五場 人類最強の本懐


礼拝堂の中央でウロマルドとミッチャントが火花を散らす。


コロシアムの絶対王者と聖堂騎士団のエースの邂逅は成立するはずのなかった豪華なカードだ、コロシアムならば間違いなくメインイベントに相当する。


特等席に位置する私は捕われの身であるにも関わらず強い高揚感を覚えていた、それは素人に毛が生えた程度の勇者やまったく素養のないマリーにしても同様だろう。


ハイレベルなものが見れることは確約されているが見入ってばかりもいられない、ウロマルドが勝利すれば事態は一気に好転するが勝機は極めて低いように思える。


地力はウロマルドが勝っていると思うがミッチャントは魔術にも長けている、さらには敵地で多勢に無勢、あまりにも不利な状況だ。


──脱出の機会をうかがわねば……。



聖騎士ミッチャントは長柄のバトルメイスを構えた。


剣闘士時代の初期には勇者も似たような武器を扱っていたが、長物でなければ殺傷力を得られなかった非力な彼女とはわけが違う、騎士ミッチャントの剛力ならばどの部位の防具上からでも容易く人体を破壊する。


両手がふさがるため修道士たちの得意とする盾をまじえた戦法こそ使えないが、攻撃範囲と威力は圧倒的、加えて長柄武器はバリエーション豊富な動作に対応し、結果として手数でも片手武器を凌駕することが可能だ。


特にミッチャントの防御技術は圧巻で、長い柄を自在に捌くことで俊敏な上級騎士ニケの攻撃さえも尽く弾き返していたのだ。


一方、絶対王者ウロマルド・ルガメンテはバスタードソードの二刀流、片手、両手の取り廻しを選択できることが利点の長剣をなぜか片手に一本ずつ携えている。


ミッチャントの長柄武器と同様に両手で扱った方が強い武器のはずだ、威力、速度、防御面での小回り、受けられる衝撃の強さにおいて両手と片手には絶対的な差がある。


盾でも構えない限り両手で扱った方が強い武器を二刀流にする利点が分からない、お洒落か? 確かに長剣の二本持ちは大迫力、正直に言って痺れる格好良さだ。


威圧感だけで大抵の人間は逃げ出すだろうが相手は神の使徒である、強い信仰心の前にハッタリは無効、見栄えを重視して挑む相手ではない。


しかしコロシアムの頂点に君臨し続けた男の選択だ、一見不合理なその装備にもきっと意味があるのだろう。



空気が張り詰めている──。


双方の距離はまだあるが、逃れようのない未来をこの場の全員が意識した時点で戦いは始まっている。


リングマリーは興奮を隠さずにはしゃぐ。


「ねえ、どっちが強いと思う?」


印象だけで語る素人ならば無責任な評価をくだすこともできた、しかし双方の闘いをこの身で体感した者としては次元が違いすぎて軽率な勝敗予想すら気が引けた。


距離が近くなるほどてっぺんが見えなくなってしまう感覚だ。


「この際どちらが強いかは関係ないでしょうね」


理想はウロマルド・ルガメンテの圧倒的勝利だが、双方の目的が私たちの思惑から全力で逆走している。


ウロマルドが求めているのは逆境であり、ミッチャントの使命は名誉の獲得ではなく外敵の排除、聖堂騎士団は総力で撃退に当たるしウロマルドもそれを望んでいる。


ウロマルドの力が騎士ミッチャントを上回っている程度の優勢では私たちの状況も覆らないということだ。


「──ウロマルド氏がミッチャント氏より強いかどうかではなく、一個人が聖堂騎士団一個小隊より強いかどうかの問題です」


望むのはウロマルドの圧倒的勝利、敗北した時点で一名でも残っていれば私たちの逃走は困難になってしまうだろう。



聖堂騎士団は外周に沿って散らばり中央に控えるウロマルドに対して統率の取れた動きで速やかに包囲網を敷いた。


礼拝堂は面積こそ広いものの一面に長椅子が敷き詰められ、外周と中央の通路程度しか両足を踏ん張って動き回れるスペースがない。


修道士たちは障害物の隙間を塗って包囲の輪を縮めていく、長椅子は双方の接近を足止めする。


それはウロマルドにとって一方的な不利を招く、なぜなら聖堂騎士団は簡易的な物とはいえ飛び道具を扱うからだ。


障害物に足を取られたウロマルドは敵に接近する間もなく八方からの投鉄により制圧されるだろう。


修道士たちが投擲錘を振り回しながら間合いを詰める様子を見ながら、マリーが拍子抜けと言った風に呟く。


「あれ、もう終わり?」

 

