第234話 禍々しき百鬼夜行の中へ

 出雲で遭遇したものよりも禍々しい百鬼夜行を見た護と月美だったが、その禍々しさからくる不快感をどうにかこらえ、傾聴を呼びかける保通のほうへ視線を向けた。


「さて、状況は見ての通りだ。百鬼夜行が発生しているだけでなく、かなりの濃度の瘴気が充満していると考えられる」


 自分たちの目の前に広がっている瘴気の霧。

 その向こうで爛々らんらんと輝く瞳や妖気の渦から、すでに魔法陣がテラス範囲内は百鬼夜行で満ちている。

 その様子からも、自分たちがこれから突入する場所がどのような場所なのか。

 この場にいる全員が、言葉にされずとも理解できていた。

 だが。


「すでに最低最悪と言っても仕方のない状況ではある。だが、だからと言ってこの場から逃げ出したいと思うような人間はこの場にいないと信じる!」


 保通はあえて、この場に逃げ出したいと願う人間がいても仕方がないということを伝える意図があるような言葉を投げてきた。

 今までに経験したことのない数の妖を対処することなど、普段ならごめん被りたいと思うだろう。

 だが、いま自分たちが対処しなければ、先ほど発生した地震よりもさらに大きな被害が生じることは、簡単に予想できる。

 消防も警察も、この事態には簡単に対処することはできない。

 むろん、調査局から出向している職員がいないわけではないのだが、その人数はかなり少数。

 とてもではないが、対処することはできない。

 ならば、自分たちが動く以外にない。


「すでに予断を許されない状況となっている。よって、この瘴気に突入したのちは、各班の判断で行動してほしい」


 魔法陣の破壊に専念するため、特殊生物との接触を回避しながら進むもよし。

 体力の続く限り特殊生物と戦うことも、取り残された一般人の救助に集中することも、各班が独自の判断で優先順位を決めていいということのようだ。

 だが、と保通は続ける。


「必ず守ってほしいことが一つだけある! たった一つのシンプルな、そして絶対の命令だ! 『必ず生還しろ!』 以上だ!!」


 保通が話を終えると、その場にいた全員がそれぞれの班員とともに行動を開始した。

 瘴気の中へと向かっていく術者たちが多い中、護たちはまだ動く様子はなく。


「ひとまず、持ってきたものの確認から始めよう」

「それと、俺たちはどう動くかの方針も固めておきたいな」

「あぁ。優先順位を決めて行動するべきだろうし」


 これから自分たちがどう動くべきか、その方針を立てることから始めることから始めることにしたようだ。

 とはいえ、保通も言っていた通り、あまり時間的な余裕はない。

 あまり長時間、会議をするつもりはないようだ。


「持ってきたものは呪符が二十枚と数珠が二つ、独鈷が二個だ。俺と月美でそれぞれ半分ずつ持っている」

「あとはわたしが鏡、護が剣を持ってるわ」

「私たちも似たようなものだ」

「あとは支給されている拳銃を一丁ずつ。予備の弾倉が三つずつというところだな」

「拳銃と弾丸は調査局で特殊生物対策の加工を施しているから、特殊生物に対しても有効なはずだ」


 簡単に装備を自己申告すると、特に確認することはせずに、四人は次の議題である行動方針についての話し合いに入る。


「私としては、ジョンさんに協力して魔法陣の破壊に向かいたいところだが」

「この騒動をお手っ取り早く収めるには、それが最善だろうな」

「けど、残された人たちの救助はしなくていいのかな?」

「それはほかの班に任せたほうがいいだろう。私たちには応急手当の知識はないからな」

「それはそうだけど」

「それに、大型の使鬼を使役しているわけでもない。瘴気の外へ運び出す手段がない以上、私たちはほかのことに 専念するべきだと思わないか?」


 使鬼とは、術者に使役されている妖や精霊を指す。

 護が従えている五色狐や、月美が先日、使役することとなった呪いの日本人形がそれにあたる。

 他にも、蝶や蜘蛛などの虫や鬼など、使役する妖は術者によって様々だ。

 中には、馬や牛といった大型の動物の霊やほかの生物に化けることのできる妖を使役している術者もおり、そういった術者は使鬼に物や人の運搬をさせることが多い。

 要救助者の救助は、そういった運搬に適した使鬼を使役している術者が適役だ。


「私たちが使役している使鬼は、言い方は悪いが荒事の方が向いている」

「なら、救護じゃなくて一時保護だったらどうだ?」

「その後、救護班に連絡し、瘴気の外へ出してもらうということか」

「あぁ。それだったら、俺たちでも出来るし、現地調達すれば、呪符を使う必要もないだろ?」


 護たちが普段使用している呪符は和紙と墨で作成したものだが、呪符は何もそれらで作らなければならないというわけではない。

 極端な話ではあるが、呪符というのは霊力を宿した文字と記号が記された紙だ。

 そのため、書き記すことができるものであれば、効力に多少の差はあったとしても、呪符として機能してくれる。

 たとえ、紙ではなく木片であっても呪符として使用することができるのだ。

 幸い、これから突入する予定の瘴気の中は、もともとオフィスビルが立ち並んでいるビジネス街。

 紙はもとより、文字を書き上げるためのペンはいくらでも存在している。

 奇妙な言い方ではあるが、呪符を作る材料には事欠かない場所だ。


「なら要救助者は見つけ次第、結界で保護。救護を担当する班に連絡、ということでいいか?」

「あぁ、構わない」

「うん、そういうことなら」

「なら、救護に当たることになりそうな班に声をかけておこう」


 光の言葉に、護と月美はうなずき、満は救護にあたるかもしれない班に声をかけることにした。

 そして、数分後。

 すべての作業が終わり、護たちはようやく瘴気の中へと入っていった。

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