第210話 見習い陰陽師、使鬼を心配す

 白桜と黄蓮の二体に『幻想召喚物語』を制作している会社の見張りを命じてから三日。

 情報が届けられるまで待機している護は、いまだに何も情報が届けられていないことにやきもきしながら、過ごしていた。

 簡単に行くとは、使鬼たちを放った本人も思ってはいない。

 だが、いくらなんでも時間がかかりすぎているように感じていた。


――白桜にしても、黄蓮にしても、五色狐の中で最強と二番手の力を持っている。そう簡単にやられるとは思えないんだが……


 さすがに、それなりに信頼している使鬼二体を情報収集に出したのだ。

 それだけ情報を引き出すことは難しいと考えているし、そう簡単に情報を引き抜くことができるとも思っていない。

 だが、かといってあの二体がそう簡単にしっぽを出してしまうとも思えない。


――何かあったとみるべきか?いや、けれど……


 何も連絡が送られてこないために、やきもきさせられていた。

 だが、送り届けた先は、曲がりなりにも会社の中。

 霊的な防御以前に、物理的な防御が施されており、情報漏洩についても対策が施されてしかるべき場所だ。

 おまけに、霊的存在とはいえ、白桜にしても黄蓮にしても、霊格を得て生物から精霊へと存在を昇華させたとはいえ、所詮は狐。

 人間が最近になって作り上げ、ようやく扱えるようになった人間が増えてきた電子データやプログラムについて、何か知っているわけでもない。


 それらのことから、一日で戻ってくるとは思ってもいないが、それでも戻ってこないと心配になってしまうのは、それだけ、使鬼に情を持っているということになるのだろう。

 翼がそのことを知れば、術者としてその態度はあまり褒められたものではない、と苦言を呈しそうなところではあるが。

 だが、最終的に。


――そんなに心配しても仕方がないか。それに、何かあれば俺の体の方に返ってくるわけだし


 と、心配することをやめてしまった。

 いや、まったく心配していないわけではないが、そもそも、使鬼たちとは霊的に繋がっている以上、何かあれば、それなりのことが護の身にも降りかかってくる。

 無事に命令を果たせば、余計なことはせずに帰還したことを報告してくる。

 これらのことは、わかりきっていることだ。

 余計な心配をしていたせいで、それらのことがすっかり頭から抜けていた。

 一体、自分は何を悩んでいたのか。

 思い出した瞬間、護の心中にあった心配の度合いは一気に下がり、何事もなかったかのように学校へ向かう支度を整え始めた。

 もっとも。


――まさか、契約を書き換えられた、なんてことないよな?呪詛か何かで操られている状態とか


 別の可能性を思いついてしまえば、こうして再び心配し始めるあたり、やはりそう簡単に割り切れてはいないようだ。

 主人のその様子を見て、残っているほかの使鬼たちはため息をこぼした。


「そんなに心配することのほどでもなかろう?」

「そうも心配するのは、我らを信頼していないということか?」

「まったく、悲しいぞ。いったい、我らは何年、お前と組んできたと思っている?」


 一応、五色狐は護が中学の頃からであるため、それなりに長い付き合いで、それなりの信頼関係を築いている。

 ともすれば、月美や家族以外の人間よりも信頼しているほどだ。

 それは五色狐たちも同じことだ。

 だからこそ、護は五色狐たちを失いたくないがゆえに心配している。

 五色狐たちもそれを理解しているのだが、彼らからすれば心配されることはうれしいことではない。

 かえって、信頼されていないのではないかという不安感を煽られてしまう。

 とはいえ、こうして主に説教をしているあたり、相手の力量がどれほどなのかわからないために、不安材料が多いために心配になっているのだろうという分析ができているようだ。

 だからこそ。


「彼我の戦力がわからん以上、情報を集めるのは当たり前」

「それをわかっているから、黄蓮と白桜を向かわせたのだろう?」

「第一、何かあれば逃げ込む先はあるのだ。消滅するということはあり得ん」


 そう言って、主の不安を少しでも和らげようとしていた。

 護を子を送り出して心配する親とするならば、五色狐たちはその親を諭す祖父母といったところか。

 傍から見れば、何とも奇妙な光景である。

 いや、そもそも使鬼に諭される術者という構図そのものが奇妙というよりも異様と言えるのだが。

 一方、使鬼たちに諭された主はというと。


「わかっちゃいるけどなぁ……」


 と、ため息をこぼし、ひとまず気持ちを完全に切り替えることはできたようだ。

 その証拠に、制定品のコートを羽織り、マフラーを首に巻いたうえでカバンを肩にかけている。

 心配しながらも、登校の準備をすっかり整えていたようだ。


「……気にし過ぎたら何されるかわかったもんじゃないから、これいくらいにするか」

「それがいいだろう」

「そうしておけ」

「それくらいでちょうどいいんだ」

「……なんか、無理やり納得させられているようで釈然とせんな」


 次々に飛び交ってくる使鬼たちのツッコミに、ジトっとした視線を向けながらつぶやき、護は部屋を出た。

 なお、このあと通学路で月美に同じようなことを言われたことは、ご愛嬌というもの。

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