想定したうえで場所を指定したくせに白々しいが残念ながら私にもそう見える、足場の悪い場所で機動力を奪い八方から一斉に石打ちにする処刑の形になっていた。


「いくら自らを苦境に追い込みたかったとはいえ、見通しが甘いとしか……」


私はあからさまに落胆したが勇者は「……うん」と小さく頷いただけだった、まるでまだ分からないとでも言いたげだ。


「──ウロマルド氏の勝利を信じているのですか?」


信じている、というよりは信じたいか、ウロマルドの勝利は私たちの命綱だ。


「わからないよ、でも──」


彼がこのまま終わるとは思えない、勇者の瞳はそう告げていた。


絶望するのはたしかに早急か、あれはかつて皇国最強と謳われたヴィレオン将軍すら完封した怪物だ。


私は目を凝らした、ウロマルドが状況を打開するにはまず囲みを崩して自由な足場を確保することだ、それで優勢とまでは言えないがそれが最善策に思える。


しかしそうさせるまいと、進行方向に騎士ミッチャントが立ち塞がった。


「さあ!! 見世物小屋の王者など神の加護の前には無力であることを証明してやる!!」


神は関係ない、足場の悪い閉所に追い込み、投擲武器でなぶり殺しにする陣形だ。


ミッチャントがゆっくりとウロマルドとの間合いを調整していく、剣を交わす必要はなく退路を断つのが目的だ。


聖堂騎士団に決闘の概念はない、多対一に追い込み確実に制圧することに特化している。

ボウガン等の強力な射撃武器を使わないのは敵を囲む陣形を多用する都合、同士討ちを避けるための配慮だ。


この状況から脱するためには一点突破、囲みの外に出るしかないと皆が考え聖堂騎士団も想定した対応をしているわけだが、ウロマルドは思いもしない行動に出る。


「なんの真似だッ!?」と、ミッチャントが困惑の声をあげた。


黒褐色の大男はすぐ横の椅子の背もたれに駆け上がり自ら不安定な足場に陣取ったのだ。


一見して戦闘を放棄したかのようにも見えたが、ウロマルドは背もたれの上を修道士の一人に向かって悠々と歩き出した。


蹴れば割れそうな木板の側面を二メートル超えの巨人が移動している、バランス感覚にも驚いたが頭部の位置が途方もなく遠く感じられる。


「まっ、待てッ!!」


追いかけようとしたミッチャントが逆に長椅子に足を取られていた。


足止め役の声を無視してウロマルドが翔けだした、地面を移動する仕草との差異がなさすぎてまるで空中を走っているような錯覚を覚えるほどに軽やかだ。


迫ってくるウロマルドに向かって修道士が投擲錘を投げつけた。


放たれた鉄塊はしっかりと胸部に命中したが鋼の肉体はまったくダメージを通さない、ウロマルドは何事もなかったかのように接近。


修道士たちは慌てて囲いを狭め一斉に攻撃を開始したが、訓練された彼らの投擲技術ですらウロマルドに対してまったく成果を挙げることができない。


狭い囲いの中央で長身のウロマルドが高所に立ったことで上方への投擲が求められる、投擲武器は重力の影響を受け射角が高くなるほど命中率は下がり威力も低下する。


インガ族の屈強な肉体に有効打を与えるには頭部や関節などの有効部位への命中が求められるが、それらは剣士にとって守り慣れた部位だ。


絶対王者は全方位からの一斉攻撃を綱渡りのような足場で当たり前のように捌いて見せた。



「まるで未来が見えているみたいだね!?」


勇者が感嘆の声を発した。


敵がなにをしてくるか知っている、そういう意味では未来視と言えるかもしれない。


実際には数多の戦闘経験からくる行動予測であり、その精度が異常に高いのだろう。


投げ付けられる鉄塊をものともせず鎖に絡まれることもなく、幅数センチの足場を蹴って囲いの一人に向かって上段から剣を振り下ろす。


力は低位置に向かって掛けやすい、ウロマルドの刃は容易く頭部を両断し【回復魔術】の付与された修道士を一撃で即死させた。


