第244話 たとえ罪を背負う種族であっても
「どうです? これでもあなた方は人間は守護するに値するとお考えですか?!」
忘却による、存在そのものの消失。
それはある意味、死よりも恐ろしいものだ。
無自覚であったとはいえ、一部を除いた人間たちはそんな残酷な行為をバフォメットたち悪魔だけではない、妖や精霊、あるいは神にすら行ってきた。
その事実をバフォメットの口から告げられ、光は反論しようとしたが、すぐに言葉が出てこない。
満も同じように、どう言葉を返そうか考えている様子だ。
人間を霊的な存在から守護する側にいる彼女たちにとって、バフォメットの言葉は否定したいものだ。
しかし、バフォメットが口にした言葉もまた、否定できるものではない。
答えに窮している様子を見ているバフォメットは、さらなる動揺を誘おうとした瞬間。
「ま、確かに人間は守護するに値しないかもしれんな」
護の口から、光と満の立場では決して出てこない言葉が飛び出した。
「なっ?!」
「お、おい貴様! 何を言って……」
「いやだってそうだろ?」
護の言葉に光と満は驚愕の声をあげ、非難する。
だが、護はあっけらかんとした態度で返し、言葉を続けた。
「自分たちの都合で勝手に妖や神の存在を否定したくせに、自分に不都合なことや不可解なことは否定したそいつらのせいにする。超自然的なものに縋りたくなる気持ちはわからんでもないが、否定するなら縋ることをやめるべきだってのにな」
「それは、確かにそうかもしれんが!!」
「第一、よそ者は排除するし、自分と異質なものを受け入れることは絶対にない」
普通ならば認識できない霊や妖を認識する能力である『見鬼』。
その才能を宿して生まれた人間の多くは、その能力ゆえに気味悪がられ、排除の対象となることが多い。
護もまた、その排除の対象となっていたため、そのことをよく知っている。
「だってのに世界平和や平等、差別撤廃? はっ! ちゃんちゃらおかしいや。できもしねぇことをいけしゃあしゃあと……」
「ほぉ? では、なぜあなたはこの場にいるのです? どちらかといえば、あなたは私の側であるように感じますが?」
「……存外、頭の回転が悪いんだな」
「まぁ、悪魔だし。人間の感情なんてわかるわけないよ」
バフォメットの言葉に、護はため息をつき、月美も肩をすくめながら合の手を入れる。
「ほぉ? ではあなたは価値がない人間を理由なく守るというのですか?」
「何か勘違いしてないか? 俺が守るのは有象無象の人間どもじゃねぇぞ」
「……はい?」
「顔も知らねぇ人間のことなんざ知ったこっちゃねぇ。つか、赤の他人なんぞいちいち守ってられるか。キリがねぇ」
護の言葉に、バフォメットは訳が分からない様子で素っ頓狂な声をあげ、光と満はため息をつきながら眉間を指で押されていた。
付き合いが長く、護の本質を知っている月美も、やれやれといった様子で苦笑を浮かべている。
そんなギャラリーの様子など気にも留めず、護は続けた。
「だがあいにくと、死んでほしくない人もいれば、死なれたら夢見の悪い連中ってのは何人もいるんでな。お前の側につくつもりはないし、かといって抵抗をあきらめるつもりもないんだわ」
人間に興味がなく、害悪以外の何物でもない。
それが護が人間に対して抱いている印象だが、それはあくまで名前も顔も知らない、まったくの他人に対してのもの。
家族である翼や雪美、土御門神社に勤め、護を幼いころから知っている弟子の面々、清や明美、佳代を中心としたクラスメイト達。
そして誰よりも、月美にそんな印象は抱いていないし、いなくなってほしいとも思っていない。
数は少ないかもしれないが、護にはバフォメットの思惑を止めるだけの『理由』があるのだ。
バフォメットに与するはずがない。
「というわけだ。悪いが、お前はこのまま修祓させてもらうし、かのお方とやらにもお帰り頂く」
はっきりと宣言した瞬間、護は蔵から持ち出した護身剣の切っ先をバフォメットに向ける。
「ふむ……それでは残念ですが、交渉は決裂、ということでしょうか?」
「そもそも、交渉すらしていなかったと思うが?」
「おや? そうでしたかね?」
おどけたようにとぼけて見せるバフォメットだったが、護たちは油断なく身構えていた。
その様子から護たちがまだ繊維を失っていないことを察したバフォメットは、ため息をつく。
「まぁ、いずれにしても、あなた方との対立は決定的ということですね……残念ですよ。少なくとも、貴女とは分かり合えると思ったのですが」
「最初から分かり合うなんて不可能だろ。こんな形で出会ってんだからな」
「それもそうです、ね!」
護の言葉に答えながら、バフォメットは再び黒い光の槍を出現させる。
だが、同じ術を見た護たちの対応は早かった。
槍が自分たちに向かってくる前に、月美が縛魔術の言霊を放ち、満と光がバフォメットの両脇を固め、数枚の呪符を取り出す。
「付くも不肖、付かるるも不肖、一時の夢ぞかし!」
「生は難の池水つもりて淵となる、鬼神に横道なし、人間に疑いなし!」
「「教化に付かざるに依りて、時を切ってすゆるなり! 下のふたへも推してする!!」」
神仙道系にある悪魔が憑依した人を祓う呪を唱えながら、呪符をバフォメットに投げつける。
その呪符の間を回避しようと身をよじるバフォメットだったが、すぐ目の前に剣を振り上げた護の姿があった。
「奇一、奇一、たちまち雲霞を結ぶ。宇内八方ごほうちょうなん、たちまちきゅうせんを貫き、玄都に達し、太一真君に感ず! 奇一奇一、たちまち感通! 急々如律令!!」
古事記で一番最初に登場する神、天之御中主神と同一の存在とされる神仙、太一真君に感通する秘咒を唱えながら、護は振りかざした護身剣をバフォメットの脳天めがけて振り下ろした。
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