二幕

一場 不死者の行進


大聖堂は王宮よりも先に造られた。


正確には大聖堂のある場所に王都は移された。


まさに皇国の中心に相応しい、大闘技場完成までは象徴とされた巨大な建築である。


敷地は広大だが宿舎や事務所、練兵場等、多用な施設が混在している。


その為、礼拝所が占めるスペースは収容人数でいって三百人程度と言った広さだ。


光を取り込むための窓が全面に多数とあるが、ほとんどがステンドグラスであるため外の様子を把握しづらい。


マリーの言葉が脅しでなければ、大聖堂を包囲しているリビングデッドは千体。


礼拝所を埋め尽くせる数だ──。


ウロマルド・ルガメンテが最強であろうと関係ない。


一斉に雪崩れ込んで来たならば、ダムを決壊させた洪水に飲まれて窒息死するかのごとく、死体の山に埋もれて圧殺されるだろう。


彼単独ならば超人的な身体能力で生き延びるのかもしれないが、常人でしかない私と勇者にはとうてい不可能である。


すべてが後手後手に廻っていた。


一体、どこで行動を起こしていればこの窮地を免れたのだろうか……。


両手を拘束されているとはいえ、老人の体に乗り移った引き篭もり女を取り押さえ、聖堂騎士団を牽制できるタイミングはあった。


しかし、私も勇者もマリーを窮地に追い込んではいけないと自制していたのだ。


マリーには奥の手があり、それの発動は人類滅亡の引鉄になりかねなかったから。


いや、言っても仕方がない。


きっとマリーが魔術を完成させる前、引いては教会がネクロマンサーを弾圧し始める前まで遡らない限り、いずれ誰かの手によってこの事態は引き起こされたに違いない。


その役割がたまたま妹に巡って来てしまったというだけのこと。


現にこうして引鉄は引かれてしまったのだ。



「お兄ちゃんも勇者様もいらない、武力行使で自分の国を勝ち取ることにする」


不死者の王はアシュハ皇国との開戦を宣言した。


リングマリーの指示に従い一人の修道士が正面扉を解錠した。


ウロマルド・ルガメンテにより真っ先に退場したはずの男、頭蓋を割られ確実に絶命しているリビングデッドだ。


その動きはぎこちなく、回復魔法で蘇ったものとは見間違えようもない。


そんな判断すらつかない聖騎士ミッチャントが、雪崩込んできた群れの先頭に仲間の姿を発見し歓喜する。


「おおっ!! 我が友、騎士アバシリッキ!! 騎士ヘーメテミスよ!!」


哀れにも盟友が窮地を救いに来たものだと錯覚していた。


開放された正面扉からひしめき合ったリビングデッド達が、絞り出される様にして聖堂内へとなだれ込む。


先頭にいた元聖騎士の二人もすぐに後続に押し潰されてしまう。


「……アバシリッキ!? ヘーメテミィィィスッ!!」


騎士ミッチャントが悲鳴を上げた。


ゾンビは狭い入り口からゾロゾロと、いやドロドロと粘液状のヘドロのように我先にと侵入してくる。



「これは不味いッ!?」


さすがに私も一瞬で血の気が引いた。


「──勇者様ッ!!」


正面口以外の出口を求めて私は駆け出す。


大聖堂の外は大渋滞だ。数分、あと数分で室内はリビングデッドで埋め尽くされる。


「……え? あ、ああ、うん!」


ゾンビの濁流に唖然としていたのか、私に呼ばれた勇者がモタモタとあとを付いて来る。


壁に沿って奥へ奥へと逃走。


脱出の目処が立っている訳じゃあない、死から少しでも遠ざかろうとしているだけだ。


ウロマルドが大立ち回りを演じている隙に脱出経路を探していたが、扉は正面に一つしか見当たらなかった。


正面扉が全開になることで外の惨状を伝える空気が室内へと流れ込んで来る。


死者の大合唱──。


ミッチャントが落胆を吐き出す。


「なんということだ……」


教会が地獄に飲まれたことを理解しつつあるのだ。


しかしもう遅い、すべてが手遅れだ。


団子状態から抜け出したリビングデッドが一体、二体と立ち上がる。

抑圧された衝動を解き放つように全速力で駆け出すと、聖堂内の人間に向かって襲い掛かっていく。


入り口付近にいたリングマリーを無視し、中央でそれまで剣を交えていたウロマルドへと一目散に飛び掛かった。


砲弾の様に真っ直ぐ向かってくるリビングデッドをウロマルドが次々と打ち落としていく。


危なげなく捌いている様に見えるが、それは彼の化け物じみた怪力と技量によってそう見えているだけだ。


全身全霊による突進の勢いと防衛本能が取り払われたガムシャラな攻撃に、あの強大な絶対王者が力負けしているのが見て取れた。


リビングデッドの中には生前、闘技場の上位に位置した英雄や、聖堂騎士団の手練れが百人と混ざっている。