それは不安定な足場からでも地面と同じだけの力を得ているという証明だ、完璧なボディコントロールによる力の伝導はもはや超人の芸当である。


逃がすまいとミッチャントが追いすがるが高所にいるウロマルドを相手に有効な攻撃は限られている、不用意な攻撃は読まれやすく致命的な隙をさらすことになる。


追い付いたミッチャントに対してウロマルドが右手の剣を振った、その一撃を聖騎士はメイスの持ち手で弾いた。


椅子と椅子のあいだの限られた足場で必殺をしのいだ、それ自体が剛力のなせる離れ技だがウロマルドは間髪入れず左の剣でミッチャントの眉間を穿つ。


二刀流の利点を活かし、右の剣を振って構えなおす動作の隙間にねじ込まれた左手の二撃目、ミッチャントはそれを首を捻って寸前のところで回避、間髪入れずに迫る右手の三劇目を【障壁魔術】で弾いた。


素晴らしい反応だが四撃目、ウロマルドの蹴りがミッチャントの顔面を蹴り上げた。


「うおおっ!?」


たまらず長椅子の隙間に転倒するミッチャント、トドメを刺すには位置が低いとウロマルドはその上をひょいと跨いで別の標的を目指した。


不死のはずの修道士が三人、四人と絶命していく、私は圧倒され言葉を失っていた。


「神がかってる……」


勇者がそうつぶやいた、神聖な教会において神の使徒たちが地面を這い、暴力の化身だけが空を飛んでいるかのような万能感、信徒を蹂躙する他民族の戦士だけに奇跡が宿っている。


「確かに個人の所業に収まらない、彼は民族総がかりで千年も強い個体を作ることに終始した集大成なのですから」


強さを史上価値とする民族の最高傑作に個人の努力などで太刀打ちできるはずもない。


それを聞いたリングマリーが話に便乗する。


「御先祖様の蓄積のおかげで不死にたどり着いた私とは似たもの同士かも」


ジャンルは正反対だが、彼女もたしかに一族八代にわたる研究の到達点ではある。


ウロマルドは私たちと同様の価値観から産まれた生物だ、あの酒場で彼の言葉に共感したのも当然の帰結と言える。


「進化を次代に託すことこそ人類の命題である、それを体現する存在なのかもしれませんね」


「尊いなぁ、ほしいなぁ!」


リングマリーはすっかり心を奪われていた。


「──こんなのはもう人間とは違う生き物だよ、ドラゴン退治でもするくらいの覚悟で挑まないと!」


不死の妹にはもはや怖いものはない、自らの聖なる軍隊が敗北していく様子にすら感動を隠せずに浮かれていた。



ウロマルドだけが自由に歩き回れる空間で機動力を奪われた聖堂騎士団は各個撃破される一方だ、あっと言う間に五人が倒された時点でミッチャントは作戦を変更する。


「総員、集合!!」


号令を発して全員を礼拝堂の前方へと移動させた、飛び道具の使用を断念し密集状態での接近戦を選択したのだ。


「よく、ムキにならずに引けましたね」


私は正直な感想を言った、あのままなら全滅も時間の問題だった。


施錠がしてあるとはいえ後方の出入口を放置した陣形はもはや制圧する側の戦術ではない、相手が逃げないと確信したうえで全滅を避けるための守りに入ったのだ。


前方に集合した聖堂騎士団は聖騎士を含む六人にまで減少していた、決断が少々遅かったかとミッチャントは苦渋の表情を浮かべている。


「おのれ……まさかこの様な怪物が存在しようとは……ッ!!」


聖騎士の力を持ってしてもウロマルド・ルガメンテの強さは常軌を逸したものなのか、皆の視線が絶対王者へと注がれる。


周囲から敵がいなくなるとウロマルドは軽やかな跳躍で中央の通路へと降り立つ、その巨体を高所から着地させたというのに足音の一切が鳴らなかった。



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