第195話 しつこいお誘いの強制的な断り方

 期末試験が終了してから数日。

 護と月美は年末恒例となっている大掃除の手伝いで、清たちからの誘いを断り、まっすぐ帰宅することが増えた。

 そのことについて、いつまでもうだうだと言っていた清だったが、大掃除の手伝いにかこつけて、二人だけでどこかに遊びに行っているわけではないと察っしたようだ。

 さすがに、クリスマスの日に二人を遊びに誘うことを控えるようになった。

 控えるようにはなったのだが。


「なぁなぁ!せめて初詣くらい……」

「だぁから、冬休み中は忙しいって言ってんじゃねぇか」

「そこをなんとか!風森からも何か」

「え?わたしも護の手伝いで忙しいのに?」

「理不尽だぁ!!」

「いや、理不尽なのはお前の方だ」

「勘解由小路くんのほうが理不尽だと思うんだけど?」


 クリスマスに誘うことはせず、大晦日のカウントダウンや初詣に誘うようになった。

 当然、寺社仏閣というのは、大晦日と正月三が日が最も忙しい時期に入る。

 土御門神社も例にもれず、護自身、その四日間は思い出したくもないほど、忙しいのだ。

 断るのは当然のことだし、たとえいつもの五人組の中で一番の能天気な清であっても、少し想像力を働かせれば、二人が忙しいことくらいわかるだろう。

 だというのに、しつこく誘ってくるあたり、清のほうが理不尽であるという月美の言い分は正しい。

 だが、その理屈が清に通用することはなく。


「なんでだよ!一緒に思い出作りたいってのが理不尽だってのか?!」

「思い出って、相手に迷惑をかけてまで作るものだっけ?」

「そ、そりは……」


 月美の冷ややかな瞳とその一言に、清は口ごもった。

 医療技術の発達により、百年を超えることも難しくなくなった人生の中で、数年しかない高校生活の思い出を残したいという清の気持ちは、月美にもわからないわけでもない。

 だが、のちに思い返すのであれば、苦い思い出よりも楽しい思い出の方が断然、好ましい。

 他人に迷惑をかけながら作る思い出が前者と後者、どちらになるのか。

 高校生ならば、いや、常識ある人間ならば誰にでもわかる一般常識だ。


「それは??まさか、答えられないの?」

「そ、そんなことは……」

「あら?それなら答えることができるわよね?なんでできないの?」

「え、えっと……それは、そのぉ」


 なおも続く月美の追求に、清の顔は青くなっていった。

 その様子を見ていた周囲の同級生たちは、清のことを不憫と思ってか憐みの視線を向けるものと、自業自得とばかりに軽蔑の視線を向けるものとが半々であった。

 どうやら、清に救いの手を差し伸べてくれる存在はいないらしい。

 当然、護も手を差し伸べるつもりはない。

 ないのだが。


「月美。そろそろ行かないと夜になっても終わらなくなる」

「そだね」


 結果的に救いの手を差し伸べることとなってしまった。

 事実、これ以上、清に無駄な時間と労力を使うよりは、さっさと帰宅して手伝いをしたたほうが建設的だ。

 期末試験が終了し、通常授業がなくなり、普段よりも帰宅時間が早くなったとはいえ、まだまだ神社ではやることが残っている。

 少しでも早く作業を始めなければ、夜遅くまでかかってしまう。

 そこに加えて、護と月美はまだしばらく登校しなければならない。

 睡眠時間が削られてしまうことは避けたいのだ。

 そのため、不本意だが。本当に不本意だが、結果的に救いの手を差し伸べることとなってしまった。


「た、助かった。サンキュー、護ぅ」

「あ?別にお前を助けたわけじゃねぇ。つかいい加減、黙れ。お前の誘いに乗ってる暇は今の俺たちにはないんだっての。何度言わせりゃわかるんだ?ガキか、てめぇは」

「ひでぇ!!」


 一応、助られたという認識があるからか、清は護に礼を告げた。

 だが、返ってきた言葉と態度は、予想以上に冷たいものだった。

 それが証拠に、護は苛立たし気な表情を浮かべており、眉間には大量のしわが寄っている。

 実際問題、清は何度も護から時間が取れないことを告げられてきた。

 だが、その度に、最終的には折れてくれるという気持ちがあったため、めげずに声をかけ続けていたのだ。


 普段ならば、護もそろそろ折れて、清の要望に乗っかるところではある。

 だが、今回はそうもいかない。

 年に一度とはいえ、この行事は今後、自分が受け継いでいかなければならないことであり、日ごろから加護と恵みを与えてくれている祭神への感謝を示す大切な行事でもある。

 術者として、土御門神社の後継ぎとして、どちらを重く見るべきか。

 すでにわかりきったことである。


「どうしてもだめかよぉ……」

「どうあがいてもだめだ」

「なんでだよぉ!いいじゃんかよ、別に。毎年やってるんだろ?!」

「毎年やってるからこそダメなもんはダメなんだっての」

「けどよぉ、高校二年生の年明けは一生に一度しかこないんだぞ?」

「知らん。そんなことを言ったら、毎年の節目ってのは、全部が全部、一生のうち一度しかやってこねぇだろうが」

「そりゃそうだけどよぉ」


 何度説明しても引き下がらない清に、護もいい加減、堪忍袋の緒が切れたようだ。

 ジロリ、と殺気のこもった視線を清に向けたうえで、普段はやらない、霊力を声に込めて口を開いた。


「いい加減に黙れ」


 その一言に、清はようやく黙った。

 ただ黙っているのではない、言葉を出したくても出せない、というのが正しい状態のようだ。

 そんな清を放置して、護はさっさと月美と一緒に教室を出ていった。

 なお、二人の姿が教室から消えると。


「……あ、あ……あれ?喋れる」


 清の声は元に戻った。

 一体、何が起きたのか。清だけでなく、この場にいたクラスメイト全員がわからなかった。

 だが、あまり気にしても仕方がないし、気にしたところで能天気な清が傷つくということがないだろう、と判断したようだ。

 すぐに護と清の間に起きた出来事を忘れたかのように、自分たちの年末の予定を話し合いを再開したのだった。

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