第247話 高校生活はいましばし続く
『幻想召喚物語』の裏にあったバフォメットの一件が片付き、護と月美は高校生と見習い術者の二重生活に戻った。
周囲への影響も地震以外の影響はなく、大きな騒動に発展することもなかったため、いつもと変わらない通学風景の中、二人は学校へ向かって歩いている。
「ジョンさんは無事に着いたかな?」
「どうだろうな。まだ飛行機の中ってこともありそうだけど」
ジョンはあの事件が収束し、後始末が終わるとそそくさとヴァチカンへと帰還した。
本人が言うには、長年、追い続けてきた悪魔をようやく討伐できたため、急いで本部へ報告したいということだったのだが。
――あの顔、報告だけじゃなくてまた別の悪魔を狩りにいくんだろうなぁ
別れ際に見せた物騒な笑顔を思い出し、護は別に用事があったのではないかと考えている。
だが、その用事に自分たちが関与しているということはないし、下手に首を突っ込んで痛い目を見ることは避けたいため、そのことについて言及するつもりはない。
そのため、黙って見送ることを選んだのだった。
「けど、ちょっともったいないって気もするなぁ」
「というと?」
「外国の人と話をする機会なんて、滅多にないじゃない? ヴァチカンのこととか色々聞いてみたかったなぁって」
「あぁ、なるほど。確かに、それはあるかもな」
江戸時代の末期になり、日米和親条約を結んでからおおよそ百六十年。
気軽に海外へ行き来することができるようになったとはいえ、大多数の日本人は言葉の壁や旅費など、様々な要因から海の外へ出ることをためらっている節があるようだ。
もちろん、インターネットなどで海外の情報を入手することは簡単であるし、少しお金をかければ、海外のニュース番組を視聴することだってできなくはない。
だが、やはり現地からやってきた人から、その人の生活の範囲を中心にした話というものは一味も二味も違う。
事情があったとはいえ、その機会をふいにしてしまったことを月美は少し後悔しているようだ。
「けど、そのうち機会もめぐってくるだろ」
「それはそうだけど」
「それに、そのうちそんなことを考えている余裕がなくなるしな」
「……嫌なこと思い出させないでよ」
苦笑を浮かべ、そんなことを言ってくる護に、月美は肩を落としながら返した。
春休みが終われば、二人は晴れて高校三年生となる。
それは同時に、これからの人生について考える重要な時期を迎えるということだ。
大学受験をするか、就職をするか、はたまた海外へ留学するか。
そのほかにも出現してくる様々な選択肢の中から、一つの進路を選び取らなければならない。
「俺は神社を継ぐつもりだから、進学しないとだけど、月美はどうするんだ?」
「わたしも進学するよ? 歴史とか宗教についてとか、やっぱり興味あるし」
護も月美も、大学進学を進路に定めているようだ。
当然、二人の前に立ちはだかってくるものがある。
術者であろうとなかろうと、現世を生きる若者たちの前に平等にやってくる宿敵。
『大学受験』というものが。
「なら、話聞けなかったことを後悔してても仕方ないだろ?」
「それはそうだけど……」
「てか、言わせないでくれ。一年間ずっと勉強漬けなんて、俺も考えただけで頭が痛くなるんだから」
もっとも、月美だけでなく護もできることならそのことを考えたくないと思っているようだ。
遠い目をしながらため息をついているその様子に、月美は思わず笑みをこぼす。
「……笑うなよぉ」
「え~?」
そんな和気あいあいとした様子で歩いていると、護は握りこぶしを作り、自分の肩のあたりに浮かべる。
すると。
「ぶべっ?!」
突然、情けない悲鳴が聞こえてきた。
その悲鳴を聞くと、護は背後を振り替えり、満面の笑みを浮かべながら悲鳴の主に声をかける。
「おはよう。来ると思ったぞ、清」
「……だったら、その拳はなんなんだよ?」
「あ? 顔の周りに羽虫が飛んでたんでな。つぶそうと思ったらお前が拳の方に勝手にぶつかってきたんだろ?」
「んな馬鹿なことするわけないだろっ?!」
肩を組もうと近づいただけだというのに、なぜか顔面を殴られてしまった清が文句を言っているが、護はその文句をことどごく無視している。
そんな二人の様子に、月美が苦笑を浮かべていると。
「隙あり」
「ふみゃっ?!」
突然、左の頬を突っつかれ、月美は奇妙な悲鳴を上げ、突っつかれた方へ視線を向ける。
そこには、いたずら小僧のような笑みを浮かべている明美と、おろおろとしている佳代の姿があった。
「にっひひひ、おはよう。月美」
「もぉっ! 明美、びっくりするじゃない!!」
「ご、ごめんね、月美。やめようって止めたんだけど、聞いてくれなくって」
「だってぼっとしてんだもん。いたずらしないって手はないでしょ!」
笑顔で佳代にそう返す明美に、月美はため息をつく。
だが、その顔はすぐに笑みを浮かべる。
明美の態度に呆れてはいるようだが、嫌っているわけではないらしい。
「まったく……いつまで経っても子どもみたいなことして」
「にっひひひ。まぁけど、こうやって楽しんでいられるのも今のうちだし、いいじゃん」
「あ、一応、その自覚はあったんだ」
「失敬な! さすがにあそこで土御門にお仕置きされてるやつとは違うわよ!!」
「あははは……」
明美が反論しながら指さす方へ視線を向けると、護に絡み過ぎたのか、顔面にアイアンクローをプレゼントされ、悲鳴を上げている清の姿があった。
明美もどちらかと言えば、清のような明るい人格を持っている人間ではあるが、さすがに相手に物理的な反撃をされたり、引き際を間違えるほど頭のねじが緩いわけではない。
こんなバカ騒ぎができるのも、今年までであることは、明美もしっかりわかっている。
「だからこそ、しっかり青春謳歌しないとね!」
「それもいいけど、早くしないと遅刻だよ?」
「え?……あぁぁぁぁっ??!! い、急がないと!!」
「護、早くしよ?」
明るい笑顔でそう語る明美だったが、佳代の一言でその笑顔はすぐに消えてしまった。
校門へ向かって走り出す明美と佳代に遅れまいと、走り出そうとしていた月美は、まだ清に悲鳴をあげさせている護に声をかける。
その声かけに、護はようやく清を手放し。
「これに懲りたら、しつこくするなよ?」
いまだ冷めきった瞳で、頭を抱えてうなっている清に言葉を投げ、その場を離れた。
ようやく痛みが引いて顔をあげた清は、護たちの背中が遠くなっていることを知り。
「ま、待ってくれ~! 置いてくなよ~!!」
情けない声で護たちを呼びながら、走り出した。
その声を背中越しで聞いていた護は。
――今年も、なんだかんだでこいつらと高校生活を過ごすことになるんだろうなぁ
と、心中で呟いていた。
もっとも、護の顔には穏やかな笑みが浮かんでいるあたり、それも悪くないと思っているようだ。
見習い陰陽師の高校生活 風間義介 @ruin23th
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