五場 崩壊の足音


「――え?」


 勇者はあからさまな嫌悪の表情を浮かべた。

 足掛かりとなる有力な情報を提供したと言うのに、理解に苦しむ。


 私は抗議する。


「今のは何に対する、えっ、ですか?」


「……お前、家族とかいるの?」


「天涯孤独の身でも無い限りはいるでしょう、人間だもの」


 意味不明な質問に、当たり前の返答をする。

 勇者は親指と人差し指で自らの眉間を摘み。苦しそうに呻いた。


「いや、混沌から自然発生した暗黒生物か何かだと思っていたから……」


 人間扱いされてなかった。


「それに、人間の死体を再利用する研究をしている人達ってだけで不安なのに、お前と血が繋がってるんでしょ?」


「繋がってます! 何か問題でも?!」


 お前と血が繋がってるんでしょ? とは、素朴且つ、なんて侮辱的な表現なのだろう。


 そんなのって、そんなのって! 最高じゃん!


「でも、思い当たった所から調べて行くしかないな」

 勇者は観念した様に漏らした。


「そうですよ」

 嫌々という態度が些か引っ掛かるが、私は賛同する。


「それに、僕を元の世界に戻すのに必要だろう?」


「何がですか?」

 勇者の質問の意味を解せず、私は聞き返した。


「いや、お前、僕を召喚した時に、監獄内では帰還魔法は使えないって言ってたから、お前んちに帰れば準備があるのかなって……?」


 ああ、元の世界に帰ると言ったのか――。


 失念していた方向に唐突に話題転換されたので、聞き間違いかと思った。


「ああ、はいはい。言いました言いました!」


 平静を取り繕ってはみたが、内心、私は焦っていた。

――勇者は元の世界への帰還を望んでいる。


 そこには幾つかの不都合が存在する。


 第一に、勇者の帰還は私の研究の中断を意味する。


「もしかして、嘘ついたの?」


 鋭い!? だが、嘘ではない。

 あの時点では魔力の増幅器である秘宝を勇者の召喚に消費してしまっており、帰還魔術を使えるだけの魔力の貯蔵は無かった。


 だから、あの場で勇者を帰還させることは不可能だった。それは事実だ。


「しかし、勇者様はそれで良いのですか? その身体を持ち主に返してしまっては、この世界に勇者様の居場所は無くなり、ティアン嬢ともお別れになってしまうのですよ?」


 私は何とか、勇者に考えを改めて貰えるように誘導する。

 このまま話が進むのは非常に都合が良くない。


 第二に、そもそも『帰還魔術』など存在しないのだから。


 我が家だとか、場所の問題では無い。 


「僕の気持ちはともかく、このまま身体を借りっぱなしにしておく訳にはいかないよ。

 僕が帰らないことで、双方の家族や誰かに迷惑を掛けているかもしれないだろ?」


 なんて生真面目な性分だ。

 この人は倫理観から、最愛の人の出来たこの世界を捨てることになったとしても、記憶に無い元いた世界へ帰るべきだと判断したのだ。


 感動した!! が、不可能なものは不可能だ。


 困った。どうにか、勇者を説得しなくてはならない。

 いっそ、勇者の帰る場所はもう無いのだと伝えてしまってはどうだろうか?


