第176話 局長との再会
光に案内され、護と月美はエレベーターに乗り、本部がある階へとやってきた。
慌ただしく廊下を歩いている職員たちの何人かは、突然、開いたエレベーターのドアに身構えたが、エレベーターから降りてきたものが、光であることを理解すると、安堵したような残念そうな複雑な表情をして、その場から離れていった。
「賀茂さん?お帰りなさい」
「えぇ、今戻りました。彼らは協力してくれることになった民間の術者です」
「そうでしたか……なら、局長室へ?」
「このまま向かって、状況の確認をしようかと思いまして」
「そうでしたか……お手数かけますが、よろしくお願いいたします」
すれ違った職員の一人に声をかけられ、光が事情を説明した。
その説明に、職員は納得したらしく、護と月美に頭を下げた。
あまりに予想外の態度に、二人とも慌てて頭を下げた。
「い、いえ、こちらこそ!!」
「かえって申し訳ない」
「……なんで君たちが謝るんだ?」
協力者二人の慌てぶりに、光は苦笑を浮かべながらそう呟いていた。
だが、その呟きに対して反応した人間は誰もいなかった。
「……こほん。こんなことをしている場合じゃないだろ?早く行こう」
「あ、そうだった!」
「そうだな。では」
「えぇ、引き留めてしまって申し訳ありません」
光が咳ばらいをして、局長室へ向かうよう促すと、話しかけてきた職員はその場から立ち去っていった。
その背中を見送り、光たちは局長室へと向かって、再び歩き始めた。
道中、一言も言葉を交わすことなく歩き続け、三人は局長室の前にたどり着いた。
光は局長室のドアの前に立つと、二度、ドアを叩いた。
「賀茂です。局長、協力者二人をお連れしました」
『入ってくれ』
「失礼します。さ、二人とも、入ってくれ」
局長室から、男の声が聞こえてくると、光は護と月美にも入室を促した。
光に促されるまま、二人が入室すると、部屋の奥に一人の壮年の男の姿が入り込んできた。
「局長、ただいま戻りました」
「ご苦労様。それと、今回の協力、感謝するよ。護くん、お嬢さん」
護はそう語りかける男に見覚えがあった。
光と初めて出会ったときと同じく、初夏の大型連休の頃、翼に業務委託を依頼をするため、土御門神社を来訪していた時に遭遇し、翼を仲介して仕事を依頼してきた男。
それが、目の前にいる男、賀茂
「いえ、父から任されたこともありますので」
「それで、さっそく教えてほしいのですけれど」
「そうだな。時が惜しい。今の状況を説明しよう」
挨拶もそこそこに、保通は二人に現在の状況説明を始めた。
説明とはいっても、光から事前に聞いていたものとほとんど変わりがなく、逃げる場所や法則などがまったく見えていないだけでなく、そもそもその姿すら見つけられていないという状態だった。
「もちろん、フーチやダウジングなどの手法も駆使した。が、奴の逃げ足の方が早いようでな」
「ちなみに、最初に購入した女の子のところへ行った、という線は?」
「それはない」
『メリーさん』の怪談のように、すでに脱出して元々購入した少女の家へ向かったのではないか、と考えた護がそう問いかけた。
だが、それは調査局のほうも同じだったらしい。
「あいつの姿が見えなくなってしばらくしてから確認の電話を入れたが、汚れた人形が姿を見せた、とか、それらしいものを見かけた、ということはなかったらしい」
「本当ですか?」
「あぁ。あの家族から回収するときに人形の曰くと、もし何かあれば、と伝えていたからな」
何かというのは、メリーさんよろしく、回収されたはずの人形が購入した家族の元へと出現することを指しているのだろう。
人形の曰くも説明されれば、大人ならば半信半疑にはなるだろうが、『回収されたはずの人形が戻ってくる』という不可思議な現象に気味の悪さを覚え、連絡をくれるはずだ。
その連絡がないということは、あの家族の元へは戻っていないということだ。
「なら、まだ調査局の中にいる可能性の方が高い、か」
「そういうことだ。だから、探すならこの建物の中、ということになる」
「だが、存外、あいつも身軽でな。捕まえるのに一苦労しているんだ……手伝ってもらえるかな?」
護の言葉を、局長が肯定し、改めて協力を呼び掛けてきた。
もとより、協力するつもりでこの場に来ている二人は、再度協力する意思を示した。
「もとより、そのつもりですから」
「もちろんです。全力を尽くします」
「すまない、感謝する……」
護と月美の返答に、保通が頭を下げると、光も続いて頭を下げた。
「んじゃ、まずは……」
「情報収集から、よね?水盆は用意しているから、部屋を貸してもらえませんか?」
「あ、あぁ。わかった。水盆、ということは水も必要だな」
「水道水で大丈夫ですよ?あ、わがまま言うなら、ミネラルウォーターのほうがいいですけど」
「清水は用意しているものがある。そちらを使ってくれ。賀茂、案内を」
「はい」
保通に促され、光は月美と一緒に所長室から出ていった。
残された護は、保通と向きあった。
「それで?君はどうするのかな?」
「一度、フーチで探してみたいので、ごく簡単なもので構いません。地図をいただけませんか?」
探し物は占い師の専売特許。
そして、陰陽師とは元来、占いを専門にして貴族たちに貢献してきた術者だ。
だが、護は自分の占術がまだまだ未熟であることと、一つの内容に対する占いは一日につき一度だけ、という鉄則から、
その代わり、ダウジングの一つであるフーチを使用することにしたようだ。
さらに、護は保通に一つ、頼みごとをした。
その頼みごとに、保通は目を丸くするのだった。
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