第149話 女子は集まるだけで姦しくなる

 そのころ、月美も護と同じように女子数名と一緒に採寸に協力していた。

 協力していたのだが。


 「……おっきい……」

 「……へ?」

 「……なんで、同い年なのに……差があるの……ずるい……」


 月美の胸囲を計っている女子が突然、そんなことを口にし始めた。

 確かに、月美のそれは平均よりもやや大きい。

 だが、それは誤差の範囲内に収まる程度であり、クラスにはもう少し大きい生徒もいる。

 ずるい、と言われるいわれはないはずだった。


 「ず、ずるいって……あ……」

 「……見たな?」

 「……えぇっと……」

 「見・た・な?!」

 「……ごめんなさい」


 鬼の形相で睨み付けてくる同級生に、月美は思わず謝罪した。

 彼女が睨み付けてきている理由はただ一つ、月美と彼女のそれの大きな差にあったからだった。

 おまけに、彼女の身長は平均的な女子高生のそれよりも低く、ともすれば中学生か、下手をすれば小学生高学年と同じ程度。

 胸のつつましさも相まって、実際、小学生と間違えられており、学校でも時折、そのことでからかわれている。


 「……不公平すぎる……何食べたらそうなるのよ」

 「ふ、普通に色々?……あ、でもちゃんと運動とかはしてるよ?」

 「……いずれにしても不公平……全部とは言わない、半分寄越せ!!」

 「なんでそうなるのよぉっ?!」


 獲物を目の前にした肉食獣のようなぎらついた目に、さすがの月美も逃げる算段をつけ始めていた。

 だが、暴走するよりも早く、他のクラスメイトを採寸していた女子が声をかけてきた。


 「……馬鹿やってないで、はやく採寸済ませちゃお?」

 「そうそう、早いとこ済ませて、試作して、着てもらってから襲った方が面白いじゃん」

 「襲う?!いま、襲うって言ったよね?!それ確定なの??!!」


 てっきり救いの手を差し伸べてくれるのかと思っていたが、その期待とはまったく真逆の、むしろさらにいろいろと危険な方向へシフトし始めていることに、月美は珍しく、ツッコミを入れていた。

 本来なら、これほどのツッコミを入れる役目はむしろ護の方であり、月美はどちらかといえばボケ役なのだが、今はツッコミに回る人間がいないうえに、反論しなければ身の危険を感じているからツッコミに回らざるを得なかった。


 「まぁ、それは冗談として」

 「目が冗談じゃなかったように思うのはわたしだけ?!」

 「……いや、正直、ごめん」

 「貞操の危機を感じたんだけど?お嫁に行けなくなったらどうするの?」

 「え?」


 月美のツッコミに、たしなめてくれたクラスメイトは固まった。

 いや彼女だけではない、月美と同じく採寸されていたクラスメイトたちも固まっていた。


 「お嫁に行けなくなるって……風森さん、土御門のお嫁さんじゃなかったの?!」

 「わたしも護もまだ未成年!結婚してないってば!!」

 「……なん……だと……」

 「……学生結婚の……ロマンスが……」


 日本の法律では、保護者または後見人の許可があれば、女子は十六歳、男子は十八歳で結婚できることになっている。

 だが、それはあくまで法律上の話であり、二十歳を超えてからが通常であり、よほどの事情がない限り、その法律に従った婚姻をすることはない。

 当然、土御門家も風森家も法律が定める最低年齢での婚姻を認めていない。


 しかし、護と月美の信頼関係は、まるで熟年夫婦のそれであるかのように強固であるため、周囲にはすでに結婚していると思っているものもいた。

 どうやら、彼女たちはそんなロマンスを抱いている派閥だったようだ。

 自分たちが抱いていたロマンスが崩れ去ったことに大きなショックを受けてしまったようで、しおしおと崩れ落ちた。


 「あのね……人の恋愛で勝手にロマンスを描かないでよ……」

 「いいじゃない、別に!」

 「そうよ!!ただでさえうちの学校はカップル少ないんだから!!」

 「というか、一匹オオカミの土御門と天使の風森さんが付き合ってるってだけで話題沸騰なのよ?!」

 「いったい、どんな馴れ初めなの?!出会いは?!告白はどっちから?!」

 「A、B、Cのどこまでいったの?!」

 「……って、なんでいきなり質問タイムになるのよ?!採寸はいいの?!」


 突然始まった質問攻撃に、月美は困惑しながらもツッコミを入れていた。

 月美の言う通り、本来、自分たちがここに集まった理由は、衣装制作に必要な採寸を行うためだ。

 その目的を忘れたというわけではないのだろうが、今の彼女たちにとっての最重要事項はいつのまにか月美と護の馴れ初めや、どこまで進展しているかに変化していた。

 いつでも終わらせることができる採寸作業よりも、そちらのほうがおもしろいに決まっている。

 そして、人間という生き物は、おもしろいと感じたものにどうしようもなく引き寄せられるものだ。


 「ふふふふ……大丈夫、痛くしないから」

 「先っぽだけ、先っぽだけだから……」


 そしていま、月美の前にはその好奇心に憑りつかれ、理性を失った同級生たちの群れがじりじりと迫っていた。

 数の利ではすでに負けており、地の利もないことを悟っていた月美は、もうどうにでもなれと。


 「……せめてお手柔らかに」


 と口にした。

 それから数分後、満足そうな表情の数名の女子生徒と、げんなりとして精魂尽き果てた様子の月美が教室から出てきたことは言うまでもない。

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