 貴方はすでに死んでいて、消滅前の記憶を再生、保存した存在。

 つまりは生霊でしか無いのだと打ち明けてしまうのだ。


 そうすれば、帰るなどという考えは取り下げてくれるに違いない。


 例え、身体の持ち主の人生を奪う事になったとしても、他人と自分の人生とを天秤に掛けられる訳がないのだから。


「あのですね――」


「???」


 語り始めた口を噤む程に、特大のクエスチョンマークを貼り付けているのは、ティアン姫だ。


「どうしたの?」

「どうかしましたか?」


 勇者と私は反射的に訪ねた。

 ティアン姫は眉を八の字にして答える。


「何のお話しですの? いつの間にか、私、置いてきぼりになっていました」


 どうやら、勇者はまだ彼女に自分の正体を打ち明けていないのだ。

 何をビビッているのやら。


「――あ、ああ、あのね。実家に帰って家族を安心させてやらないとって、うん、言ったの」


 勇者の誤魔化しは嘘では無かったが、本質には触れていなかった。

 私は当たり障りのないフォローをする。


「その実家が少々困難な場所にありましてね。帰還には特殊な方法を要するのですよ」


「そうだったのね。私、忙しさに翻弄されていて、貴女の都合にまったく思い至らなかったわ。何か相談に乗れることはあるかしら?」


 それは送迎だとか金銭だとか、物理的な部分の事を言っているのだろう。


「その点はアルフォンスに相談してるから、ティアンは気にしなくても大丈夫だよ。ありがとう」


 勇者が煙に巻くと、姫は「ご家族を安心させてあげなくてはね……」と、すっかり納得した様子だった。


 この純朴さには勇者でなくとも、確かに先行きに不安を感じてしまう。

 悪い大人に騙される未来しか見えない。



 コチラの話。と、切り離して姫を遠巻きにすると、私は勇者に事情を説明する。


「私の一族は代々、ネクロマンサーです。その技術は長年に渡って伝承、発展してきましたが、魂の行き来は厳密には私の専門ではありません」


 それは死霊術師にとっての新機軸。ある人物により独自進化した技術だ。


「そうなの?」


「ええ、同系統の魔術と言えど、その内容は術者の着想や研究により異なるのです。


 火炎魔術と言えば空気中に発生させるものが一般的ですが、ジェロイ氏の場合、火を持ち運ぶ発想から発火魔術を習得していました。

 例えば、解毒の魔術にしても、毒の種類によって効果のある魔術形成は異なるのです」


 一種の解毒魔術で全ての毒を中和する訳では無いし、治癒魔術にしても治癒力を促進するものもあれば、傷口を補填する物もある。


「なんとなくティアンに聴いたよ。回復魔法も術者によって効果やコストが異なるって」


 魔術の行使による消耗や効果は一律ではない。

 術者の力量に大きく左右される。


 ティアン姫は元々基本的な治癒魔術を習得していたが、それは裂傷を塞ぐ程度の効力だった。

 それが勇者の生命を救う為、その場で未完成の再生魔術を実践した。


 結果、回路を組む機能を破壊してしまい、現在は魔術が使えなくなってしまっている。


 例えるなら、一度だけ世界一速く走ったが、無茶をしたせいで二度と走れなくなってしまったのと同じ。


 例えば、治癒魔術の総本山である教会の最高権力者である<大司教>なら、リスクを負わずに同様の術を実行可能だろう。


「取っ掛りは先人の発明である魔術の再現であることが殆どですが、研究と鍛錬によって、独自の技術になって行くものなのです」


 勇者は素直に頷いている。


「霊魂と肉体に纏わる魔術を研究する我々も同様です。

 私の場合は魂の位置を探り、意思疎通を可能にする技術へと昇華しましたが、これは独自の物になります」


 死霊魔術師と一括りにしても、その成果は異なる。


「……じゃあ、魂の入れ替えは専門外なの?」


 勇者が落胆するのも無理はない。

 帰せる保証も無く呼び出したと思われたのだ。


 事実そうなのだが。


 それが後ろめたいので、せめて帰還の当てはあったという事にしておきたい。


「魂の入れ替えは私にとっては参考資料でした。研究の主題だったのは確かです。なので、当然ある程度の知識はあります。

 しかし、勇者様の魂を元いた場所に返すと言うなら、妹の方が適任でしょうね。妹の研究こそが<魂の入れ替え>なのですから」


 私たち家族はそれぞれに違う手段で、不老不死を目指していた。

 私は勇者を帰還させる手段を知らないが、妹ならば知っているかもしれない。


 という方便。


 何も解決していないが、『不可能です』と言いきってしまうよりはずっと印象が良い。


 その場凌ぎくらいにはなるだろう。


「解った。じゃあ、妹さんに話を聞こう」


 勇者は私の意見に納得した様子だ。



 私と同様に家族も捕まっている可能性が高く、実家に帰った所で会える確証は無い。

 だが、研究成果の数々は残されているし、其処から手がかりが見つかる事もあるだろう。


 何より、出来れば回収しておきたい物がある。

 こちらは、既に持ち出されている可能性が高く、望みは薄いが。



「魔法って多様性が凄いんだね」


 勇者が素直に感心しているので、私はなんだか気分が良い。


