五場 5W1H


 聖騎士は巨大な戦槌を片手で軽々と持ち上げ、まるで指揮棒のごとく扱っている。

 その一撃はどんな頑丈な鉄兜も、一瞬で平たい鉄板へと変形させるに違いない。


 聖堂騎士団と我々の距離は対峙するにはやや遠い。

 それは相手が投擲錘という飛び道具を持っている為に、此方の動きに柔軟に対応できる距離という訳だ。


 これで敵の装備がボウガンなどであれば絶望的であるが、直接撲殺するのが彼らのスタイルなのだと推察する。


 三対七、逃げ出す隙は無い。


 紳士的なのは上辺だけで、強硬な姿勢を貫く騎士ミッチャント。

 私は対話の窓は閉ざされたものと判断した。


 しかし、勇者は臆すること無く、聖騎士に語り掛ける。


「――みっちゃん、さぁ?」


 つい先程、同じ流れで頭蓋骨を割られかけたのをもう忘れたのか、この馬鹿女。


「みっちゃんでは無い。ミッチャントだ!」


 聖騎士は少し癇に障った風に、名前の間違いを訂正する。

 勇者は眉間を押さえて、絞り出すような声で謝罪した。


「ごめんね。僕の言語の感覚だと、ミッチャントは収まりが悪くて、『と』が付属語だから……」


 ああ、どうやら勇者の中でチンコミル現象が起きている様子。


「名前の事なんてどうだって良いでしょう?!」

 私は勇者を咎めた。


 そんな事より、私達は生き残る算段をするべきなのだ。

 しかし、勇者は聞き分けない。


「だって、モヤモヤするんだもん! ストレスが溜まるよ!」


「そのストレスから、今まさに死という形で解放されつつあるんですよ! 私達はっ!」


 呑気な事を言っている場合ではない。


 状況を鑑みない勇者の態度に、いい加減、騎士ミッチャントも痺れを切らし――。


「ならば、その問題は如何様にすれば解消されるだろうか?」


 呑気な事を言い出した!? 

