騒動記

第140話 二学期の始まりはひと騒動とともに

 夏休みが明けて、二学期が始まった。

 とはいえ、衣替えの時期にはまだ早く、暑い日も続いているため、全員、夏服を着用していた。

 そのため、一学期の終業時と姿格好はたいして変わりはなかったのだが。

 教室は夏休み中にどこに行ったか、どんなことをしたかという話題や、宿題がまだ終わっていないことを嘆きつつ、必死になって教えてほしいと懇願する声などであふれていた。


 「ったく、宿題くらいさっさと片付けときゃよかったのに……」

 「そういうお前はどうだったんだよ、勘解由小路」

 「ん?夏休み中にコンプリート」

 「まじか!!」

 「ふっ、余裕だったぜ……」


 護よりも社交的で、周囲には友人も多い清がそんなことを話していると、明美が呆れたといわんばかりのため息をつきながら本当のことを口にした。


 「何言ってんだか、土御門と月美と佳代にさんざん尻叩かれてたくせして」

 「ちょっ?!桜沢?!それ言っちゃいけないやつ!!」

 「ほかにも、自分が旅行行きたいって言ってきたくせに、宿題で疲れてダウンしちゃって結局あたしらに行き先とか任せっきりにして何にもしなかったし」

 「だからっ……」

 「あとは……あぁ、奈良漬け無理矢理食べさせて酔っぱらわせて……」

 「奈良漬けは自分たちで食べたでしょうが!!てか、なんでありもしなかったことを吹き込もうとしてるんですかねぇ??!!」


 あらぬことを吹聴されて名誉を傷つけられてはたまったものではない。

 清は必死になって否定していたが、そんな態度を面白がっているのか、明美はさらに畳みかけてきた。


 「あとはそんな人じゃないって知ってて土御門くんが小学生を口説こうとしてたとかってからかおうとしたよね?」

 「違うだろ!中学生だっただろ!!つか、あいつとあの子は親戚同士だっただろうが!!いい加減にしてください、お願いしますまじで!!」


 泣きそうな顔で清はこれ以上、明美にいじらないでほしいと懇願した。

 そんな清の顔を見る明美の顔は、どこか恍惚としていたことに気付いた周囲の男子は。


 ――やべぇ……桜沢って実は女王様気質だったかぁ……


 と心の内で呟いていた。

 なお、この光景を遠巻きで見ていた女子たちは、反論しながらも逃げようとしていない清の様子に、少しばかり訝しい目を向けていた。

 そんな彼女たちの胸中には。


 ――もしかして、勘解由小路くんって……マゾ?


 という憶測が渦巻いていた。

 顔は平均よりもやや整っており、お調子者なところはあるが社交的で誰とでも気軽に接することができることから、実のところ清を狙っている女子は少なからずいる。

 いるのだが、今回のこの一件でマゾヒストという不名誉なレッテルを貼られてしまい、しばらくの間、冷たい視線を浴びることとなった。

 そんなことはつゆ知らず、いや、知っていて放置していた護と月美は、ホームルームが始まるまで佳代と談笑して過ごしていた。


 ちなみに、始業式が終わるまで、護と月美、佳代の三人は清と明美の間に割って入るようなことはせず、京都での旅行の話や夏休み中に見つけた本のことなど、様々な話題で盛り上がっていたため、清から半眼でにらまれることになった。

 だが、三人ともそんなことは知ったことではないし、むしろいままで調子に乗っていたしっぺ返しがきただけ、と考えて受け流していた。


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 始業式が終わるとそのままホームルームとなった。

 が、それもすぐに終わって生徒たちは下校を開始した。

 当然、護と月美、佳代、明美、そして清も下校し、家路についていたのだが。


 「……なぁんで助けてくれなかったんですかねぇ~?」

 「助ける義理、なし」

 「一緒に旅した仲間じゃないですかね~?」

 「それを言ったら、桜沢と吉田も該当する」

 「じゃあ女子二人だったら助けんのかよ?」

 「時と場合による」

 「ひでぇな……」


 護からの返事に、清は口をあんぐりとしながら返した。

 そもそも、護が無条件で助けるのは月美だけだ。明美と佳代については、月美がフォローに入れないときは入ることがあるが、清が困っていたとしても助けるつもりは全くない。

 それだけ、普段から清にいじられ、迷惑をかけられ続けてきたのだ。

 これくらいの意趣返しをしても罰は当たらないだろう。


 「うぅ、お前がこれほど友達に冷たいやつだなんて……」

 「今更だろ」

 「……最近、お前いじってもつまんない」

 「……いじってる自覚はあったんか」


 驚愕の事実を突き付けられたかのような顔で、護は清に返していた。

 月美が転校してきてからこっち、護の雰囲気は目に見えて和らいでいたため、多少ならばいじっても問題ないだろう、と判断していた清は一年のころよりも馴れ馴れしく接してきていた。

 その馴れ馴れしさが腹立たしいと思わないことは一度もなかった。

 だが、再三再四、しつこいと言ってきたが、まるっきり聞く耳を持たないため、自覚がないのかとも思っていた。


 「へぇ……勘解由小路くん、護のこといじって遊んでたんだ……?」

 「あ~、月美?あんまり怒らない方がいいと思うよ?」

 「というか怒るだけ無駄なんじゃないかな?勘解由小路くん、マゾだし」

 「俺はマゾじゃねぇ!!てか、なんで吉田までそんなこと言うかねぇ?!」


 大事な人をからかって遊んでいたことを知り、月美は瞳孔を小さくなった目を清に向けながら小声でそう言っていた。

 その様子に気づいた明美が、どうにか月美をなだめようと声をかけていた。佳代は、ちゃっかりマゾヒストのレッテルが定着しているかのような言い方で明美の言葉に同意した。

 むろん、言われた本人はたまったものではないため、大声で反論していた。

 だが、佳代はそんなことはおかまいなしに口撃を加えていた。


 「へぇ?マゾじゃなかったらなんであんまり反応してくれない土御門くんに話しかけ続けるのかな?本当に話したいことがあるわけじゃないよね?単に声をかけ続けても振り返ってくれない状況を楽しんでるからだよね?それのどこがマゾじゃないのかな?わかりやすく理論的に教えてくれると助かるなぁ」

 「……え?あ、い、いや、その……」

 「それだけじゃないよね?月美からフルボッコにされることがわかってるのに何度も土御門くんを女子がらみでいじってるよね?そのたびに月美から冷たい視線を浴びてるのになんで懲りないのかな?それってやっぱりマゾってことなんじゃないの??」


 答えに窮してしどろもどろになっているところに、佳代は容赦なくさらなる追撃を与えていた。

 だが、佳代が話していることはすべて事実であり、清もその自覚はしていたため、何も答えることが出来ず、撃沈した。


 ――うわぁ、吉田の奴、容赦ないなぁ……

 ――……これからはできるだけ、佳代を怒らせないようにしよう……


 その様子を横で見ていた護と明美は同時にそんなことを思っていた。

 なお、機嫌が氷点下になっていた月美はというと、いつの間にか自分の頭に護の手が置かれていたことに気付き、護の手の温かさを満喫していたため、佳代の意外な一面に対して何も感想を抱いていなかった。

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