのだ。


「これまでの私は単に世間知らずだったのです。今、それを痛感しています」


マリーもそれを拗らせた結果、間違えてしまった様に思えるのだ。



「返したらなにかをできるの?」


母が私に問う。


「この国のまだ事態を理解できてないすべての人々に、状況を説明し避難を促すことができます」


私は自分にできうる限りの構想を打ち明けた。


リビングデッドを駆逐するだとか、マリーを改心させるだとか、そんな方法は思いつかない。


だが【通信魔術】を使い、この深夜に就寝している人々を叩き起こし、声を届ければ結果はだいぶ変わるはずだ。


しかし、母は私の提案を鼻で笑い飛ばした。


「なぁに? その、つまらない発想……」


私は言葉を失う。


「結局ね、アンタもお父さんと同じで優しすぎるのよ」


「は?」


私はこれまで一度だってそんなことを言われたことがない。


父に対して思ったこともない。


「やらなきゃ先に進まないってことを倫理観が足をひっぱって実行できないでしょう? だから手の届くところまでしか研究が進まない。踏み越えて先に進めない。


それに比べてマリーは凄いじゃない、才能を分けるのはそういうところなのよ」


それは娘の体を乗っ取るという非人道的な行為から、新しい段階に研究を進めた自分に対する正当化とも受け取れる。


倫理感に縛られていて新境地に辿り着けるものかと。


「あの娘はお父さんが良かったのね。て、言っても誰か分からないんだけどね」


運命のイタズラか、この女の不義がリングマリーという厄災をこの世に落とした。


「はい、お話はここまで。アンタの退屈な説得じゃあママの心は動かなかったわ。自称、大天才魔術師さん?」


いまさら母に揶揄されたところで羞恥もない。


「……知っていますよ、痛感しています自分の凡庸さは。それでもマリーへの敗北を認めてしまっては、父が浮かばれないでしょう?」


「あら、親孝行?」


強がりでも自分の才能はマリーに劣っていないと言い続けなければ、父が不憫だ。


そう言い聞かせることで自分を天才だと錯覚させてきた。


負ける前提の競走で力が出せるか?


