三幕

一場 宣戦布告


「え? 何処に行くのさ?」


 僕達はこれから下階に降りて、看守のオッサンや下位闘士達と合流する手筈になっている。

 この最終局面に、全ての発端でもあるアルフォンスが、僕の横に居なくてどうするってんだ。


「近衛兵達は皆、クロム氏かそれ以上の使い手です。20番以上の闘士に対しても、私は物の数ではありません。皆さんと前線で戦っても足しにもならないでしょう」


 それはアルフォンスに限った話ではない。下位闘士の皆がそうだ。

 だとしても、単純な戦闘力なら、僕よりも遥かに頼りになるだろう。


 居たらウザイけど、居ないなら居ないで心細い。


「なので私は、勇者様を遠巻きにしてジェロイ氏の狙撃や、まだ闘場にいない上位闘士の合流を警戒したいと思います」


 ああ、そういう考えか。

 全然そんなふうに見えないけれど、アルフォンスも本気なんだ。


 少しでも勝利に貢献出来る方法を、考えながら動いている。


 だったら、引き留める理由も無い。


「とか言って、どさくさに紛れて一人で脱獄しようとか、考えてないよな?」


 僕は緊張を解そうと冗談を飛ばし、オーヴィルと二人でワハハと笑う。

 しかしアルフォンスだけが真顔だった。


「なんで黙るのっ!?」

 まさか図星じゃないだろうな?!


「冗談ですよ。サイレントジョークです」


 そう言ってにこやかに微笑む。そんな笑顔持ってた?!

