第154話 準備は大忙し~いよいよ大詰め~
すべての事務的な打ち合わせが終わり、いよいよ本格的な準備が始まった。
とはいえ、テーブルクロスや看板、メニューなどの小物はすでに完成が見えている状態であり、残るはコスチュームの作成のみという状態だ。
手伝った方が早く準備が終わるのだろうが、コスチューム作成は服を作ることと同じであり、作成にかかっているコスプレ趣味のクラスメイト以外、その知識も経験もない。
そのため、作成係を引き受けたクラスメイトからは手伝い不要の通達が出されていた。
もっとも、女子の制服に関しては浴衣とエプロン、カチューシャの三つが必要となるため、カチューシャとエプロンについては、ある程度、裁縫ができるクラスメイトの手も借りることになった。
だが、それ以外にもやることは多くある。
テーブルの配置や予備のテーブルクロスの作成、さらに教室の壁を保護するための段ボールの調達やその段ボールに装飾を施す作業も残っている。
特に急務になっていることは段ボールに関連したものであり、大多数のクラスメイトがその作業に追われていた。
「追加の段ボール、もらってきた!」
「そこ置いといてくれ!!」
「おーい、追加の絵具、取ってくれ!!」
「あっ?!自分で取れ!!」
必要となるであろう数を予測して用意していたが、予想が甘かった、というよりも思っていた以上に段ボールの面積が小さかったため、大量に段ボールが必要となってしまい、数をそろえるためにクラスメイトたちは奔走していた。
だが、段ボール収集と同時進行で段ボールの装飾の作業も行われており、作業場所となっている教室はてんやわんやの大騒ぎになっていた。
その騒ぎの中で、護と清は黙々と作業を進めていた。
「……やかましいな……」
「はははは……まぁ、しゃあないんじゃないか?」
「口じゃなくて手を動かせっての」
「言ってやるなよ……てか、風森もだけど、お前もよく集中力もつよな」
騒がしい、と文句を言いながらも黙々と装飾の作業を続けている護に感心してか、清はそんなことを口に出していた。
周囲を見れば、ほかにも同じ作業をしているクラスメイトは多くいるのだが、進捗は護の半分にも満たないといったところだ。
それもそのはず。
黙々と作業している護に対し、クラスメイトたちは談笑しながら作業しているのだ。
当然、集中力は半減するし、進むものもすすまなくなってしまう。
さらには、互いにふざけ合って作業そのものを忘れてしまうものも出てくる始末だ。
とはいえ、それはごく一般の家庭で育った高校生であれば通常のことだ。
むしろ、長年、滝行をしたり暗室でろうそくが燃え尽きるまで般若心経を暗唱したりするようなことを続けてきた護の方が異常なのだ。
「というか、お前の集中力の方が普通じゃないと思うんだがな」
「……知らん。お前も手を動かせ」
集中力が切れたのか、清も作業をする手を止めて、周囲を見回しながらそんなことを口にしていた。
が、もともと喋ることが好きではない護が清を相手をすることはなく、ただただ与えられた仕事を黙々とこなしているだけだった。
そのおかげか、護に振り分けられた仕事は八割がたが終了しており、周囲からは尊敬のまなざしが向けられていた。
その中には、仕事を押し付けてもいいのではないか、という気配が込められているものもあった。
そんな視線を向けてきているクラスメイトが誰なのかはわからなかったが、護は視線を向けてきているクラスメイトたちにむけて、半眼になりながら口を開いた。
「言っておくが、俺は自分の仕事もろくにしないような連中を手伝うつもりはないからな?」
その一言に、教室中が気まずい空気になった。
たしかに、一部のクラスメイトを除いて、割り当てられた箇所の半分も終わっていないものがほとんどだった。
終わっているのならば手伝ってほしい、という感情が湧き出てくることは無理もないことなのだが、やることをやらずに、終わらないから手伝ってほしい、と頼まれることは理不尽であると感じていることようだ。
その感情を理解できないほど、クラスメイトたちは理不尽ではなかった。
「だ、だよな……」
「さ、俺たちもやろうぜ」
「下校時刻までもうちょいだしな」
「せめてそれまでは集中しよう」
護の一言が堪えたのか、クラスメイトたちは口々にそんなことを言いながら作業を再開した。
もっとも、ここで文句を言ってこようものなら、護の堪忍袋の緒が切れて何をしでかすかわからない、という危機感を持っていたこともあったのだが。
「……ったく、最初からそうしてりゃいいのによ」
「いや、お前の集中力が化け物なだけだから」
「そうか?」
清の言葉に、護は首を傾げた。
通常、人間の集中力の持続時間は、個人差こそあるものの平均的には十五分から三十分程度と言われている。
その倍以上の時間、集中することができた護は、確かに常識外れという言葉が当てはまるだろう。
だが、そんなことを気にする様子はなく、護たちは最終下校時刻まで、作業を続けていくのだった。
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