そういった手合いは暴走しながらも体に染み付いた神業を織り交ぜ、繰り出してくる。


聖騎士ミッチャントは手近なリビングデッドを横合いから強力な一撃で粉砕。


「おのれっ!! 神聖なる大聖堂を不浄なる怪物に明け渡してなるものかッ!!」


リビングデッド達を迎え撃とうと奮起した。


しかし、リビングデッド達は荒ぶる彼の横を素通りしていく。


逃げ惑う私たちに追いすがり、隣のウロマルドには殺到し、周囲を埋め尽くす勢いだというのに──。


「……どういうことだ」


ミッチャントは困惑する。


同様に、侵入口に最も近い大司教にもリビングデッドが襲い掛かる気配が無い。


信仰心が引き寄せた奇跡だろうか、神の加護か、そうではない。


大司教が襲われないのは不死の軍団を司る死霊術師であり、ミッシャントが襲われないのはその標的が生きた人間に限られているからだ。


「大司教様ッ!! これはっ、これは一体どういう事なのですかッ?!」


聖騎士ミッチャント・カフェーデはそこにすがる他にない。


世界にとって絶対的な正義の象徴だと信じていたその存在に。


その言葉に耳を傾ければ、きっと自らを救ってくださると、この期に及んでそんな甘い夢を見ていた。


すべてを捧げ、そのように生きて来たのだから。


「聖騎士ミッチャントよ、よくお聞きなさい……」


だからマリーは告げてやる、その憐れな子羊に安らぎを与えるために。


「――貴方の神は死にました」


貴方の神は死にました。

貴方の神は死にました。

貴方の神は死にました。


「そして、ようこそ私の君臨する不死者の国へ。私は虐げられしネクロマンサー、そして不死者の王、教会のすべてを掌握し聖堂騎士団を死霊騎士団へと転じた者――」


証拠は今、死肉の洪水として目の前に突きつけられている。


それが真実であることを否定する余地がない。


幻覚か、悪夢でも見ていない限り。


「はぁ、はぁぁぁ。あっ、ああ……」


ミッチャントはあまりの衝撃にパニックを起こす。


「嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……ッ!」と、繰り返し呟いている。


「何で、何で、何でこんな事に……何で何で……ッ!」と慟哭した。


「絶望したかい?」


マリーが恍惚とした声色で訊ねた。


「あはっ! 一方的に虐殺しておいてなんで反撃されないと思ってたの? 自分達は正義だから?! 民意が得られているから?!」


溜め込んでいた鬱憤を今かとばかりにぶちまける。


「──なんでって当り前だろ、やり返されたのっ!! ただ単に、やり返されて負けたんだよ馬鹿ッ!! 死ねッ!!」


憎悪の言葉を吐きかけられた忠義の聖騎士は己の死を理解した。


受け入れ、失意に沈むように雪崩の中に埋もれて消えた。



「やりすぎだろ!! こんなのは明らかに!!」


傍若無人の限りを尽くすマリーに耐えかね、勇者が叫んだ。


「マリーさんが理不尽に苦しめられて来たことは解ったよ。同情もするし、泣き寝入りして死んでろだなんて思わないッ!


でも、このままじゃあ……、なんの罪もない一般市民も巻き込んで、こんな皆殺しだなんて、そんなの許される訳がないだろっ!」


その言葉に力はない、そんな指摘の一つで止まる人間にここまでのことはできない。


我々、死霊術師はそんな甘い仕打ちを受けてきた訳ではない。


マリーは怒りのままに叫び返す。


「うるせーっ!! これは戦争だって言ってんだ! 勝った方の理不尽が道理として通るんだよ! 嫌なら勝て! そっちのルールにこっちは乗ってやったんだっ!!」


正義のためにやっているんじゃない、勝利のためにやっているのだ。


己の生命と、わずかばかりの尊厳を守るための戦い──。


マリーはもう止まらない、全人類を敵に回して始めた戦争だ。


「なにもしていないから罪が無いだなんて私は認めない、こうなるまでほっておいた事がもはや罪なんだよっ!


自分にしか興味を持たず、他人任せで見て見ぬ振りして過ごしてた奴ら、全員ひとしく同罪だ! 知らなかった奴もっ、知ろうとしなかった罪で断罪してやるッ!


『何もしなかった罪』で全員死刑ッ! そう決めた!!」


雄叫びを上げるリングマリーの姿はすでにリビングデッド達にさえぎられて見えない。


勇者の姿も死体の群れに飲み込まれてしまった。


どうしようもない、私も我が身を死肉の津波から遠ざけることで精一杯だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る