 爽やかさが逆に胡散臭いよ……。


「冗談と思えないよ、勘弁してよ……」


 後日、アルフォンスが一人で脱走していた事を知らされても、僕はやっぱりと答えるだろう。



「では、ご武運をお祈りしています」


 アルフォンスが握手を求めて来る。僕はその手を握る。


「今生の別れにならないといいね」


 これが、この世界に来た最初から、ずっと一緒にいた、何とも形容しがたい男との別れになるかもしれない。


「さよならは言いません。どうか、ご武運を」

 そう言ってアルフォンスは、僕の前から去って行った。


 まあ、逃げたなら逃げたで良いか。死なない事が第一だ。



「ジェロイの狙撃か……」

 僕の意味の無い呟きをオーヴィルが拾う。


「どうした?」

「ううん、何でもない」


 ジェロイはどう動くだろう。

 敵に回った場合はアルフォンスの言う通り、広い場所でこそ最も警戒しなくてはならない相手なのかも知れない。


 どうか、彼と衝突することがありませんように――。



 僕はしばらく暮らした部屋を振り返る。


 持ち出せるのはこのレイピアくらいか。


 すぐ隣に、緊張した面持ちのティアンがいる。

 大丈夫だ、彼女は僕なんかに比べたらずっと芯の強い子だからね。


「行こう、ティアン」

 僕が手を差し出すと、彼女はそれを握り返した。


「行きましょう、イリーナ」


 ほら、七年ぶりに部屋を出て、八歳ぶりに大勢の前に出る娘の眼差しじゃないもの。


 僕は一分置きにだってキミに惚れ直してしまうよ。


 もうこの鳥篭に帰ってくる事は二度と無いだろう。

 例え、僕達がどんな結末を迎えたとしても。




 下階に降りてくると、看守のオッサンが待ち構えていた。


「準備は出来ているぞ」


 五つあるゲート前の一つに、オッサンの指揮下にあった元兵士である看守達が集められている。

 ざっと二十人。彼らは戦争経験のある元騎士、兵士で構成される強者達だ。兵力がだいぶ底上げされる。


 事前にオッサンが手を回して、この一角に味方を集め、それ以外を他のゲート前へと排除した形になっている。

 僕達が自由に行動できるスペースが出来ていて、ここから闘場へは全員での突入が可能だ。


 オッサンが状況の説明をしてくれる。


「コロシアムの外に、非戦闘員も含むが、あと三十人待機させてある。それと剣闘士達の為に、昨夜のうちに装備を運び込んでおいた、全員に行き渡るはずだ」


「うん、ありがとう」


 事前に打ち合わせた段取り通りだ。

 さすが元戦場指揮官、準備が行き届いている。



 それとクロムの弟子達。

 仮にクロム隊と呼ぶとして、彼らを中心に下位闘士達もやる気に満ちている。


 クロム隊の一人に話しかける。


「状況はどう?」


「此処には三十人しかいないが、他の看守達に気付かれないように散らばっている。開始と同時に百十三人、ほぼ全員が武器を持って雪崩込む手筈だ」


 例によって無茶な試合があったせいか、今日までにだいぶ数が減ってしまった。

 けれど、残った全員を味方に付けることが出来たらしい。クロム隊の功績だ。


「凄いじゃん!」

 僕は彼に肩パンする。


「姉弟子の求心力があってこそだ」


 スタッフ達が優秀なお陰で、監督の僕が頼りなくても、万全の状態で舞台をスタート出来そうだ。



 数の利は此方にある。

 百人強で雪崩込んで、近衛兵五十を押し退けて、フォメルスの首を取る。


 百人で五十人を倒すのではない。百人でたった一人を倒す。

 不可能では無い筈だ。



「じゃあ、ヴィレオン将軍、そっちは頼むね」


「ああ、任された」


 オッサン達は別働隊になる。


 軍隊が到着してもそうだが、フォメルスがコロシアムから出てしまったら敗北決定だ。

 外と連携して軍隊接近への時間稼ぎや、フォメルス逃亡を防ぐ為の要員になる。


 それはオッサン達みたいに、集団行動の訓練を受けた連中じゃなきゃ難しい。

 ステージ上にはステージのプロ(剣闘士)、舞台裏には舞台裏のプロ(軍人)の配置だ。



 既に観客の入場は始まっている。もう時間が無い。


 フォメルスに異変を悟られないように、いつも通りに試合を組んでいる。

 けれど、それはフェイクであって、誰も試合をするつもりは無いし、それによって数を減らすつもりも無い。


 一試合目開始の合図が革命の狼煙だ。



「此処にいるのが全員で無くて残念だけど、集まってくれたことに感謝する」


 僕は皆に向き直り、皆がそれに注目する。

 

「闘場に雪崩込んだら、全員、フォメルス王を目指せ。誰でもいい、誰かが王の首を取れば僕らの勝ちだ。そして、絶対に観客には手を上げるな。僕らの行為は逆賊フォメルスの断罪であり、これを暴徒による侵略にしてはならない」