 私は困惑する。そして修道士達も明らかに戸惑っていた。



 勇者は数歩、進み出ると遠慮なく訪ねた。


「フルネームは?」


 得意のセカンドネームで呼ぶ作戦だ。

 しかしそれは、先日も失敗していた筈。


 騎士ミッチャントは律儀に答える。


「ミッチャント・カフェーデ」


 親切な騎士ミッチャント。しかし、勇者は頭を抱えていた。


「みっちゃんと……カフェで……」


 肩をプルプルと震わせている。

 そして頭を抱えたまま、弾かれるように天を仰ぎ、叫んだ。


「何時ッ!! 何をッ!! どうしたのッ!!」


 言葉の迷宮に迷い込まれてしまったようだ……。



 全員の視線が、私と聖騎士ミッチャントとのちょうど中間辺りに立った勇者に注がれていた。


「……彼女は、一体どうしたのだろうか?」


 騎士ミッチャントが不可解な物を見るような表情で困惑する。


 そこまで来て、私はようやくこの茶番の意図に気が付いた。


 勇者は自分が移動し、視線を集めることで、敵の視界から私とニケを消したのだ。


 既にニケの姿は私の横から消えている。


 勇者の立ち回りは絶妙だった。

 敵意を完全に消して見せることで、敵の臨戦態勢を解除し、容易く懐に入り込んだ。


 不可解な言動で混乱を誘発させ、立ち位置は敵を刺激しない程度の間隔を保ち。

 且つ、私とニケの存在を視界の外に追いやっている。


 勇者は即席のステージを作り出し、即興の中に聖堂騎士団を引きずり込んだのだ。



 気を張り詰めていた反動で、敵は緩み切っていた。

 戦闘体制の解除された修道士を、ニケは瞬時に三人も戦闘不能に追いやっていた。


 その断末魔でミッチャント及び、修道士達は我に返る。

「貴様ッ!?」


 三人を討ち取って、三対四。


 迅速に四人目に襲い掛かるニケ。

 残るは聖騎士ミッチャントと修道士二人、これで三対三。


 ニケが倒した四人もすぐ復活するだろう事を考慮しつつ、私に取れる行動を反射的に行う。


 私は聖騎士ミッチャントに向かい駆け出した。


 このタイミングで修道士をもう一人減らすより、ニケに気を取られている聖騎士を挟撃した方が良いと考えた。


 体制を整える隙を与えずに、どさくさに紛れて仕留めておくべきだ。



 しかし、相手も案山子ではない。

 大将を狙う私に向かい、修道士が横合いから投擲錘を投げ付ける。命中コースだ。


「――ヌガッ!?」

 勇者のうめき声。


 私と交差した勇者が、身を盾にして投擲錘を防いだ。

 派手に転倒していたが、しっかりと頭を庇っていたのでダメージは無い筈だ。


 私はそのままミッチャントに突撃する。



 ニケとの距離調整が合わず、私の方が先に聖騎士と接触する。

 聖騎士は両方に対応できる様に身体を開いた。


 真っ向勝負で勝てる筈もない、それが目的なら私は前に出なかった。

 だが、この挟み撃ちは二方ではない。

 もう一方、ミッチャントの背後に<馬>が迫っている事を確認しての行動だ。


 衝突せんばかりの勢いでミッチャントに飛び掛る軍馬。


「おおおッ!?」


 唐突に雪崩れ込んで来た質量。

 他方に気を取られていたミッチャントが慌てて対応する。


 振りかぶって振り下ろす二動作を、背後を振り返ることで振り被りと振り下ろしの一動作に短縮。

 バトルメイスの先端を馬の頭部に叩き付けた。


 凄まじい膂力。

 クリーンヒットした戦槌は一撃の元に馬を薙ぎ倒した。


 その隙を突いて、私は聖騎士ミッチャントに剣を振り下ろす。

 フードを付けていない頭部を狙った一撃。


 体制を崩しながらも、その攻撃をミッチャントは片手で弾いた。

 盾や防具で反らしたのではない。


「防御魔術!?」

 私はつい叫んでいた。


 部分的な魔術障壁が鉄の剣を防いだのだ。

 私の攻撃は失敗に終わる。



 しかしまだ、本命の追撃が残っている。


 今の一撃で、敵の正面は私に向いている。

 ミッチャントの背後、打ち倒された軍馬の影から、従士アルカカがミッチャントの足元に滑り込んでいた。


 機を見て潜伏していたのだ。

 軍馬の側面に潜み、ミッチャントへ嗾け、馬を攻撃した隙に密着する。

 隻腕隻脚の人間が出来る動きを、明らかに超越していた。


 アルカカは地面を転がり、ミッチャントの足に組み付くと、大腿部に短剣を突き立て、関節を押し込んで引きずり倒す。


「ニケ!」

「うん! アルカカ!」


 アルカカの呼びかけに答え、ニケが倒れているミッチャントに剣を突き立てた。

 流れるような連携、が、それも魔術障壁に阻まれる。



「くっ!? しぶといっ!」

 私は弱音を吐いた。


 一見、圧倒しているように見えるが、決定的と思われる不意打ちの連鎖攻撃を尽く躱されたのだ。


 大抵の場合、決着していて当然の多勢に無勢だった。


 やはり、無理なのか……?!


 ミッチャントの拳がアルカカの顔面を捉え、弾き飛ばす。

 聖騎士の拘束が解除される。


「アルカカ!」

 ニケの連撃を後転して躱し、ミッチャントが立ち上がる。

 アルカカが突き立てた短剣を流れで引き抜くと、その傷は一瞬でかき消えた。


「このッ!!」

 ニケが間合いを詰め、高速で突きを放つ。

 ミッチャントはその素早い突きを容易く弾いた。


 確信する。ミッチャントの実力は、ニケを遥かに凌駕していると。


 フォローしなくてはと押し出した私の足を、投擲錘が絡めとった。

 立て続けに背中に強い衝撃を受け、転倒する。

 一斉に飛び掛かって来た修道士たちに地面に引き摺り倒されたのだ。


 すでに六人の修道士たちが復活しており、指揮官を助けようと形振り構わず殺到。

 私とアルカカは為す術も無く取り押さえられた。



「ニケ嬢! いけません!」

 私は彼女を怒鳴りつけた。


 一転した戦況に戸惑った彼女は、仲間の救援に意識を奪われ、対峙する聖騎士を一瞬意識の外へと追いやった。


 その一瞬が致命的な相手だ。


「――ッ!?」

 虚を突かれたニケが嗚咽し、ミッチャントが気を発する。


 バトルメイスのフルスイングがニケに向かって炸裂。

 軽量の彼女は棒切れのように吹き飛んだ。


 私は死を確信した。


 ニケは地面に背を打ち付け、ピクリとも動かなくなる。

 この距離では容体は判らない。


「ニケッ!!」

 従士アルカカが叫ぶ。

 しかし私同様に修道士達に拘束されている。


 私を押さえつける三人。従士アルカカを押さえつける三人。

 生死も定かでは無い上級騎士ニケ。


 この場で万全の状態なのは二人だけ、聖騎士ミッチャントと――。


――勇者イリーナだ。





  『秘法の在処』▶︎

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