第142話 帰り道、寄り道した喫茶店で

 委員長の提案により、男子も希望者はメイド服を着用するという提案が決まり、女子たちの一部は背後から炎が見えるほどの情熱をたぎらせていた。

 その日の会議は、『男女ともメイド服または執事服のどちらかを選択して着用すること』、『出入り口及び室内、メニューに過度な接触、セクハラなどの迷惑行為を禁止する通達を行うこと』、『部活の出し物等で忙しいもの以外で回していくこと』の三点を決めて、解散となった。

 委員長と女子数名、それから男子の中でも裁縫に自信があったり、飲食店でアルバイトをした経験があるものは残ってさらに話を詰めているようだったが、護と月美は教室を出て、いつものメンバーとともに家路についた。


 その途中で大手チェーンの喫茶店に入っていった。

 各自で好きなものを注文してテーブルにつき、今日の宿題に手をつけながら、注文したものを待っていた。

 数分して、コーヒーや紅茶、ジュースが運ばれてくると、いったん休憩となり、さきほどのホームルームで決定した催し物の話となった。


 「にしても、メイド喫茶……もとい、使用人喫茶ねぇ……」

 「メイドだけってよりはましだろ?」

 「そりゃまぁ、男女両方に需要産まれるからねぇ……けど、メイド喫茶の何がいいのよ?」

 「おいおい、それ言ったら俺らだって『執事喫茶の何がいいんだ』って思ったんだぜ?」

 「いいじゃん、執事。かっこいいし」

 「ならメイドもいいじゃん。可愛いし」


 明美はどうやら今回の催し物に不満があるらしい。

 もともと、メイド喫茶にしても執事喫茶にしても色物以外の何物でもないと感じていたようで、たとえ自分が接客に回らなかったとしても、あまりやりたいとは思っていなかったらしい。

 決して、何も自分が投票したものが不採用だったことを残念に思っているだけというわけではない。

 もっとも、民主主義的な方法で決定しているわけで、あの場で文句を言っても結果が覆るわけでもないので、何も言わなかった。

 『言わなかった』というだけで、何も思うところがないというわけではない。


 「な~んで、お化け屋敷じゃダメなのよ~楽しいじゃん、お化け屋敷」

 「いや、俺はごめんこうむりたいな」

 「へぇ?勘解由小路、お化け屋敷だめなんだ?」

 「そ、そんなんじゃねぇし?!」


 明美がからかうような様子でにやにやとした笑みを浮かべた。

 実際、本人が言っている通り、清はお化け屋敷が苦手というわけではない。

 清は仮にも安倍晴明の師匠である賀茂忠行を祖先に持つ人間だ。見鬼の才能も霊術、呪術の類を操ることが出来るほどの霊力も備わっていないが、妖や霊などの人外の存在にはある程度、耐性を持っている。

 怖がらない理由はあっても、怖がるような理由がないのだ。


 「ならなんで嫌だったのよ?」

 「設計も片付けも面倒じゃん」

 「あ、そっちなんだ?」

 「ちぇ~!てっきり怖いからだと思ったのに~!」


 つまらなさそうに明美は唇をすぼめながら文句を言っていた。

 その様子を眺めながら、護と月美は微笑を浮かべ、注文した紅茶を口に運んだ。

 不意に、佳代がそんな二人のほうへ視線を向けながら問いかけた。


 「そういえば、土御門くんと月美は何に投票したの?」

 「わたしは喫茶店」

 「俺も同じく」


 どうやら、護も月美も同じものに投票したらしい。

 前々から息があっていると思っていた佳代だったが、まさか同じものに投票するほどとは思っておらず、苦笑を浮かべた。


 「ちなみにだけど、そのこころは?」

 「コスプレは面倒くさい」

 「お化け屋敷も迷路も設置と片付けが大変そうだから」


 さすがに示し合わせたわけではないと考えて、その理由を問いかけてみると、喫茶店以外の項目が面倒くさいと感じたから、という、どうしようもないものだった。

 面倒なことがあまり好きではない二人だからなのか、準備と片付けに時間を取られることをとにかくさけるために喫茶店を選んだらしい。


 「予算組みやら修全とかいろいろと考えるとやっぱり内装に気を使わないで済むのが一番だしな」

 「そういう意味じゃ、喫茶店って教室にある机といすを使ってテーブルクロスかければある程度形になるしね」

 「まぁ、問題は茶葉と炊事場だが……まぁ、そこはどうにかなるだろ」

 「むしろ最大の問題は……」

 「……だね……」


 護のその一言に、月美は陰鬱そうなため息をついた。

 そうなる原因となる一言を出した護の表情も、決して穏やかなものではなかった。

 殺気立っているわけではないが、疲労が前面に出ているようにすら思える。

 なぜそんな表情を浮かべるのか、すぐに察しがついた他のメンバーも同じように沈んだ顔でため息をついた。


 「……あぁ、うん……」

 「……だよな……」

 「……うん……」


 最大の問題。

 言わずもがな、メイド服と執事服のことだ。

 これが巫女服や狩衣であれば、護と月美は着慣れているため抵抗がないのだが、メイド服も執事服も着慣れていない。

 おまけに、希望者は男子でもメイド服を着用可能ということを言っていたため、希望書を偽造してしまえば、メイド服を着せられてしまう可能性もあるのだ。


 むろん、その逆もありそうではあるが、月美と明美はそれなりに仲のいいクラスメイトが多い。

 佳代については、なぜ月美たちと一緒に行動しているのか不思議に思われるくらい地味で、一時期、いじめられていたこともあった。

 だが、月美と明美が一緒に行動しているし、体育祭の時期に護と月美が佳代をいじめていた不良女子にその証拠を突きつけ、警察に届け出ようとした話が広まっていたため、下手に手出ししようとするものはいない。


 だが、男子二人に関しては別だ。

 清はそのお調子者な性格ゆえに男女ともにそこそこ交友関係はあるため、からかい半分で申請するだろう。

 護については、からかうネタがないということと、月美と交際しているということを知られているため、腹いせとして申請してくる可能性もなくはなかった。

 むしろ、清よりも護のほうが虚偽申請によってメイド服着用を強制される可能性は高い。

 そのあたりをどう対処するべきか考えながら、護は陰鬱なため息をつくのだった。

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