 王の首をただ取っただけでは、僕らは反乱分子として鎮圧されるだけだ。

 革命を成功に導く為には、国民の支持を得て、政治的な勝利を掴むことが不可欠。


「僕から皆に言える事は多くないし、これから流れる多くの血に対して、責任を負うつもりもない」


 酷いことを言っているようだけれど、この戦いは僕にとっては僕の為の戦いであり、皆にとっては皆の為の戦いだ。


 悪王フォメルスに対して、正義を執行する目的で集まった勇者達ではない。

 黙って死を待つよりも、未来を勝ち取る事を選んだ奴隷達だ。


 中には、皆がやるなら俺もやるだとか、置いてかないでくれだとか、集団心理に流されて参加するだけの人間もいるだろう。


 僕らは一枚岩じゃない。


「でも、もし上手くいったならその時は、うまい酒を飲もう。美味しいご飯を食べよう」


 人間に戻ろう。


「そして、大切な人に会いに行こう――」


 僕が当たり前の事を伝えると、皆の瞳に灯る光が力を増したのが分かった。


「よし!」

 僕は一人一人と握手を交わしていく。

「よろしくね!」


「おう!」


 僕の小さな手を掴んだ自らの大きな手に、力があるんだと確認し、彼らに勇気が宿りますように。


 どうか、この熱が彼らを伝わって、今ここに居ない参加者達にも伝染しますように。


「――いくぜ!! 最後の戦いだ!!」


 僕の号令に皆の気合が重なり、コロシアム開幕のドラが鳴り響いた。



 フォメルス王の名調子に煽られて、客席では歓声が巻き起こる。


 入場の時間だ。


「じゃあ、合図を待って」

 仲間達にそう伝え、僕は深呼吸を一つ。


 ティアンの手を引いて、二人で前に出る。

 そのすぐ後ろにオーヴィルを従え、三人でゲートを潜り、闘場へと足を踏み入れた。



 闘士たちにも内容は知らされていないが、第一試合はデモンストレーションの予定だった。

 闘場の中央には、その対戦相手が既にスタンバイしている。


 まずは、邪魔なそれを排除しなくてはならない。


「ゲゲっ!? なんだアレ?!」


 其処には、不自然に巨大な人影が二つ。

 人間の形をしているけれど、それは明らかに異質、人と呼ぶにはあまりにも怪物じみた異形をしていた。


 ニメートルを超える巨体に、発達し過ぎた顎や前歯。

 野生動物然とした盛り上がった背骨と前傾した姿勢。

 両手には戦斧を携えている。そんな怪物が二匹。


「蛮族の狂戦士だ」

 オーヴィルが教えてくれる。


「人間なのっ!?」

 僕は悲鳴をあげた。


 ティアンの握る手が強ばっている。

 外の世界で見る物がいきなりアレじゃあ堪らないよ。



 <狂戦士>は今にも襲い掛かって来そうだが、どうやら、足首を鎖で拘束されていて、楔を解かれる事で動き出す仕掛けか。


 鎖は遠隔で外せるようになっている。


 いや、人間の扱いじゃないし、人間に見えないし。

 とても下位闘士の手に終える代物じゃあない。


 フォメルスの野郎、またゲテモノ企画で話題作りをしようとしているな!

 そうじゃないって教えただろうが!



 第一試合の下位闘士が登場する筈が、何故か今日のメインイベンター、女剣闘士イリーナの登場。

 観客席がどよめき、すぐに歓声に変わる。


 まさかこれから戦争が起こるとは思うまい。

 何かサプライズな演出だとでも思っていることだろう。


 VIP席にフォメルスの姿を確認する。


――何でだ?

 酷く狼狽えている様子。予定外の出来事とはいえ過剰に見える。


 フォメルスが側近に指示を出した。

 声は届いて来ないけど、その仕草と表情で何となく理解した。


『――解き放て!』だ。



 案の定、狂戦士の拘束が解かれ、二体が一目散に襲い掛かってくる。


 信じられない瞬発力。その唐突さに僕は対応出来ない。

 考えた事は一つ、ティアンを護らなきゃ!


「邪魔だ! どけッ!」

 オーヴィルが、レイピアを構えようとした僕を押し退ける。


 彼は前に出ると同時に、両手で振り上げた大剣を、異常な跳躍力で頭上へと舞い上がっていた<狂戦士>に向かって振り下ろし、その巨体を地面へと叩きつけた。


 その迫力たるや、車両の正面衝突かと見まごう程だ。


 そして、ほぼ同時に飛び掛かって来た二体目に向き直ると、オーヴィルは方向転換の動作に連動させた完璧なスイングで、大剣を敵の胴に滑り込ませ、そのまま薙ぎ払った。


 <狂戦士>の左から入った刀身は、すり抜ける様に右へと突き抜ける。

 一刀両断だ!? その身体が上下に二分割され、地面に崩れ落ちた。


 先に叩き付けられた方は、肩から腰までを断裂して既に事切れている。



 僕は、目の前で起きた大事故に唖然としていた。


 オーヴィルの方は息一つ切らさずに、「まあ、こんなもんか」と、今の神業をまずまず及第点くらいに評していた。





  『下位闘士131人』▶︎

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