例え事実ではなくとも、そうしなければ研究を続けられはしなかった。


「可愛い息子の頼みを聞いてあげられなくて悪いんだけど、アンタが即処刑されずに投獄で済んだのは、私が偉い人に働き掛けたからなのよ? それは感謝しなさいよね」


素直に受け止める気にはなれず、私は「はあ……」とやる気のない返事をした。


結果として私は生きている。

それは私に死霊魔術と剣術の研鑽があり。

宝玉による【転移魔術】に成功し。

勇者がティアン姫に出会い。

仲間たちの協力を得られた結果だ。


いくらでもあるが、母だけのおかげではない。



「じゃあ私は一度、王宮に避難しようかしら。そこがこの国で一番安全だものね」


そう言って下がろうとする母を呼び止める。


「安全な場所なんてありませんよ。国を捨て、地の果てまで逃げるべきです」


真剣な忠告ではない、しかし出鱈目を言ったつもりもなかった。


「驚かしたいの? ここは最強の軍事国家、騎士団がすぐ鎮圧するでしょう。それまでの避難よ」


マリーを持ち上げておきながら、母はリビングデッドの恐ろしさを侮っている。


死霊術師の妻と言えど死体の操作には興味を示さなかったし、襲われた経験もないのだ。


最強の軍事国家だからこそ戦火が国境を越え本拠のど真ん中に到ることなど想定していない。


敵は接近を察知させず、城下の真ん中に唐突に大軍を出現させ、増殖を続ける。


どんなに強靭な戦士も内臓を食い荒らす病巣の前に無力であるのと同じなのだ。


「じゃあ、騒ぎが収まったら改めて話をしましょう? 私の可愛いアルフォンス」


そう言って母は私の前から姿を消した。


食い下がるだけ無駄なことは誰よりも私がよく理解していた。




私は屋敷を出て大通りに向かう──。


城から出撃する騎士団の本隊がそこを通ることを見越しての行動だ。


予想通り騎士団の大隊に遭遇、目算で二百強の騎兵が大聖堂方面に駆けて行く。


その構成は騎士隊長に率いられた数名の騎士と多勢の一般兵だ。


私は馬を駆って隊に並走すると兵士の一人に語りかける。


「指揮官はどなたですか?」


すると隊長の名を聞くより先に私に呼び掛ける声が聞こえた。


「アルフォンス! アルフォンスじゃん!」


それは聖堂騎士団の襲撃以降、生死不明だった護衛部隊の隊長、上級騎士のニケだった。


「ニケ嬢! ご無事でなによりです!」


回復魔法が施されたのだろう、怪我は全快している様子だ。


ニケの横にはアルカカの姿もあった。


「お互い様だよ。いやぁ、ごめんねぇ、任務失敗しちゃってさあ……!」


詫びるにしてはノリが軽いが、生存者の中でもっとも重症だった彼女がその態度ならば仕方がない。


「イリーナは?」


積もる話もあるが、それどころではない。


「勇者様は別行動です。それより、騎士団の作戦はどうなっていますか?」


私の質問に、難しい話は任せた、とばかりに上級騎士は従士アルカカへと視線を送る。


「作戦は無い。先遣隊の報告ではすでに敵の規模は把握不可能だ。勢力拡大を防ぎながら、手当り次第に撃破するしかない」


それはつまり、お手上げということだ。


「同郷の民たちにトドメを刺して回るのは気が重いでしょうね」


「ああ、我々は余所者だが、兵士たちには酷だろうな」


顔見知りに遭遇した場合、精神が乱され命を落とす可能性は十分に考えられる。

 

「兵力がとても足らなそうですが?」


まさかこれが全部隊だとは思っていないが、念のため確認する。


「騎士団は総出だ。他に傭兵ギルド、魔術師ギルド、それに盗賊ギルドまで、手当り次第に人を掻き集めている。民間や流れ者の連中がどれだけ頼りになるかは未知数ってところだ」


いまは閉鎖しているがコロシアムの栄えた都市だ、腕っ節だけなら騎士に匹敵する剣士たちも多数いる。


「こんな時に頼みの聖堂騎士団が壊滅して、敵に回ったと言うのだから捻りが効いていて滑稽だな」


アルカカの皮肉もさすがに自嘲めいている。


希望的観測で言えば、一人あたり百匹から千匹のリビングデッドを倒せば騒ぎを収められる可能性もある。


しかしそれ自体が無茶な上に、戦闘能力だけなら騎士団でも指折りの上級騎士ニケがミッチャントに劣るのだ。


ウロマルド・ルガメンテ亡き現在、聖騎士ゾンビや上位剣闘士ゾンビ等と対峙した場合、果たして誰が勝てるのかと言う問題がある。



「あ、あれっ!!」


突如、ニケが前方を指して叫んだ。


伝令の兵士だろうか、馬がこちらを目掛けて駆けて来る。

その挙動を見て、すぐにそれがリビングデッドに感染した兵士だということに気付いた。


「もう、こんな所まで!?」


前線に投入した兵士が感染し馬を駆って被害を拡大させている。

このままではあっという間に城まで到達する勢いだ。


「よっしゃ!」


ニケは気合の雄叫びを上げ馬の腹を蹴ると、速度を上げて隊の最前列を追い越した。


そのまま突撃して来たリビングデッドと交差し、すれ違いざまに首を跳ねる。


相変わらず鮮やかな手並みだ。


それを合図に騎士隊長と思しき人物が号令を上げる、すでに前線に到着したと判断したのだ。


「散らばれッ!! 散って、各自全力で戦え!! 全てのモンスターを駆逐するぞッ!!」



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