「この世界ではネクロマンサーは邪悪な存在であると、歴史を学ぶ上で植え付けられています。

 しかし、我々はその技術の延長に人類の生活を豊かにする可能性を追求しているのであって、必ずしも兵器開発が目的では無いのですよ」


 必要とされ、それによって劇的に進歩もしたが、研究費目当てに兵器開発へと路線変更したことが、完全に裏目に出てしまったのが悔やまれる。


「僕も、通信魔法はかなり未来を行ってる気がするね」


 何もかも、禁止すれば良いという事ではないのだ。


「医療技術の躍進にも貢献できると確信しています! 何事も、それを扱う人間次第という事なのですよ!」


 私は蓄積した鬱憤を吐き出すように、力強く宣言した。


「でも違法みたいだから、一応通報するよ?」


 台無しでした。



「とりあえず、先に世界を救いましょう?」


 我々の身の振り方については後で考えるとして、優先順位的には死霊使いの捕獲が先だ。


「とりあえずで救えたいよ」


 勇者が項垂れるのも仕方ない。

 手掛かりからの犯人探しではなく、手掛かり探しの段階だ。


「そうだ、そろそろイバンに頼んでおいた事が判った頃じゃないかな?」


 項垂れていた体制から、跳ね起きる。


「では、コンタクトを取りますか?」


 その役目は当然、私の魔術に寄る。


「頼むよ」


 イバンは元剣闘士達から情報を得る為、別行動を取っている。

 ついでにと、勇者から頼んでおいた使命があったのだ。



 私はイバンの魂の位置を、『通信魔術』によって位置特定すると、テレパシーによる会話を開始する。


「イバン氏?」


『アルフォンスさん?! こちら、イバンですっ!』


「繋がりました」


「流石だね」勇者は感心する。


 一千万人都市で、その中の一人を見つけ出したと言ったら凄まじいが、イバンには印を付けていたので、通話を再開しただけにすぎなかった。


 バダックがゾンビ化していた。

 だとすれば、コロシアムでの戦闘の後、犯人はその死体を調達したという事になる。


 そこで勇者は、その時の死者の埋葬場所の特定と、様子の確認をイバンに頼んだのだ。


「どうだったって?」


 勇者と姫がジッと此方を見ている。イバンの声は私にしか聞こえない。


『コロシアムで出た遺体は共同墓地に埋葬されたことが判ったので、その墓地へ行ってきました。


――結果は最悪です』


「最悪だそうです」

「最悪とか簡単に言うなよ!」


 勇者が声を荒げるのも理解できる。

 ある種、安心する為に向かわせた部分もあるというのに、悪い予感は見事に的中。

 想定していた一番悪い状況だったと言うのだ。


「……根刮ぎやられているそうです」


「最悪だぁ!!」


 最悪とか、簡単に言うなよっ!!


 コロシアムの共用墓地から、剣闘士達の遺体は持ち出されていた。


 日数の経過している物や欠損の激しい物は難しい。

 それ以前の物は除いたとして、バダックのような例が百体以上存在する可能性もゼロではないということだ。


「勇者様。クロム氏の遺体はご遺族が回収して、一族の墓に埋葬されていたので無事とのことです」


「そうか、安心した」


 勇者が安堵の表情を見せる。それだけでもどれだけ救われるか。


 バダックは偶然、リビングデッドになってしまった訳ではなかった。

 持ち出された数百体の内の一体だったのだろう。


 それが悲劇の始まりであることくらい、誰もが想像できる――。




 翌々日、私と勇者は郊外の森の中にある、我が家を目指すことにした。

 昨晩、たっぷりと睡眠を取ったが、別に呑気にしていた訳ではない。


 イバンの報告により、剣闘士百体以上のリビングデッドが都市に放たれた可能性が浮上。

 私の実家を訪ねるより先に、そちらの確認を優先することになったのだ。


 騎士団による大掛かりな搜索が現在も行われているが、リビングデッドによる被害は影も形も無い。


「まるで僕たちが、嘘吐きのお騒がせ野郎みたいじゃんか」

 勇者はそんな呑気なことを言っていた。


 消えた剣闘士百体の遺体は何処へ行ってしまったと言うのだろうか?

 その一体すら発見されないことが、逆に不気味さを際立たせた。


 連日、騎士団を総動員出来る訳もなく、翌日からは捜索隊が縮小された。

 油断している訳ではない。人にも馬にも休息が必要だし、元々忙しい組織なのだ。


 先日から、捜索任務は<聖堂騎士団>へと引き継がれた。

 聖堂騎士団は、騎士団とは所属の異なる。教会が有する軍隊だ。


 規模は騎士団の十分の一程度だが、その信仰心で厳しい戒律を守り、鍛錬を積み重ねた彼らは強靭だ。

 一人一人の練度は、騎士団を上回る屈強な戦士達と言える。


 加えて、リビングデッド対策の専門家でもある。

 彼らは私達ネクロマンサーの宿敵でもるるのだ。



 唐突に始まった混乱が果たしてどこへ向かっているのか、何一つ分からない。

 何が起ころうとしているのか、何が目的で誰の仕業なのか、いったいどうなってしまうのか。


 王都には暗雲が立ち込めていた――。





  『護衛部隊出撃』▶︎

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